待ち猫
再び文は実家に試験外泊します。
「文、着いたぞ、起きろ」と肩を父に揺すられて私は目を覚ました。寝てしまったようだった。実家のガレージの前に車は停まっていた。父と二人で煙草を吸った。それからバッグと洗濯カゴを持って、家まで歩いて行った。
バッグを肩に掛けて、その片方の手で玄関の扉を開けたらサクラがお出迎えしてくれていた。ニャーニャー鳴いて私の足元に身体を擦り寄せていた。バッグと洗濯カゴを置いてサクラをしばらく撫でてやった。
「ただいまー」と声を掛けてから家に上がり、脱衣所に行き洗濯カゴを置いた。洗面所で手を洗ってうがいをした。
仏間に行き、仏壇に手を合わせて、また帰って来ました、と心の中で祖父に語り掛けた。
玄関の三和土においていたままだったバッグは父が居間に持って行ってくれていた。サクラはずっと私から離れなかった。サクラと一緒に居間に入ると、母から「お帰りなさい」と言われたので、「ただいま」と言った。
『お帰りなさい』『ただいま』という言葉の遣り取りを両親とも誰ともずっとしていなかったのだな、と思った。
「ゆっくりしてて」と母から言われて、私はその言葉に甘えてサクラを構うことにした。撫でてやるとサクラは喉をゴロゴロと鳴らした。猫用のブラシでブラッシングしたら、さらに毛並みが美しくなった。「サクラは美人だねー」と言いながら、ずっとサクラの相手をしていた。
サクラの抜け毛を捨ててから、炬燵の掛け布団を台に上げてから、絨毯に掃除機をかけた。掃除機が嫌いなサクラはどこかに隠れていた。モモは掃除機でお腹など吸わせた猫だったのにな、とモモのことを思い出した。賢くて優しい猫だったな、とモモのことを思った。コロコロでサクラの抜け毛も取った。
掃除機とコロコロをなおしてから、炬燵の掛け布団を下ろして、台の上を台拭きで拭いた。
父はお風呂に入っていたようで、早くもパジャマ姿になって居間に入って来た。
父と居間の炬燵に座って、日記をつけていたら、サクラがそろりと居間に入って来た。撫でてやっていたら私の足に手を掛けて座るポーズで寝てしまった。私の帰りを待っていてくれたのかな、といじらしくなった。退院した後は、私はまた実家には寄り付かなくなるのは目に見えていて、サクラに対して可哀想なことばかりしているな、と思った。
サクラは市街地にあるショピングセンターの掲示板で生後一ヶ月半のメスの子猫差し上げます、と書かれていたのを母と見て、連絡を取って我が家に迎えた猫だった。半年前から飼っていたモモはオスだったけれど、サクラの面倒見が良くて怯えていたサクラが我が家に馴染んだのもモモのお陰だった。妹が留学していて寂しい気持ちを抱えていた私たちの慰めに二匹の猫はなってくれていた。二匹はとても仲が良かった。
私が一人暮らしを始めて六年後にモモは突然死してしまい、サクラだけになってしまった。両親は私がモモの死を知ると動揺すると考えて教えてくれなかった。モモの死を知ったのは、かなり後になってからだった。やはりショックを受けてしまった。
その頃の私は父に偶然会っても顔をそらしたり、自炊してるか心配して料理を持って来てくれた母を追い返したりしていた。両親を拒んでいた。
当然サクラが実家でどうしているかなど考えもせず、自分のことしか考えていなかった。自分の城を守ることしか頭になかった。両親を邪魔だと感じていた。
だけれど、入院したら両親に様々なことを頼るしかなかった。父と目も合わせられない状態だったのが、入院してから冗談を言い合うまでになった。母には、最初入院した病院では、動けなかったせいもあったけど、身体の清拭をして貰ったり、今の精神科病院に移ってからは、手作りのお菓子や料理の差し入れを喜んで受け入れていたし、話すようになっていた。私も少しは変われたのかな、とサクラを撫でながら日記に書いた。
サクラに晩ごはんをあげようと炬燵から出て、母に「鳥ササミ肉はある?」と聞いたら、「冷蔵庫に入っているわよ」と言うから、鳥ササミ肉を冷蔵庫から出して、蒸して小さく割いて餌に混ぜて与えた。サクラは鳥ササミ肉が大好きだった。喉を鳴らしながら食べていた。
「手伝う事ない?」と母に聞いたら、「お皿を並べて」と言うから、「どのお皿?」と聞きながら、食器棚からお皿を出して、居間の炬燵の台の上にそれぞれが座る場所に並べた。
晩ごはんのメインは、うどんすきだった。それとお刺身だった。うどんすきは鍋の中で一番好きだった。私の好物を覚えてくれている母はすごいな、と思った。出汁が効いていてとても美味しかった。「美味しい」と私が言うと、「鍋は病院じゃ無理でしょう。それに身体が温まるからね」と母は言った。父も「うまいな」と言っていた。身体が胃からポカポカとした。サクラに鯛のお刺身を二切れを小さく切って与えた。鯛もサクラの好物だった。
「文、もう食べないのか」と父から言われたけれど、「もうお腹一杯」と言って、炬燵から出て自分が使ったお皿や箸を洗った。グラスに水を汲んでバッグから薬袋を出して夕薬を飲んだ。上着を来て外に出て煙草を吸った。玄関の扉を開けたら、サクラが私を待っていた。
「お風呂に入るわ。お母さん、パジャマ借りるね」と断ってから、下着と母のパジャマを持って脱衣所に行った。サクラも付いて来たから、「一緒にお風呂に入ろうか」と声を掛けて、サクラが浴室に寝そべれるように蓋の上にバスタオルを敷いてあげた。
髪を洗い、身体を洗ってから、母のクレンジングオイルでメイクを落とした。母はお風呂でいつも顔に蒸しタオルを乗せる、と言っていた。母は美容と健康に気を使っていた。父が血圧が少し高かったから、父が食べる物に関しても父を注意していた。
顔も洗ってから湯舟に浸かった。サクラは洗面器の水を長い時間かけて飲んでいた。入浴剤が入れてあり、気持ち良かったが父が熱いお風呂が好きでお湯が熱かった。長湯は出来ず上がることにした。
バスタオルで髪と身体を拭いて、母の化粧品で肌のお手入れをした。身体にも母の敏感肌用の乳液を塗った。下着とパジャマの上に、母が置いたであろう分厚いカーディガンがあった。
下着とパジャマ、カーディガンを着てから、髪を母のドライヤーで乾かした。ブラシが付いているタイプでブローも出来た。浴室からサクラが寝そべっていたバスタオルを取って、洗濯カゴに入れ浴槽の蓋もした。
「気持ち良かったー」と言って、居間にサクラと一緒に入ると、両親は蜜柑を食べていた。私も甘そうな蜜柑はどれかな、と選んで蜜柑を食べた。蜜柑は皮が薄くて、果汁がたっぷりとしていて、すごく甘くて驚き「甘い、この蜜柑!」と言うと、「頂き物よ」と母が教えてくれた。おそらく父の仕事関係の方からのお歳暮だろうと思った。
就眠薬を飲んで、両親に「もう寝るね」と言って、洗面所で歯を磨いて仏間にお布団を敷いた。サクラがお布団の中に入ったり、出たりを繰り返した後に、私の腕に手を掛けて座るポーズを取り、腕を手でしばらく喉を鳴らしながら踏み踏みしていた。
無理はしていないよな、ちゃんと両親とも話せたよね、と思いながら眠りについた。祖父に見守られているように感じながら。。。
「モモとサクラのこと」の猫たちです。
猫は私のアレルゲンの一つでして、喘息を診て貰っていた先生からは、捨てなさい!と言われていました。最初は猫との同居生活は喘息が酷くなり、きつかったですが、耐性がついたのか平気になりました。今では猫愛好家です。
両親とまだ少しぎくしゃくしている状態でした。。。
お読みくださり、ありがとうございます!




