音楽
文は音楽療法の活動に参加します。
朝食が乗ったお盆を看護師さんがテーブルまで運んで下さった。お礼を言ってから、私はお味噌汁をお湯で薄めてから、それだけを食べた。ご飯やオカズは闊達な女性に食べて貰った。
「大丈夫ー?」とほっそりとした女性から言われた。「寝起きでまだ頭が寝ています」とぼんやりとしたまま何とか答えた。闊達な女性は「お昼ごはんは食べられるようになるといいね」と、優しく言ってくださった。
部屋に戻って歯を磨き、うがい薬でうがいをした。おしっこをしたら、もうしみなくて、主治医の先生は予言者みたい、と思った。
パジャマから部屋着に着替えた。
部屋をノックする音がして返事をしたら、女性の看護師さんと男性の若い看護助手さんが朝の検診と問診をしにいらしたのだった。体温を測っている間に血圧、脈拍を測ってくださった。問診されて、「痛みが無くなりました」と看護師さんに言った。看護師さんはどこの痛みなのかご存知のようで、「よかったですね。主治医の先生に伝えておきますね」と言って下さった。
母に電話をかけて、「痛みが無くなったよ!」と私が言うと、「よかったわねぇ。今日、お父さんが出張帰りに病院に寄ると言っていたわよ」と言った。サクラはまた鳴いていた。「サクラ、サクラ、また明日会えるからねー」とサクラに話し掛けた。
煙草を吸いに行こうと、ニット帽を被り、首にタオルを巻いて、ジャンパーを羽織り、ポケットに煙草とライターと携帯を入れて部屋を出て、エレベーターで一階に降りて外に出て喫煙所まで歩いて行った。喫煙所の人がいない方のベンチに座って煙草を吸っていたら、深夜の勤務の看護師さん達が帰る為に、駐車場に停めてある、各々の車に歩いて行かれる所だった。
親しくしている看護師さんや看護助手さんが、手を振ってくださったので、私も手を振って返した。
煙草を吸いに来られた看護師さんと看護助手さんもおられた。
ベテランの看護助手さんから「調子はどう?」と聞かれて、「親知らずを抜いて二日ほど欠食して、母が作って来てくれたらスープを飲んでいました」と私が言うと、「また痩せたみたいだね」と心配気に言われるのだった。「大丈夫ですよ。お昼ごはんは、しっかり完食しますから」と看護助手さんに言った。この看護助手さんは、以前私が住む町に住んでおられたご縁もあり、何かと私の事を気遣って下さっていた。
「お疲れさまでした」と、二人に声を掛けて私は病棟の自分の部屋に戻り帽子を脱ぎ、ジャンパーのポケットから煙草とライターを取り出して引き出しにしまい、携帯は机の上に置いた。
新しい石鹸を箱から出した。アイボリー色をしていて意外に大きかった。その石鹸で手を洗い、うがい薬でうがいをした。石鹸の香りは柔らかな優しい香りだった。泡立ちもきめ細やかだった。いい買い物をしたな、と満足した。
部屋をノックする音がして返事をしたら、話した事は無かったが、すれ違うと挨拶はしていた、精神保健福祉士の主任の男性だった。
「退院後、通院するときに調剤薬局をどこにしますか」と地図を示しながら、尋ねられた。私は名前の響きから、ある調剤薬局を選び主任さんに伝えた。主任さんは「分かりました」と仰り、颯爽と部屋を出て行かれた。
主任さんはすらっと背が高くて、姿勢が良いのでさらに背が高く見えた。足も長かった。渋いハンサムな顔立ちをなされておられた。
病院のお母さんは、この病院の男性のワーカーさんは顔で採用されるのよ、と言っておられたが、たしかにタイプは違うがワーカーさんは皆さんハンサムだった。
なんだかお腹が減ったので、冷蔵庫を開けたら母の料理の容器がまだあった。開けてみたら豆乳で作ったクラムチャウダーだった。温めに食堂に行くのも面倒だったから、そのまま冷たいままで食べた。味付けはほとんどされて無くて、魚介の出汁が効いている優しい味のスープだった。美味しかった。
洗面所で容器とスプーンを洗ってから、母に『料理、全部美味しかった!ありがとう』と書いて送った。
歯を磨き、うがい薬でうがいをした。
作業療法士さんが、「音楽鑑賞にでられる方はおられませんかー」と声を掛けてまわっておられたから、私は携帯を机の中になおして部屋を出た。
看護師さんと作業療法士さんに誘導されて、昨日ストレッチ体操をした部屋に入った。
テーブルの上にCDが沢山入れされたファイルと、MDも置かれていた。
私は悩みつつも、学生時代に流行った北欧のバンドのメロウな曲を選んだ。小さな紙に自分の名前とCDの曲の番号、選んだ理由には、学生時代に聴いていた思い出の曲です、と書いた。
ファイルからCDを抜き取り、作業療法士さんの所に持って行き、CDとメモ用紙を渡した。
私の順番になり、久しぶりに聴いた女性ボーカルの甘い声に懐かしいなーと思いつつ聴いていた。他の患者さんがリクエストされた色んなジャンルの曲も楽しみつつ聴いていた。音楽はその人の人生を語っているようだと思った。
今日も二階から日本人形のような面立ちの女性は看護助手さんと一緒に参加されていて、彼女がいつも頼む日本のバンドの曲を聴きながら、静かに涙を流しておられた。
彼女は名字から察するに、他県からこの病院に来ておられる患者さんのようだった。彼女の病気は何なのかは分からなかったし、誰かに聞くということもしていなかった。
彼女だけでなく、他の患者さんの病名については知りもせず、分からないままだった。
ほっそりとした女性は、摂食障害がある事を自分から私に言われていたが、他にも病気を抱えておられて、私にご自分の病気について話されたが、私は知らない病気でどのような症状になられるのか分からなかった。
いつものんびりとされておられて、入院中もお洒落を欠かさず、なんで入院なさっておられるのか分からなかった。
音楽鑑賞の時間が終わり、二階の患者さんは看護師さんと看護助手さんに誘導されてエレベーターで降りて行かれた。三階の参加者たちは看護師さんに誘導されて階段で三階に降りて行った。
部屋に戻り洗面所で石鹸で手を洗い、うがい薬でうがいをした。机の引き出しから日記帳を取り出して、今朝付けていなかった、睡眠時間、天気、気分を記号で書いて、主任さんが来られて、いよいよ退院を意識したと書いた。また、音楽療法に参加して懐かしい曲を聴いて、昔を思い出したことも書いた。
お昼ごはんにはまだ時間があったから、昨夜読みかけで寝てしまった本を読んだ。短編集でこれも繰り返し読んだ本だった。昼食を知らせるチャイムが鳴ったから、私は部屋を出て食堂に向かった。
ラッキーなことに、メニューは私が好きなうどんだった。木曜日の昼食はいつも麺類だった。うどんにはお肉を甘く炊いたもの、ワカメ、卵焼き、蒲鉾、ネギが乗せられていて、おにぎりが一個お漬物付きで付いていた。
私はおにぎりは闊達な女性に渡して、うどんをゆっくりと食べた。お汁が濃かったから、具と麺だけを食べた。お腹一杯になった。
二人組から、「食べれたじゃん」「よかったねー」と言われて嬉しくなった。「晩ごはんも頑張って食べます」と二人に言った。
部屋に戻り洗面所で歯を磨き、うがい薬でうがいをした。
机の引き出しから携帯と日記帳を出して、母に『お昼ごはん、完食したよ!お腹一杯」とメールを送った。
日記帳にもお昼ごはんのうどんを完食出来てホッとした、と書いた。
部屋をノックする音がして返事をしたら、看護助手さんから「お父さんが面会に来られていますが、会われますか?」と聞かれた。「はい、会います」と答えた。
父は紙袋とビニール袋を両手に下げて部屋に入って来た。
「金沢土産だ」と言って、紙袋を私に差し出した。「ありがとう。金沢に行ったのね。お菓子処だから楽しみだわ」と言ってお菓子を受け取った。「部屋で弁当を食べてもいいか?」と言うので、「いいよ、レンジで温めて来るね」とビニール袋からお弁当を取り出したら、牛肉が敷き詰められているボリュームたっぷりなお弁当だった。
食堂に行きレンジでお弁当を温めた。
部屋に帰り、父に温めたお弁当を渡した。父は背広を脱ぎ、机の椅子に座っていた。父は温めたお弁当を食べ始めた。「お茶、いる?」と聴いたら、「うん。頼む」と言うので、食堂に設置されている、水、お湯、お茶が出る機械のお茶のボタンを押して、マグカップにお茶を入れた。
部屋に戻り、父にお茶が入ったマグカップを渡した。父はすでにお弁当を半分近くも食べてしまっていた。「美味しい?」と私が聞くと、「まあまあだな」と父は答えた。
父は食べ終えてから私に「調子はどうだ」と聞いて来たので、「もう、大丈夫よ!ゼリーやヨーグルトありがとうね。あの日は最高にくたびれていて、お父さんを無視して寝てしまったの。ごめんなさい」と謝った。「気にするな」と言ってくれた。「お母さんが沢山料理を作って持って来てくれたの。容器を持って帰ってくれる?一応洗ったけど、ってお母さんに伝えてね」と容器が入った紙袋を父に渡した。父は頷いていた。
父は横にならせてくれ、と言ってベッドに横になった。私は父の背広を机の椅子の背もたれに掛けた。お弁当の空き容器をビニール袋に入れて口を固く縛り、ゴミ箱に捨てた。
父の携帯が鳴ったので、表示を見たら母からだった。私は部屋を出て食堂に行きながら、電話に出た。「お父さん、面会に来てくれたんだけど、疲れたみたいでベッドで寝ているの」と食堂の窓際の椅子に座って庭園を見下ろしながら、父の様子を母に説明をした。「そうなの。お父さん、文を心配しながら出張しに行ったから、早く文の顔が見たかったのね」と母は言った。「うん、心配ばかりかけてごめんなさい」と私が言うと、「いいのよ、気にしないで。文がこの頃自分から連絡してくれるようになって私は嬉しいの」と言ってくれた。「料理ね、みんな美味しかった。ありがとう。お父さんに容器を預けたよ。一応洗ったけど、もう一度洗った方がいいかも知れないわ」と言った。サクラがニャオニャオ鳴いていたから、「サクラー、サクラー」としばらく呼んであげた。「お父さんが起きたら、お母さんに連絡するように伝えるね」と言って電話を切った。
部屋に戻り、静かに扉を開けた。父はまだ寝ていた。私は本を読んで父が目覚めるのを待った。
父は一時間ほど寝てから起きた。「珈琲いる?」と聞くと、「飲む」と言うので、さっき父が使ったマグカップを洗面所で洗ってから、二人分の珈琲を淹れて私も父と一緒に飲んだ。
父に「お土産、開けてもいい?」と聞いたら、「いいぞ」と言ってくれたので、紙袋の中を見たら、二箱入っていた。小さい方の箱を開けてみたら、上品な和菓子だった。大きい方の箱は、洋菓子で焼き菓子の詰め合わせだった。
「お父さん、どっちを食べる?」と聞くと、「焼き菓子を二つ選んでくれ」と言うので、父が好きそうなのを選んで渡した。「お母さんから電話があったよ、お父さんが寝ている時に」と私が言うと、「あとで電話する」と言いながら、父はお菓子を食べ、珈琲を飲んだ。
「この和菓子、食べるのが勿体無くて食べれないわ。お母さんに持って帰ってよ。まだ東京土産のお菓子が残ってるの。お父さんのお土産のお菓子だらけになってる」と私は言いながら、和菓子を包装紙でまた包んで、母の料理の容器を入れた紙袋に入れた。
珈琲を飲み終え父は携帯を手に取り、電話を掛けていたから、私は珈琲を飲んだマグカップを洗面所で洗った。
父は仕事の話をしているようだった。
洗ったマグカップを布巾で拭いて戸棚にしまった。
「そろそろ帰るな」と父は背広を羽織りながら言った。「見送るわ」と言って私はニット帽を被り、タオルを首に巻いて、ジャンパーを羽織り、ポケットに煙草とライターと携帯を入れた。
料理の容器と金沢土産を入れた紙袋を持って、父と部屋を出た。
看護師詰め所におられた看護師さんに、「父が帰ります。見送って来ます」と言ってから、私たちはエレベーターで一階に降りて外に出て、駐車場まで歩き、無人の方の喫煙所でベンチに座って煙草を吸った。
「週末の外泊許可おりたよ」と私が父に言うと、「明日、迎えに来ればいいのか?」と聞かれて、「うん、お願い」と私は言った。
「お母さんが作って持って来てくれた料理、全部美味しかった」と言うと、「文を心配していたからな」と父は言った。「お父さんにも心配をかけたね、ごめんなさい。ありがとう、二人に心配かけちゃったけど、なんだかね、嬉しいの」と私が言うと父はにこにこ顔になった。
父の車に紙袋を乗せてから、「お母さんに、電話しなくていいの?」と私が聞くと、父は「そうだった」と言って母に電話を掛けた。父は簡単に「これから帰る」とだけ言って電話を切った。
「明日、仕事帰りに迎えに来るから」と言って、父は帰って行った。
私は父と話してくたびれたな、と感じて温室に緑を見に行く事にした。
「こんにちはー」と声を掛けたが、庭園管理の男性はおられないようだった。許可を貰っているしいいかと、温室の中に入って観葉植物や多肉植物、花の苗を時間を掛けてゆっくりと見て回った。
病院内の探検をしていたら、ギャラリーを見つけた。無料で展示物を観れるようだった。私は首からタオルを外した。
記帳してから、中に入り展示物を見た。書画とその時代の硯や筆などが展示してあった。ギャラリーの入り口と中央と奥には、生け花も飾られていた。いい所を見つけた、と気持ちが上昇した。週替わり、月替わりで展示物は変わるみたいだった。私は美術品や造形にも興味があった。
病棟の私の部屋に戻って、帽子を脱ぎジャンパーのポケットから煙草とライターと携帯を取り出して机の上に置き、ジャンパーを脱いで机の椅子の背もたれに掛けた。タオルもその上に掛けた。
洗面所で石鹸で手を洗い、うがい薬でうがいをした。
机の引き出しに煙草とライターをしまい、日記帳に、父が来てくれたこと、金沢に出張したらしくて上品なお菓子をお土産に持って来てくれた、お父さん疲れていみたい、心配、と書いた。
それから携帯を手に取り、地元の友達に明日から日曜日まで帰るよ、一緒に温泉に行こうね、とメールを送った。
夕食の時間を知らせるチャイムが鳴り、私は部屋を出て食堂に向かった。自分の名前のプレートのお盆をカートから引き出して、テーブルに行ったら、二人組は私を待っていてくれた。
「いただきます」と言ってから、メインのオカズの器の蓋を取ったら、白身魚のムニエルだった。
これなら食べれそうだ、と思った。ご飯を半分蓋に乗せて闊達な女性に渡した。それからゆっくりと食事を始めた。二人組はそれぞれの子どもさんの話をしておられた。
副菜の温野菜のサラダとコンソメスープ、メインの白身魚のムニエルとご飯半分を完食することが出来た。
三人でお盆を返しに看護師さんや看護助手さんの元に行ったら、「完食ですね!」と喜ばれたが、「ご飯半分は食べて貰ったのです」と私は言った。
二人組と別れて部屋に戻って、夕薬を飲んだ。今夜はシャワーだけにしようと、クローゼットからタオル二枚とパジャマ、下着を出して準備だけして、ベッドの上に置いた。まだお腹が一杯だったから、それが落ち着いてからシャワーを浴びようと思った。
部屋をノックする音がして返事をしたら、主治医の先生だった。驚いてしまった。「いま、お話出来ますか」と聞かれて、「大丈夫です」と答えて、私は緊張しつつ珈琲とお菓子を用意した。
先生は自らパイプ椅子を出して座られた。私は机の上に珈琲とお菓子を置き先生に勧めた。
「ありがとうございます」と先生は仰りながら、珈琲を飲まれた。「そうでした。マドレーヌ、とても美味しかったです」と目を細められた。「このお菓子は父の東京土産です。美味しかったです」と栗が入った洋菓子を先生に勧めた。
「ありがとうございます。ところで、痛みが無くなって良かったですね。あなたはとても痩せていて体力と免疫力が無い状態です。ですから、あの様な事になったのです。炎症が軽くて幸いしましたね」と仰った。「はい、今朝からもう痛みません。食欲も戻りました。また、少しずつ減ってしまった体重を戻します」と先生に言った。「ほう、栗が丸ごと入っていますね、美味しいです」と先生はお菓子に感心しておられた。「週末の外泊許可の許可を出してくださり、ありがとうございます」と私が礼を言うと、「あなたの担当の看護師から報告がありましたが、ご両親からの愛情に対して素直になれないと悩んでいるそうですね。焦りは禁物です。時間が解決してくれる事は沢山あるのです。あなたの悩みもそうかも知れないですよ」と穏やかに話されて、私はポロポロと涙を零した。
先生は私が机の上に置いている箱ティッシュを私に渡されて、「僕はあなたを泣かせてばかりですねぇ」と冗談めかして仰られたから、私は泣き笑いをした。
「珈琲とお菓子、ご馳走さまでした。週末の試験外泊は今度は無理をしないようにしなさいね」と仰って、パイプ椅子をなおしてから先生は部屋を出て行かれた。
泣いて疲れたな、もう今日はこのまま寝ようと就眠薬を飲んで、顔を洗い、歯を磨いて、うがい薬でうがいをして、パジャマに着替えた。先生が使ったマグカップも洗い布巾で拭いて戸棚になおした。
引き出しを開けて、カウンセリングノートに主治医の先生の言葉を書き、七色ペンで囲ったりした。
ベッドに入って私はそのまま寝てしまった。
音楽鑑賞の時間は週に一度しかありませんでした。好きな活動のうちの一つでした。
食欲も戻りました。両親も少し安心していました。
主治医の先生は、急に現れるのでいつも驚き、ドキドキと緊張していました。あまりに偉大な方だったから故の緊張です。とても尊敬しています。
お読みくださり、ありがとうございます!




