面談
主治医の先生と面談します。
「お待たせしましたね」と、先生は仰られた。先生からは汗の匂いがした。夜八時が近かった。こんな時間まで先生は働きづめだったのだな、と感じた。「ノートと筆箱を部屋から取って来ていいですか」と先生に断ってから、私は急いで部屋に向かった。
「どうされましたか。面談の希望を出されましたね」と先生は、看護師詰め所の中にある仕切られた場所で、私に席に着くように勧めながら、仰られた。
私はカウンセリングノートを広げて、先生の顔を見ながら「母とはどう接していいか分かりません。父の愛情も重いです。愛情は感じますが、身勝手な愛のように思います。妹とは距離を感じます。一人になりたいです」と素直な気持ちを心が悲鳴をあげるような気持ちになりながら私は先生に訴えた。
先生は黙って聞いておられた。「あなたの担当の看護師から、家族との関係については聞いています。家族から愛情を感じてはいるけれど、あなたの心には干渉して欲しくないのですね」と仰られた。「はい。でも心配する気持ちや愛情を重いと感じるのは傲慢ですよね」と私は言った。「ご両親、妹さんはあなたが大切なのですよ」と先生は穏やかな口調で仰られた。
私はまた涙が出て来てしまった。先生がティッシュボックスを私に渡されて、「泣くのは良いことですから」と言われるのだった。私は高ぶる感情のまま泣き続けていた。「僕は余り時間をあなたに割けていなかったですが、あなたのカウンセリングで話した内容や、看護師やスタッフからの情報はちゃんと聞いていますから」と先生は優しく仰られた。「今日はもう遅くなりましたね、もう休んでください。眠れなかったら、看護師詰め所で薬を貰いなさい」と言われて、先生との面談は終わった。
私は部屋に入って戻ってからも涙が出て止まらないままだった。肌ざわりが柔らかいからと言って父がコンビニで買って来てくれた、ボックスティッシュを何枚も消費してしまった。ベッドに横になって、両親の事を考えていた。嗚咽が止まらなくなって、息が苦しかった。
部屋をノックする音が聞こえて、返事をすると私の担当の看護師さんが、入って来られた。就眠薬を持って来られたのだった。「眠れそうですか」と心配気に尋ねられた。「分かりません。混乱しています。疲れました」とわたしは素直に言った。「眠れなかったら、追加の眠剤もありますし、頓服薬の安定剤もあります。ナースコールを押して下されば、僕が持って来ますよ」と穏やかな口調で仰られた。ありがたくて、私は更に泣けて来てしまった。
私はそのまま寝てしまった。朝五時過ぎだった。日記帳に睡眠時間を書いて、その日の天気も書いた。昨日の出来事を書いた。カウセリングノートもまとめた。そうしていたら、病棟で人が立てる物音が聞こえて来るようになった。
顔や歯を磨こうと洗面台に立ったら、髪はぐちゃぐちゃ、目も腫れていた。私は朝風呂をしようと、看護師詰め所に行って、看護師さんにシャンプー類とドライヤーを私用のボックスから出して貰った。
柑橘系の香りの入浴剤を選んだ。気持ちをすっきりとさせたかった。浴槽にお湯が溜まる間に歯を磨いて、シャワーで髪と身体を洗った。浴槽に浸かって、百まで数えてから上がった。目の腫れは引いていた。
髪と身体をバスタオルで拭いて、化粧水と乳液を顔に塗り、身体は化粧水を塗った後にボディクリームを塗った。それらが肌に馴染んでから、下着をつけて服を身につけた。
上着と煙草を持って、看護師詰め所に返しに行った。そしてエレベーターの前に出来ている列に並んだ。「いい匂い」と、ほっそりとした食事仲間に声を掛けられた。「朝風呂しました」と私は照れ笑いを返した。「贅沢ね。個室はいーねー」とのんびりと仰られた。もう一人の闊達な食事仲間が、「あんたのスペース、服だらけじゃん。香水をベッドに振りかけてるしさ」とからかいの言葉を掛け、二人はエレベーターの中でもずっとじゃれあっていた。
喫煙所には、すでに人がたくさんいたので、離れた大木の下で私は煙草に火をつけた。どこか遠くに、私のことを誰も知らない場所に行きたかった。
午前の部にストレッチ体操の活動が入っていたけれど、出る気になれなかった。友達の彼氏が今日は休みかも知れないと気が付いて、彼に電話を掛けた。彼は私のドライブへ行きたい、とのお願いに承諾してくれた。私は病棟のルールを破って、彼には喫煙所で待つように伝えて、彼が来るまで喫煙所で時間を潰した。彼は二十分後には来てくれた。彼の車は、以前のものとは変わっていた。新しい車の中に恐る恐る入ると、釣竿が積んであった。「釣りするの?」と尋ねたら、「たまにします」と彼は答えた。ドライブコースは彼に任せた。彼は病院の近くにある、川縁にある公園に私を連れて行ってくれた。川の流れは細くゆっくりとしていた。「いつもありがとう」と私は彼に礼を述べた。「いやー。なんでも言ってください」と彼は笑うだけだった。二人して川縁にある、公園を歩いてから、東屋で煙草を吸った。「川の音って、日中に聞くとどうもないけど、夜は怖い感じがする」と私は彼に言った。「川の近くでキャンプをしたら、俺、夜に酔っ払って川に落ちましたよ」と彼が言うので、おかしくなって私は笑った。「ありがとう。気が晴れた。病院に帰るわ」と彼に言って、私は東屋のベンチから腰を上げた。喫煙所に隣接する駐車場に着いて、彼から「またいつでも連絡してください」と笑って言われた。嬉しくなった。
病棟に戻って、部屋に帰って、机に座った。私は川縁で拾った光る石を紙に包んでから、姪っ子宛の手紙を書いた。妹には、「元気にしてる?旅行に行くみたいだね。楽しみ」とだけ書いた。
日記帳に看護師さんに黙って病院を抜け出してドライブに行ったことを書いた。
お昼になって食堂に行ったら、巨人好きの友達から腕を取られて、「年賀状を書くから住所を教えて」と言われた。互いの住所と携帯番号の交換をした。
昼食を食べ終えて、昼のお薬を貰って飲んでいたら、ほっそりとした女性から、「粉薬の量多くない?」と私の薬をまじまじと見ておられた。粉薬は三種類の薬が入っていたので、そのことを説明したら納得されていた。
部屋に戻って、眠たくなって私はベッドに横になった。精神的にくたびれてしまっていた。
起きたら、もう夕方になっていた。ノックの音がして、返事をしたら看護師さんが「お父さんがいらしていますよ。会われますか」と聞いてこられた。「はい」と私は返事をした。
父はいつものにこにこ顔で、「寝ていたのか」と私に聞いて来た。「うん。ずっと寝てた。くたびれてた」と私が言うと、笑いながら「入院していてくたびれるのは、お前だけだぞ」と言った。父には主治医の先生と面談して大泣きした話はしなかった。父に姪っ子と妹への手紙が入った封書を渡して、出してくれるように頼んだ。夕食の時間が近かったので、父に「今日は見送れないから」と言った。
夕食どき、メンバーの二人はしきりに喋っていたけれど、私はぼんやりしていた。夕食後のお薬を貰って飲んで、食器が乗ったお盆を返して部屋に戻ろうとしたら、副長さんから「大丈夫?だいぶ残してるね」と言われた。私は唇を歪めて「大丈夫です」となんとか答えた。父に会って、更にくたびれてしまっていた。
部屋に戻って、またベッドに入って寝た。くたびれていた。
短めでした。すいませんm(_ _)m
お付き合いくださり、ありがとうございます!




