実家にて
嫌々ながらも文は実家に帰省しますが。。。
夜中に一度目が覚めたけれど、私の右腕の内側で丸くなっているサクラをしばらく撫でてから、また寝た。翌朝は新聞配達のバイクの物音で目が覚めた。私は起きて、朝が弱い母の代わりに朝食を作ることにした。サクラを起こさないように静かに布団から出たのだけれど、サクラは起きて大きく伸びをしてからしきりにニャーニャー鳴くので、お腹がすいてるのかな、と思って餌と水を用意したら、ゴロゴロと喉を鳴らしながら食べていた。
顔を洗って、居間のストーブをつけた。台所に立って大根と油揚げのお味噌汁と卵焼きを作った。自分用にはお粥を作った。
それから神棚さんの水を替えたり、仏壇にお供えや花を変えたりしていたら、両親の寝室から出て来た父が驚いた顔をして、「体調はいいのか」と聞いてきたので、「うん、ぐっすり寝た。朝ごはん作ったよ」と言うと嬉しそうな顔をしていた。「もう食べる?」と私が聞くと父は頷いてから、「お母さん起こすか?」と言ったけれど、「ううん、寝かせとこうよ」と私は言って、二人で朝ごはんを食べるべく、ご飯をよそったりと準備に取り掛かった。
「文はお粥なのか」と父が心配気に聞いて来た。「うん、まだ胃が気持ち悪いの。お粥嫌いだけど仕方ないわ」と二人分の朝食を並べながら父に言った。喘息で子どもの時から入院する度に、朝昼晩お粥だったせいで、私はお粥もおじやも嫌いだった。
父はお味噌汁を一口吸ってから、「うまいな」と言った。「卵焼きも食べてみて」と私が勧めると「美味しい。文、料理出来たんだな」と言うので可笑しくなり、笑ってしまった。「知ってるか、お母さんは卵焼きが苦手なんだ」と父が重大な秘密を告白するように声をひそめて言うので、私は笑いが止まらなくなってしまい、息が切れてまた喘息の発作が出てしまった。慌てて吸入器で発作を抑えてうがいをした。ついでに朝薬も飲んだ。
「大丈夫か」と父に聞かれて、「笑わせないで」と無理なことを言う私だった。サクラはストーブの前に置かれたサクラ用のベッドで丸くなって寝ていた。
母は八時過ぎに起きて来て、私が朝食を作ったことに驚いていた。母の朝ごはんの準備もしていたら、「大丈夫なの?眠れた?」と聞かれて、「うん、ぐっすり寝たよ。サクラがね、一緒に寝てくれって戸をカリカリさせたから一緒に寝たの」と言うと、「サクラは文にしか懐いていないからねぇ」と母が言うので、サクラに悪いことしていたな、と一人暮らし中ほとんど実家に帰ることが無くて、サクラに寂しい思いをさせていたことが悔やまれた。
「あら、卵焼きまで」と母は喜んで朝ごはんを食べてくれた。
母と二人で洗い物をしてから、居間に戻って炬燵に足を入れて両親とお茶を飲んだ。父からどこか行くか、と問われたけれど、「試験外泊だから、私が料理をして過ごそうと思うの」と言うとうなずいてくれた。
母が買い物行く?と聞いて来たけれど、冷蔵庫にあるもので作るから平気、と答えた。買い物に出て、この狭い町で知り合いに会うのが嫌な気持ちが影を落としたのだった。
父は床屋に行くと出掛け、母もちょっと用があるから出て来るわと二人は家を出た。昼には戻るから、と言って。
サクラが起きて来て、私に擦り寄り撫でてやっていたら、満足したのか私の右足に両脚を乗せて座り込むようにしてまた寝てしまった。私は新聞を丁寧に読んで過ごした。いつの間にかうたた寝していて、起きたら、十一時半だったので慌てて起きて、冷蔵庫の中を改めてみて、何を作ろうかと思案した。鯵の開きがあったのでそれを焼いて、ゴボウもあったからキンピラを作ることにした。父は唐辛子が好きだけれど、母は嫌いなので唐辛子は控えめにする事にした。自分用には、たまご粥を作った。
お昼過ぎに母が帰って来て、「あら、いい匂いね。なに作ったの」と台所に入って来た。「キンピラ、味見してくれる?」と小皿に入れて渡した。「うん、いい味付けよ」と言ってくれた。焼き魚に添える大根おろしをしていたら、父が帰って来た。「あら、男前ですねー」と私は散髪した父を冷やかしたら、「元からだ」と父は笑って返して来た。「床屋の主人から珈琲豆を貰った」と私に手渡すので、「うちには珈琲ミルが無かったよね、私のうちにあるから、あとで取りに連れて行ってくれない?私、珈琲淹れるのうまいのよ」と父に言うと「昼ごはん食べてからな」と父は言った。
三人で昼ごはんを食べた。父に「キンピラ、唐辛子が足りないでしょう。お母さんが苦手だから少なめにしたの」と言うと、「いや、美味しい。お母さんと同じ味だ」と言ってくれた。「良かった」と私は言って、たまご粥を嫌々ながらも食べた。
昼薬を飲んで、母と洗い物をしてから、お茶を飲んで一服して父が珈琲ミルを取りに行くか、と言うので父と外に出てから、「お母さんには内緒」と父に言って私はジャンバーのポケットから煙草を出して、庭で煙草を吸った。クラっとしたけれど咳き込みはしなかった。「大丈夫なのか」と父が心配そうに聞いて来たけれど、「うん、美味しい」と私が言うと父は苦笑いしつつも自分も煙草を吸った。私はもう一本吸った。それから、父の車に乗って、一人暮らしをしていた住宅に行き、気になっていた観葉植物の様子を見てから、珈琲ミルを持って玄関で待つ父の元に行った。「それだけでいいのか」と父に聞かれたけれど、すぐには他に必要な物は思い浮かばず、「うん」と言って車に乗り込み、実家に帰った。
玄関の扉を開けたら、サクラがニャーニャー言いながら、出迎えてくれた。愛おしさで胸がいっぱいになった。サクラが好きな、鳥ササミを蒸して小さく割いて与えたら、ゴロゴロと喉を鳴らしながら食べてくれた。
「珈琲、早速飲んでみる?」と両親に聞いたら、「飲みたい」と言うので、炬燵に座る二人の前で、頂いた珈琲豆の封を開けて、手動のミルで挽いてみせた。特に父は興味津々の様子だった。それから珈琲を丁寧に淹れて、二人に出した。「うまいな」と父が言い、母は「これなら私も飲めるわ」とにこやかな顔をしていた。私はひそかに持って帰って来ていた、姪っ子から届いた手紙をバックから出して両親に見せた。妹を通じて姪っ子の手紙と絵を両親に見せても良いのか事前に聞いていて、いいんじゃない、と妹は軽い調子で許可してくれていたのだった。両親は奪い合うようにして姪っ子から来た手紙を眺めては、ほーもう平仮名、片仮名が書けるのか、字が上手ねぇ、これは何の絵かなぁ、と感嘆しながら実に嬉しそうに姪っ子からの手紙と絵を眺めていた。
父は仕事に関する資料を調べ、母はパソコンで何やら作業を始めた。
私は日記帳をつけた。昨夜の分から書いて無かったので時間がかかった。サクラはまた私の足に両脚を乗せて寝ていた。
晩ごはんは何を作ろうかなーと考えていたら、台所の野菜類を入れたカゴの一番上にキャベツがあるのを見て、お好み焼きを作ることにした。父の友達の方が毎年くださる自然薯をつなぎにした贅沢なお好み焼きは、ふっくらとしてとても美味しいので、作る前からワクワクとした。両親は晩酌をするので、おつまみはどうしようかなーと悩んでいたら、昨夜の残りのお刺身が冷蔵庫に入れてあるのを見つけて、これをハーブソルトで味付けしてソテーすることに決めた。
料理を開始する前に、浴室の掃除をした。父は晩ごはん前に入浴する習慣だったから、調理中に入れるようにという思いがあった。
泥を洗い落としたけれど、自然薯をすり鉢で擦るのは、父に頼もうとして思った。母も私も生の自然薯に触れると痒くてたまらなくなるので、擦るのは嫌だった。父は好物と言うこともあり、いつも擦ってくれていた。
キャベツを粗めのみじん切りにした。冷凍庫に冷凍食品のシーフードミックスがあったので、レンジで解凍しておいた。
父に「自然薯を擦って!」と頼むと、「晩ごはんは何を作るんだ」と言うから、「教えない」と言って、私は浴室に行ってお湯を落とした。
母はパソコンで作った資料をプリントアウトしていた。母に「昨日のお刺身の残りをハーブソルトで炒めようと思うんだけど、お刺身、大丈夫かな」と聞いたら、「火を通すんだから、大丈夫よ。ブロッコリーも一緒に炒めたら?」と言ってくれた。
浴槽に落としていたお湯を止めて台所に戻り、父に「お風呂入れるよー入浴剤置いておいたよ」と言うと「擦り終わったぞ。あー手が痒い」と言いながら手を洗っていた。父はお風呂に入りに行った。
ボウルにキャベツとシーフードミックス、擦った自然薯、卵を入れて混ぜ合わせた。小麦粉を入れない我が家のお好み焼き、懐かしいなぁと思いながら混ぜていた。
母がブロッコリーもお刺身と一緒に炒めたらいいんじゃない、と言っていたから、カットしてから固茹でした。お刺身は大きさを切って整えた。オリーブオイルをフライパンに垂らして、お刺身とブロッコリーを炒め、ハーブソルトで味付けをした。
お刺身の中には、サクラの好きな鯛がまだ残っていたから、蒸してほぐしていたら、サクラは私の足元をニャーニャーと、早くくれ、とばかりに鳴いていた。皿に入れて与えたら、ゴロゴロ喉を鳴らしながら食べていた。
母がパソコン類を片付けるのを手伝ってから、炬燵の台の上にホットプレートを出して、皿や箸、ソース、マヨネーズ、青海苔、鰹節などを並べて、ホットプレートの電源を入れてプレートを加熱した。
お好み焼きのタネをプレートにひと玉ひと玉落としてから蓋をした。
おつまみに作った炒め物も皿に盛り付けて、炬燵の台に運んだ。母に味見をしてもらったら、「うん、美味しい」と言ってくれた。「文、もう食べれるの?胃は大丈夫?」と聞かれて、「たぶん、大丈夫。それにお粥はもう嫌」と私が言うと、「そうよねぇ、あなた離乳食のお粥からして吐き出していたものねぇ」と言われてしまった。
片面が焼けたお好み焼きをひっくり返していたら、父がお風呂から上がって来た。「いい匂いだな。お、お好み焼きか」と食いしん坊な父はまだ焼けないのか、とばかりにお好み焼きの焼き具合を見て、「先に乾杯しようか」と、母とビールを飲み出した。
「おつまみを作ったの。食べてみて」と、私がお刺身の炒め物を父に勧めると、「ほう、香りがいいな」と箸を伸ばし、「どう?」と私が聞くと、「いい味がついてる。ビールに合う」と言った。「お好み焼き、焼けたみたい。お皿ちょうだい」と父と母に言って、皿に乗せてやり、ソース、鰹節、青海苔をかけて、「マヨネーズもかける?」と聞いたら、母だけ「かける」と言った。二人に渡して、またホットプレートのプレートの上にお好み焼きのタネを落として蓋をした。
久しぶりに食べる、我が家のお好み焼きは、ふんわりとしていてとても美味しかった。小麦粉を入れないので、あっさりとしているのだ。
約二日間まともに食べていなかったので、一枚をゆっくりと食べた。
「良かったね、食べられるようになって」と母から言われた。
「文がこんなに料理が上手だとは知らなかった。さすがお母さんの子だな」と父は上機嫌だった。
夕薬を飲んで、母と片付けをして、洗い物を一緒にしている時に、「疲れたんじゃない?」と心配そうに私を見つめて言った。「そうね、でも久しぶりに料理をして楽しかった」と私は笑ってみせた。「文、明日も料理するの?」と聞かれて、「うん、そのつもり」と答えた。
父から、また珈琲を淹れてくれないか、と頼まれて、珈琲豆を挽いて珈琲を淹れ、三人で飲んだ。サクラはストーブの前に置いている、サクラ用のベッドの中で丸くなって寝ていた。
母から先にお風呂に入るように勧められ、約十年ぶりに実家のお風呂に入った。お風呂に入る時の私の癖で、湯船に浸かっている時は、頭の中は真空状態のようにただぼんやりとするのだった。
サクラが鳴く声が聞こえて来て、浴室の扉を開けてあげると、ニャーニャー鳴きながら浴室に入って来た。洗面器に水を入れてあげると、サクラはその水を一体どれだけ飲むのだろう、という位ずっとペチャペチャと飲み続け、満足したら、私が浴槽の蓋の上に敷いてあげたバスタオルの上でゴロゴロと喉を鳴らすのだった。
お風呂から上がり、化粧水や乳液、クリームは母のを使わせてもらい、私と同じく敏感肌の母が使っている身体用の乳液を満遍なく塗って、肌に馴染んだところで下着を身につけて、母から借りたパジャマを着て、母がそれだけでは寒いからと貸してくれた、厚手のカーディガンを羽織った。歯を磨き、ドライヤーで髪を乾かして居間に戻った。
「長風呂だったね」と母に言われ、「うん、気持ち良かった。お風呂、入ってくれば?」と母に言うと、「まだテレビ見てから」と言うので、画面を見たら母の好きなサスペンスドラマがあっていた。「お父さんは寝たの?」と聞くと「うん」と母はテレビ画面から目を離さないまま答えた。
就眠薬を飲んで、日記帳をバックから取り出してつけた。「もう、寝るね」と母に言ってから、私は仏間に行き、布団を敷いてから、何か短編集かエッセイ集でも読みたいな、と思いつき二階の自分の部屋に置いている本棚を眺めて、懐かしいなぁと本をあれこれ手に取って、二、三冊選んだ。
布団に入ってどの本を読もうかなぁ、と思案していたら、昨夜と同じく戸をカリカリとさせているサクラを仏間に入れてやり、すっかり甘えん坊さんだね、とサクラに声を掛けながら、布団の中に入れてあげた。この体勢では本は読めないな、と本を読むのは諦めて電気を消して「サクラ、おやすみ」、と言って目を閉じた。サクラはしばらくゴロゴロと喉を鳴らしていたが、私もそのまま眠ってしまったのだった。
途中で起きることも無く、熟睡して六時前に目が覚めた。布団を畳んでから、顔を洗い、歯を磨いて、着替えた。
神棚さんの水を替え、仏間にお供えをして、朝ごはんの準備に取り掛かった。里芋があったので、お味噌汁の具にしようと決め、それとまた卵焼きを作った。里芋は一度煮た煮汁を捨ててから、新たに水を加えお味噌汁を作った。
サクラには、鳥ササミを蒸してやり、それを細かく割いて、餌に混ぜて与えた。水も新しいのに替えた。サクラはお風呂場で洗面器に入れた水を飲むのも好むので、水飲み場が二箇所あるのだった。
父が起きて来て、「早いな。眠れたのか」と聞かれ、「九時間くらい寝たよ」と言うと安心した様子だった。「朝ごはん、出来たけど食べる?」と聞くと、「あぁ、食べる」と言うので、「ちょっと待ってね。居間に運ぶから、炬燵に座ってていいよ」と言って、ご飯、お味噌汁、卵焼きを並べて、「梅干しいる?」と聞いたら「いる」と言うので、自家製の梅干しも小皿に載せて居間に運んだ。自分の分も運び、父と一緒に朝ごはんを食べた。
「里芋のお味噌汁、好きなんだ。どう?」と聞くと、「うまいな」と父は言い、「卵焼きも本当にうまい」とにこにこ顔をするので、照れくさくなってしまった。
父に食後のお茶を出して、朝薬を飲んでから、洗い物をした。
父は午前中会議がある、と言って昼過ぎには戻るからと言ってスーツ姿になり、出掛けて行った。
母がまだ寝ているので、洗濯機を回すのは戸惑われ、新聞を丁寧に読む事にした。病院では、新聞は回し読み状態で早い者勝ちで、後になって読もうとしたら、破り取られていたりして、読むことが出来ない状態だった。
母はやはり八時過ぎに起きて来た。朝ごはんを用意してやり、「洗濯してもいい?」と聞いたら、「無理しなくていいよ」と言われたので、「じゃあ、干す時一緒に干そう」と言うと納得したようで、「お願いするわ」と言った。
洗濯機に汚れ物を入れて、容量が多い洗濯機だから、洗濯機を回すのは一度で済むな、と洗剤と柔軟剤を分量を測って入れて、スウィッチボタンを押した。
居間に戻ると母が、「お味噌汁、美味しいわ。ちゃんと里芋のぬめりも取ってある」と微笑んで言った。「お母さんが教えてくれたんじゃない。懐かしいな、子どもの時から一緒に料理をしたよね」と私が言うと、「あなたは手伝ってくれていたけど、あの子は遊んでばかりいたわよねぇ」と妹の事を言うのだった。「そうだったね。あの子、新婚の時に私にカレーの作り方を聞いて来た事があったの。私がメールで詳しく書いて送ったら、出来上がるのに四時間かかったって言ってたから、大笑いしたのよ」と言うと、「まぁ、そんな事が。。。」と、母は呆れた顔をしていた。「でも今は専業主婦頑張ってるじゃない。頑張り屋さんだわ、あの子」と私は言った。
母と洗濯物を物干し竿に干して、「いー天気ね」と言って、母と庭の散策をした。母は数年前から薔薇に凝っていて、ちょっとした薔薇園が実家の庭の一角には出来ていた。西洋の薔薇は手入れや管理が難しく、私は日本古来の木香薔薇や、一重の薔薇を好んだ。実家の木香薔薇は、かなり大きい古木で八重咲きだった。
私は和風の庭が好きなので、母に薔薇もいいけどせめて日陰には、ホトトギスみたいな和風の花を植えて欲しい、と話しながら庭を歩いて回った。
「お昼ご飯、何作るの?」と母に聞かれて「ひみつ」と私は答えた。
こっそり、昨夜から水に浸けていた、小豆と餅米でお赤飯を圧力鍋を用いて五合炊いた。そして小松菜と揚げのおひたし、朝の里芋のお味噌汁が好評だったので、改めてまた作った。それらがお昼の献立だった。
母から習った圧力鍋を用いて作るお赤飯は、約十五分で出来上がる簡単でしかも美味しいお赤飯なのだった。
父の帰りを待つ間、母とお茶を飲みながら、炬燵でくつろいでいた。サクラは私の足に両脚を乗せて座った格好で眠っていた。
「病院に戻る時間、何時にしてたの」と母に問われて、「一応五時にしているけど、それじゃあお父さん達が家に帰る時間が遅くなるから、うちを三時には出るつもりなんだけど、どうかな」と私は答えた。「そうね、暗くなるのが早くなったからね。それがいいわね」と母は私の意見に賛成してくれた。
私は思いついて、地元の年下の友達に電話を掛けた。金曜から町に帰って来ていた事を告げて、今どこにいるの?と尋ねると、彼女は幸いにも家にいて、お昼ごはん食べた?と聞いたところ、まだだと言うので、お昼ごはんうちに食べに来ない?と誘ったら、彼女は私が実家にいることで、最初は遠慮していたけれど、お言葉に甘えてお邪魔します、と言ってくれた。私はウキウキとして、母に友達がご飯食べに来るから、と言った。母もこの前に会ったその友達のことを、若いのにしっかりしている、と気に入っているので、良かったわね、と言って微笑んでいた。
その年下の友達が来ると決まったから、お皿など普段使いの物で無く、母が趣味で集めた小洒落たお皿や器で、もてなしてやりたくなって、母の許可を得て、なおしてある皿や器を箱から出して、水洗いして布巾で拭いて、彼女がいつ来ても良いように準備をして、玄関を掃いたりもした。
彼女が来る前に、父が帰って来た。父にお昼ごはん食べに友達が来ると言うと、「誰だ」と言うので、父も知ってる彼女だよ、と説明したら、父も友達のことを母と同じく気に入っているので、「良かったな」と言ってくれた。
友達は気を遣って、手土産持参で来てくれた。わが町に昔からある和菓子店のマドレーヌだった。あとで珈琲と一緒に食べようね、とありがたく頂戴した。
「文さん、手伝いますよ」と友達は申し出てくれ、「それじゃあ、運ぶのをお願いしていい?」と、二人で台所に入った。圧力鍋のお赤飯に友達は驚いて、「豪華ですね」と言うから、「作り方、簡単なんだよ」と、圧力鍋を用いてつくるお赤飯の作り方を教えたら、「うちには圧力鍋が無いんですよね、買ったら作ってみます」と言うのだった。
私たちが料理をよそったり、運んだりしている間に、母はお茶を淹れてくれていた。
居間の炬燵の台の上に、料理を並び終えて、皆でお昼ごはんを食べた。
「全部、文さんが作ったんですか」と友達に聞かれ、「うん、どうかな」と友達に聞くと、「全部美味しいです。文さんすごいですね」と言われ、「簡単料理しか作れないよ。味見もしないで作るから、私の料理は適当料理」と私が言うと、驚いた顔を友達がするので私は可笑しくなった。
父がお赤飯のお代わりをと言うので、「美味しい?」と聞くと「あぁ、しかも久しぶりに食べる」と言った。「よく噛んでね、胃もたれするよ」と私は言いながら、台所にお赤飯をよそいに行った。
サクラは友達が来たことを嫌がったのか、どこかに隠れてしまっていた。
片付けや洗い物も友達が手伝います、と申し出てくれ、二人で台所に立ちながら話をした。
「急に呼び出してごめんね」と私は謝った。友達は「気にしないでください、文さんに会えて嬉しいです」と言ってくれた。「来週も帰って来られるのですか」と、友達から尋ねられた。私は「そうねぇ、本当言うとね、実家に帰って両親と過ごすことが、かなり抵抗があって嫌で仕方無かったんだけど、いざ両親と過ごしてみたら、案外平気で我ながら驚いているの」と、素直な気持ちを話した。「そうだったんですか、文さん、ご両親とうまくいって無いんですか」と遠慮がちに問われて、「違うの。私が両親に対して壁を張ってしまうの。両親は私に対して愛情たっぷりなの分かっているのだけれど、その愛が重たく感じるの」と言い訳をするように友達に話した。「文さん、また来週帰って来てください、一緒にまた温泉に行きましょうよ」と友達は、私を責めること無く、優しく言ってくれるのだった。
二人で居間に帰ると、両親は炬燵で横になって寝ていた。
二階の私の部屋に友達を案内するかと、私は部屋を暖める間、珈琲を淹れる事にした。友達に「また珈琲豆を挽いてみたい?」と聞くと、「はい」と嬉しそうな顔をして豆を挽いてくれた。
ケトルでお湯を沸かし、友達が挽いてくれた珈琲豆を丁寧に淹れて、母が趣味で集めている、珈琲カップを友達に見せて、「どれがいい?」と尋ねたら、友達は有田焼のカップを選んだ。「うふふ、ほんと渋好みだね」と私が友達に言うと、照れていた。私は信楽焼のを選んだ。
実家の私の部屋を彼女は、興味深気に見ていた。「本棚がすごいですね、壁一面」と言うので、「漫画も好きなのよ」と私が高校生の時に買った、あるシュールな作風の漫画を友達に押入れの中から出して見せたら、パラパラと見た後に、「文さん、これ好きです!」と興奮した調子で言うから、その漫画家さんので私が持っているの全部を貸す事にした。私も理解者を得たような気分になって嬉しくなったのだった。紙袋に漫画本を入れて、返すのはいつでもいいから、と言って友達に渡した。
二人で珈琲を飲みながら、私は友達に「彼氏さんのこと、お母さん許して下さったの?」と聞いてみた。「来月、三人で会うことになりました」と、友達は何やら覚悟を決めたような顔で言った。「そっか。真心を持って、お母さんに話したら大丈夫よ」と、私は友達を励ました。
「文〜」と呼ぶ声が一階から聞こえて来て、私はドアを開けて「二階よ、何?」と階段の踊り場から、一階にいる父に言った。
「文さん、そろそろお暇しますね」と友達が部屋を出て来て言った。「ごめんね、慌ただしくて」と友達を見送る為に、玄関でいいですから、と断る友達を、私は駐車場まで出て見送った。「来てくれてありがとう」と言うと、「来週も連絡待ってます」と友達は言ってくれた。私は車が見えなくなるまで手を振った。
玄関の扉を開けると、サクラがニャーニャー鳴きながら、出迎えてくれた。
誤って、新作短編「実家にて」として投稿してしまいました。ご助言いただき、十七話として投稿し直しました。ご助言、ありがとうございましたm(_ _)m
文は実家に嫌々ながら試験外泊しましたが、なんとか両親との触れ合いをやり遂げました。




