29.赤坂さんの決意<射手の宣誓>
「ふーん、ようは安心院のやる気を出させるためにダンスのオーディションに参加するってことなのね」
「ああ、そうだ。まあ、結果はあんま気にしなくていいぞ。って、なんかむちゃくちゃ機嫌悪くない?」
「別に……気のせいよ」
紅が不機嫌そうに言った。今にも呪いを放ちそうな感じである。放課後ダンスに誘った経緯を紅に話した途端なぜか機嫌が悪くなってしまった。あれー、俺とダンス踊るの嫌なのかな……
「なあ、ダンスに誘った時にちゃんと事情説明しなかったのかい?」
「ああ、紅はまだ学校に転校して日が浅いし、ジンクスを知らないだろうから今回の事は説明はしていなかったが……」
「はぁ……君は安心院と同レベルだよ……僕は部室で待っているから登録してくるといいよ……」
沖田が呆れた顔で俺の耳元でささやいた。え、あいつと同レベルかよ。人生でこんなに屈辱的なセリフを吐かれたのは初めてだぜ。
もしかして紅は俺がダンスに誘った時にこの学校のジンクスを知っていたのだろうか? それで何かを期待していた……? 俺達は偽装カップルだ。だからこそ彼女がもしも俺が告白することを期待していたとしたら……? いや、考えすぎではないだろうか。でも紅になぜ機嫌が悪いのかを聞いたらもっと怒られる気がする。
「ではダンスに立候補する方はこの用紙に書いてくださいね。一週間後に私たちの前で踊っていただき一番上手な方々を代表とします。明日から練習場を使用できるのでお好きな時にきてください。あと去年のダンスの映像はネットからみれるのでもしよければみておいてください。雰囲気はつかめると思います」
「わかりました。思ったより本格的なんですね」
「ああ、ちょっと緊張するな……」
俺と紅は文化祭実行委員に渡された用紙に名前を記入する。ここは文化祭実行が臨時で使用している教室である。中では何人もの実行委員達が忙しそうに仕事をしていた。ここで様々な文化祭の出し物が学園祭にふさわしいか、判断されるのだ。ちなみに去年は安心院がちょっとエッチな映画を上映しようとして当時の実行委員にマジで怒られていた。
「あ、如月君、ちょっといいかな。天文部の事で話があるんだけど」
「あ、はい何でしょう、展示物はすでに出していると思うのですが……」
「いや、これ去年の展示物と同じじゃない。認められるわけないでしょ。ちゃんと活動しないと廃部になるわよ」
「まじすか……」
俺に声をかけた上級生が呆れた声を出す。ちなみにこの展示物はすでに5年ほど使いまわされているのだ。いつもはばれないんだが今年の担当は厳しいようだ。天文部が廃部になるということは俺と紅のランチルームがなくなるという事だ。それは絶対避けないといけない。
「よお、裏切り者よ、絶対負けないからな。我々が栄光をつかむ姿をみるがいい」
「げ、アーサー!!」
俺が天文部の件で考えていると安心院が話しかけてきた。隣には赤坂さんがいてその後ろには妻田とスカートをはいた中村がいる。え、まじか。中村女装して出るのかよ。文化祭実行委員の人も困惑しているようだ。お前らが進むのは栄光じゃねえよ、破滅だよ。
「え、本気ですか……そちらの方は男性ですよね」
「ルール違反ではないだろう。俺と赤坂、妻田と中村の二ペアで登録させてもらおうか」
文化祭委員の人がドン引きした顔で対応している。やっぱりもめているよ。知り合いと思われたら嫌なので、俺と紅は部室に戻る事にした。すれ違う時に赤坂さんと目があったので会釈をしておく。色々大変そうだががんばってくれ。
「これが動画か」
「なんだかんだ楽しそうね」
「いいなぁ、僕も一緒に踊ってくれる人がいればなぁ……斉藤さんを誘ってみようかなぁ」
部室に戻った俺達は沖田の端末でダンスの動画をみることにした。去年の代表の男女が笑顔で踊っている。あまり激しい動きではないようだ。これなら俺や紅でもなんとかなりそうである。いよいよフィナーレという所でバカでかい花火が打ちあがったため、映像もそちらを映してしまい何やら不完全燃焼で終わっている。
去年は「こんなリア充イベント出れるかー」と団結し「聖戦だー」と騒ぎながら安心院たちと色々とリア充がイチャイチャするのを妨害していたのが懐かしい。ちなみにさっきの花火は俺達RZK会のメンバーがバイトして買った花火である。ダンスの代表たちが告白するタイミングで打ち上げて妨害したのだ。花火ってクッソ高いよな。ちなみに結果は花火で雰囲気が良くなったのかカップルが例年より増えた。納得いかねえ……
「お邪魔するわね」
ノックと共に入ってきたのは赤坂さんだ。紅の事は話してあるので軽い自己紹介をすませ本題に入る。
「あなたたちのおかげで安心院とダンスのペアを組めたわ。本当にありがとう」
「本当に安心院君の事が好きなんですね……」
現世の田中さんモードになった紅が信じられなそうにつぶやいた。まあ、紅の安心院のイメージはというと黒い覆面とごみ袋着て騒ぎながら襲ってきた変質者だもんな。仕方ないだろう。
「それで、自分にも発破をかけるためにもみんなにも聞いてほしいの……私はダンスの代表になったら安心院に告白をしようと思うわ」
「勝ったら告白か……ジンクスもあるもんな」
俺は紅の方をさりげなくみる。我が学校のジンクスは知っている、文化祭には本当に魔法のようなものがあるのかもしれない。俺が代表になって告白をしたら彼女はどんな顔をするだろう? どんな答えをくれるだろう? 偽装ではなく本当のカップルになれるのだろうか。
くだらない夢物語である。黒竜の騎士である俺は約束をたがえない。なんとか赤坂さんを代表にするようがんばるべきだろう。
「ええ、でも如月君も手加減とかはしなくていいのよ、あなたもその子に伝えたいことがあるようだしね?」
「なっ!?」
この女、悟りか? さっきの言動で俺の紅への気持ちを見抜いたのか? 安心院が絡むとへっぽこだがおそらくこちらが赤坂さんの本来のスペックなのだろう。彼女は俺と紅を交互にみて何かを悟ったのか、同類に対する様な親しみのこもった笑みを浮かべた。優れた射主は敵の言動をみて状況を判断するという。バレーで鍛えられたの洞察力は流石というべきだ。この人が異世界に召喚されたら優れた勇者になりそうである。
それにしてもダンスバトルか……射主と騎士では相性は悪いがいいだろう。参加するなら全力を出すだけだ。俺は幸いにも、いつでも異世界に召喚されていいように体を鍛えている。赤坂さんには負けるだろうが、安心院は運動はそこまで得意ではなかったはずだ。紅がどれだけいけるかってところで勝負は決まるだろう。
「本当にいいのか、黒竜の騎士たる俺はやるときはやる男だぜ」
「黒竜……? まあいいわ。私の依頼は安心院とペアを組めた時点で達成したと思っていいわ。恩を仇で返すわけにはいかないもの。あなたにも伝えたい事があるなら邪魔はしないわ。もちろん手加減はできないけどね。スポーツマンシップにのっとって正々堂々戦いましょう」
「え、なんで神矢君と赤坂さんが戦うんですか……? 赤坂さんに優勝してもらうんじゃ?」
俺と赤坂さんは共に笑みを浮かべた。彼女が遠慮するなというのなら俺も本気で踊ろう。安心院を煽るために参加したダンスだったが優勝したら俺も勢いで紅に告白をするのもありかもしれない。俺は話についていけずに混乱している可愛らしい紅をみて思ったのであった。
思ったより文章が長くなってしまいました。
赤坂さんと安心院の話が思ったより長引いてますが楽しんでいただけると嬉しいです。