008.魔王様は退屈じゃ
まだ太陽の届かぬ、宵の闇に浮かぶ魔王城。
自ら魔王の封印を解いた国王ガーゴリン七世とその配下、兵士たちは城を奪われ、地下牢に幽閉されている。
そこから夜な夜な聞こえてくるのは、男たちの奇妙な歌声だという。
◆
魔王城最上階の大きな窓には満月が浮かんでいた。
窓から漏れ出た月明かりを受け、鈍い光を湛えた髑髏、甲冑を着た兵士、巨人族、半獣人、大蛇、唄に明け暮れる美青年のモニュメントが、宮殿内玉座まで伸びたカーペットの脇に並んでいる。
はぁあ、と欠伸をかみ殺す美女がそこには鎮座していた。
「また今日も三人。勇者が妾の首を狙いにきた」
美女は桃色の髪を指に巻きながら、下着同然の格好で目をこする。
「魔王様。まさか転送魔法を使い、宮殿内に侵入されるとは、我が輩の不覚です」
玉座にひれ伏す、ドクロマスク将軍が恐れおののく。
美女――、魔王は「面を上げい」と笑いながら言った。
「良いのじゃ。門から突入すればお主らに適わぬと思い、このような姑息な方法に出たのだろう。勇者たちは賢い。そしてお主らは強い」
「ははあ」
「問題はこの勇者三人じゃ」
魔王の足許で、勇者たちは金属と化し転がっている。
「まさか、今回も」
「首を取りに来たはずが、剣を捨て、妾を口説き始めた」
「結果は…」
両手を前に差しだし、求愛のポーズのまま固まった三人の勇者たちを見た。
「妾への愛の告白は一生に一度きり。もし妾がそれを断れば、呪縛魔法により金属へと変わるぞと再三、言ったにも関わらず…この有様じゃ」
「この男どもは、勇者の称号を得て自らの価値を過信していたのでしょうか…いや…」
ドクロマスク将軍は、月明かりに照らされ銀色に輝く三人の勇者に哀れみの目を向けた。
「…たとえ勝算がなくとも、命を賭けてでも、魔王様に愛の告白をしなければ男としての人生に悔いが残る。そう考えたのかもしれませんな」
「まったく。このようなモニュメントはもういらん。城の外へ捨てておけ」
「ははあ」
魔王は三人を足蹴にし、ドクロマスク将軍は配下を呼び彼らを片づけさせた。
◆
「ところで魔王様。メクソリンダス王国に動きがありました」
「申せ」
魔王に促され、ドクロマスク将軍は頭を垂れたまま報告を続ける。
「異世界より勇者を召還し、その男は火竜フパイラーンとキルシュタインの者を味方に引き入れたもよう」
「驚異ではない。世界中の魔力を集結させようが妾の敵にはならん」
「そうではないのです」
「なんじゃ」
ドクロマスク将軍は面を上げ、魔王の目を見つめた。
「戦力集めは、あくまで我ら魔王軍への対抗手段。問題は異世界からの勇者です」
「ほう」
「その者はかの憎きソクラテス…魔王様のお父上を倒したソクラテスと同じ世界から召還されてきたようです」
「なに…」
魔王の麗しい眉目に、微かに険が走った。ドクロマスク将軍は再び視線を床にやり、ひれ伏した姿勢のまま言葉を続ける。
「かの世界には、魔法がありませぬ。その代用として算術やらカラクリやら、策謀や哲学思想といったものが発達しておりますゆえ」
「魔力なき異世界人による戦略。それが妾を脅かすとでもいうのか」
「出過ぎたことを申しました。お許しを」
ドクロマスク将軍が地面に顔を擦り付けるようにしてひれ伏すが、魔王は気分を害した様子はなかった。むしろ微笑んでいる。
「面白いではないか…この妾を口説き落としでもすれば、なおさら面白いのだがな。余興ができた」
「見張りをつけますか」
「よい。好きにさせておけ。して、その男の名は?」
「カスヤ…カスヤと呼ばれているようです」
「カスヤか。面白い。まるで腐った葡萄で作られたワインのように陳腐な名前ではないか。その名を近くで耳にする日を楽しみにしておるぞ」
魔王は形のいい唇をつり上げ、その異世界からの勇者が自らをどれだけ愉しませてくれるのだろうかと妄想を弄び、笑った。
「魔王様が世界を統べる~魔王様のためなら死ねる~」
地下牢から聞こえてくる国王をはじめとした男たちの求愛の歌に、魔王が応えることはない。




