サイダー
試験外泊を終えて、病院に戻ります。
部屋に戻り部屋着に着替えてからベッドに横になった。天井を見上げて、くたびれたな、とため息をついた。起き上がり、持ち帰ったバックの中身を出したり、洗濯カゴから洗濯した物をクローゼットになおした。着ていた服もハンガーに掛けてクローゼットになおした。
冷蔵庫に名水サイダーを入れた。水は机の上に置いた。母が買ってくれた手漉きのレターセットと葉書は机の引き出しにしまった。
片付けが終わってから、煙草を吸いにいこうとニット帽を被り、首にタオルを巻いて、ジャンパーを羽織りポケットに煙草とライターと携帯を入れて、エレベーターで一階に降りて喫煙所に歩いて行った。人がいない方の喫煙所のベンチに座ってる煙草を吸った。実家ではサクラが常に私の側に居たから煙草が吸えなかったな、と思った。サクラ、可愛かったな、とサクラの事を想っていた。
喫煙所に闊達な女性が煙草を吸いに来られた。
「文ちゃん、お帰り」とにっこりと笑われた。「ただいまです」と私も笑った。「実家はどうだった?」と聞かれて、「疲れました」と素直な感想を私は言った。「ご両親にまだ甘えられないんだね」と言われて、「難しいです。。。両親も私に気を遣っているのが分かります。息が詰まりました」と私が言うと、「贅沢な悩みだねー」と言われるのだった。「そうですよね。私はワガママなんです」と言った。「文ちゃんはいい子だよ?ご両親に対しても素直になれるといいね」と優しく言ってくださった。私は涙を零しながら、闊達な女性の話を聞いていた。「文ちゃん、難しく考え過ぎ。前も言ったけど、親は子どもに何でもしてやりたくなるんだよ。見返りとか無しにさ」と言われるのだった。私は頷くだけだった。「涙を拭きなよ」と言われて、私はハンカチで顔を拭った。深呼吸をしてから、涙がもう出ないようにした。二本目の煙草に火をつけて、ゆっくり煙草を吸ったが、煙が目にしみて、また涙が出たのだった。
二人で病棟に戻る途中、闊達な女性が「火曜日に退院する事になったよ」とあっさりと言われた。「私は土曜日です」と言った。「あいつは一人残るのか」と言われた。
エレベーターを出た所で私たちは別れてそれぞれの部屋に向かった。
看護師詰め所を覗いたら、ベテランの看護助手さんがおられたから、私は手を上げて合図を送った。窓口まで来てくださったから、「マドレーヌ買って来ましたよ」とひそひそ声で話した。看護助手さんは笑顔になられた。「部屋から持って来ますね」と言って、私は部屋に走って取りに行った。手渡したら、「こんなに沢山いいの?」と言われたが、私は「いつものお礼です」と言ってマドレーヌを全部渡した。「懐かしいなー。このマドレーヌ。ありがとう」とお礼を言われた。買って来て良かったな、と思った。
部屋に戻り机の引き出しから日記帳を取り出して、今日の出来事を事細やかに書いた。
両親はもう家に着いたかな、と母に『着いた?』と送ったら、母から電話が掛かって来て、「着いたわよ。サクラはあなたを探していたみたいで、今は玄関のマットに座っているわ」と言うから切なくなってしまい、母に「サクラを呼ぶから玄関に行ってちょうだい」と頼み、「サクラー、サクラー」と名前を呼んだら、サクラは鳴いていた。母に「鳥ササミ肉を蒸して、私がするみたいに小さく割いてサクラに食べさせてやって」とお願いした。「分かったわ」と言った。「お母さん、サクラの世話してくれてありがとう」と私が言うと、「今頃なに言い出すの」と母は笑っていた。「今日は色んなところに行って楽しかった。お父さんにもお礼言っといてくれる?」と私が言うと、「代わるわ」と母は言い、「楽しかったか」と父が聞いて来たから、「三人で出掛けたり、ドライブしたの久しぶりだったから楽しかったよ。お父さん、ありがとう」と私は言った。「また行こう。退院したら、みんなで旅行にも行くんだぞ」と父が言うから、妹家族も一緒にどこかに旅行するんだったな、と思い出した。「楽しみ。また電話するね」と言って電話を切った。サクラは私の声に反応してずっと鳴いていた。
退院する日は、私は『任意入院』で、希望する日に退院する事が出来ます、という内容が書かれた書類を担当のクールな精神保健福祉士さんから貰っていたし、入院計画書には「三ヶ月の治療が必要」と主治医の先生が書かれていたから、私は入院した日からちょうど三ヶ月の土曜日に退院日に決めていた。そして両親の都合を聞いて時間を決めて、試験外泊する前にワーカーさんに退院の日時を伝えていた。
退院日には、主治医の先生と家族と話し合いがあると、病院のお母さんから聞いていた。両親は先生に何を話すのだろう、何を聞くのだろう、先生はどんな話をなさるのだろう、と気になった。
モヤモヤした気持ちになったから、煙草を吸いに喫煙所に行った。人が居ない方の喫煙所のベンチに座り、煙草を吸おうとしたがライターが風でつきにくくて、ライターを手で囲いながら火をつけた。風が吹いて寒かったが、煙草を吸うと気分が落ち着けるのだった。
ゆっくりと二本煙草を吸ってから病棟の部屋に戻り、洗面所で石鹸で手を洗いうがい薬でうがいをした。
夕食を知らせるチャイムが鳴った。部屋を出て食堂に向かって歩いて行った。お盆をカートから引き出して、いつものテーブルまで歩いて行ったら、二人組は私を待っていてくれた。「すいません」と謝った。「いーんだよー。食べよー」とほっそりとした女性が言われて、三人で「いただきます」と言ってから晩ごはんを食べた。メインは肉じゃがだった。甘辛い味付けだった。だけれど、ゆっくりと全てを完食した。二人組は話しながら食べていたが、私は聞き役に徹して食べる事に集中していた。
みなが食べ終えてから、退院話になった。「あんたは火曜でしょ。文ちゃんまで土曜なんて聞いてないー。私、置いてけぼりじゃん」とほっそりとした女性は拗ねておられた。「いつ退院するか、決まらないのですか」と私が聞いてみたら、「年金の申請が終わってからだから、まだ退院出来ない」と嘆かれた。彼女は精神障害者年金の申し込みをしておられる最中で、手続きが煩雑なようだった。「年金が受給できるといいね」と闊達な女性が言われた。私はその年金の仕組みを理解していなかった。
カートにお盆を返して、二人組を部屋に誘い、名水サイダーを三人で飲んだ。夕薬もサイダーで飲んでしまった。美味しかった。瓶のデザインが洒落ていたから、花瓶に出来るな、と思った。二人に頼んで空き瓶を貰った。生け花で使えそうだ、と想像を膨らませていた。
二人に父の金沢土産の洋菓子から好きなお菓子を選んで貰った。
二人は「お風呂に入るね、ご馳走さま」と言って部屋を出て行った。私はもうしばらくしてからお風呂に入ろうと決めて、空き瓶を洗ってハメ殺しの窓の出っ張った部分に置いて、陽が当たったら乾燥するだろうと思った。
頭を洗うのは面倒で、身体だけシャワーを浴びた。パジャマに着替えて、お腹が空いたな、と実家から持って来ていた蜜柑を二つ食べた。歯を磨いてベッドに横になった。
闊達な女性によく相談に乗って貰っていました。
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