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不思議な部屋  作者: 竜胆
8/40

人間関係

入院中、出会った患者さんとのやり取りです。入院生活も折り返し地点を迎えます。

「文さんと同じ名前の患者さんがおられますから」と言われて、早朝寝起きに顔写真をパジャマ姿で撮られた。もちろん素顔であった。入院していたが、普段私は日焼け止めを欠かさず塗って、下地クリームを塗り、お粉をはたいていた。口紅は塗っていなかった。煙草を吸うせいなのか、空調のせいなのか、唇が乾燥するので妹がくれたリップクリームを塗っていた。


電子カルテに寝ぼけた私の顔写真が掲載されるようになってしまった。

私には私の「患者ナンバー」があって、電子カルテはそのナンバーで病院スタッフさん達は、情報を共有なされていた。患者さんによっては、疑心暗鬼になっておられる方もおられた。あの看護師が自分の悪口を書いているという考えに囚われておられて、しきりに私に訴えておられた。


陶芸の時間や音楽鑑賞の時間にだけ一緒になる、日本人形のような面立ちをなされた患者さん行動に、私は興味を引かれていた。その方は感受性が豊かな方のようで私は魅力を感じていた。

陶芸では、作業療法士さんは彼女につきっきりで指導なされていた。「指導」というか、彼女から目を離せない状態のようだった。時おり突拍子も無い行動を彼女は取られていたが、私は憎めないなと感じていた。彼女の作る作品は意表を突く物ばかりだった。造形、色彩。全てにおいて。


音楽鑑賞の時間には、患者さんが作業療法士さんが沢山用意されたCDの中から、聴きたい曲を小さなメモ用紙に名前と曲名、選んだ理由を書いて作業療法士さんに渡すシステムが取られていた。彼女は決まってあるバンドの曲をリクエストなされていた。そして静かに泣いておられた。


その方はある時、小柄な先生と一緒に歩いておられた。彼女は背が高い方だったので、先生よりも背が高くてまるでおじいちゃんと孫のようだな、と私は思った。彼女はとても落ち着いた表情をなさっておられた。いつもはピーンと糸が張ったような緊張感がある方だった。


彼女が大声を上げて騒いでいた。男性の看護師さん、看護助手さん達五、六人に担ぎ上げられていた。彼女は注射をされるのを嫌がっておられるのだった。


彼女が私を認識していたのかは分からない。視線も他人とは合わせない方だった。私も彼女を遠巻きに見るだけで声を掛けはしなかった。しかし印象深い患者さんの一人だった。


若い女性の患者さんが退院したようで、私の部屋にお見舞いをしに来てくれた。相変わらずの情報通ぶりだった。患者さんだけでなく、看護師やスタッフ、先生方の噂話も多く聞かされた。彼女に悪気は無いと分かってはいても、他所で私が悪口を言われているんだよ、と言われた時には気分を害したのだった。週に一度通院して来る度に、私に会いに来てくれていたが、私はだんだんと気が重くなって行った。誰か第三者を交えて会ったり、食堂で話をするようにした。担当の看護師さんがそれとなく私にアドバイスをしてくれていた通りにしてみたのだった。


私に美容室を紹介してくれた患者さんが退院する事になった。けろっと「計画入院だから」と仰られた。私は彼女の見た目は色素が薄く、華やかな印象とギャップがある天然で大らかな性格が好きだったので、「寂しいです」と素直に彼女に伝えた。家が近いから会いに来るよ、と言ってくださった。気まぐれに私を見舞いに来てくれるようになった。


私と同じく摂食障害の女性は、喫煙仲間でもあった。「文ちゃん、いつから?」と軽い調子で食べ吐きを始めた時期を尋ねられた。私は答えられなかった。彼女は気にした風も無く、「私は二十年以上してるー」と仰られた。「文ちゃん、この前退院した子と仲良くしちゃダメよ。あの子、かなりヤバイのよ」とも言われてしまった。私はただ聞いていた。


病院のお母さんは、入院生活を規則正しく過ごしておられたが、入院歴が三十回を超える「入院のプロ」であられたので、病棟の外出のルールを時々破っては、看護師さん達に叱られていた。とても自由に入院生活を送っておられた。「文ちゃん、これ飽きたの」と、ある日素敵なマグカップを私にくださった。まだ新品同様だった。私は出張中だった父に電話をして、今回は特別なお土産にしてと頼んだ。父は、その方の好きな動物の根付を買って来てくれた。お渡しすると大変に喜んで下さったが、また「文ちゃん、これもう使わないから」とシルクのストールをくださった。さすがに困ってしまって、私は初めて担当の看護師さんに自分から相談を持ちかけた。「返しましょう。物のやり取りはエスカレートします。お菓子くらいにしておきましょう」と、あっさりと彼は言ってくれて私はホッとした。頼んで一緒にストールを返しに行くのに付き合って貰った。「すいません」と、私は担当の彼に謝った。「気にしないでください。いつでもなんでも言ってください。僕と面談していませんでしたね。今度しましょうか」と優しく私に言ってくださった。彼の笑ったところをまだ見た事が無かった、と気づいた。たぶん仕事とプライベートの区切りがしっかりとした人がなのだろうなぁと思った。彼が就寝前にお茶に誘ってくれる時も無表情なのは変わらなかった。だけれど優しくて温かい方だった。「深夜は辛くないですか?もう早朝は霜が降りているでしょう」と私は彼に尋ねた。もう季節は晩秋だった。


巨人ファンの患者さんが解放病棟に戻って来られて、私たちは抱き合って喜んだ。彼女は、朝食や昼食を事前に頼み、また追加料金も払う特別食をいつも頼んでいた。初めて特別食の朝食を見た時には品数の多さや豪華さに驚かされた。彼女は看護師さんが言うには、『躁』状態だったので、私に対して一方的に話していたが、私は不快には感じず聞き役に徹していた。彼女が本来は生真面目で優しい人柄であると私は確信していた。「文、見て!お腹ばかり出てしまって見っともない身体になった」と言いながらも特別食を止めない彼女だった。彼女も私と同じく個室に入っていた。互いの部屋に入ってお喋りをするのは、禁じられていたので食堂かソファーがある置いてある広間、テレビルームのどれかの部屋で話すしか無かった。


担当の看護師さんに面談をして欲しいと頼んだ。彼の都合のよい時間に合わせます、とも言っていた。彼は夕食後七時くらいに部屋に来て、看護師詰め所で話しましょうか、と言った。


看護師詰め所は広くて、看護師さんが休憩する為の畳の部屋もあった。主治医の先生と面談した時も、いつも金曜日にカウンセリングしていただいているのも看護師詰め所の中のちょっとした仕切りのある部屋であった。その場所で私たちは初めて面談を行なった。私はまず、私はずっと気になっていた、私の入院計画について、どのような心構えで過ごしていけばいいですか、と尋ねた。彼は「基本的に三ヶ月をめどに入院生活を送って貰うようにとの指示が主治医の先生から出されています。だから今は折り返し地点ですね」と仰られて、私は困惑してしまった。「まだ外出が二回だけですよね、その回数を増やしましょうか。そして家に戻る為の訓練を兼ねて外泊もして行きましょう」と冷静にかつ丁寧にお話しなされた。私は黙り込んでしまった。「お茶を入れて来ますね」と彼は席を立った。


ただ単に浮かれていた自分を実感したのだった。

担当の看護師さんにはお世話になりっぱなしでした。

まだ続きます。お付き合いよろしくお願います。

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