【1】工場裏
はじめまして、えりまき ねぅです。
この「工場裏の宇宙ネコ」(携帯小説向けの形式)は、
昔からいつか作品にしてみたいと思っていたもので、
いくつかのシリーズで構成する予定です。
工場裏はその最初の物語になります。
†プロローグ†
街から少し離れた工場裏に住む宇宙ネコは、夜になるといつも窓から夜空を見上げていました。
いつものように、夜空を眺めていた宇宙ネコは思いました。
『今日はなんだかとっても悲しいお空なの…』
宇宙ネコは夜空を眺めて泣いていた。
工場からかすかに立ち上る淡い悲しい光が、空高く上がっていってお月さままで続いています。
『この光は天の川まで行くのかな?』
宇宙ネコは、その悲しい光に歌を歌ってあげいました。
辺りに宇宙ネコのやさしい歌声が広がります。
宇宙ネコが歌うと、その悲しい淡い光の悲しさが薄れていった。
やがて、工場の灯りも落ち辺りに静寂が広がると、その淡い悲しい光も消えていった。
『お月さまは知ってるの?
宇宙ネコはどこからきたのか知りたいの』
宇宙ネコは自分がどこから来たのか知らなかった。
暗い夜空の下、宇宙ネコはまた泣いた。
†工場裏†
「あぁ、
あの廃工場の奥だよ」
そういって、雑貨屋の主人は方向を指で示した。
私は主人に例を言うと、遠くに見える廃工場へと向かった。
──廃工場
今から5年程前までは活気があったらしい。
しかし、ある日突然廃れてしまったそうな。
街にはその理由を知る者も、何を作っていたかすら知られていなかった。
その工場の裏には、工場周辺から寄せ集めて組み上げたと見える小屋があった。
小屋からはかすかな灯りがもれている。
「ここだな」
中に人の気配を感じる、私は扉を軽くノックしてみた。
入り口の扉はただはめ込んだだけらしく、開閉するようにはなっていない簡素な構造だ。
そのせいか、ノックしたショックで扉は少し傾いだ。
その扉が横にずらされて開いた。
「キミが…?」
『ようこそ
わたしが宇宙ネコなのです』
宇宙ネコは、耳の長い青く美しいネコだった。
宇宙ネコは自分の名前も、自分がどこから来たのかも、ママがどこにいるのかさえ知らなかった。
『知らないの
宇宙ネコは知らないの
調べて欲しいの』
「つまりキミは
自分がどこから来たかを知りたい、と言うわけだね?」
すると長い耳をくりんと回し、宇宙ネコはにっこりと微笑み頷いた。
「とりあえず
覚えている事を何でも聞かせてくれないかな?」
しかし、
宇宙ネコの覚えている事は、ほとんど役に立ちそうもなかった。
廃材の入手方法、
食べ物の獲り方など今の暮らしの方法だけだったから。
『お願い、
調べて欲しいの』
宇宙ネコは目を輝かせてそう言うと、また耳をくりんと回した。
「そうだなぁ
少しこの周辺も
聞いてみる事にするよ」
私はそう言って外に出た。
宇宙ネコは扉を閉める為、入り口まで見送った。
『あのね』
宇宙ネコは思い出した様に言った。
『前はこの辺りは
もっと明るかったの』
「うん?
へぇそうなんだ」
『あっちのお空がね
もわぁ〜って
明るかったの』
宇宙ネコは明るかった方角を指さした。
指を指した方角は、あの廃工場だった。
「なるほど、
教えてくれてありがとう」
宇宙ネコは嬉しそうな顔をして、
暗い夜道を行く私を見送ってくれた。
宇宙ネコは、自分がどこから来たのか知りたいと言う。
つまり、あの宇宙ネコには過去の記憶がないことになる。
その宇宙ネコとは、もちろん「ミケ」や「タマ」の様な名前などではなく、
野良ネコの様な肩書きなんだそうだ。
──そもそも
宇宙ネコってどんなネコなんだろう?
宇宙にいないのに、なぜ宇宙ネコなのかな?
宇宙人の様にやって来たのだろうか?
それとも、ただ付けてみただけなのか?
私には、そういう事を考えるだけでも一時を過ごすには十分だった。
私は廃工場の周辺を調査した。
まずは、あの雑貨屋の主人に話を聞いてみた。
「宇宙ネコがいつからいるかって?
もう5〜6年にはなるんじゃないかねぇ
え?なんで宇宙ネコって呼ばれてるのかって?
みんながそう言ってるからかねぇ
他に名前は無いようだし」
やはりあの工場の廃れた次期と一致する様だ。
魚屋にも聞いてみた
「え?さかな?
もちろん盗ったりなんてしないよ、
ちゃんとお金払って買っていくんだ
あまりお金は持ってないみたいだから、
いつもオマケしてあげるのさ」
少ないながらもお金を持っているのは意外だった。
宇宙ネコは働いている?
あのネコが一体どうやって…?
と言うのは、この世界ではネコ族が働くと言う事はまずありえなかったからだ。
子供達にも聞いてみた
「宇宙ネコはね、
悲しい時に一緒に泣いてくれるんだよ」
他人の痛みを理解出来るネコとは、なんと言う高等生物なのだろうか。
映画館でも聞いてみた
「あぁ、
月に一度の映画の日には必ず来るよ」
いつしか私は、あの宇宙ネコに興味がわいて仕方なくなっていた。
一体どんな顔で、どんな映画を見ているのだろう。
いつしか私は、1日に1度は宇宙ネコの顔を見る為に、必ず小屋を訪れる様になっていた。
屈託のない笑顔
きょとんとした眼差し
あの長い耳をずっと見ていたい
そんなある日、知人を通じ国立図書館に依頼していた資料が届いた。
資料の要約はこうだった。
──宇宙ネコとは
人の感情をよく媒介とする妖魔
一説には精霊、鬼の様に実体のない存在
「………」
私は激しく動揺した。
今後私は一体どうすべきなのだろう。
宇宙ネコは、<人の感情をよく媒介とする>と言う。
それが本当なら、おそらく私のこの異様な感情がその状態なのだろうな。
もしかすると、宇宙ネコは実はとても危険な存在なのかもしれない、
私は、それがわかるまで宇宙ネコと少し距離を置くことにした。
だが依頼を受けた以上、この調査は必ず全うする。
次に廃工場の従業員だった者をあたってみる事にした。
──まず1人目
それ程遠くない距離にいる事がわかった。
空き地の木陰でずっと過ごしている男は、かつてあの工場の警備員だったそうだが。
「…」
その男は、側で語り掛けてもまるで反応がなかった。
ただ、一点をぼーっと見つめ黙っている。
家族の話だと以前は声が大きく、そして煩い程よく喋る人物だったらしいのだが。
その後も関係者をあたってみた。
しかし、皆こちらの話などお構いなし。
まともに話の出来る状態ではなかった。
何人目だろうか、やっと話の出来る人物に行きあたった。
それは、イヌの獣人種の男で、工場では警備の仕事をしていたらしい。
今は近所の畑を警備している様だ。
「ほぉ〜、
宇宙ネコか〜!
懐かしいねぇ。
元気にやってるのかなぁ?」
どうやらこの男はまともな様だった。
「あの工場のみんなはねぇ
だんだんとおかしくなって
いったんだよぉ〜?」
「だんだんとね…
じゃぁ、おかしくなる前は?」
「その前?
そりゃぁ〜まともだったよぉ?
決まりとか厳しくてねぇ、
ボクはへっちゃらだけどね
きっと、
あの仕事が向いてたからじゃないのかなぁ〜?」
「宇宙ネコはいつからいたの?」
「そうそうその後かなぁ、
宇宙ネコが現れたのはね
でもぉ、
その頃からみんなだんだんと仕事さぼり出してねぇ
最後はみんな居なくなっちゃったから、
もぅ警備する必要がなくなっちゃったんだよぉ〜
だから今は、
この畑を勝手に警備しているのさ。
なかなか楽しいもんだよぉ」
「居なくなった者はどこへ?」
「いきなり冒険しに行くって言って
どっかいっちゃったりとかぁ〜
昔諦めた事を〜
やりにいくとかぁ〜」
私は十分に話を聞いた後、イヌの元警備員の元を後にした。
宇宙ネコの影響を受けていないと思っていたあのイヌ、
実はかなりの重症なのだな。
どうやら1つ謎が解けた様だ。
最初にだんまりを決め込んでいたあの男に、もう一度会ってみてはっきりした。
あの男は、たくさん喋る事をやめた男だったのだ。
冒険に出かけた者
夢を探しに行った者
警備を続ける者
たくさん喋るのをやめた者
──そして
魅了されし者
宇宙ネコの影響を受けた者には、皆同じ法則が存在している。
その影響は、人間種だけでなく獣人種も影響を受ける様だ。
それにしても、
町の者が、何故何も影響を受けてないのかがわからないな。
私は雑貨屋の主人を訪ねてみた。
「やぁ、あんたか
宇宙ネコはどうだったね?」
私は宇宙ネコの様子を伝えた後で、雑貨屋の主人に聞いてみた。
「この町で、
工場以外に様子が変わったことってないですかね」
「う〜ん、
どうだろね?
この町じゃ、
他にはないんじゃないかな?」
「それじゃ
宇宙ネコの所に出入りする者は?」
「わしらはあの工場には
近づかない事にしてたからなぁ〜
なんてったってね、
あの場所は昔から色々あってねぇ…
それに、
あの工場に勤めてたのは、
皆よそから来た連中だから知らないんだよ」
「昔から色々って?」
「悪い噂が立つと嫌だから、
ここだけの話にしてくれるかい?
…実はね……」
あの廃工場はかつて、処刑場だったそうだ。
この平和な世界に、まさか処刑場があったなんてにわかには信じられないのだが…。
私は雑貨屋の主人の話を聞いて、あの宇宙ネコを私のオフィス…
兼自宅にしばらく住んでもおうと思った。
──試したい事がある
宇宙ネコにそう提案すると、なぜかすんなり聞き入れてくれた。
長く住んでいたあの家を、簡単に離れてくれるとは思わなかった。
『こんなちゃんとしたおうち!
わたし初めて!』
「そうかい?
キミの家は十分素敵じゃないか」
『そう思う?
やっぱりぃ?』
宇宙ネコは嬉しそうに両手を口に合わせ、そして耳をくりんと回した
『でもね、でもね!
あそこには居たくなかったの』
「ほぉ?
それはどうしてだい?」
『みんながずっとね
あそこにいろって言ったの』
「それは町の人かい?」
『違うの、
工場の人が言ったの』
「あの工場はもう誰もいないよ?
それなのにかい?」
『そうなの?
知らないの!
宇宙ネコは知らない事ばかりなの!』
宇宙ネコはきょとんとした表情をして、首をかしげた。
「じゃぁ、
もうあそこに戻らなくても良さそうだね」
すると
宇宙ネコの表情は、いつもにも増して明るくなり、
唐突にくるくると踊りだした。
『ねぇ!踊ろう』
「あぁ、踊ろう!」
キミと私の世界が今はじまる。
いかがでしたでしょうか?
ほっこりとお楽しみ頂ければ幸いです。
えりまき ねぅ