023.魔王ちゃんその一
欲しいものはすべて手に入る。邪魔なものはすべて消せる。
この世界では紙っぺらでできた人間たちが喋る。
紙っぺら人間による魔法攻撃は、新聞の広告を丸めてぶつけられた程度の衝撃しかない。
一度丸められた広告を再び開いて、中身を読むことなどしないように、その魔法攻撃にどんな思いが込められてるのかなど、興味はなかった。
◆
全生物の頂点に立つというのは退屈なことだった。
三食昼寝つき。仕事もせずに月に十万の小遣いをもらって、ネットゲームに入り浸る日々とたいして変わらない。
「魔王って職業もラクじゃないわね」
川崎由実は今日も異世界一の美女を演じながら、欠伸をかみ殺す。
王座の脇に置かれた巨大な鏡を見た。この世界にやってくる前の自分の顔とは、真逆の美貌がそこに映し出される。
高校一年生の春。忘れもしない同級生からの言葉。
「由実ちゃんってさ、足の裏に目と鼻と口をマジックペンで書いたような顔をしてるよね」
目鼻立ちは地味、顎はかかとのようにしゃくれ、輪郭も足そのものように長いということらしい。
それを言われた日から、由実は学校に行かなくなった。
「生まれ変わったら世界一の美女になって、ほしいものはすべて手に入れてやるわ」
由実は途方もない妄想によって自己肯定をし続けた。
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そして引きこもり五年目。
二十一歳になった由実はある日、ネット上で気になる都市伝説を目にした。
「バス事故で瀕死のアイスホッケー選手、奇跡の生還。彼が見た死後の世界とは」
1968年の11月にカナダまで遠征したアメリカのアイスホッケー選手がハイウェイの事故に巻き込まれ、三ヶ月間昏睡状態になり後に意識が戻ったというのだ。
頸椎を損傷し車いす生活になってしまった彼は死後の世界について次のように語ったという。
「僕らが生きるこの世界とは違う世界さ。そこにはソクラテスやアーサー王、イエス・キリストに東洋の釈迦や始皇帝なんかも迷い込んでいたらしく、彼らの痕跡を見た。その世界は魔法が使えてペガサスやドラゴンがいた。僕は火竜コンロンというキャラになりある国を救ったんだ。まるで僕の子供の頃の夢を現実にしたような展開だった」
また彼は現世に戻ってくるよりも、あのまま異世界にいればよかった、と語ったという。
そのインタビューの翌週。そのアイスホッケー選手は線路に飛び込み自ら命を絶ったという。
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「私の求めていたものはこれかもしれない」
由実は記事を読み終えた一時間後、首を吊った。
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暗闇ののち、光の筋が開けてきた。
開眼と同時に新しい身体の感覚が由実に与えられた。
「おお。可愛い娘じゃ。何と名付けよう」
「魔界の言葉で美しさを現すヴィボッセ、ヴィボッセ様でいかがでしょうか」
そんな会話が聞こえてきたのは産湯の中だった。
羊のような角を生やし、大層な髭を蓄えた男は魔王らしい。
「おお。ヴィボッセが笑っておる」
魔王は由実ことヴィボッセを抱き上げて満足そうに破顔した。
どうやらこの世界と由実のいた世界の時間軸は平行ではないのだとヴィボッセは気づいた。
件のアイスホッケー選手のインタビューによると魔王はソクラテスに倒され、魔王には世継ぎがいなかったことから魔界は衰退し、人間世界は魔族や魔王軍に干渉されることなく平和だったとのこと。(人間同士の戦争はあったらしいが)
「私がこの世界を変えてやろうかしら。どうせこの世界の人間も卑劣でくだらないんでしょ」
ヴィボッセは幼児期にすべての魔法を拾得し、父である魔王を驚かせた。
魔王は、自分が与えた魔法に依存し、文明を切り開こうとしない人間たちに辟易しており、いつか人間界を支配しにいき、是正をするのだと言っていた。
ヴィボッセがある程度の年齢になったある日。
魔王親子は人間界に現れ、その世界を支配した。
のちにソクラテスが召還され、魔王たる父を倒し、ヴィボッセを封印した。彼女は魔王討伐の歴史を変えることができなかったのだ。
だが、人間たちは膨大な魔力を有する自分を倒すことができず、封印するにとどまった。(というよりその美貌に見とれたソクラテスが殺すより封印にしようと提案している場面を見た)
ヴィボッセは自分がこの世界に転生したことで少しずつ歴史が塗り変わるのを感じて、封印される間際にざまぁ見ろと笑った。
この世界には「神」と呼ばれる原初の存在がいるらしい。
異世界を構築し、魔王や人間を想像したとされる人物。それが神だというのだ。
神が残した「予言の書」には魔王の娘であるヴィボッセのことも書かれていたことから、おそらく自分がこの世界に転生し歴史が塗り変わったあとに異世界にやってきて、さらに世界の始まりに逆戻りし、予言の書をしたためたのだろうと推測できる。
神として転生した人物はきっと、自分のいた世界の住人に違いないと由実は思った。
いつか自分の美貌とチート能力をもって、その存在を出し抜いてやろうと思った。
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封印術は「ダークコフィン」とよばれる暗黒の物質の中に閉じこめられるかたちで行われた。
それは黒みががった長方形の石のようなものである。透明度もそれなりにあるので封印されてる側も、そとにいる人間もお互いの姿を認識できた。
封印された二代目魔王のもとをソクラテスをはじめとする愚かな男たちが何度も訪れ、彼らが「口にはできない」ような自分を慰める行為に耽っているのを彼女は見なければならず、ため息がでた。
男とは醜く愚かな欲望に生きる種族なのだと、ヴィボッセこと由実はそこで学んだのだ。
由実は前の世界にいるとき、テレビで男性アイドルやイケメン俳優に思いを馳せることがあったが、彼ら以上の美貌を持つ勇者や貴族も手慰みに来るのを見て「ああ、男とはなんといかがわしい生き物なのだ」とさらに絶望した。
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千数百年が経過した。
ヴィボッセを封印したダークコフィンのある場所は、いくつかの分裂、戦争と侵略を経て、ガーゴリン王国と呼ばれるようになった。
そして、そこの七代目の王、ガーゴリン七世はこの世のすべてを手に入れたいと願い、ヴィボッセの封印をクチャーニ博士の科学と魔法の融合した方法で解いた。
ガーゴリン七世はヴィボッセを見るなり愛の告白をしようとして、ヴィボッセに唇を縫われた。
ヴィボッセに愛の告白をしたものは、それを受け入れられなかった場合、石とも金属とも言えない物質に変わってしまうからだった。
ヴィボッセこと、現・魔王は、ガーゴリン王国を礎に、魔王国を築き上げ、ギゼヌ王国、サンダル王国を魔王軍の領土とし、
メクソリンダス王国を侵略しかけたあと、思いとどまった。「予言の書」を保持する王国がこのメクソリンダス王国だったからである。
魔王は戯れに、この王国を侵略せずにおいた。
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「妾の退屈をとめる者はおらんのか」
ヴィボッセの欠伸が止まらぬ日々。
ついにメクソリンダス王国を筆頭とした連合国軍が、ガーゴリン魔王国の都を陥落したという報せを聞いたときも、欠伸はとまらなかった。
「勇者カスヤが、一万の女兵士を引き連れ、魔王城に向かったもよう」
目玉に羽が生えた探索用悪魔が、魔王の耳元で囁く。
「よい。カスヤとやらが何をするのか見物じゃな」
魔王はこみあげる感情を抑えきれず、吹き出す。
ヴィボッセこと由実は「また愚かな男が欲望を満たすためにやってきた」と笑ったのだ。




