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004.死闘の果てに見た影は

「魔族による侵攻が止まりません。本当にフパイラーンは来るのですか、カスヤさま」


 城門前に立つナターシャが、深紅の焔を纏わせた刃を振り下ろすと、向こうで髑髏兵の何体かが断末魔の悲鳴をあげ、倒れる。


 残った髑髏兵たちは、黒い焔の矢をつがえた。


 灼熱の矢の雨。


 ナターシャが土属性の魔法で生み出したゴーレム兵が、十数体ほど死に絶え、泥のように形を失い地面へと吸い込まれた。


 こちらの兵の数と、魔族側の兵とでは圧倒的に数の開きがある上、唯一の魔法攻撃術者であるナターシャは疲弊している。


「俺にできることはすべてやった。火竜のメスは嗅覚が鋭い。俺に会いたい一心で必ずここに来るはずだ」


「待つしかありませんね。…火竜の加勢があれば、あんな髑髏兵なんて全滅できるのに」


「魔王軍はこの国への侵略をやめたのに、なぜ髑髏兵が襲いかかってくるんだ。貴族領が襲われるなんて最初から聞いてないぞ。竜哭谷での火竜ナンパを中断して、わざわざフパイラーンが来るのを待つように作戦変更したんだからな」


 和也は、ナターシャの背後で腕組みしながら城の方を振り返る。


 地方貴族――、臆病な城主は、今頃ベッドで震えてることだろう。


「二千百年前に魔王と契約し、マナの果実に手を伸ばした瞬間から、人類は魔族に狙われているのです。そして二千年前に初代魔王が倒され、一度魔界の門は閉じましたが、二代目魔王の封印が解かれたことで再び魔族が発生するようになったのでしょう。やつら魔族は魔王軍に属しておらず、自由勝手に人間を襲うのです」


「やっかいだな」


 以前、魔族と魔王軍の違いはなんだろうかと疑問に思ったがその答えがようやく分かった。魔族とは、司法や武力では縛り付けきれない、歌舞伎町のヤクザ者みたいな存在なのだ。


「でも、魔族ってのはなぜ人間を襲い、城を奪おうとする?」


「魔界が不毛の地だからです。豊かな地上へ侵攻し、人間の肉体を得たいのでしょう」


「まぁでも、人間さまも人間さまで、ひどいな。マナの果実…魔法だけ奪って魔王を倒すなんてね。契約不履行じゃないか」


 和也は同情したように言う。


「魔王が人間たちに求めるものが、大きすぎたのです。それ以前にヒトというモノは、一度便利なものを手にすればそれを離そうとはしません。カスヤさまの世界では魔法がなくて、どう生活してるんですか?」


 ナターシャは魔法攻撃を繰り出しながら質問してくる。汗が額から流れ出て体力は限界かもしれない。


「それは…石油とか原発とか。便利かつ危険なモノに頼るのは俺らの世界でも同じか」


 和也は腕組みしたまま、うなだれた。


「それはそうと。この城を守れば、国王陛下にカスヤさまの底力を示すことができます。私はフパイラーンがここへやってくるのを信じていますよ」


「ああ。そこは期待していてくれ。新宿の天才ナンパ師をなめるなよ」


 和也はフパイラーンと過ごした一ヶ月と十日を思い出す。



 ヒトは、自分のことを語るのが大好きな生き物である。


 とりわけ、好きなものや楽しかったこと、幸せな過去を語るときは、そのときの記憶がよみがえり、語った相手に対し肯定的な感情がうまれやすいという統計がある。


 聞き手が優れたタイミングでリアクションをし、ベストなタイミングでその話を掘り下げれば、話し手は「楽しさ」を共有したと勘違いし、その相手こそが「楽しいヒト」なのだと錯覚するのだ。


 ナンパ師は、街で声をかけた女に数分で自分の印象を植え付けなければならない。


 優れた洞察力と観察眼をもったナンパ師は、その女が友人と遊んだ帰りなのか、買い物の帰りなのか、はたまた仕事の帰りなのかを、服装や女の反応、歩く速度で判断し、そこにつけいる。


「ねぇねぇ、今日遊んだ帰り?顔がにやけてるじゃん」


「関係ないでしょー」


「つか、○○のクラブの方から歩いてきたっしょ?」


「え、なんでわかったの?」


「あそこよく行くなら俺のこと知らない?」


「え、だれだれ」


「DJ△△のイベントのとき、踊り狂ってたの俺。いちおう顔パスだからさ」


「え、△△知ってんの?あたし、あのひとの選曲や、つなぎ方好きなんだよね」


「いいセンスもってるじゃん。つか今日のDJ□□も、まぁまぁ楽しめたの?帰り道たのしそうだったからさ」


「△△とはまた違うヤバさがあってー、超~楽しかった」


「でもなんでひとりで帰ってんのさ。ツレいないの?」


「聞いてよ、一緒に行ったあたしの友達なんかさぁー」


 女の方から話し出せば、もうナンパ師の思うつぼである。


 楽しかった、面白かった、聞いてよ聞いてよ、このキーワードを引き出してしまえば「見知らぬチャラ男」から「仲間」「楽しいヒト」「話しやすいヒト」に昇格できるのである。


 そこから恋愛感情にもっていくためには、プラスアルファが必要ではあるが――、


 和也はこのテクニックを、火竜のフパイラーンに応用した。


 共通の話題もない、種族も違う、おそらくは価値観にも相違があるであろうドラゴンを、自らの土俵に引きずり出すためには、自分について多く語らず、ただひたすら相手に「楽しかったこと」を語らせればいい。と判断したのだ。


 まず和也は膨大な文献を読みあさり、フパイラーンの過去と現在の状況を把握した。


 夫はすでに死んでいる。それを察知した「火竜の雌の本能」が竜哭谷のフェロモンにつながっている、という仮説も目にした。


(コンロンとの思い出を、時間が許す限り聞いて、幸福の追体験を共有すればいい。俺が人間だということは最後まで隠す)


 まず和也は、フパイラーンに親近感をおぼえさせるため、彼女の夫であるコンロンと同じ南部火竜の訛りを覚えた。


 そして「単純接触」――。


 何度も会っているうちに、心の壁が取り払われ、安心感が生まれるという心理を利用し、和也は根気よくフパイラーンの話を聞き、思い出話を山ほど語らせたし、何か別のエピソードを話したそうなそぶりがあれば掘り下げた。


 夜更けになり竜哭谷を去ろうとすると、ついにはフパイラーンは寂しそうな素振りをみせた。


(これはいけるぞ)


 フパイラーンの心を揺さぶった矢先、貴族領が魔族――、髑髏兵数万体に襲われたという報告をナターシャより聞いた。


「メクソリンダス王国の貴族領が魔族に制圧されれば、まずいことになります。フパイラーンの件は保留にしてそちらへ向かいましょう」


「増援は?」


「私ひとりで戦います。ゴーレム兵に魔力を与え髑髏兵と戦わせるのです」


(そんなもんほっとけよ)


 という本音を包み隠し、和也は城を守るナターシャに賛成の方向で動いた。


 ナターシャの手前、善人ぶったというのもあるが「認知的不協和」作戦でいこうと思い直したのだ。


 ヒトは自分の行動を肯定する習性がある。


 世の中には、度を超えた残業をするあまり自分がその仕事を愛しているのだと錯覚するサラリーマンが大勢いる。


 ヒトは誰か(何か)に奉仕するとその相手(対象)を、価値ある存在と思いこむものなのだ。


 また、


「俺のこと嫌い?」


 女にそう質問し、その女が社交辞令であれども


「嫌いじゃない」


 と言えば、その女の中で、その男は「嫌いじゃないリスト」寄りに入ってくる現象もある種、認知的不協和といえる。


 総じていうと――、ヒトは(ヒトに近い心をもったドラゴンも)自分の行動や言動に責任を持とうとする生き物だということだ。


 フパイラーンが和也の命を救えば、フパイラーンの中で和也の価値はさらにグっと高くなる。


 自分のピンチは彼女の本能が嗅ぎ取ってくれるだろうと、和也は踏んだ。


「俺も貴族領にいく。フパイラーンは俺のピンチを察知し必ず加勢に入るはずだ。そうすれば彼女を俺たちの味方に引き入れることができる」


 和也の提案にナターシャが頷いたのが、一週間前。


 そろそろ城門前で不眠不休の戦闘に疲れてきた頃でもある。


(早く来いよ、フパイラーン。お前はこの数日、一週間が永遠のように思えたはずだ)


 和也は腕組みをしながら、月さえ覆い隠す分厚い雲が浮かぶ闇夜の空を見つめた。



 空に広がる濃密な墨が、東の空に太陽の訪れがまだ先であることを雄弁に語っている。


 灰色の雲を見上げ、うっすら存在を主張しているかのような月の明かりに黒い影が重なる。


 ドラゴン――、蛇のような胴体をもつ火竜――、フパイラーンのものであると分かった瞬間、和也は手を打った。


 そして、作戦の成功を確信した。


 どれほど高い打率をもつバッターであれど、バットに白球が当たる瞬間は脊髄を痺れさせるような興奮がある。


 和也は、自らのナンパ師魂が強く揺さぶられるのを確信した。


「フパイラーン!助けてくれ!俺に力を貸してほしい!そこらにいる髑髏兵を焼き尽くしてくれ!!!」


 和也は大声で叫んだ。


 小さな影だった火竜の全貌が月光で照らされた。


 そしてその岩の裂け目のような口が開き、喉の奥で焔が揺らめいた瞬間――。


 光に閉ざされた無音状態が数秒、続いた。


 広大な爆炎が、城門の外を焼き尽くす。


 和也やナターシャの頬を熱いものが撫でる。


 地上のすべてが眩い焔に支配されたかのように見えた。


 数万という髑髏兵の殆どが形を失い、消し炭となった。


 音が戻る。


「…だったのね」


 フパイラーンの声が、和也の鼓膜を揺らした。


「あなたは…」


 その声は潤んでいる。


「…あなたは人間だったのね」


 黒くて丸い瞳がこちらを見つめていた。



 和也たちは城内に招かれた。


 窓を解放し、隣の建物の屋根に蜷局を巻く形で、フパイラーンも宴に参加した。


「いやぁ~。君らが来てくれなかったらこの城は魔族の領土となっていたところだ。非常に感謝する。今夜は飲んで騒いで、楽しんでいってくれ…そこにいるドラゴンの姫君も」


 城主である貴族――、ドナルド・トラッパ伯爵は、不思議な前髪をもった肥満体型のエルフ族で、だいぶ酒が回っている。


「国王陛下から信頼を得ている近衛兵長なだけあるな、君は」


 トラッパ伯爵は、無遠慮にナターシャの鎧の肩を叩いたついでに、腰に手を回した。


「飲み過ぎでは。伯爵」


 和也が控えめにトラッパ伯爵を窘める。


「いやいや、すまない。異世界からの救世主よ。悪気はなかった」


 赤ら顔の伯爵は、酔いを醒まそうと窓際へ歩いていった。執事やメイドたちが血相を変えてそれに付き添う。


「それにしても、火竜フパイラーンよ。あなたは三百年の眠りを破ってまで、なぜ我らの味方をしてくれたのだ」


 窓の外を見つめながら伯爵は問いかける。


 幼き頃から読み聞かされていた伝説のドラゴンを目の当たりにして、老いはじめた瞳を少年のように輝かせていた。


「私はあなたを助けたわけじゃない。そこにいるカスヤに会いにきただけなの」


 フパイラーンは、屋根に巻き付いたまま欠伸をする。


 焔が喉に残留していたのか、城内まで赤く灯すような火がポッと出た。


(それにても、火竜までもが俺をカスヤと呼ぶのか――)


 新宿のナンパ師は嘆く。


「異世界からの救世主よ。君には魔法では成し得ないことをやってのける、不思議な力があるようだな」


 伯爵は窓に背を向け、和也の方を振り返った。


「二千年前――、この世界にやってきて、魔法を持たず知恵だけで初代魔王を倒した者がいた。彼も異世界からの召還者で――」


「…?」


「名を、ソクラテスと言ったかな。たしか」


「い、今なんて…」


「ソクラテス…君の世界でも有名かね」


 伯爵は笑った。


 和也は震える。


 和也はナンパ術を磨くため、様々な哲学書や心理学の本を読んだ経緯があったのだが、ソクラテスは様々な文献、書物でその名を轟かせていた西洋哲学の始祖であった。


 別名――「哲人」「聖人」


 のちのプラトン、アリストテレスへとつながる叡智の神ともいうべき存在である。


 世界中の学問の権威たちが、彼の遺した言葉や思想を紐解こうと何十年を研究に費やしている。


「ちなみに現、二代目魔王は、初代魔王よりも強力な魔力を保持している。そのため倒されることなく封印にとどまったのだ…」


「ソクラテスの知恵をもってしても、倒せなかったんですか…?」


 和也は身を乗り出すあまり、手にしていた赤ワインをグラスからこぼした。


「ああ」


 伯爵はメイドにジェスチャーをし、和也のグラスを新しいワインで満たさせる。


「当時、幼い少女の姿だった二代目魔王は封印された二千年もの間、人類への失望と、神への復讐で心を満たし…現在は大人の女の姿へと成長し、我々をあざ笑っている」


「そんな…」


 和也は震えた。


 そして、二代目魔王は、ソクラテスの策謀をはねのけるまでの強大な魔力を有しているのかと絶望した。


「俺は…知恵の神でさえ倒せなかった相手に挑もうというのか…」


 スーツにこぼれた赤ワインが、じわじわと広がり血のように見えた。


「だが、ソクラテスはナンパ師ではない。俺にしかできないナンパ術で魔王を攻略してみせる…かならず」


 和也は呟いた。


 そのとき窓の外から冷ややかな――、凍り付くような視線を感じた。


 フパイラーンがじっと、和也の方を見つめていたのだ。



「私のところに何度も通ってきたのはなぜ…?」


 宴の後、フパイラーンに呼び出され、屋敷の最上階へと和也はやってきた。


「会いたいからだ」


 窓に身を乗り出し、屋上に蜷局を巻いたままぶら下がったフパイラーンの長い首と会話をする。


「うそばかり。私の火力がほしかっただけでしょ。現に髑髏兵に苦戦してたじゃない」


「髑髏兵との戦闘は一週間前はじまった。君との出会いは一ヶ月以上前だろ」


 ダンプカーほどの顔の大きさであるドラゴンを目の当たりにして正直、腰が引けたが、ナンパした相手にビビるなど三流以下である。和也は心の奥に恐怖を仕舞い込み、会話を続けた。


「あなたは異世界からの召還者。あなたの世界に私のような生物はいないと聞いてるわ」


「想いを寄せるのに種族など関係あるのか」


 フパイラーンの大きな瞳が潤む。彼女は何も言い返せない。


「私とあなたは結ばれない。夫が死んでしまった以上、私にはつがいを探す権利があるけど…あなたとは子供をつくれないわ」


 当たり前だろ、と心中叫びたがったが、和也はそれを表情に出さない。


「コンロンのことはふっきれたようだね」


 和也は話題を逸らす。


「それは…」


「君の心の中にはコンロンがいる。俺はそこの隙間に入るようなことだけはしたくない。ただ、こうやって時々、話せればそれでいいよ」


「カスヤ…」


「俺は魔王を倒す」


 正確にはナンパして、モノにする――、だがな。と和也は思った。


「殺されるわ」


「この世界の多くの人が魔王のせいで困り果てている。魔族に関しても倒し続けていくつもりだ。俺は弱い人間を見捨てられない」


「あなたになにができるの」


「確かに俺は魔法がつかえない。だが、ナターシャとともに戦う。仲間も探しながらね」


 ナターシャは今頃、城の客室で寝息を立てているだろう。この一週間、不眠不休で髑髏兵と戦っていた。


「あんな小娘じゃ、あなたを守れない」


「何がいいたい」


「あなたを見ていて…かつて人間を守ろうとして、死んでしまったコンロンを思い出したわ。今度は失いたくない」


 フパイラーンの瞳に湖ができた。


 落涙し、城の下の方でバシャっと音がして門番たちが慌ててるのが聞こえる。


「一緒に来てくれるのか」


「行くわ。仲間探しにもつきあう」


 和也は平静を装うが、心の中でガッツポーズをする。フパイラーンを味方にしたことで有利に物事を進められるからだ。


「俺はどうすればいいと思う」


 和也はわざとイニシアチブをフパイラーンに持たせた。火竜は本来、プライドの高い生き物だということを心得ている。


「ここから、さらに西の方角に…魔女の末裔にして高名な大魔法使いがいると聞いてるわ。そこに向かいましょう」


「戦いに有利になるのかい」


「ええ、それに…」


「それに?」


「彼女なら…アデル・キルシュタインなら私を人間にしてくれるかも。もちろん魔王との戦いが済んでからだけどね」


 フパイラーンが赤面する。窓が熱風で焦げはじめ、和也が慌てるとフパイラーンは首を引っ込めた。

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