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紫陽花と傘

作者: 睦月 葵

 



 紫陽花が咲いていた。


 最近花屋でもよく見かける白い紫陽花が。

 花にも流行りがあるんだな、と薄い水色の紫陽花を探して、ふと顔を上げれば紫陽花ではなく傘が目に入った。



 スカイブルーの大きな傘は、よく知った色で。傘の下に見えた肩も背中もやっぱりよく知った人のものだった。











 私は雨が嫌いだ。

 湿度が高いのもイヤだし、傘をさすのも、持って歩くのもイヤ。

 靴やスカートの裾が濡れるのもイヤだし、雨の日の電車の中の匂いも嫌いだ。

 駅の階段で、恥ずかしくて顔を上げられない位に滑ったのも雨の日だったし、前の前の彼氏とケンカ別れしたのも雨の日で。

 梅雨に入ると気分的にも体調的にも調子の悪い日が多くなる。



 だから、この時期は必然的に家に籠る日が増えて。

 本を読んだりDVDを見たり、たまにお菓子を作ってみたり。

 気持ちよく家に籠れるようにするには準備が必要で。晴れてた一昨日に色々買っておけば良かったな、と思いながらも買い物に出掛けた。


 そして駅に向かう住宅地の歩道で紫陽花を見つけた。







 大きなスカイブルーの傘が傾いている。

 左側の、華奢な人の肩を濡らさないようにと、傾いている。

 自分の右肩は濡れてシャツが肌に張り付いているのに、隣にいる人と笑いあいながら歩道の水溜まりを避けるよう誘導しているその人は、先月から私の彼氏になった人ではなかったか。


 しばらく立ち止まったまま、二人が遠のくのを眺めてた。靴やスカートの裾が濡れてイヤだったけど、一歩も動けなかった。









 ゆっくり家で過ごすために、お気に入りのお菓子と、それから夕食の食材も買おうと思っていたのに、何も買わずに帰って来てしまい、途方にくれる。

 ソファーに寄っ掛かって、いろんなシチュエーションを考えた。

 傘が無くて困ってる人を助けてあげたんじゃないか、とかただの友達を送っただけ、とか。

 でも、ただの困ってた人にあんなに親しげにしないな、とか午前中に異性を送る状況って?泊まり?なんてことまで浮かんで。



 胸がぎゅって苦しくなる。鼻も詰まるし、最悪だ。



 忙しいって言ってたのに。

 週末、雨の予報だから一緒に家に籠ろうねって言ってくれて嬉しかったのに、急にダメになって本当は寂しかった。

 まだ、付き合い始めで長い時間二人でゆっくり過ごしたことが無かったから、すごく楽しみにしてたのに。


 好きだと言ってくれたけど、あれは本当だったのかな。そんなことまで考えて、堪えてた涙がこぼれ落ちた。

 一度溢れた涙はなかなか止まってはくれなかった。









 ハッとして、自分が寝ちゃってたことにビックリした。

 あ、スマホが鳴ったのか、と思った瞬間に玄関のチャイムも鳴って肩が上がってしまう。

 スマホを確認しながら玄関に向かうと、あの人からの着信が三回もあって、焦った私は魚眼レンズをのぞきもせずにドアを開けてしまった。


「連絡つかないから、何かあったかと思って。」


 心配そうにあなたが言うから、何も言えなくなる。こんなにも好きだなんて、自覚してなかったな。







「涙のわけを聞いてもいい?」


 私がコーヒーカップを置いて、ため息を一つついた時にあなたは言った。

 まっすぐに私の目を見つめるあなたに、どう伝えればいいのか。


「今日、忙しいって言ってたのに。」


「うん?」


 すでに鼻声で、瞼も腫れてるし。寝ちゃってたから、髪も顔もひどいかも。

 なのに、あなたがニコニコしながら私の頭を撫でるから、信じたくなるんだ。


「あなたのことが、好きで好きで。」


「それで泣いたの?」


 涙を拭う指先が暖かくて、余計に泣ける。

 つっかえながら全て話せば、ちょっと気まずそうに、


「ごめん、言っとけば良かった。昨日旦那とケンカして、急に実家に帰って来た姉を駅まで送ったんだ。」


 そう言って、赤ちゃんを抱いたお姉さんとご両親の写真を見せてくれた。

 お姉さん、いたんだ。

 なんとなくお兄さん属性だと思ってたから、妹とか弟いそうと思ってた。


 そっか、お姉さんか。


 今日は気持ちが行ったり来たり、ぐるぐる回ったりしてたから、ホッとして。

 肩の力を抜いたら、ぎゅっと抱き締められた。


「俺の気持ち、伝わってない?」


「や、ちょっと不安だったと言うか。」


「急いで仕事終わらせて帰って来たのに。どうしても会いたかったから、さ。」


 こんなにも好きの気持ちをくれるこの人を、信じないで、一人ぐるぐる考えてたさっきまでの自分を叱りたい。

 さっきまで痛かった胸の痛みは、嘘みたいに消えてなくなった。

 代わりに今はドキドキが止まらない。







「まぁ、まだ付き合って1ヶ月だし?これから不安なんて感じないほど気持ち伝えるから。」


 そう言ってキスを落とすと、私を抱き締めたまま寝室へと向かった。












 何年か後の梅雨時に、紫陽花を見ながらあんなことがあったねって、スカイブルーの傘の下、あなたと笑い合う夢を見た。










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