009.錬金術師、魔王に遺恨あり
和也、ナターシャ、フパイラーン、アデルの一行は、桟橋から海を渡り、とある孤島の森の中で一夜を過ごした。
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「伝説の魔女にもできないことがあるのね。ガッカリだわ」
「あんたみたいに図体のデカイ火竜を人間の女に変える魔法なんて、魔王でもなければ使えないわ」
朝っぱらから火竜フパイラーンと魔女アデルが怒鳴り合う声が聞こえ、和也とナターシャは飛び起きた。
よくある年頃姉妹の口論にも見えるが、一方は火を吐き、もう一方は氷の魔法を使い、森の中半径百メートルを真冬の状態に変えている。
巣穴から熊や狼が出てきて、頭を抱えながら退散していくのを和也は見た。
「そんなんだったら、あなたをカスヤに推薦しなければよかったわ」
フパイラーンが鼻を膨らませる。
「あんた一人の力じゃカスヤを魔王城まで連れて行けっこないわ」
アデルは凍った地面へ杖の先をトントン叩き、真冬と化した森は緑を取り戻したものの、熊や狼が向こうの木々から顔を出し、戻るか否かを悩んでいるようだった。
◆
木々の間から陽光が漏れ出して、鳥たちが歌い出した。
和也一行は焚き火をし、この島で捕獲したトカゲやらヘビやらを焼いている。
フパイラーンとアデルは互いに向こうを向いて、口を利こうともしない。森中の動物たちが二人の成り行きを木々の陰から見守っていた。
「お二人とも落ち着いてください。この島に私たちが来た理由を思い出してください。私たちはこれから…」
「「うるっさい!!!」」
仲裁にはいったナターシャの言葉を、フパイラーンとアデルが遮る。
「二人とも落ち着いてくれ。この島に俺たちが来た理由を思い出せ。俺たちはこれから、大陸で五本の指に入るといわれている錬金術師会わねばならない。そいつは気に入った武芸者にしか武器、魔道具を作らない頑固者だ。今は争ってる場合じゃない」
和也の言葉にフパイラーンもアデルも反論せず、むすっとしたままだった。
「俺たちが戦いを挑むのは、あの魔王軍だぞ?仲間割れはよせ」
「「こんなやつ、仲間じゃないわ!」」
二人は一斉に同じ台詞を吐く。
「だったら帰れ」
和也は静かに言った。
「いくらお前らが強くても、力を合わせられないんじゃ戦力にならない。俺とナターシャの二人で行く。さぁ、さっさと帰れ」
フパイラーンとアデルは少しの間だけ無言になった。
「…じゃあ、魔王を倒すまでの間だけ、手を組みましょう」
というアデルの言葉に、
「魔王を倒せば、ひとつやふたつ言うことを聞くだろうから、私を人間に変える魔法を唱えさせるわ。これで利害は一致ね…」
と、フパイラーンも一応の落としどころを見つけたようだった。
「「こんなナターシャとかいう剣術バカ女とカスヤを二人っきりにさせられないからね」」
二人は同じ台詞を吐く。コンビネーションは抜群だった。
◆
ここ、ユーロパシア大陸西海岸から南下した場所にある孤島「キュウジソク島」は森と湖、自然の美しい場所だった。
人口は五名であり、そのうち四名は老人。残りの一人は二十代半ばの女である。
その女こそ「天才錬金術師」ネルネ・マルソーである。
ネルネは、三年ほど前までガーゴリン王国の冒険者として、魔法槍を武器にしてさまざまなクエストに参加し、魔物を討伐に明け暮れていた。
敵が強ければ強いほど、ミッションが困難であれば困難であるほど燃える性格のネルネは、いつしかその働きが王都まで届くようになり「S級昇進間近」といわれたが、そんな矢先に、魔王が復活した。
当初、国王が魔王復活に絡んでいると知らなかったネルネを初めとする冒険者たちは、魔王城へ赴き「討伐軍」と名乗り魔王軍へ戦いを挑んだ。
しかし「勇者」の称号を持つ者も含む総勢三千名は、二ヶ月半の戦闘の末、全滅した。
敗因のひとつは、本来であれば討伐軍の要である「S級勇者」全員が魔王の虜になってしまったことだ。
ネルネは折れかけた槍を杖がわりにして、魔王城の玉座前で最後まで立っていた。
足もとには仲間たちの屍。最後に残ったのは自分ともう一人「ガーゴリン王国・聖騎士スカルザ・オーゴバ」だけ。
「アタイたちは負けない。聖騎士スカルザ、魔王に一撃を与えて…たとえ殺せずとも…国王陛下や仲間たちの無念を晴らして」
だが次の瞬間、ネルネは自分が甘かったことを確信し、男などを信用した己を深く恥じた。
本来であればガーゴリン王国を守らねばならない立場にある聖騎士スカルザが、魔王の虜としてひざまづき「ドクロマスク将軍」として魔族の洗礼を受けてしまったのだ。
「小娘よ…この聖騎士は悪くはないのだぞ」
魔王は豊かな桃色の髪を揺らし、配下に何かを命じた。
同性でありながらも、ネルネがその美しさに心を奪われるような美しい瞳をした魔王は「あれを見よ」と言う。
ネルネはよろけながら、魔王が指さす方を振り返った。
玉座の反対側、王室の入り口に鎖で繋がれた汚らしい中年男が魔王の配下に連行されてきた。
灰色に汚れているが特徴的な長髭。プライドを体現したような鉤鼻。それは間違いなくガーゴリン王国が国王、ガーゴリン七世その人だった。
「この国王こそが妾を復活させた張本人じゃ。召還者という立場上、殺すことも虜にすることもできぬ。愛の告白をうっかりせぬよう、唇を縫った」
ガーゴリン七世は「あいしてます、まおうさま」と口を動かしたようだが、魔王は聞こえないふりをしている。
「鉄になりたいのか、うつけもの」
魔王はガーゴリン七世を地下牢に戻し、ネルネにこう言った。
「女よ。ここで死ぬか、配下になるか、逃げて妾復讐するか。選べ。復讐するならば余興として逃がしてやるぞ」
魔王の傍には、かつてこの王国の聖騎士だった男が、ドクロマスク将軍として片膝をついている。魔王に攻撃すれば即座に首を落とされるだろう、とネルネは怖気をふるう。
ネルネは復讐者としての道を選び、魔王軍配下の転送魔法によってどこかへ飛ばされた。
◆
「どこよ、ここ…」
目を開き広がった風景。
それはメクソリンダス王国の領土、西の草原だった。
メクソリンダス王国は、今から三百年前にガーゴリン王国、ギゼヌ王国、サンダル王国、オウゾ王国、イコヌ王国ら連合国軍を、たった一国で相手どった国であり、高名な魔女や凄まじい火力を持つドラゴンもいるという強大な軍事力を誇る国だった。
各大陸の王国すべてが戦争に終止符を打ったとき、メクソリンダス王国は一ミリたりとも領土を失わず、一ミリたりとも他国を侵略せず、戦いを終えた魔法兵士たちを労ったという。
また何故かは分からないが、メクソリンダス王国は魔王が唯一「手出ししない」と宣言した国だと言われており、復讐のチャンスを伺うまで潜伏しようとネルネは決意した。
「生活するには、まずは金だ。アタイにできるのは錬金術だけ」
メクソリンダス王国西南に位置する孤島「キュウジソク島」に渡って居を構え、錬金術に精を出すようになった。
◆
それから三年が経過し、評判を聞きつけた国内外の冒険者たちが、ネルネの工房へとやってくるようになった。
魔王の出現で魔物、魔族が増加し彼ら冒険者の収入源は尽きることはない。
ネルネは錬金術によって創造した武器と引き替えに、ユーロパシア大陸にある各王国の情報や、魔王国となったガーゴリン王国の情報を彼らから得るようになった。
ユーロパシア大陸中央に、ガーゴリン王国、現・魔王国がある。
そしてそこから南下した二国、サンダル王国とギゼヌ王国も魔王国領土となっている。
これが俗にいう「魔王三国」である。
「メクソリンダス王国に勇者が召還されたらしい。火竜フパイラーンやキルシュタインの魔女も仲間に引き入れたとか」
そんな噂を耳にしたのは、ネルネが生涯に一本創れるかどうかという超大作「超勇者の剣」を打ち始めた頃である。
それは、誰に渡すか、誰のために創るのかも考えないまま、一心不乱に錬金術のすべてをそそぎ込み創造した、決して折れることのない剣だった。
いたずらにその勇者の剣を欲しがる冒険者には、こう釘を刺した。
「この剣を握って死なないのは、魔王と同等の魔力をもつ超勇者だけだよ」
そんなヤツいるわけねぇ、と唾を吐いて帰る連中も少なくはなかったが、ネルネは信じていた。
いつしか選ばれし者がこの孤島にある錬金術工房を訪れるのを。
そして、自らがその仲間に加わり魔王を倒す日が来るのを。
◆
和也一行は、天才錬金術師ネルネの工房があるキュウジソク島の森を歩いた。
和也は道すがら、アデルやナターシャに質問し、現在のユーロパシア大陸の状況を完全に把握することができた。
魔王国は、ガーゴリン王国、サンダル王国、ギゼヌ王国の三つ。
魔王がその気になればユーロパシア大陸全土はおろか、地上すべてを支配できるにも関わらず、彼女は魔王城にこもりっきりで、侵略を担当しているのはもっぱらサンダル王国、ギゼヌ王国の魔王国兵士たち。
「ガーゴリン、サンダル、ギゼヌの魔王三国を相手取るには、まだ侵略を免れている周辺国との同盟関係が不可欠じゃないのか」
和也はナターシャに言う。
「他国への魔法手紙は、国家間の防壁魔法で届きません。直接、彼らと話し合うには十分な装備と兵士を得てから向かうほかありません」
「ああ、ますます錬金術師とやらに会わなきゃならんな」
和也は頭をかきむしる。
「錬金術師のネルネは、実力ある冒険者、武芸者にしか武器をつくりません。それは、実力のある者しか正しい情報を得ていないからです」
「情報?」
「彼女は魔王に仲間を全滅させられた復讐者です。ユーロパシア大陸の情勢を常に探り、一矢報いる隙を窺っているのでしょう」
「おれが召還された勇者で、火竜や魔女もいると伝えてくれよ」
和也の言葉にナターシャは首を振った。
「彼女は言葉では納得しません。言葉は不確実であり、もっとも不誠実な道具であると主張しているようですよ」
「さすがは現物主義者。言葉しか武器のないおれはどうすればいい」
「カスヤ様は魔力を一切もたず、この者たちを引き連れていらっしゃるのです。言葉の力は偉大です」
ナターシャは笑った。和也は「まぁ、それしかできないよな」と頷く。
「よっしゃ行くか。鋼鉄よりも頭の固い姉ちゃんをナンパしてやるぜ」
和也の言葉に、ナターシャもフパイラーンも、アデルも目を丸くした。「ナンパ」という単語を彼女たちが知らないからこそ言ったのだ。
「ナンパってなに?」
アデルが言う。
「自己開示。友好。平和交渉。その総称さ」
「なぁんだ、私たちみんな、カスヤにナンパされたのね。ネルネもナンパして、さっさとみんなで魔王を倒すわよ!」
アデルは笑った。言葉を知らないことはどれだけ幸せなことだろうと和也は苦笑いした。




