006.魔女はキャバクラ嬢でした
メクソリンダス王国・西部、ワインハウス男爵領の城下町――、「キャラブキ・シティ」は「草原に佇む魔女の館」から、数百キロほど離れた場所にあった。
西部の大半を占める風光明媚な山々や川、大草原とは打って変わり、キャラブキ・シティは夜な夜な煌びやかな魔法ネオンに彩られる。
いっとき魔王の復活と魔王軍による進軍によって閑古鳥が鳴いていたが、平穏が戻ると以前のように活気が溢れ、国内の冒険者や貴族たちが杯を傾ける姿がそこかしこで見られるようになった。
この城下町で一番大きな酒場「バッカス」は、ワインハウス男爵本人が経営しており、店員は皆、妙齢の女人のみとなっている。
それは現代日本でいう「クラブ」「キャバクラ」「ガールズバー」に近いものといえる。
◆
赤い煉瓦づくりの瀟洒な建物の裏口へと、アデル・キルシュタインは入っていった。
ここにたどり着くまでに、魔女の箒を闇魔法で収納し、服装も胸や太股を強調したものへ変えていて、化粧もしっかりしている。
「あら。おはよう」
バッカスのママであるゼニコが微笑んだ。
若い頃、他大陸からやってきたというゼニコママは「着物」という民族衣装を着こなし、その白いうなじは四十代半ばの色気を醸し出している。
「おはようございます」
アデルは豊かな紫の髪を揺らし、会釈をした。
「昨日あんなに呑んだのに、けろっとしてるわね。十八…若いっていいわね。イザベル」
ゼニコママは狐のように目を細めた。アデルは微笑み返す。
この店でアデルは「イザベル」という名を名乗り、年齢も十八と称し、魔女の家系であることも、大魔法使いであることも内緒にして働いている。
「さぁ、今日も一日がはじまる。がんばるわよ」
ゼニコママはガッツポーズをとる。
西日が沈むこの時間帯が、バッカスにとっての「朝」だった。
◆
アデルは続いてキャストルームの扉を開ける。そこからは香水と、煙草と、女たちの甲高い声が聞こえてきた。
「あのバカ客、なにが貴族よ!没落したのを隠して、ゴブリン退治して私に会いに来る金をつくってるくせに」
店のナンバー2であるカビシャが笑う。純血エルフ族特有の艶のある金髪と尖った耳、碧眼が男たちを惹きつけて止まない。
「でもさ…金つくろうとしてるだけいいじゃん。ウチの客だった巨人族の木こりなんてさぁ、売掛金つくってとんずらよ。そんでウチの給料…」
猫の獣耳をもつ、ナンバー3のルワイジがそう言い掛けたあと、咳払いをした。
「おはよう…みんな」
アデルは控えめに挨拶したが、キャストルームにいた七名はそれを聞こえない振りして、それぞれ鏡の前でメイクを始める。
「あの…私の席は」
「ああ、ごめん荷物置き場がないから使わせてもらってる」
アデルのドレッサーの椅子と鏡の前には、キャストたちのバッグや弁当や等が置かれていて座れる状況じゃなかった。
「ナンバー1なんだから、すっぴんでも勝負できるでしょ」
ナンバー4のベリーショートの青髪娘、ショワールがそう言うと、全員が笑った。
アデルも笑った。笑ってキャストルームを出た。
そして怒りの炎が目から噴出しそうになるのを抑えるため、トイレにこもった。
「怒っちゃだめ。魔法を使っちゃだめ。…私はただの人間。でなくちゃここにいる意味がなくなるもの」
アデルはふぅ、と深呼吸した後、トイレの鏡面の前でメイクを始める。
「本日、一番目のお客さん、フリーよ~。みんな、ついてあげて」
ゼニコママの声がした。
◆
本日、一人目の客は、いかにも冒険者といった風情の、傷だらけの甲冑を着た中年男だった。
右の眉と左の頬に大きな傷があり、三杯目のウィスキーのグラスを空けると、武勇伝を語り始めた。
どこぞのダンジョンで魔族を倒しただの、王国の剣術大会で六位になっただの、さらに四杯、五杯とすすむうちに今度は、先祖が大陸戦争の将軍だのと言い始めた。
「ところで~、姉ちゃんたちはカレシいんの?」
中年冒険者は、アデルとカビシャ、ルワイジ、ショワールを見回しながら鼻の先を赤らめる。
「いないから、こういうとこで働いてるんですぅ~」
ルワイジが猫耳を動かしながら、口をすぼめた。
「ね、ここはダンナさがしの場よね。仕事だなんてこれっぽちも思ってないし」
ショワールは平凡なヒューマンタイプの女だったが、そこがいいという男も少なくはない。
「どうせ結婚するなら、強い人がいいなぁ」
カビシャがそう言うと、中年冒険者は生唾を飲み込んだ。エルフの女は手が届かないと思っているクチに違いない。
なにせこの中年冒険者は、大柄といってもヒューマンタイプの範疇であるし、顔も泥人形をこねくり回したような雑なつくりだった。容姿にコンプレックスが強いものほど、美しい異性に憧れるものだ。
「よっしゃ、んじゃ俺、来週、魔族を三匹狩ってくるわ」
中年冒険者は甲冑の背に括り付けられた大剣を抜いて、シャンデリアにかざす。
「どうせなら魔王を倒せば」
アデルはそう呟いた。
キャストたちが一斉にアデルの方を振り向く。アデルはにやりと笑った。
「一度、手を引いたといえ、この王国の生殺与奪はあの魔王に握られたままなのよ。魔王を倒せば、魔族は発生しにくくなる。一石二鳥じゃない」
中年冒険者は、振り上げた大剣を下ろすことができないまま固まっていた。
「う、そ」
アデルは中年冒険者に微笑んだ。
「私は本当に愛する人には、戦ってほしくない。お金だっていらない」
アデルは大剣をつかみ、それをゆっくりとテーブルにおろさせた。
「振り上げた剣はなかなか下ろせないでしょ?一度身を投じれば、死ぬまでそれを続けなくちゃならなくなる」
アデルは中年冒険者の耳元に唇を近づけて、そっと呟く。
「そろそろ、強がることをやめて、本当の幸せつかまない?」
中年冒険者は泣きだした。
そして、自分は本当は商人の息子であり、親と喧嘩してギルドに登録したもののなかなかダンジョンでは稼げず、冒険者などやめて実家に帰ろうかどうか悩んでいるのだ、と白状した。
「商人、いいじゃない。冒険者も勇者も、魔法使いも国王も、商人が物を売らなきゃ生活ができないでしょ?真の実力者は商いと計算に長けてる人だと思うわ」
アデルの言葉に冒険者は深く頷くと、アデルを場内指名した。
「家出をする前におやじがくれた魔法通貨カードだ。これ使って百万イェーンほど酒を持ってきてくれ」
冒険者の遣った金は、指名嬢であるアデルの成績となり給与に反映される。
アデルは、ほかのキャストたちの悔しがる顔を見て内心、舌を出した。
(魔法がなくたって、私は男を操ることができるのよ)
グラスを少し傾ける。アデルは酒に強くないが、気分がとても良かったのだ。
◆
アデルは生まれついてすぐ、大魔法使い、魔女の末裔という烙印を押されて育った。
人が人に、犬が犬に、猫が猫に生まれついたように、アデルは選択の余地もなく、膨大な魔力を身にまとって生まれてきた。
「いい?アデル。キルシュタイン家は、この世界に魔法を与えた初代魔王の血を引き、魔王封印後は二千年間メクソリンダス王国を常に支えてきた名家なの。誰もが恐れる魔女の血筋を常に自覚するのよ」
母であるクレアは娘が言葉を理解する前から、このようなことを言って聞かせ、アデルは母の愛情を知らず、役割を与えられた存在として生かされてきた。
また魔女の末裔は、他人種よりも寿命が四倍長く、身体の成長が四分の一であることから、魔法学校というものに通い始めても、見た目と精神年齢が周囲の子供たちと合わず、そのくせなにをしても魔力一位のアデルは、学校でひたすら浮いた存在になっていた。
アデルは困ったことがあると、すぐに魔法をつかい、難なくそれを解決した。
物理的困難、精神的困難、すべてアデルの障害とはならず、周囲からは羨望と畏怖の念をもたれ、こう呼ばれた。
鉄壁の魔女、小さいくせに大人じみた生意気娘、と。
反対に言えば、アデルは魔法以外の方法で、なにかを解決したことがなかった。
それ以外の方法をわざわざ選択する意味もなかったし、それ以外に解決方法を知らなかったからだ。
大きな岩をどけることも、天気を変えることも、人の心を操ることも、魔法でできる以上、アデルがなにかに悩み、それを得るために努力する必要などなかったのだ。
「皆と同じがいい。ふつうの女の子になりたい」
真っ黒な完全性の中で、ぽつりと開いた白い穴だった。
同時に、不可能に近い願望でもあった。
鶏が魚になれないのと同じで、魔女が魔法を放棄することはできない。
また、魔法ですべてを支配できるアデルが、魔法を抜きにした人生など歩めるはずもなく、それは同時に、魔法なきアデルは人にあらずという図式を、彼女自身に提示する結果となった。
「魔法なんかもう使わない。魔法なしで自分の価値を証明してみせる」
こうしてアデルがバッカスの求人に応募したのは、今から二年前のこと。
アデルは魔法を一切つかわず、他人を観察し、研究し、心を読めるようになった。アデルはいつの間にか、バッカスの一位キャストとなっていた。
◆
「イザベル、今日はどんな言葉の魔法を使ったの」
ゼニコママはボーイたちに店じまいをさせ、化粧直しをする。
「甲冑にやたらめったら傷が多いのは、歴戦の勇者なんかじゃなくて戦いに不慣れな証拠。それに指輪など高価な物が多かった。彼が金持ちの息子なのはだいたい想像がついてたわ」
アデルは煙草を吸いながら答えた。
「今日三百万イェーン落としていったしね」
ゼニコママは、そこかしこのソファで、酔いつぶれて寝ころぶキャストたちを哀れむように見つめる。
「ママ、明日は私のバースデー。この店の売り上げ記録を抜いてみせる」
アデルの言葉にゼニコママの手が止まった。
「私の記録を抜くってこと?」
ゼニコママの顔がこちらを向く。
「だめ?」
「だめじゃないわよ。でも…」
「でも?」
「ワインハウス男爵の第二愛人になろうだなんて考えたらダメよ」
ゼニコママが、出会って以来、初めて怖い顔をした瞬間だった。
アデルが魔女の末裔でなく、ふつうの女子だったならば一目散に逃げ出していたかもしれないが、アデルは別のことを考えていた。
そうだ、明日はこの街の領主であるワインハウス男爵が来る日だ、と思ったのだ。
なんでも男爵の抱える衛兵たちが、難解なダンジョンを攻略したとかで王国から表彰されるらしく、その打ち上げとしてこの店を利用するというのだ。
おもしろい。今まで二回しか会ったことのない男爵をはじめ、衛兵たち全員の場内指名をとってやろう。そしてワインハウス男爵の心を、ゼニコママから奪うことで、この店を引退する花道にしよう、とアデルは思った。
◆
翌日――。
男爵を先頭とした一行――、甲冑を纏った衛兵たちは、キャスト総勢が入り口両隣に整列した状態で出迎えられた。
数にして二十名ほど。
最後尾に、髪の黒いヒューマンがいた。
皮膚の色や顔立ちからいってゼニコママに近い感じがしたが、両者ともに知り合いというわけではないらしい。
「カスヤくんは真ん中に座りなさい。君がいなければあのダンジョンは制覇できなかった」
男爵に促され、その黒髪のカスヤと呼ばれた青年がテーブル中央に座る。
衛兵たちが杯を傾ける。キャストたちは男たちの間に挟まれる形で座った。
「カスヤ~、ほんとお前、新人のくせに相当な働きだったぞ。ゴブリンを一気に百匹倒すしよ~」
「カスヤだったら、魔王すら倒せるんじゃないのか…なんつってな。あはは」
「とんでもねぇ剣さばきだった。カスヤ、てめぇってやつは相当でかいキンタマの持ち主だな、おい」
衛兵たちが口々に言うものだから、酒を注いでいたキャスト一同の目がカスヤの方に向いた。
「お兄さん、他大陸のひと?魅力的な瞳をしてるわ」
「私、強い人って好き」
「カスヤさんていうの?いま恋人はいるのかしら」
休日出勤で駆り出され、さっきまで無愛想だったキャストまでもがカスヤの方を凝視して、質問責めにする。隣に座った衛兵たちは彼女たちに放置されていた。
アデルは敢えて、この群の中に混じることなく、まずは静観することにした。
(計画変更。まずは男爵じゃなく、このカスヤって男の場内指名をゲットしてみせるわ)
アデルの視線を感じて、カスヤが微笑む。アデルはドキっとしたが、平静を装った。
◆
カスヤは酒が弱いらしく、果実酒をチビチビと舐めるように呑んでいた。
「ねぇ~彼女とかいるの~?顔もかっこいいし~」
カスヤの右隣で、猫耳族のルワイジが甘えた声ですり寄る。
「え、えぇっと…その、恋愛はその、剣の妨げになるのでご無沙汰で…」
それが嘘か本当かは分からない。ただ、カスヤという青年がひどく女慣れしていないことだけは明白だった。
アデルは舌なめずりをする。楽勝だ、と思ったのだ。
続いて、左に座るエルフ族のカビシャが、カスヤに酒を注ぎながら、あっとそのズボンにそれをこぼした。
姑息な、とアデルは舌打ちを堪える。だが、カスヤの反応はどんなものかと思い、成り行きを見守った。
「ごめんなさい…私」
カビシャが胸の谷間を強調するようにして、カスヤの股間を拭く。
「ずるい、私もぉ~」
ルワイジとショワールもそれに連なる形で、カスヤの股間を拭き始めた。
「いや、ま、まいったなぁ」
店のナンバー2からナンバー4に至る美しい娘たちを股間に侍らせ、カスヤは頬を赤らめて頭を掻くが、結局はされるがままになっていた。
「さて、英雄くん」
赤ら顔の男爵がカスヤの方に向かって手を振った。
「今回、一番の働きをしてくれた英雄カスヤには、一番最初にお気に入りの女を選ぶ権利を与えてやろう。どの娘を場内指名する?」
色男、などと周囲の衛兵たちは冷やかしの言葉を投げているが、カスヤがどの娘を指名するのか興味津々のようだ。
「ええっと」
アデルは、自分が場内指名される確率は八十パーセントくらいだろうな、と思った。
カスヤのような奥手な男は積極的な女を恐れ、警戒し、遠ざけるものだ。一方、アデルは他のキャストたちが群がる中、距離を保ってカスヤに微笑みを投げかけるだけに、とどめた。
これまでのように、必殺フレーズも使わず、ただひたすら「謎の女」に徹したのだ。
もちろん自分以外にも、カスヤと直接会話していないキャストは、フロアに十人近くいたが、彼女たちは遠慮をしているか、自分に自信がない三流のキャストたちだった。ただ、ソファに座っているだけ。壁の花とはよく言ったものだ。
しかし群を抜いて魅力的な容姿をした、ナンバー1の地位にいる自分が、この立ち位置にいれば、それは存在感となり、効果的ブランディングかつ、アピールへとつながる。
ガツガツしないことで、逆にアデルは自らの勝利を確信していた。
さぁ、誰を選ぶの。カスヤ。
アデルがそう構えていたとき。
「ではこの子を」
カスヤが指さしたのは、フロアの端っこで、うだつの上がらなそうな衛兵の酒をついでいた、末席中の末席、新人でもないのに万年ヘルプ要員(指名をとれず、場つなぎや酒を飲む仕事に徹するキャスト)の、サエナだった。
「は~い、サエナちゃん、指名入りました~!」
ボーイがマイクで呼びかける。
「え…あ、あたし?」
平均的な体型に平凡な顔立ちのサエナは、うだつのあがらなそうな衛兵の隣を離れ、カスヤの横に座らされた。
「どういうこと…」
アデルの心の声を代弁したのは、カビシャ、ルワイジ、ショワールたちだった。
◆
「お、俺は、小さい頃から強力な魔力をもって生まれました。そのせいで大変な人生だったんです」
カスヤは、酒を飲みながら半生を語り出した。
「何をやっても一番、できないことは何もない。いつしか大人たちは、俺を子供として見ることなく、一番で当然、できて当然。そう見るようになったんです」
(え…昔の私みたい…)
カスヤの語る言葉に、アデルは胸騒ぎを感じた。
「俺は、それが悔しくて…十五才のある日、全魔力を放棄する魔法を自分にかけました」
「…封印魔法ナカータコトンニか…。あれは唯一、魔王の魔力を封印することができる伝説の勇者しか使えない魔法だぞ。大賢者ソクラテス様の相棒であるパンジャン様以来じゃないか」
衛兵の一人が言った。
アデルの胸騒ぎはさらに高まりを見せる。そんな、魔女の末裔ですらできない魔法を、自分もかつて会得を試みて失敗したあの封印魔法を、このカスヤが使えただなんて。
本当にこの男にそんな能力があるのか、と魔法眼を発動させたが、たしかに魔力はゼロだった。
もちろんナカータコトンニを発動させ、魔力がゼロになったというカスヤのこの話が本当か嘘かは分からない。
アデルは、身を乗り出してカスヤの話の続きを聞いた。
「とにかく魔力でしか評価されていなかった俺は、それをゼロにした状態にして自分の努力だけで評価されたかった」
甲冑姿のカスヤは立ち上がり、剣を抜いた。
「剣だけで成り上がってやろうと。そして剣だけで二代目魔王に立ち向かい、やつを倒してやろうと。そう誓ったんです」
その剣は見事に磨き抜かれた刃をもち、およそ生物を一切、斬ったことがないと言われても納得いくくらいに無傷だった。
またカスヤの筋肉も至って平凡ではあるが、無駄の一切ない、神の領域に達した運動神経をもつ人間はこのような体つきになるのだろうという説得力があった。
「とにかく、お前の剣さばきはすごかったよ」
衛兵たちがはやし立てる。カスヤは照れ笑いをした。
あ、この人の笑顔はかわいい。そうアデルは思った。そして、彼こそは探し求めていたもう一人の自分なのだ、そう感じた。
◆
「でもでも、カスヤさん。そんな凄い人なのに、なんでサエナを指名してくれたんですか?」
サエナが戸惑ったようにカスヤに尋ねた。
「君は自分の能力を隠している。そう思ったんだ」
カスヤはサエナに優しく語りかけ、サエナは赤面した。アデルはそれを横目で見て胸が炎のように熱くなるのを感じた。
「ここ一帯に伝わる伝説を知ってるかい?」
「なんのこと」
サエナは目を逸らしカスヤの酒をつくる。
「孤独な魔女の話だよ。小さい頃から魔法の天才で、それが原因で世を拗ねてしまい、世界から姿を消した。もしかしてその魔女の正体がサエナちゃんだったりしないかな、なんてね。ははは」
サエナは大きく手を振ってそれを否定した。
「その話は、私も聞いたことある。でもサエナは平凡な女の子だよ。マナの果実たべても、魔法そんなうまく使えないし」
サエナは申し訳なさそうにいう。
「でも、君はなにかを隠してる。それが俺に似ていて興味をもった」
カスヤに言われ、サエナは「隠し事ならいっぱいあるよ」と答えた。
違うの!その子じゃない!
アデルは心の中で叫び続けた。そしてどう行動に出ればカスヤをこちらに振り向かせることができるのだろうと真剣に考えた。
カスヤはサエナと微笑みあう。
アデルは心の中を、魔女だということを全員の前でぜんぶ打ち明けてしまいたいと思った。
◆
男爵が立ち上がり、皆の注目を促した。
「カスヤは我が領地の衛兵であったが、このたび国王の推薦もあり冒険者となる。冒険者であれば国内外に限らず、すべての大陸の通行許可が得られる。カスヤは世界に羽ばたくのだ。皆の者、英雄に乾杯だ!」
男爵が、衛兵たちに杯を掲げさせる。キャストもそれに倣った。
カスヤ、世界中のダンジョンを制覇しろ。カスヤ、魔族を倒せ。カスヤ、魔王をぶちのめせ。
男たちの合唱がはじまった。
カスヤ、わが領地の英雄。カスヤ、我が国の英雄。
合唱は止むことがなかった。
そして、しばらくしてから大変なことがおきた。
「うるせぇぞ!!!店はてめぇらだけのもんじゃねぇんだぞ!!!」
地響きのような声。
フロアのはじっこで呑んでいた巨人族の男が立ち上がり、吼えたのだ。
「領主だか、男爵だか知らんけどなぁ、オレは冒険者だ!国に属する立場のオレには貴様の権限など通用せんぞ!!」
巨人は分厚い甲冑に棍棒を担ぎ、まるで岩山のように衛兵たちの前に立ちはだかった。
「すまなかった。私はこの店のオーナーでもある。今夜の飲み代はタダでいい」
男爵は立ち上がり、頭を垂れた。
「てめぇか、こんなブスばかりつけやがって!」
巨人は自分が呑んでいた席を指さし、そこに座る二名の年増キャストを罵倒した。
「ならば、君の気に入った娘をつけよう。朝までタダだ」
男爵が言うと、仏頂面の巨人族は一変して、にやりと笑い、アデルを指さした。
「そこの。紫髪のお前、こっち来い」
アデルはカスヤとサエナから目を離したくないあまり、巨人を無視した。
「てめぇ…!こっちに来いといってるんだ!」
巨人がアデルの方へ歩み寄ったその時。
「やめろ」
巨人の前に立ちはだかったのはカスヤだった。身長差は一メートルほど。カスヤは巨人を見上げる形ではあったが、少しも怯む素振りは見せない。
「なんだてめぇは」
巨人の分厚い拳がカスヤの右頬をとらえた。カスヤは吹っ飛び、店の壁にめりこんだ。
「とんだ英雄様だな。おい、こら」
巨人はカスヤの甲冑に手をかけ、めりこんだ壁から引っ張り出すなり、頬をはたく。
「おい、剣を抜け」
赤ら顔の巨人は、カスヤの頬を何往復もひっぱたく。
「やめひょ」
カスヤは口から血を流しながら、二倍に膨れ上がった顔で巨人に「やめろ」と言った。
「おい、お前、剣の達人なんだろ。剣を抜け!」
巨人はカスヤを地面に放り投げる。
「剣を抜け。殺してやる。正当防衛でな」
巨人はカスヤの背中に担がれた剣の鞘から剣を引き抜き、うつ伏せで倒れるカスヤの目の前に落とした。
アデルは魔法を使い、カスヤを助けようと思ったが、彼がどう切り抜けるのか興味を持ち、傍観者になることに決めた。
「おら、英雄様よ、さっさと剣を抜けぇ!」
カスヤはヨロヨロと立ち上がり、土下座をした。
「すいません。許してください…」
◆
カスヤは土下座をして、謝罪をした。
「おい、どういう意味だ、こら!嘗めてんのか!」
巨人は怒りを滲ませる。
アデルは言葉を失った。
キャストたちは涙ぐみ、店内にいた客たちも神妙な面もちになっていた。
「すみません、許してあげて…ください」
カスヤが土下座をしたのは、十名の衛兵たちに対してだった。
甲冑を着た大柄な男たちは、剣や斧、槍に弓矢など各々の武器を構え巨人を取り囲んでいた。
「でもよ、カスヤ。この巨人野郎はお前を殺そうとしてるんだぞ」
衛兵たちは巨人を迎え撃つ姿勢のまま、それを崩そうとしない。
「やってみろよ。皆殺しだ、チビども」
そこかしこで金属と金属がの擦れ合う音がして緊張感を高めさせた。
「カスヤ、お前とこいつだけの問題じゃなくなった。俺たちは巨人野郎を殺す」
衛兵たちが武器に魔法詠唱をはじめ、魔法攻撃の段階に入ろうとしていた。その時。
「そうじゃない!」
カスヤは叫ぶ。
「そうじゃないんだ」
カスヤは甲冑を脱ぎ、上半身裸になった。
そして、その背中一面に描かれた、竜の文様が紅く光り輝いていた。
「ここで俺に何かあれば、火竜のフパイラーンが怒り狂い、ここへ駆けつけるだろう」
「お前…何者だ…」
巨人は棍棒を落とした。
「フパイラーンといえば…伝説の」
衛兵たちも言葉を失い、キャストたちは悲鳴をあげた。
「かつて一国の勝敗を左右すると言われた強力なドラゴンとの契約。彼はただ者じゃないわ」
成り行きを見守っていたゼニコママが神妙な面もちで言う。
「俺は先日、竜哭谷で火竜フパイラーンを目覚めさせた。彼女は魔王討伐のパーティであり、俺の契約獣でもある。みんな、ここは俺に免じて矛を収めてくれないか…」
カスヤは巨人の前に歩み寄り、彼が先ほど落とした棍棒を拾い上げ、手渡す。
「これは人間を殺す道具じゃない。それが分からないなら冒険者証をギルドに返還しろ」
巨人は、すまなかったと言い席に戻った。
「私たちも、ここいらでお開きにしよう。ゼニコママ、勘定をたのむよ」
男爵は宴の終わりを言い渡し、衛兵たちは帰っていった。
◆
「剣の達人で火竜フパイラーンとの契約者。おまけに自分を殺そうとした巨人野郎を救うため土下座までする。あんな絵に描いたような英雄…なかなかいないわよ。逃した魚は大きいわ」
カビシャがエルフ耳を上下させ、髪をとかす。メイクも落ちてすっかりお疲れの様子だった。
「でも、あの人、もう来ないだろうなぁ」
「冒険者証を発行してもらって、すぐに旅立つんでしょ?魔王退治にさ」
ルワイジとショワールがつまらなそうに溜息をはく。
「あの人…帰り際にいってた」
化粧台に座ったまま、サエナがぽつりと呟いた。
「なんて言ってたの?」
メイクを落としていたアデルは、すかさずサエナに詰め寄った。
「もし、私がキルシュタイン一族の魔女なら、魔王退治の旅についてきてほしいって。夜明け前までキャラブキ・シティの桟橋の前で待つって」
私、魔女じゃないんだけどなぁ、カスヤさん最後まで勘違いしてたな、とサエナは言った。
アデルはそれを聞いて目の前が明るくなった気がした。
(もう自分以外の誰かになりたいなんて思わない。私は自分の生きる道を見つけたの)
アデルは深く目を閉じ、深呼吸をしたあと、魔法詠唱をはじめた。
そこに突如、疾風があらわれ、黒い渦を巻きアデルの身体を包み込んでゆく。キャストルームのそこかしこに置かれたメイク道具やカップなどが重力に反して浮かび上がり、カーペットに大きな魔法陣が浮かび上がった。
やがて魔法陣が消滅し、黒い渦が消えると、そこに出現したのは魔女の格好をしたアデル。
「だ…だれ、あなた」
カビシャが櫛を落とし、目を飛び出させた。
「ごめん、私、魔女なの。本名はアデル・キルシュタイン」
大きな帽子に黒づくめのマントにコスチューム。
アデルが「イザベル」から本来の自分の姿に戻った瞬間だった。
「キ、キキキ、キルシュタイン…あの…魔王の血を引くというキルシュタイン一族…?」
カビシャもルワイジも、ショワールも震えが止まらないようだった。
「アデルちゃんが…伝説の魔女だったの…?」
サエナは憧れにも似た目で見つめてきた。
「ふん、そんな気はしていたよ」
ドアを開けるなり声をかけてきたのは、キセルを蒸かすゼニコママだった。
「ごめん、みんな。今まで騙してきて…」
カビシャ、ルワイジ、ショワールは悲鳴を上げた。他のキャストたちは嬌声をあげて「すてき」と言った。
「わ、わ、わ、私たちに仕返しするつもり?さんざんイジメてきた報復をする気でしょ?」
カビシャたち三名はキャストルームの柱に隠れ、アデルを警戒しながら叫ぶ。
「そんなことしないわよ」
アデルは微笑んだ。
「いじわるされるくらい、この店で上り詰めたんだもの。アナタたちが私に自信と誇りを与えてくれた」
アデルはカビシャに握手を求め、カビシャも目を丸くしてそれに応じた。
「これはお礼。みんなで分けてね」
アデルとカビシャの繋いだ手のひらからドバドバ、ジャラジャラと大量の金貨がこぼれ落ち、部屋のそこを埋め尽くした。
「ひぇぇぇ…」
カビシャは気絶した。
「ところで、ゼニコママ。いつから感づいてたの?」
ゼニコママはボーイに声をかけ、床に溢れた金貨を袋詰めさせながら笑う。
「魔力で気づいてたさ。私だって昔は冒険者だったからね。巧妙に隠した魔力だって、ぴんとくるものだよ」
「さすがゼニコママ。いい勉強になったわ。ありがとう、さようなら」
「魔王退治なんて無謀にもほどがある。でもあのカスヤって子。なにか異質な底力を感じるわ。死なない程度に頑張りなさい」
アデルはバッカスの皆に謝辞を述べ、指を鳴らし魔法の箒を呼び寄せるとそれに跨がり、煌めく風とともに一瞬で消えた。




