五十三段 仁和寺の法師
徒然草 五十三段 原文
これも仁和寺の法師、童の法師にならんとする名残とて、おのおのあそぶ事ありけるに、酔ゑひて興に入る余り、傍なる足鼎を取りて、頭に被きたれば、詰るやうにするを、鼻をおし平めて顔をさし入れて、舞ひ出でたるに、満座興に入る事限りなし。
しばしかなでて後、抜かんとするに、大方抜かれず。酒宴ことさめて、いかゞはせんと惑ひけり。とかくすれば、頚の廻り欠けて、血垂たり、たゞ腫れに腫れみちて、息もつまりければ、打ち割らんとすれど、たやすく割れず、響きて堪え難かりければ、かなはで、すべきやうなくて、三足なる角の上に帷子をうち掛けて、手をひき、杖をつかせて、京なる医師のがり、率ゐて行きける、道すがら、人の怪しみ見る事限りなし。医師のもとにさし入りて、向ひゐたりけんありさま、さこそ異様ことやうなりけめ。物を言ふも、くゞもり声に響きて聞えず。「かゝることは、文にも見えず、伝へたる教をしへもなし」と言へば、また、仁和寺へ帰りて、親しき者、老いたる母など、枕上に寄りゐて泣き悲しめども、聞くらんとも覚えず。
かゝるほどに、ある者の言ふやう、「たとひ耳鼻こそ切きれ失うすとも、命ばかりはなどか生きざらん。たゞ、力を立たてて引に引き給へ」とて、藁のしべを廻にさし入れて、かねを隔てて、頚もちぎるばかり引きたるに、耳鼻欠かけうげながら抜けにけり。からき命まうけて、久しく病みゐたりけり。
やってはいけないと言われる事ほど、人間はやりたくなってしまうものだ。
こんなニュースがある。
とあるガソリンスタンド。そこのバイト店員はガソリンに火をつけたらどうなるか気になったらしくライターで火をつけた。
当然、爆発し、炎上。
嘘みたいだが本当にあった怖い話だ。
彼も危険だとはわかっていたはずだ。
けれど体験した事がなくて、なんとなく自分は大丈夫という根拠の無い自信からそんな愚行に及んだのだろう。
本当にバカである。
ははっ。
本当、バカだよなぁ、俺。
そのバイト店員の事を言えない、同じくらい俺もバカである。
どういう事かというと
耳の穴にBB弾を入れたら取れなくなってしまったのだ。
『徒然ww 五十三段 仁和寺の法師』
わかっていた。わかってはいた。
バカな事とはわかっていた。
しかしスポッと取れるだろうと安易に考えてしまった。
もし取れなかった場合、どれだけのリスクがあるかちゃんと想像していなかったのだ。
首を傾けトントンと左側頭部を叩く。
ダメだ、落ちる気配はない。右耳にBB弾は残ったままだ。
場所は職員室の隣に設けられた、教員用の休憩室。
畳が敷かれた八畳ほどの和室である。
冬はこたつが置かれ夏はクーラーが涼しい。生徒達に見つかったら先生だけズルい! と言われそうな、学校内のオアシスである。
木曜、午後からの2時限は俺の担当する授業がなく、よくこの休憩室にいる事が多い。
6時限目には同じように授業がない抄子先生も休憩室にやって来て、他愛もない時間を二人きりで一緒に過ごすのだ。
コンコン、ノックの音。
返事を待たずに引き戸が引かれ抄子先生が入室、俺の対面に腰を落ち着ける。
「お疲れ様です。どうぞ」
準備していたアイスティーを抄子先生の前に置く。
俺の淹れる紅茶を気に入ってくれていて、5時限目の授業を終えると毎回ここで俺の紅茶を飲んでくれる。
たった一時間の、幸せな時間だ。
彼女は頂きますと断ってグラスに口をつける。
彼女はものすごい甘党で、アイスティーにもかなりのシロップを投入している。
やがて半分ほど飲むと目元が弛んで、今日の紅茶の味も合格点だった事がわかる。
「美味しい。卜部先生の紅茶はやっぱり最高です。あ、これがエアガンの弾なんですか? 小さいんですね」
机の上に置かれたエアガンの、外した弾倉からこぼれたBB弾の一つを手にとってまじまじと見つめる。
「子供とかだったら飲み込んでしまいそうですね、エアガンの弾って」
大人でも耳に入れる奴がいますよ。
しかも取れませんよ。
給食の前に抄子先生から、ウチのクラスの男子がエアガンを振り回していたので没収したと報告をうけた。
卜部先生から返却してくださいとエアガンを預かったのだ。
出来るだけ担任教師から注意すべきだ、北条先生からも言われているうちの指導方針である。
午後になり休憩室にてエアガンをいじっていた。
最近のエアガンの威力はどうなのか。勿論学校に持ってくるのは言語道断だが、子供が持ってもいいものか見極めようと思ったのだ。
そして、気になったのである。
耳の穴にBB弾を入れたら果たして取れるのか。
おもむろにオレンジ色の弾をつまみ、右耳に投入。
案の定取れなくなったという訳である。
「耳、さっきから気にされてますけどどうかされたんですか?」
側頭部を叩いたり首を振っていたりしていたら抄子先生が聞いてきた。
さすがに、「BB弾が取れなくて」とは想いを寄せる女性に言えるはずもない。
「あ、なんか、痒いんですよね。耳垢取らないとダメかな」
白々しく嘘をつくがそんな俺にも抄子先生はマジ女神。
「耳掃除しましょうか?」
「へっ?」
立ち上がって棚から耳掻きを持ち出すと、畳に正座して膝をポンポンと叩いて俺を招いた。
「どうぞ」
マジか。
耳の穴を見せたら嘘が一発でばれるが、俺はその膝に吸い込まれた。だって歌ってるんだもん。
こっちのひ~ざはあ~まいぞ♪
こっちのひ~ざもあ~まいぞ♪
う、う、う~らべ来い♪
こんな甘い誘惑に勝てる訳がない。
なんせBB弾の誘惑にも負けた男だぞ俺は。
「失礼します」
生唾を飲み込んだ後、ゆっくりとそのシャングリラに頭部を乗せる。
柔らかくていい匂いがする。
杏仁豆腐だ。
抄子先生の膝枕は杏仁豆腐だ。
「あ、卜部先生。もう少し膝の方に浅く頭をずらして貰えますか。あの、胸の陰になって見えないんです」
マジか。
Dカップだと真下が見えないのか。
何とも夢のある話だ。
今後生徒に「おっぱいには何が詰まっているんですか?」と聞かれたら「夢と希望です」と答えるとしよう。
「はい。この辺でいいですか?」
頭の位置をずらす。
耳の穴を確認した瞬間、抄子先生は驚嘆の声をあげる。
「ええっ? 何これ?」
「み、耳垢でしょう。最近耳掃除してませんでしたから」
「え? だって、オレンジ色ですよ?」
「みかん毎日食べてるんで」
「指先ならわかりますけど耳垢までオレンジになるんですか?」
「は、はい。俺、みかんの皮剥くと耳垢の色変わる病なんですよ、あはは」
そんな病気あるか。悪いのは頭だろう。
「卜部先生、これエアガンの弾ですよね?」
これ以上は無理だ、俺は観念した。
「はい、入れたら取れるのか気になって入れたら取れなくなってしまって……」
「ハァ……男の人ってなんで危ないこと自分からやるんですか全く」
盛大に溜め息をつく我がマドンナ。その声色は呆れ一色。
「す、すいません」
「これ取るのはちょっと怖いです。病院に行きましょう」
「病院? そんな大袈裟な! なんとか取れませんか?」
病院の受付で「あのー、耳にBB弾入れたら取れなくなりまして」って言うの?
どんな罰ゲームだ。
「うーん、やれるだけやってみますが」
渋りながらも耳掻きを動かし、BB弾の排除に取り掛かるマドンナ。好き。
「あ、意外に取れそうです」
良かった。流石にこれで病院なんか行けないからな。
と思ったら、突然ピクンと抄子先生の動きが止まった。
「ハ、ハ……」
えっ? ちょ、ちょっと待って!
「ハクション!」
グサッと激痛。マジ勘弁。
「ギャアアアア!」
「卜部先生? ごめんなさい! 卜部先生?」
耳、というよりも脳内に突き刺さったような激痛にたまらず頭を抱えて転げ回る。
「ギィヤアアア!」
激痛に畳の上をのたうち回る中学校教員。これでも生徒からは結構尊敬されているんです。本当なんです。
「きゅ、救急車! 誰か! 早く救急車!」
こうして、「耳にBB弾を入れて取れなくなって救急車を呼んだ男」として俺は吉田中学校の生ける伝説となった。
ちなみに、エアガンを持ってきた生徒はこの話を聞いて怖くなってエアガンを捨てたという。
めでたくないが、めでたしめでたし。
徒然草 五十三段 現代訳
仁和寺の法師達が飲み会ではしゃいでいた。
余興のつもりで、したたかに酔っ払った一人が足鼎(中国から伝わった銅で作られた鍋のようなもの)を頭に被ろうとした。かなりきつかったが、無理矢理押し込めて鼎を被り、踊ったところ、大いにウケた。
満足して外そうとしたがこれが外れず、引っ張っても血が垂れるばかりで諦めて医者へ連れていった。医者へと赴くが、取る手立てがなく匙を投げられた。鼎を被って医者と対面している様を想像すると笑えるw
家に帰って途方に暮れていた。母親には泣かれ、茫然自失の中、日々を過ごしていた。ある日仲間達がやって来て無理矢理に取ってしまおうと数人がかりで引っこ抜いた。耳が千切れかけ、鼻は潰れたが命は助かった。本人はしばらく寝込んでいた。
【恥ずかしながらお願い】
お読み頂きありがとうございます。
BB弾を耳に入れて取れなくなったのは作者の実体験です。病院に行ったらピンセットでスポン!でした。
耳にBB弾を入れると本当に取れないので絶対に真似しないでください。
ちなみに処置後、医者に「記念にBB弾持って帰られますか?」って言われた時が一番の心の修羅場。