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不思議な部屋  作者: 竜胆
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サンドウィッチ

親友親子がお見舞いに来てくれます。

ぐっすりと完全熟睡して目が覚めて、携帯の時計表示を見たら、もうすぐ六時になる時間だった。頭はすっきりとしていた。巨人好きの友達のことは気にかかっていたが、気分は◯と日記帳に書いた。睡眠時間も書いた。九時間も寝たのか、と、計算して呆れた。カーテンを開けたら、今日は曇りで寒そうな空をしていた。天気も記入した。


ハンドタオルと下着と部屋着をクローゼットから出して、昨日買った石鹸を箱から出してみたら、薔薇の花の形をしていて、使うのが勿体無くなってしまい、それは部屋に飾ることにした。もう一つを箱から出したら、形は普通の石鹸の形をしていたが、香りが良かったので気分が上昇するのを感じた。

シャワーを浴びて、顔や全身のケアもして、歯を磨き、下着や服を身につけて、ベッドの上でストレッチをした。ストレッチは、毎朝の習慣になっていた。無心になれるから好きな行為だった。


ニット帽を被り上着を羽織って、首にマフラーがわりにハンドタオルを二つ折りにして巻いた。部屋の外に出て、エレベーターの前に出来ている列にすでに食事をするメンバーの二人組みが並んでいた。私は闊達な女性に「おはようございます。昨夜はいかがでしたか」と話しかけた。「発表うまくいったよ!でも長かった。就寝時間過ぎても終わらなかったんだよ」と明るい表情をされていた。「泣いたらしいよー」と、ほっそりとした女性が言うと、闊達な女性は「言うなって。恥ずかしいから」とほっそりとした女性の肩を軽く叩いておられた。良かったな、とホッとした。


三人で喫煙所で煙草を吸いながら、「あーひと段落ついた。あとは、断酒会で先生や看護師、OB、OG、アルコール入院患者の前で発表を来週したら、ゆっくりできるわー。子どもたちにも報告したら、面会に来るって言ってた」と、煙を吐きながら言われた。肩の荷が降りたようにリラックスしておられた。「よかったですね」と私は言った。ほっそりとした女性は、携帯で誰かと話しておられた。「歩いて来ますね」と言ってから、私は喫煙所を離れて病院内に戻って院内を五周した。

ルートは歩く度に変えていて、院内にたくさん植えてある、花木や樹木の紅葉具合の変化を楽しみながら、それでも早歩きで歩いていた。早朝は二十分歩くと決めていた。

病棟に七時半までには戻って、部屋に入るとニット帽を脱ぎ、上着のポケットから煙草とライター、携帯を取り出してメールのチェックをした。親友から、今日子どもたちを連れて行ってもいい?という内容のメールが届いていたから、いつでもいいよ、と返事を返した。木曜日は午後に音楽鑑賞の活動があったが、親友に会う方が私には優先事項だった。


カウンセリングノートと日記帳を引き出しから取り出して、昨夜の副長さんの優しさについて書いた。病棟のスタッフさんたち皆さんから、見守られている、と書いた。日記帳には、闊達な女性の発表がうまく行って良かった、と書いた。


朝食を摂りに食堂へ行ったら、二人はすでに席についていた。看護師さんから朝ご飯が乗ったお盆を受け取って、私も席についた。朝ご飯もほっそりとした女性はご飯全部、オカズの煮魚も闊達な女性に渡されていて、叱りながらも闊達な女性は食べてあげていた。闊達な女性は毎食ほっそりとした女性から大半のご飯やオカズを分けてもらって食べていて、他の患者さんから牛乳を数本貰ったり、バナナが朝食につくときには、それも数本もらって食べておられるのに痩せておられるのだった。お風呂上がりに、食堂で二人はお菓子も食べておられた。体重測定がある日に「また増えてない」と嘆かれていて、私はかなり謎だった。というか、アルコール依存症の患者の男性もみなさん痩せておられて、ご飯を「超大盛り」と頼んでおられた。大きなご飯が一升くらい入るタッパーを看護師さんが「お代わりのいる方はどうぞ」と声を掛けると、アルコール依存症の患者さん達は、競うようにしてご飯を食べておられた。


食事のお盆には患者さんの名前のプレートがあるのだが、病院の栄養部の人たちがそのプレートに超大盛り、大盛りマークのシールや、腎臓や、肝機能障害のある人のシール、食物アレルギーのある人にはそれぞれのアレルゲンが書かれたシールが貼られていた。ほっそりとした女性が、食物アレルギーがあって、プレートのシールの説明をしてくれて私は知ったのだった。


私自身も前にいた病院に入院してからすぐに受けた血液検査で極度の貧血であると判明していたから、転院してから自由に病院の売店に行けるようになってから、鉄分が入った牛乳を売店の方に頼んで注文してもらって飲んでいたのだが、主治医の先生にその事を伝えたら、お薬で飲んでいる鉄剤の百分の一の効果もないですよ、とあっさりと言われて、その牛乳を飲むのは止めていた。そして鉄剤の効果が出るのには、半年くらいかかります、とも言われていた。私はこの病院に来てすぐに隔離室で生理が来て以来、生理が来なくなっていた。そのことも主治医の先生に伝えていたのだが、先生は「身体がそれだけ参っているということですよ。いつか身体が整ったら、必ず来ますから」と断言された。身体を労わりなさい、と言われているのだな、と思いながら先生の言葉を聞いていた。


部屋に戻って、歯磨きをしてから、友達が子どもたちを何時に連れて来るのか分からなかったが、いつもより念入りに掃除をして、友達の彼氏が持って来てくれたサンスベリアを浴室に持ち込んで葉に霧吹きで水をかけて、日当たりのいい場所にサンスベリアを置いた。子どもたちが来たら、煙草を吸えなくなるから、喫煙所に行って煙草の吸い溜めをした。病棟に戻って、シャンプー類とドライヤーを出してもらって、シャワーを浴びて髪を洗い、身体や手を洗った。煙草の臭いを消したかった。歯も磨いた。

髪を乾かして、髪から煙草の臭いが消えたのをチェックしてから、下着を身につけて、部屋着じゃなくカットソーにカーディガン、ジーンズを履いた。シャンプー類とドライヤーを看護師詰め所に返しに行ったら、副長さんから「どこかに出掛けるの」と声を掛けられた。私は副長さんも覚えている、私の親友が子どもたちを連れて面会に来るので、煙草の臭いを嫌がるかな、と思ってシャワーを浴びたことや、格好の説明をしたら、「文ちゃんは気を遣うわねー。それなら煙草止めなさいよ」と笑われてしまった。


部屋に戻って、サンスベリアの葉をタオルで磨いていたら、親友と子どもたちは、十時過ぎに来てくれた。一気に部屋が賑やかになった。小さな花束を長女の小学一年生の子が私にくれた。妹はまだ二才になる前で、親友に抱かれていたが、私に抱っこをせがんで来た。部屋には椅子が二つしかなく、足りなかったから、子どもたちにベッドに上がっていいよ、と私が言うと、姪っ子がくれた大きなぬいぐるみが気になるらしいのが分かったから、遊んでいいよ、と言うと、二人はぬいぐるみで遊び始めた。

花束を私は携帯で写真に撮ってから、妹に写メールを送った。

親友が「ごめんねー、来週来るつもりだったのに、この子たち、文に会うってうるさくって」と言いながら、以前私が美味しかったっ言ったお菓子をくれた。「いーよー。私も会いたかったもん」と言って、親友には珈琲を入れて、子どもたちには売店で買っておいたオレンジジュースを出すことにして、部屋にはテーブルは無くて、机の上にそれらとお菓子を並べて置いた。「ベットの上で飲んじゃダメ!」と親友が子どもたちに言ったから、子どもたちに椅子に座るように言って、私は部屋を出て看護師さんに頼んで椅子をもう一つ借りて来た。私はベッドに座って三人の話を聞いたり、親子のやり取りを見ていた。「ふーちゃん、どこが悪いの?」と真っ直ぐに私を見る瞳に動揺してしまった。親友にも私の摂食障害については話せないでいた。また、何かしらの精神病であるのだろうとは、薄々感じてはいたが、主治医の先生から病名は告げられていないままだった。

「私ね、お腹から血が出てるんだって。お母さんみたいに、コーヒー飲んでないよね。胃の病気なんだって」と苦肉の策を必死に考えて答えた。「ふーん。痛いの?」と心配されて、心が痛んだ。「もう痛くないよ。二人に会ったから、また元気になったよ!ありがとう」と言うと、「早く良くなりますように」と言いながら、私のお腹を撫でてくれた。

ジュースを飲み終えて、二人はまたベッドに上がって、ぬいぐるみで遊びだした。


「文、大丈夫なの。明日から実家に帰るんでしょ」と親友が声をひそめて聞いて来た。親友の気遣いが嬉しかった。親友は本当は私を心配して今日お見舞いに来てくれたのだと気付いた。「分からない。十年近く一人だったから、実家で暮らすのは今更って思うよ。でも仕方がない」と私は諦めていた。「明日ね、臨床心理士の先生とカウンセリングがあるの。実家に帰りたくない、とか他の不安な気持ちを相談するつもり」と言った。静かだな、と思ってベッドを見ると子どもたちは寝ていた。

「時間あるなら、お昼食べに行かない?文は食べに出れるの?」と親友に聞かれて、「看護師さんに断ったら平気。院内に軽食や日替わり定食が食べられる喫茶店があるよ。みんなで行こうか?でもこの子たち、起きるの?」と私が親友に尋ねると、「起こすから大丈夫」と笑っていた。

私は早速看護師詰め所におられた看護師さんに、お昼は院内にある喫茶店で食べたいのですが、と言ったら、「昼食は栄養部がすでに用意していますから、次回からは早目に申し出てください。そうすると食事代が加算されませんよ」と丁寧に説明をしてくださった。


院内の喫茶店については、病院のスタッフさんや患者さんから話には聞いていたし、歩く時にその存在が気になっていた。初めて店内に入って、ドキドキした。店内は落ち着いた雰囲気で、カウンターとテーブル席とがあった。

私たちは窓際のテーブル席を選んで座った。メニューが置かれていて、写真付きで料理や軽食、飲み物、デザートの説明書きがしてあった。

作業療法士の若い女性から、この喫茶店のサンドウィッチがボリュームがあって、美味しいんですよ、と聞いていたので、私は親友にメニューを見せながら「人気らしいよ」と説明した。親友はそれを二種類頼み、飲み物はホットコーヒーと子どもたちはメロンソーダを選んだ。私は野菜がたくさん入っているように写真に写っていたサンドウィッチを頼み、飲み物は温かい紅茶を頼んだ。サンドウィッチは飲み物とセットで五百円の安さだった。黒板を見たら、その日の日替わり定食はカツ丼でお味噌汁、和え物、サラダ付きで四百円だった。

注文してから、親友の長女から「また来てもいい?文ちゃんに会いたい」と言われて、「お父さんとお母さんがいいって言ったらいいよー」と言うと、「ねー、お母さんいいでしょ?」と早速おねだりをしていて可笑しくなった。次女はまだ一人ではお座り出来ないようで、親友が抱っこしていた。

サンドウィッチは、本当にボリュームがあった。高さが十センチくらいもあった。揚げたポテトとサラダも付いていた。みなさん、分解して食べているのか、ナイフとフォークを持って来られた訳が分かった。私の横に座っている、親友の長女に、サンドウィッチを食べやすい大きさに切ってあげて、親友を見たら苦労しながら次女が食べられる大きさに切っていた。二人して笑ってしまった。自分が食べる分も分解してから、これじゃサンドウィッチと呼べないな、と思いながら、ゆっくりと食べた。味は美味しかった。でもさすがに完食しきれず、私たちはお店の方に頼んで、残した半分は包んでもらって、私は親友に旦那さんにあげてと言って渡した。

彼女が帰ると言うので車まで見送りに行ったら、「何か困ったら、電話してね」と言って、親友は私の手を握って来た。私は「大丈夫だから」としか言えなかった。私たちは長い付き合いで、お互いの心の内が分かるのだった。彼女の私を心配する気持ちがひしひしと伝わって来た。涙が出そうになってしまった。私ってこんなに涙脆かったっけ?と不思議に感じるくらい、入院してからの私は今まで心を覆っていた殻にひびが入ったかのように、感情が揺れ動いていた。


病棟に戻り、看護師詰め所にいた看護助手さんの女性に貰った花束を渡して、よかったら、飾ってくださいませんか、とお願いしたら、花瓶を出して来られて、「文ちゃん、お花するんでしょ。文ちゃんが生けて」と言われてしまった。入院した時に、私のバックの中に入れていた、花鋏は看護師詰め所の私用のボックスで預かられていた。看護助手さんに、花鋏を出してもらい、洗面器に水を張って貰って、ブーケの包装を丁寧に解いて、花を水切りしてからしばらく水に浸けて置いた。包装紙やリボンも利用したくて、看護助手さんにペットボトルの空き容器を貰って、カッターも借りて、ペットボトルの上部を切って、切り口にセロファンテープを貼り付けた。それに水を入れてから、包装紙で包みリボンを結びつけた。水に浸して置いた花や葉をバランスを考えながら容器に生けた。看護助手さんはその様子をずっと見ておられて、出来栄えに「さすがねー」と感心してくれて、私は照れてしまった。花は看護師詰め所のカウンターに飾られる事になった。


部屋に戻って、親友に「来てくれてありがとう」とメールを打ってから、引き出しから日記帳を取り出して、親友とその子どもたちとのやり取りを書いた。花束を貰って、それを生け直したことも書いた。花に触れたのは、約二ヶ月ぶりだった。両親、特に母は私が生け花をして花展の時に無理をするから、体調を壊したのではないかと、生け花の先生からのお見舞いを私に渡しながら言っていた。先生からのお見舞いには、お手紙も入れられていた。先生の生ける花に私は惚れ込んでいたし、先生の指導法も私に合っていたから、私は先生の期待に応えたくて生け花を頑張っていた。こんな状態の私を先生に見せられなくて、お礼の手紙を書いて母に先生に渡してくれるように頼んでいた。渡してくれていたのか、疑問に感じてしまった。母は先生のことを嫌っていたから。体調が戻ったら、先生にご挨拶に行ってまた花を習いに行きたい、でも母が反対することは目に見えていた。どうしようもないな、と感じた。また憂鬱になってしまった。


ノックの音が聞こえて来て返事をしたら、「音楽鑑賞に出られますか」と、作業療法士さんが声を扉の外から掛けられたので、扉を開けて「出ます」と返事をした。何か音楽でも聴いて憂鬱な気持ちを晴らしたかった。

四階にある音楽鑑賞やストレッチ体操をする時に使う部屋には、壁側にはソファーが並べてあり、絨毯が敷かれていた。作業療法士さんたちと、看護師さんが引率してその部屋に入ると、中にはすでに二階の参加メンバーがおられた。日本人形のような面立ちの女性も看護助手さんに付き添われて絨毯に直に座っておられた。

中央にテーブルが置かれていて、その上にCDが入った分厚いファイルが数冊とMDが入ったケースも置かれていた。クッキーの空き容器に小さな紙と鉛筆が数本入れられていて、患者さんは聴きたい曲のCDやMDをファイルやケースから出して、曲順を書いて、名前と、なぜ聴きたいのか、どんな思い出があるのか、と紙に記入して作業療法士さんに渡していた。

ファイルは丁寧に歌手の名前をア〜ワ行に整理されていた。洋楽、邦楽も別にファイリングされていた。

私はロックか洋楽、ジャズしか聴いて来なかったので、他の人がリクエストする日本のバンドやポップス、演歌を聴くのは新鮮な気分を味わえた。

日本人形のような面立ちの女性は何時もの日本のバンドの曲をリクエストされて、やはり静かに泣いておられた。彼女の心の内が気になった。

私はファイルを見て、「ラブ・ミー・テンダー」を選んだ。エルヴィス・プレスリーの甘い声が聴きたくなったのだ。選んだ理由に、愛が欲しい、と少しふざけて書いたが、本心でもあった。

作業療法士さんから、「さて次は、文さんです!なんと理由は愛が欲しい、とのことです!」とマイクで言われて恥ずかしくなってしまったが、スローテンポのその曲をしみじみと聴いたのだった。


音楽鑑賞の時間が終わって部屋に戻って、ニット帽を被り上着を羽織って、ポケットに煙草とライター、携帯を入れて喫煙所に向かった。喫煙所は寒くなったせいか人がいなかった。ベンチに座ってゆっくりと煙草を吸った。

着物姿の女性の方々が駐車場に来られて何だろうと思って、その方たちの着物や帯、バック、草履を見て、やはり着物はいいなぁと思った。今の身体では着物が似合わないな、と痩せてしまった身体にがっくりとした。だけれども太るのは嫌なのだった。相反する気持ちが私の中にあった。常に何事に対しても迷っているし、悩んでいた。


部屋に戻って、引き出しからカウンセリングノートと日記帳をだして、カウンセリングで臨床心理士の先生に相談したいことを書いていたのを読み返した。


*一人暮らしを続けたいが、自信がない

*親から干渉されたくない

*仕事はどうしたらよいのか

*太りたくない。だが食べ吐きは止めたい

そして、*生け花を再び習いたい、と付け加えた。

父に逆らえないこと、母の干渉を面倒に感じる、とも書いた。


日記帳には着物をまた着たい。だけど今のまま痩せたままでもいたい。アホのように歩くのを止められない、と書いた。


引き出しにカウンセリングノートと日記帳をなおしてから、メモ用紙に明日から実家に持って帰る物リストを書いた。着替えや下着や、パジャマは一人暮らしをしていた家に置いてあるから、身軽に帰れるな、とリストを書きながら考えていた。

実家に帰って、両親と何を話すのか、何をすればよいのか、どう振る舞えばよいのかと考えると気が重くなる一方だった。


気分転換にお風呂に入ることにして、看護師詰め所に行って、シャンプー類、ドライヤーを出してもらって、バスタオルと下着、部屋着をクローゼットから出して、引き出しの中から入浴剤も選んだ。

髪を洗ってトリートメントを髪につけて、頭皮をマッサージしてから、身体をボディソープで洗った。私は肌が弱く薄かったから、皮膚科の先生から手で洗いなさい、と指導されていて、手のひらに出したボディソープを泡だててから優しく洗っていた。湯舟にお湯を張り入浴剤を入れて、お湯に浸かってから、私は毎日日焼け止めを塗っていたから、メイク落としのクリームでクレンジングしながら顔のマッサージもついでにしていた。顔のクリームを洗い流してから、湯舟で百数えてからお風呂を上がった。バスタオルで髪と身体を拭いてから、洗顔フォームで顔を洗って残っていたクレンジングクリームを丁寧に洗い流した。顔や身体のケアをしてから、下着や服を着てから髪を乾かした。

シャンプー類とドライヤーを看護師詰め所に返しに行って、部屋に戻って顔にフェイスマスクを貼り付けてベッドに横になった。少し固まっていた気持ちが柔らかくなったのを感じた。携帯で自分の顔写真を撮り、ピースしながら間抜けな顔写真を撮った。妹に写メールしたら、姪っ子が驚いている、と返事が来て可笑しくなった。


部屋をノックする音が聞こえて来て返事をしたら、看護師さんが「お父さんが来られていますが、会われますか?」と聞いて来られて、私がフェイスマスクをしているのを見て笑いだされた。「はい、会います」と私は返事をした。父が部屋に入って来て、「何してるんだ」と私を見て笑った。「お肌のお手入れよ」と私が言うと父は更に笑った。

フェイスマスクをゆっくりと顔から剥がして、それをたたんで首や腕、手に塗ってから、顔に乳液とクリームを塗った。父は私が肌の手入れをしている間にも、もう風呂にはいったのか、髪が伸びて来たな、文は俺に似てるな、とか話しかけていた。

「おばあちゃん似よ。お父さんじゃなくて」と私が言うと、そうだそうだと頷いていた。

父に珈琲と親友が持って来てくれたお菓子を出してあげた。子どもたちを連れて親友が来てくれて、一緒に病院内の喫茶店で大きなサンドウィッチを食べた事を話した。父は、俺も食べたい、と言うだろうな、と思っていたら、案の定「俺も今度食べる」と言った。

「もう夕食が近い時間になったから、今日は見送れないから」と私が言うと、父は「お前が顔の手入れなんぞするからだ」とふざけた調子で返された。エレベーターの前まで父を見送ってから、看護師詰め所のカウンターに置かれた花を指差して、「彼女の娘がくれた花束を、私が生けなおしたの」と言うと、「生け花はしばらくは無理だぞ」と言われてしまった。何を言っても反対される、と反発する気持ちが湧き上がったが、表には出さずに「分かってる」と返事をした。


夕食を摂りに食堂に行き、看護師さんから夕食が乗ったお盆を受け取って、いつもの席に座って、二人組が来るのを待った。お風呂に入ったせいか、お腹が空いていた。二人が来てから、会話をしながら食べた。ほっそりとした女性から「外出したの?お昼いなかったねー」と言われて、友達親子と院内の喫茶店でサンドウィッチを食べた話をした。「びっくりしたんじゃない?」と闊達な女性に言われて、「大きかったです。半分は残してしまって、持ち帰りにしてもらいました」と言うと、ケタケタと笑われてしまった。「安いよねー」とほっそりとした女性が言われ、「はい。値段にも驚きました」と答えた。

夕薬をもらって飲んでから、お盆を看護師さんに返して部屋に戻って、お風呂にも入ったし、することが無いなーと、机から日記帳を出して今日の出来事の残りを書いた。

夜に聴きたい音楽も無く、何度か読み返している本を取り出して、ベッドに横になってから読んだ。


ノックの音が聞こえて返事をしたら、主治医の先生だった。やはりこんな遅い時間まで働いておられるのか、と驚きを感じた。

「今、よろしいですか」と尋ねられて、私は「はい」と返事をして先生に椅子を勧めた。

「あなたが実家に外泊するという届が出て、驚きました。ご両親からの干渉から逃げて距離を置きたいと言われていましたよね」と直球で先生は私の気持ちを確かめに来られたのだった。「父に実家に泊まるように言われました。父に逆らえません。私を心配してくれているのが分かりますから」と私はぼそぼそと答えた。「そうですか。耐えられそうですか」と尋ねられて、「分かりません」と小さく答えた。「何の本を読んでいたのですか」と聞かれて、私は先生に本を渡した。それから先生がその作家さんの逸話を面白おかしく話されて気持ちが和らいだ。「ありがとうございます」と私は先生にお礼を言った。「あなたは一人じゃ無いんですよ。そして一人では生きていけません」と言われて、それではまた、と言って部屋を出ていかれた。胸を突かれたような気持ちになった。


ベッドに横たわり、そのまま寝てしまったのか、肩を揺すぶられて目を覚ますと、私が閉鎖病棟から開放病棟に異動になった時に書類を持って来られたワーカーさんが、「就眠薬を飲んでから寝てください」と素っ気なく言われるのだった。彼はクールなハンサムな顔立ちをしていたが、言動や態度もクールだった。内心で絶対零度の男、と呼んでいたが、私は彼をからかうのが好きだった。そしていつも彼からやり込められていた。「寝太郎ですから」と言いながら、就眠薬を受け取って飲んでいると、「たしかによく寝ていますね。安定して来ましたね」と珍しく優しい言葉を言われて、ドキッとしてしまったけれど、「おやすみなさい」と無表情に言われて、やっぱり絶対零度の男だ!と憤慨しつつも彼の言葉は嬉しくて、寝よう、私は寝太郎だ、と自分に言い聞かせて眠りについた。





ワーカーの彼と、最初の方に出て来た、隔離室で目覚めた時にお水を飲ませてくれた看護助手さんはこれから登場回数が増えます。しばしお待ちくださいませ。

お付き合いくださり、ありがとうございますm(_ _)m

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