六十五段 この比の冠は、昔よりははるかに高くなりたるなり
※ 第二部の構想が纏まってきたので不定期ですが連載していきます。今回登場の南部中の先生方の名前も歴史上のモデルがいますが、敢えて答えは出しませんので良かったら調べてみてください。ちなみに南部中は南北朝のダジャレだったのですが、誰が気付くんだよと。
徒然草 六十五段 原文
この比の冠は、昔よりははるかに高くなりたるなり。古代の冠桶を持ちたる人は、はたを継ぎて、今用ゐるなり。
暑さが少し落ち着いてくると、我が南部中では受験ムードがはっきりと濃くなっていく。
来週には地域の私立高校の先生方をお招きして三年生に対して学校の紹介をしてもらう説明会もあるし、各クラスでは面接の練習も始める。
特に私立の推薦組は年が明けたらすぐに入試だ。学校によっては三学期に入ってから面接の練習をする所もあると思うが、南部中では二学期から毎月一回、場慣れして貰う為に練習を実施している。
そして今日は美術準備室にて三年四組の一回目の面接の練習をしていた。
「自分の短所は何だと思いますか?」
お決まりの質問を三年四組の鈴木悟に投げ掛ける。
「はい。すぐに謝れない所です。後になって、あの時謝っておけば良かったと後悔する事が多いです。高校では積極的に人と関わり思いやりが持てる人間になりたい、そう思っています」
よく短所を聞かれると「手を抜けない事です」とか一見短所の様でそれ長所じゃん、と思う事を答える子が多い。試験の場で自分の短所を言うのは抵抗があるかも知れないが、取り繕っても自分の事を客観的に見れないと思われるだけだ。素直にそのままを言えばいい。
「わかりました。以上で面接を終わります」
「はい。ありがとうございました。失礼します」
深く礼をして部屋を出ようとする鈴木の背中に声を掛ける。
「次は山本です。呼んで来てください」
「わかりました。失礼します」
うん、声の大きさ、目線、姿勢、どれも問題ない。高校の面接でする質問はお決まりの物しかない。事前に用意した解答をどれだけちゃんと喋られるかだ。就活面接の様に意地悪な質問はされたりしない。鈴木の出来なら大丈夫だろう。
しばらくしてノックの音が聞こえた。山本彩乃が来たようだ。
「どうぞ」
「失礼します」
俺の返事を待ってドアがスライドした。
今の俺は面接モードだ。いつもの話しやすいトベ先生ではなく、キッチリピッチリの面接官。なのだが、山本の格好を見た瞬間に俺は素に戻ってしまった。
「何だそのスカート!」
山本はスカートを折り込んでミニスカートにしていた。膝から十センチ以上高く、大胆に太ももを晒している。
「はい。高校生のスカート丈はこれが標準だと思いました。今から慣れておく事で高校生になる自覚を持とうとしています」
うん、俺の質問にハキハキと、そしてちゃんと目を見て答えている。よし、問題な……ってあるわ!
「面接を続けようとするな! 中止! 面接中止! 一回座れ……いや、座るな」
面と向かって座られたらその短いスカートの奥が見えてしまいそうだ。立たせたまま注意する。
「えー? 私ちゃんと質問の答えとか考えて来たのに!」
面接でスカート短くしてくる奴なんて初めて見た。うーん、頭ごなしに叱りつけていいものかどうか。
「どれだけ受け答えが完璧でもそのスカート丈だけで全部おじゃんだよ。先生は後ろ向いてるから直せ」
くるりと椅子ごと体を後ろに向けて言葉を続ける。
「それとな、スカートを折り込むなら外側に折り畳め。内巻きだとプリーツの形も崩れるし、腹回りも膨らんでみっともない」
何故そんな事を知っているのかって? ほっといてくれ。
「外に……? 本当だ! 外巻きの方が安定する!」
「感動してないで早く丈を戻せ!」
「はーい。……もういいよ先生」
振り返り、見慣れたスカート丈に戻った山本を椅子に座らせる。
元々うちの制服は膝下十センチ程と長めだ。それをあんなに短くするには何回も巻いた事だろう。
「高校生になったら短くしたければ勝手にすればいい。だけどその制服を着ている間はダメだ」
「うーん、別に短くしたい訳じゃないんだけど、S女って制服は可愛くないっていうか、普通でさ。スカート短くするぐらいしかないから」
山本の志望校は国際教養科のある私立のS女子校だ。英語が得意で、将来は海外で働くのが夢だという。
「ん? 女子校でミニスカートにしたって意味無いんじゃないか? 誰に見せるんだよ」
それにS女子校はお嬢様系というか、真面目な校風でギャルみたいな子は少数なハズだ。
「だって、ソフィアが……」
「ソフィア?」
「ううん何でもない。私の個人的な事です。すみませんでした、もうミニスカートにはしないから面接の練習をさせてください」
女子に聞くなと言われたらこれ以上聞けない。男性教師の弱い所だ。
「わかった。じゃもう一回入ってくる所からやり直しな」
「はい。お願いします」
山本が部屋を出て仕切り直しだ。再度鳴ったノックの音に面接官モードのスイッチを入れた。
『徒然ww 六十五段 この比の冠は、昔よりははるかに高くなりたる』
「はあ」
面接の練習も一通り終わり、職員室に戻り椅子に体を深く預けて息を吐いた。
「どうしました卜部先生? 面接の練習が上手くいきませんでしたか?」
向かいに座る高師先生が心配そうに聞いてきた。教師になって三年目の彼は三年二組の副担任で、俺と同じ国語教師。南部中の三年生の国語は主に高師先生が担当し、俺は彼のサポート担当というか、いわゆるお目付け役だ。と言っても高師先生はもう一人で十分授業が出来る。正直に言うと俺は初めての受験生の担任でてんてこまいだ。高師先生には助けられている。
「うちの山本がスカートを折り込んでかなり短くして美術準備室に来たんです。すぐに注意して戻させましたけど」
「プッ、面接の練習にですか? そりゃため息も出ますね。でも高校生と言えば短いスカートですから。憧れるのも無理はないでしょう」
中学生からすると高校生って物凄く大人に見えるんだよな。俺も当時は高校生になったらズボンを腰履きして財布にチェーンつけたりするんだって思ってたもん。
「あら、今は短いスカートって流行ってないみたいですよ」
隣の机、三年四組の副担任の今川先生がキーボードを打つ手を止めて話に入ってきた。高師先生と同期の英語教師で、ショートカットが似合うキリリとした美人だ。おまけに巨乳で男子生徒から絶大な人気を誇る。
「そうなんですか? 僕らの頃はミニスカートに紺のハイソックスが定番でしたよね。卜部先生の時代はルーズソックスでしたっけ?」
俺の時にはルーズソックスの流行りは終わっていて、高師先生の時と同じ様に紺のハイソックスだった。
「ルーズソックスは俺より上の世代ですよ。兄貴の友達がルーズソックスを履いてましたが、あれ暖かくて意外に機能性高いらしいですよ」
ルーズソックスとは二十世紀末に女子高生の間で流行った、ダボッとさせたゆるゆるのレッグウォーマーみたいな白い靴下の事だ。今では絶滅危惧種である。
「あれ、アメリカ発祥なんですよ。元々は登山用のただ分厚い長い靴下だったんです。私も向こうでは履いていました。普通に防寒具として、ですけど」
今川先生は中学二年生から高校卒業までをアメリカのシカゴで過ごしていたらしい。シカゴと言えばアメリカ第三の都市だが冬は北海道よりも寒いそうだ。
「そっか、今川先生は日本の学校じゃ無かったんですよね。いやあ、今川先生が日本の制服着てたらきっと物凄く可愛かったんだろうなあ」
「おだてても何も出ませんよ高師先生」
「おべっかじゃありません、本心です。今川先生と同じ学校が良かったなあ。あ、英語は苦手なんで海外の高校は勘弁ですけど」
高師先生はパーマをかけた長髪で如何にもチャラい感じの若者だ。いつも今川先生を口説いている。見た目も言動も見事にチャラ男で、角刈りで厳つい顔という対称的な容姿の二組担任で学年主任の金沢先生にいつもチクチクと注意されているが、中身は真面目で生徒思いの優しい先生だ。
「俺も英語は苦手だから海外は乗り気しないですね。英語はさっぱりわからない。あと、やっぱり女の子の考えることもわからないです。山本の考えてる事がさっぱり」
「年頃の女子の頭の中なんて僕たち男にはわかりませんよ、って言っても、卜部先生はそれで引き下がる様な人じゃないですよねえ」
今まで山本は一度もスカートを短くしたり制服を着崩したりなんてしなかった。それが面接の練習の時だけあんな風にしてきたのだから、何か理由があるんだと思う。
「俺に相談したい事があるんじゃないかって思ったんですが、本人に聞いても個人的な事だからと話して貰えなくて」
南部中で俺は今時珍しい熱血教師と評価されているそうだが、一部ではただのお節介野郎と影で言われている事も知っている。別に構わない、周囲にどう思われようと俺は生徒とは真摯に向き合っていたい。それが教師としての矜持だ。
「あ、そう言えば私、彩乃に相談された事があります」
英語教師って何故か生徒達をファーストネームで呼ぶ人が多い。今川先生も生徒を下の名前で呼ぶ。
「相談?」
先週の事。
山本から女子高生のファッションについて教えて欲しいと頼まれたそうだ。だけど今川先生は日本の高校に行ってないから「自分もよくわからないの」と山本の頼みに応えられなかったと言う。
「彩乃、夏休みにアメリカへホームステイに行っていたでしょう? そこのホストファミリーの娘さんが同い年で、来年からS女子校に留学生として通うらしくて、彩乃の家で一緒に住むんですって」
なるほど、その子がソフィアという訳か。
「それとファッションに関係が?」
「その娘さん、カワイイ文化がすごい好きで、特に女子高生ファッションに憧れてるんですって。私もアメリカにいた頃は同じだったからよくわかります。クラスの女の子の間でも日本の女子高生は流行に敏感でハイセンスだってよく話題になってました。アメリカってほとんどの学校で制服なんてないし、特にシカゴは寒くてミニスカートなんて履けなかったから」
つまりソフィアは「日本の女子高生は誰でも皆お洒落でカワイイ」と思っているのだろう。だけど当の山本はまだ女子高生のファッションには疎い。そこで今川先生に聞いてみたが教えて貰えなくて、今日は自分でスカートを短くしてみたと。俺なら何とかしてくれるんじゃないか、そんな淡い期待を込めて。
「S女子校の制服は可愛くない、か」
俺の呟きに高師先生が反応する。
「卜部先生? なんですそれ?」
「いえ、山本がそう言ってたんです。S女の制服は可愛くなくて、スカート短くするしかやりようがないって」
「女子にとっては制服も高校を選ぶ重要な要素ですからね。けど、短くするだけがお洒落じゃないと思いますけど」
S女の制服は可愛くないというが、黒を基調にしたダブルのブレザーは上品で清楚だ。あの制服にミニスカートは似合わない。それこそお洒落じゃない。
「今川先生、高師先生。来週の学校説明会で協力して欲しいんですが……」
翌週。
体育館に三年生が揃い、私立高校の説明会が始まろうとしていた。
俺と高師先生、今川先生の三人は説明会の前座の為に舞台袖にスタンバイしていた。衣装もリップもバッチリだ。
「えー、今から卜部先生達によるファッションショーを始めます」
進路指導の担当でもある金沢先生のアナウンスに生徒達はどよめき、体育館がざわつく。
だってしょうがないだろ。三年生担当の女性の先生は今川先生以外には皆「三十路を過ぎて制服なんて着られない」と断られてしまったんだから。
金沢先生の進行を受けて上手から俺が、下手から高師先生が舞台に出ると体育館は笑い声に包まれた。
それもそうだろう。俺はT女子校の、高師先生はF女子校の制服に身を包み、二人とも前髪をピンで止めて唇も艶のあるグロスを塗ってある。
「高師ちゃん待った~? そのリップ超かわい~!」
「ううんアタシも今来たトコなの。卜部ちゃんもそのヘアピンカワイイ~!」
喋り方もそうだが動作もくねくねとして気持ち悪い事この上ない。
だけど恥と外聞なんてとっくに何処かに捨ててきた。笑われても何も気にし……やっぱりちょっと恥ずかしい。
「高師ちゃん卜部ちゃん待った~?」
S女子校の制服を着た今川先生も登場。ダブルの黒いブレザーが凛とした彼女によく似合っている。俺の紺のブレザーと高師先生のセーラー服が似合ってるかは聞くな。
「おいおいババア無理すんなよ」
生徒達からそんな野次が飛んできて、一瞬で今川先生はキレた。
「誰だババアっつったの。課題山盛りにするぞ」
ドスの効いた声で言うもんだから体育館はシーンと静まり返った。慌てて高師先生がなだめに入る。
「落ち着いて今川先生。カワイイ! ちゃんとカワイイですから!」
「誰が四捨五入したら三十才だこの野郎!」
まだ怒りが収まらない今川先生を尻目に俺は生徒達の方へ向きを正し、咳払いを一つして説明する。
「コホン、えーと、突然の事でびっくりしたと思うが制服も高校を選ぶ重要な条件だと思ってな。参考にして欲しいと用意した」
パンフレットなんかを見れば制服がどんな物かわかるが、やはり実物を見るのが一番いいだろう。
「更に今日は各学校の校則と、それに則った制服アレンジを紹介しようと思う。入学してから『思ってたのと違う!』なんて事にならないようにな。ちなみに俺や高師先生が唇につけてるグロスぐらいなら各高校でもOKらしいぞ。今川先生みたいに化粧したらダメだけどな」
各高校の先生方監修のもと、校則をちゃんと守ってもお洒落が出来るんだと皆に伝えたかったのだ。ちなみに制服は試着用のサンプルを貸して貰った。
「そうそう、私みたいな厚化粧はあなた達にはまだ早い……って誰が厚化粧だコラ!」
完璧なノリ突っ込み。体育館に再び笑い声が漏れた。
しかし、女の子というのは大変だよな。高校では化粧は駄目だというのに社会に出たら化粧ぐらい覚えろと言われるんだから。男なんて朝は顔洗ったらもう準備完了だもの。
「まずスカート丈だが、三校とも膝上五センチが校則の上限だ。だが最近の流行りは膝小僧が見えるぐらいの丈に短めの紺の靴下が定番らしいぞ」
昔みたいに猫も杓子も下着が見えそうなミニスカートの時代は終わり、今はこれが流行りだそうだ。流行りというのは水戸黄門の印籠みたいな物で皆これに倣えだ。教師としてはこれくらい落ち着いていた方が安心する。
「没個性だと思うかもしれないが、個性はちゃんと他でアピールするものらしい。うわあ、今川ちゃんその靴下カワイイ!」
俺の言葉に合わせて今川先生が靴下を引っ張りあげて月桂樹がデザインされたロゴを強調する。靴下にワンポイントを入れるのも最近の流行りらしい。
基本のシルエットは皆に合わせて、細かい所で個性を出すのが今のスタイルなのだ。
「でしょ? 卜部ちゃんもその胸ポケットのヘアピン最高にイカしてるよ!」
最高にイカしてるは死語だろ。今川先生は青春時代をアメリカで過ごしたからか些かセンスが古い。
「胸ポケットにカラフルなヘアピンを差して華やかにするのがブームなんだって! 高師ちゃんのカーディガンもカワイイよね~!」
「ありがと~! セーラー服に合わせるならセータータイプより断然カーディガンだよね! 色もシックにベージュにしてみたの! エモいでしょ~!」
「マジバイブス上がる~! F女子校はセーラー服の上に薄手のニットなら、T女とS女はブレザーの中にニットを着るんだったらそれで授業受けてもいいんだって! 登下校だけなら中に厚手のパーカーとか着てもいいらしいよ~!」
国語教師の言葉の乱れが酷いが、これも国語を極めようとする者達の研究した結果であると思ってほしい。
「私も見て見て! S女の黒のキッチリとしたブレザーには明るいのが似合うかと思って水色にしてみたの! 単色なら特に色の指定はないんだって!」
他にも靴やバッグなど、校則の説明を交えながら今流行りのファッションを紹介していき、ファッションショーは無事終わった。
これが思いの外好評だったようで、後に取った生徒達へのアンケートでも「毎年やった方がいい」という意見も多かったようだ。金沢先生が「来年もやろうか、でも誰に頼もうか……」とこちらに視線を送ってきたから女装はもう勘弁とスッと目を逸らしておいた。
更に翌週。美術準備室で山本と面接の練習の為に向かい合っていた。
「最後の質問です。あなたはどんな高校生になりたいですか?」
「はい、節度を持ちつつも自分らしく、貴校の制服が似合う人間になりたいと思っています」
そう答える山本の目には未来への期待が満ち溢れていた。
徒然草 六十五段 現代訳文
最近の冠はと言えばとんと長くなった。
ヴィンテージの冠ケースを持っている人は継ぎ足して使うしかない。




