面会
面会が多い日だったので、この題にしました。
ノックの音で私は目を覚ました。就眠薬を看護師さんが持って来られたのだった。ぼんやりとした頭で、薬を受け取って飲んだ。そして私はまた寝た。夜中に目が覚めて、時計を見たら二時半だった。追加の眠剤を飲める時間は三時までだったから、迷いつつも看護師詰め所に行ったら、看護師さんから「追加の眠剤飲まれますか?どうされますか」と問うて来られた。
「頭が冴えていて、眠れそうにないので飲みます」と私は薬を頼んだ。その場で飲んで、部屋に戻ってベッドに横になっていたが、なかなか眠気はやって来なくて参ってしまった。開き直って、部屋の電気をつけて久しぶりに家から持って来ていた本を取り出して読んだ。だけれど集中出来ずに読めなかった。
次に退院までの計画を立てる事にした。
*週に一度は外出か家に外泊をする
*仕事はどうするのか
*いかに親に頼らずに生活する事が出来るのか
書き出して、暗い気持ちになった。先が見えなかった。両親がさらに過保護になるだろうとも感じていた。
気分転換に姪っ子に手紙を書いた。イラストも描いた。
日記に自分が抱えている、将来に対する不安な気持ちを書いた。
カウンセリングノートの読み返しもした。臨床心理士の先生に相談したい事として、家族のことや、仕事について、将来の不安について書いておいた。
部屋の外から物音が聞こえるようになって来たので、私はベッドの上でゆっくりストレッチをした。部屋に置いている石鹸で身体を洗えばいいか、と考えてシャワーを浴びた。頭がすっきりとした。顔を洗い歯を磨いて、化粧水と乳液を塗り、身体にも化粧水とボディクリームを塗ってから、下着を身につけて服を着た。日記を読み返したら、泣き言ばかり書いていて、我ながらおかしくなってしまった。
上着と煙草と携帯を手に取り、部屋を出た。
エレベーターの前には、もう行列が出来ていた。私はぼんやりと列に並んでいた。「文ちゃん」と声を掛けられて、振り返ると闊達な女性が笑っておられた。「お一人ですか?」と、私がコンビの一人のほっそりとした女性のことを尋ねると、「あいつは今日着る服が決まらないで悩んでるよ。アホよね」と笑いながら話された。
「明日、みなさんの前で酒歴の発表があるのでは無いですか」と私が尋ねると、「言わないでー。緊張するから!」と嫌がられたが、その表情が豊かで微笑ましく感じた。「今夜ね、食堂であいつの前で読んで予行練習をするの」と気合が入った顔つきになられた。いつも夜に食堂で二人は、何やらされているのは気づいていた。おそらく酒歴を二人で相談したりしながら、闊達な女性は書いておられたのだろうと、今更ながら思い至ったのだった。
「文ちゃんは仕事はなにしているの?」と尋ねられた。「今は休職扱いになっていますが、契約社員でしたから、無職になると思います」と誤魔化さずに答えた。二人で煙草を吸いながら、ほっそりとした女性の起こした珍妙な事柄を笑いながら聞いていた。「最近、暗くない?」と、私を気遣ってくださった。「退院後のことを考えて不安になっています」と私は答えた。「家族に相談した?」と聞かれて、「親に頼りたくないから、困っています」と答えた。「文ちゃん、親とうまく行ってそうに見えたけど、違ったんだねー」と言いながら、納得して下さったように思ったが、「文ちゃんはワガママだね」とバッサリと言われてしまった。私は返す言葉がなく、苦笑いするしかなかった。私の甘えた考えを厳しく意見してくれる存在を私は欲していた。
朝早かったけれど、母にメールで、次の外出もしくは外泊について相談したいから、時間がある時に電話をくださいという文面を打った。母からすぐに電話がかかって来た。
「メール読んだわよ。外出と外泊、どっちがしたいの?」と母から聞かれた。「外泊かなー。帰宅後の生活に慣れなきゃならないみたいだからね」と私は言った。「週末に外泊届を出してもいい?都合、大丈夫?」と私は母に尋ねた。「お父さんと帰って来ればいいから、金曜日に帰ったら?」と言われた。外泊届は、三、四日前までに出さなければならない決まりがあったから、「外泊届を受理してくれるか、分からないけど、出してみるね。今から書いて出すわ。帰りは日曜日にしてもいい?」と言うと、母は「お父さんと二人で送って行くから、大丈夫よ」と言ってくれた。電話を切り、外泊届の用紙が置いてある、看護師詰め所の前のカウンターで用紙に記入して、今回は二泊三日で外出届を提出した。何かやり遂げた気分になって、気持ちが良かった。朝食も完食することが出来た。
部屋に戻って、歯を磨いて、外の景色をぼんやりと見下ろしていた。部屋をノックする音が聞こえて来て、日勤の看護師さんたちが、朝薬を渡されて、体温測定、血圧測定をしている間に問診をなされた。相変わらず血圧は低いままだった。血圧上昇剤を飲んでいたが、なかなか効かないようだった。
火曜日は午後に私が特に好きで参加している陶芸があった。今日は先日釉薬を掛けて色付けした箸置きが焼きあがって、出来上がって来る予定だった。どのような仕上がりになっているのか楽しみだった。次は何を作ろうかなー、と想像を膨らませていた。
姪っ子に書いた手紙を読み返した。内容におかしな点が無いのかチェックした。妹に、姪っ子の今のお気に入りの色は何?とメールしたら、黄緑、と返事が返って来た。明日の午後にある、アートの活動に参加することにした。姪っ子にブレスレットを作ることにした。
お昼ご飯の時間になり、食堂に行って二人組と食事を摂った。やはりほっそりとした女性は、オカズを半分、闊達な女性に分けて食べて貰っていた。ご飯にはいつも手をつけられなかった。私はゆっくりと食べて完食した。
「明日の午後のアート、出られますか?」と私が二人に聞くと「明日は出ないよ。酒歴の見直しをするから」と闊達な女性が言われた。「私はどーしよーかなー。娘が、ストラップを彼氏にやりたいって言ってたから、作ってやろーかなー」と言われた。「私は姪っ子にブレスレットを作るつもりです」と言うと、「あー、あの小さいブレスレットは、姪っ子さんに作ってたんだ!」と、闊達な女性が納得顔をなされた。「何才?」と聞かれて、「今年四才になります」と言うと、「可愛いーねー」と二人して言われるのだった。
昼食後、部屋に戻って歯を磨いて、ニット帽を被って、上着を羽織り、ポケットに携帯と煙草を入れて、私は病院の外周を早歩きで三周してから、喫煙所で煙草を吸った。寒くなってからも私は歩くことを止めていなかった。異常行動だな、と思いつつも太るのが怖くて、空き時間を見つけては、ひたすら歩いていたのだった。
病棟に戻って、部屋に入り、手を石鹸で洗って、うがいをして、陶芸の活動が始まる午後一時半前に集まる場所の食堂へ行った。陶芸は他の活動よりも時間がかかる為に、始まる時間が早かった。
陶芸の担当の作業療法士さんたちと、看護師さんがすでに食堂に来ておられた。ご挨拶をしてから、出来上がりが楽しみなんです、と話をした。次に何を作るのか迷っています、と相談もした。
陶芸に参加するメンバーは限られているのか、五、六人と少人数だった。
三階の食堂から、二階の食堂に降りたら、日本人形のようなので面立ちをされた女性が、看護助手さんと一緒に立って待っておられた。彼女はどこを見ておられるのか、目が合うことは無く無表情だった。
二階の食堂から迷路みたいな通路を通ってから、陶芸をする部屋に入るのだが、途中作業療法士さんが何箇所も鍵を開けてから、その通路を進むのだった。部屋は広く、流しも蛇口が六個もある大きなものだった。他の病棟や「デイケア」の方々も利用するようで、背の高い本棚には、ぎっしりと本が並んでいた。
箸置きを作るのは二回めで、前回は木の葉に少し捻りを加えた物を全て違う色で彩色していた。今回は、ハート型を少しずつ大きくした形を作り、専用のクレヨンで色付けしていたのだった。姪っ子にあげたかったから、可愛らしい色合いになっていれば良いな、と出来上がりが楽しみだった。
柔らかいピンクから、濃いピンク、赤まで、しっかりと色が付いていて、嬉しくなった。可愛い箸置き?おはじき?が出来上がっていた。
また、新たな作品を作るために、粘土を作業療法士さんからもらって、粘土に少量の水を加えて柔らかさを調整しながら両手で練った。腕や手に全体重をかけるようにして練らなければならなかったから、疲れる作業ではあったが、無心になれた。私は直径が十センチくらいのお皿を作ることにした。皿の足を三脚にして、新しく加わった桜色の釉薬をそれに掛けてみたくなった。
定規のような棒を左右に並べて、練った粘土を延べ棒で伸ばして行き、なるべく薄い皿が出来るようにした。脚を三個三角形の形を作って、水で伸ばした粘土で皿に脚を三個付けてから、作業療法士さんに出来上がった皿を渡した。
日本人形のような面立ちの女性は、今日はやる気がないのか、ただ座って渡された粘土を見向きもしないで、看護助手さんと時折話しておられた。
陶芸はくたびれるな、と部屋に戻って日記をつけていたら、ドアをノックする音が聞こえて来た。「面会の方が来られています」と看護師さんに言われて、「どなたですか」と尋ねたら、高校からの親友だった。
彼女は手土産に私が好きなお菓子を専門店で買って来てくれていた。私は彼女に珈琲を出して、彼女が持って来たお菓子を食べながら、仕事のこと、両親のこと、不安な気持ちなど洗いざらい話して、愚痴をこぼした。彼女も旦那や、仕事、子育ての愚痴を言って、お互い言うだけ言ったら、笑いが止まらなくなった。なんだか、どうでも良いことで悩んでいたのだな、と気持ちが明るくなれた。ありがとう、と私は親友に言った。彼女もありがとうと言った。また私たちは笑った。彼女の存在が有難かった。彼女を見送るためにエレベーターで一階に降りて、駐車場に行き、彼女の車が見えなくなるまで見送った。
喫煙所に寄って、煙草を吸おうとしていたら、私に美容室を紹介してくれた華やかな見た目を裏切る、実はのんびり屋の彼女がベンチに座っていた。
「今日、診察だったのー。さっきの友達?」と聞かれて、「はい。高校からの」と答えた。「調子はどう?」と聞かれて、「友達に会って、悩みが消えました」と言ったら、笑われてしまった。「調子はいかがですか?」と尋ねると、「うーん。分かんなーい。相変わらず睡眠障害」と言われた。私は睡眠障害がどんなものであるのか、分からなかった。「寒くなりましたね」と言うと、「痩せてるからだよ」と言われて困ってしまった。のんびり屋の女性は、これあげる、とバックの中から、パンを出されて私にくださった。彼女の気遣いが嬉しかった。ありがとうございます、と私はお礼を言って、煙草をまた二人でゆっくりと吸ってから、別れを告げた。
部屋に戻って、マグカップを洗っていたら、部屋をノックする音が聞こえて来た。看護師さんが、「お父さんが来られていますが、会われますか?」と仰られて、私は「はい」と返事をした。
父はくたびれているのか、寝かせてくれ、と言って、ベッドに横になった。私は日記帳を引き出しから出して、今日の出来事を書きながら、友達が来てくれたことの喜びや、のんびり屋の彼女がパンをくれて嬉しかった事を細やかに書いた。父は三十分ほどしてから起きた。珈琲をいれてあげた。友達がくれたお菓子を出すと、「どうしたのか、これは?」と言うので、両親も知っている家族ぐるみで付き合いのある彼女が手土産に持って来てくれたの、と私が言うと、「そうか。よかったな」とにこにこ顔になった。
父を見送るためにまたエレベーターを降りて、二人で喫煙所で煙草を吸いながら、週末の外泊について話をした。「外泊届、オッケーが出たら知らせるね」と私が言うと、分かった、と言って父は帰って行った。車が見えなくなるまで見送ってから、また喫煙所に戻って、煙草を吸った。喫煙仲間がいつも背広にネクタイで、一見威圧的で貫禄があるように見える父の外見から、父の仕事が何なのか気になるようで、尋ねられて来たが、「ただのサラリーマンです」と、父の役職については言わないままだった。夕食の時間が近く、病棟に戻らなければならない時間が迫っていた。もしも遅れてしまうと、入口の扉は六時には、鍵が掛けられてしまうのだった。だから、五時四十五分には、私は病棟に戻るように決めていたのだった。ギリギリまで煙草を吸われる方もおられた。
部屋に戻って、上着を脱いでから、うがいをして手を石鹸で洗って、洗濯物が溜まったな、と思い洗濯場に行って、洗濯機にお金を投入して洗剤と柔軟剤も入れた。そうして食堂に向かった。夕食はメインは肉だった。お昼のメインが魚ならば、夕食は肉、お昼が肉ならば夕食は魚、というのが献立のパターンだった。一週間の献立表が食堂に貼られていたが、見ても想像がつかない料理名も書いてあった。味は濃く感じていたが、私は概ね満足して食べていた。
食事をするメンバーの二人はいつものように軽妙なやり取りをしていて、私は笑う側だった。
部屋に戻って、日記をつけて、今日は書く事が多い一日だったな、と読み返しながら思った。友達が来てくれて、悩みが軽くなって良かったな、と思い、彼女に改めてお礼のメールを送った。
洗濯が終わっていたから、洗濯物干し場がある四階に階段で昇って、空いているスペースに服だけ干した。下着はいつも自分の部屋に干していた。
今日は寒いから、身体が温まる入浴剤を選ぼう!と様々な入浴剤を入れている机の引き出しから、どれにしようかと選んでから、看護師詰め所に行ってシャンプー類とドライヤーを出して貰って、ゆっくりお湯に浸かった。朝も頭を洗っていたけれど、私は煙草を吸うので、臭いが移っている気がして、毎夜洗っていた。
部屋をノックする音が聞こえて来た。就眠薬を看護師さんが持って来られた。看護師さんが見ておられる前で飲んで、おやすみなさい、と言った。色んな人と喋ってくたびれていたのか、また電気をつけたまま寝ていたが、朝起きたら、消されていた。夢も見ずに熟睡した。
遅々として話が進みません。。。すいませんm(_ _)m
お付き合いくださり、ありがとうございます!




