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002.異世界、嘆いてどうなるのか

 再び瞼を開いた。


 倒れていたはずの和也は直立していた。刺されたはずの傷はなく、出血や痛みもない。


「どこだ、ここは」


 頭上に広がる光景は、どこまでも広がる濃紺の空――。


 渦巻く白い螺旋状の雲――、といった構図で、歌舞伎町のネオンはどこかに消えていた。


 重低音が鼓膜を揺さぶる。


 和也はとっさに身震いをした。秋も深まるというのに夏物のスーツでナンパしていた和也は、生地をすり抜ける風に身震いをした。


 そこかしこを見渡す。


 中世ヨーロッパ風の朽壊した煉瓦づくりの建物が点在し、馬の骨とカートが転がる荒れた道のそこかしこでは、やせ衰えた木々が風になびき、枯れ葉が宙を舞っている。


「どこだよ、ここ」


 先ほどと似たような台詞を吐くが、過不足なく現状を捉えた言葉としか言いようがない。


 ここは、どこなのか――。


 そして自分がおかれているこの自然現象は、台風か、嵐か。雷の前ぶりか。


 禍々しく、現実味のない場所にぽつんと自分だけが置かれてる感覚が、何やら滑稽だった。



 和也は嗅覚が敏感だった。


 正確に言うと、ナンパを初めてから「いい女」を数十メートル先から察知する能力が発達していた。


 この異常事態を前にしても、ナンパ師としてのサガが脳から脊髄を駆け抜け、ぴんと静まりかえった緊張状態をつくりだす。


 心臓はポンプのように作動し、全身に行き渡る血液は脳細胞をフルに回転させ、精神を昂揚させ、和也を覚醒させる。


「あなたが召還された救世主さまですか?」


 女は声と同時に姿を現した。


 女は鈍い銀色の――、そこかしこに傷が付いた鎧をまとい、左手には分厚い古文書のようなものを、右手には刃先の欠けた剣を握りながらこちらへと近寄ってくる。


「寄るな!寄らないでくれ」


 とっさに出た言葉だった。


 刃物をもった女には気をつけろと、ナンパ師どうこう以前に生物としての本能が警報ベルを鳴らしている。


「ごめんなさい」


 女は剣をたすき掛けに背負った鞘へとおさめ、古文書を脇に抱えたまま膝をつくようにして頭を下げた。


「救世主さま。私の村の復讐を、そして王国の救済をお願い申しあげます」


 頬を伝う涙。長い金髪がふわりと舞った。


 いつの間にか天変地異のような光景はおさまり、廃墟でぽつんと和也と女が向かい合う形になっている。


 女がその顔を上げた。


(ナンパ師としてのセンサーは間違っていなかった)


 和也は心の中でガッツポーズをする。


 陶器のような肌に、季節に咲く儚い花弁のような口元。細い鼻梁にこの世の宝石をかき集めても、その輝きに勝るとは思えない瞳が、じっとこちらを見つめられていた。


(この女が何者かは知らないが、落とそう。バンゲしよう)


「俺の名前は春日井和也。よろしくな」


 和也はスマホをポケットから出すが、電池切れか故障か、電源がちっとも入らなかった。


(まぁ焦らないでもいいか)


 和也は役立たずのスマホをスーツ内ポケットにしまった。



「私の名はナターシャ。魔王によって滅ぼされたこの村の出身者で、王国の近衛兵の長でもあります」


 女――、ナターシャは鈴蘭の朝露のような涙を浮かべた。


「国王より譲り受けた禁断の書を用いて、カスヤさまを呼び寄せたのです。あなたは異世界人であるにも関わらず、この世界を救うスキルを持つただひとりと神が判断しました」


 ようやく合点がいった。


 ナターシャが着込んだ傷だらけの鎧や刃こぼれした剣、そして西洋人とも日本人とも違う不思議な容姿は、和也がいた世界の住人ではないことを示していたのだ。


「異世界召還ってやつか…それにしても、俺の名前はカスヤじゃなくてカズヤ、カスガイ・カズヤだよ」


「はい、カスヤさま。カスガイル・カスヤさま」


 何度か訂正してみたものの、この世界の住人には「カズヤ」は「カスヤ」と聞こえ「和也」を発音しようとすると「カスヤ」になってしまうらしい。


 和也は元々、呼ばれていたあだ名だからと諦め、話の続きを促した。



「なるほど。そういうことだったのか」


 和也は溜飲をさげる。


 この世界にはドラゴン、ペガサスやユニコーン、グリフォンにケルピー、マーメイドなどが存在し、人種においてもナターシャのようなノーマルからエルフ、ドワーフ、ホビット、ジャイアント、などがいるということ。


 ここユーロパシア大陸には、いくつかの王国があるということ。


 今から三年前、ガーゴリン王国という、悪い国が世界征服をもくろみ、魔王の封印を解いたということ。


 魔王は強大な魔法により、近隣の王国を次々に支配していったらしい。


 そしてナターシャの村がある、ここメクソリンダス王国も、魔王軍によって大打撃を受けた。


 だが魔王は壊滅寸前で攻撃をやめ、国王にこう言った。


「ほかの王国のようにすんなり統治しても面白くない。この国には神の意志による禁断の書があるらしいじゃないか。せいぜい悪足掻きをしてみよ。(わらわ)は心底、楽しみにしているぞ」


 国王は、かつて王国の剣術魔法大会で優勝を果たした、近衛兵長たるナターシャを呼び寄せ救世主の召還と出迎えを命じた。


 生まれ故郷を奪われたナターシャは落涙しながら、その命を受けたという。


「魔王の魔力を前にしては、世界中の魔法戦士を集結させても、とうてい適わないと言われています。魔法攻撃では勝てない相手に立ち向かうには、ほかのスキルに長けた異世界人しかないと神は判断されたのでしょう」


 和也はたじろく。


 身体能力は人並み。知力においても中堅大学にぎりぎり合格し、講義もろくに聞いていない自分に何のスキルがあるのだろうかと。


(俺にはナンパ師としてのスキルしかないぞ)


 和也は、はっとした。


 神とやらが何らかの意図があり、自分をここへ召還したのならばきっと自分のナンパ力にそのニーズがあるに違いないと、瞬時に理解したのだ。


 これまでも、ホストクラブや、水商売のスカウト会社、果ては中小企業の営業職などにリクルートされたこともある。


「魔王は男か、女か」


 和也はナターシャに聞いた。


「魔王は女です。この世界中の美女を集めても適わないとされるほどの絶世の美女と言われています」


「よし、引き受けた。俺の全力をもって魔王を落とそう。破壊と侵略ほど虚しいものはないのだと、彼女に理解させてやる」


 和也は即答した。


 ナンパ相手としてこれほどやりが甲斐のある相手はなかなかいないだろう。世界が違うといえ、世界一の美女を落とせるのだ。歌舞伎町をうろついててもこんなチャンス一生巡ってはこなかっただろう。


(魔王を抱いてやる)


 相手に不足なし。自分を刺したあの女に感謝するほかない――、と和也は思った。



「いくら魔法の修行をしても、魔力を高めても、仲間を集めても…とうてい魔王を倒すことはできません。しかし、魔王軍のあるガーゴリン王国を目指す以上、あらゆる戦いを避けて通れないでしょう」


 ナターシャは右手を宙にかざし「渦闇(ダークポケット)」と唱え、そこへ禁断の書を収納した。


 これが魔法か、リュックサックや鞄いらずの冒険ができるな、などと和也が思っていると、


「マナの果実と剣です。カスヤさまは異世界人なので魔法が使えるようになるかは謎ですが」


 そう言って、ナターシャは「渦闇(ダークポケット)」から黒いリンゴのようなものと剣を取り出し、和也に渡してきた。


「なにこれ」


「マナの果実は、食べた者に魔力を与えます。魔力の属性は、地、水、火、風、氷、雷、光、闇、(ことわり)の九つがありますが、世界における魔力の均衡を保つため、属性を選べず、食べ終えるまでどの魔力が宿っているか分かりません」


 ナターシャはマナの果実を一口かじり捨てた。そして地面に落ちた果実は砂となって消えた。


「ちなみに私はさっきまで水属性でしたが、いま光属性を手に入れました。前回の水属性は使えなくなりましたがスキルは蓄積されていきます」


 ナターシャは背中の鞘から剣を取り出し、斬激をとばす。光の刃が向こうの建物を斜めに切り裂き、倒壊した。


「ちなみにマナの果実は一日に何度食べても構いません。自分の相性のいい魔力を得るまで食べる者もいますからね。カスヤさまもお一つどうぞ。道中でどんな危険な目に遭うか分かりませんからね」


 和也は黒いリンゴ――、もといマナの果実をかじった。そして咀嚼し、飲み込んだ。


 数十秒後、和也の肉体を襲ったのは腹痛。


 ピーヒャラリ、ピーピー、と音が鳴る。


「ちょっと、そこで待っててくれ」


 和也はしなびた樹木の陰で用を足し、新宿西口でもらったパチンコ店のティッシュで後始末をした。


「すまん。その…魔法だとか、戦うのはナターシャ、君に任せていいかな」


 情けないのを承知で言ったが、ナターシャは首を振り、笑顔を見せた。


「想定内です。カスヤさまには魔法ではない、なにか特別なスキルがあるのですよね」


「あ、ああ」


「それなら、そのスキルを発揮する日まで、私の背後を歩いていてください。私がお守りしますから」


 ナターシャの笑顔と金色の太陽が重なる。


 ああ、異世界にはこんなにも眩しい光が射すのか、と和也は思った。



「今更だけどさ…なぜこんな場所で召還を?」


 和也は屈伸したり、首を回したりしてリラックスしながら尋ねる。


 先入観かもしれないが「異世界召還」される場所といえば、王宮の玉座前や、どでかい魔法陣の上だったり、大神殿だったりというイメージがチラついたのだ。


「大きな魔法は身体と精神が一致しなければ発動しません。召還者である私にとって思い出深い土地でなければ、召還の儀を執り行えないという事情から、このような場所になってしまいました。申し訳ありません」


「あ、いや…」


 そうだ。ここは、滅ぼされた彼女の故郷だったのだと和也は焦った。


 ナターシャは移動のためのペガサスを口笛で呼び、跨がった。和也はユニコーンに跨がる。


「あのさ…せっかくだから、出発する前にこの村のことを教えてくれよ」


 和也の提案にナターシャは頷く。


「ここは私の生家です。あちらの家は幼なじみの家でした」


 ナターシャは無人状態の荒廃した村の中を案内してくれた。そこかしこの煉瓦造りの建物の窓は割れ、屋根は埃かぶっていた。


「ここの人たちは、もう…」


 和也は哀れみの声で尋ねる。


「男は全員、魔王の奴隷になりました」


 ナターシャは声を震わせる。


「自ら志願して」


「なに」


(まさか、それほど非道な仕打ちを受けたというのか。家族を人質にされたとか、死に至る魔法をかけられたとか、洗脳されたとか)


 和也の驚愕をよそに、ナターシャは淡々と顛末を語り始めた。


「魔王軍が実力行使をする前に、村の男たちは魔王の美貌を知ってしまったのです。魔王軍のドクロマスク将軍の杖の先端についていた水晶玉ごしに…。将軍本人でさえ焦るほどのアクシデントだったようですが」


「なんだよそれ」


「女たちはそんな男どもに愛想をつかし出て行き、最終的にこの村は壊滅しました。他の村の男たちは魔王軍と戦うなり、抵抗するなりして死んでいったのに…もうこんな村いやだ…悔しい。私、悔しい」


 ナターシャは嗚咽する。


「ま、まぁ誰も死ななかったからいいじゃないか」


「かつてこの村の男たちは誇りが高く、王国主催の剣術大会で活躍した猛者もいました。貴族でもないのにですよ?それが、たった一人の女のために…」


 ナターシャの瞳の奥に焔が揺らめく。


「そんなに、なのか…」


 和也は心臓が高鳴るのを感じた。


 魔王はどれほどいい女なのだと、脊髄から脳天にアドレナリンが駆けめぐるのを感じた。


 武力にも勝る美貌。


 歌舞伎町でおそらく三本の指に入っていただろう自分のナンパテクが、魔王に通じるだろうか。


 和也は、きゅっと帯を締め直すような気持ちになった。



 それから一時間ほど、ペガサスとユニコーンは空を駆けた。


 雲海の隙間から南にでかく昇った太陽が、色づいた山脈を照りつける。


 ぽつんぽつんと村が点在していたり、大陸戦争の爪痕らしき不毛の山も散見されたりと、和也はユニコーンにしがみつきながら異世界の景色に慣れようと努力した。


「向こうに見えるのが、先ほどお話した竜哭谷です」


 ナターシャが百合の花弁のような人差し指を向ける。


 それは天をも刺し貫くほどの鋭い岩壁と孔雀の羽を思わせる流麗な山脈に挟まれた渓谷だった。


 翡翠のような川がなだらかに流れ落ち、清らかな水を浴びた鳥たちが飛び去ってゆくのが見える。


「あそこに雌の火竜がいるってか」


 和也とナターシャを乗せたペガサスとユニコーンは走行をやめ、竜哭谷を見下ろす形で空中に浮いている。


「ガーゴリン王国を目指す道中、魔族からの攻撃をかわしダメージを与えるには、あそこに三百年間眠る火竜――、フパイラーンを味方につける必要があります」


 魔族――、という表現がひっかかった。


 魔王軍と魔族の違いはなんだろうかと和也は思ったが、魔王の配下の総称を魔族というのだろうと勝手に解釈した。


「やれやれ。異世界一発めのナンパ相手が――、雌のドラゴンだとはな」


 ため息をついてから、和也は先ほどナターシャから聞いた話を思い出す。


 この地には、かつての大陸戦争に辟易して人間と袂を分かったドラゴンがいる。


 長い長い眠りについたその雌のドラゴンは、メクソリンダス王国の味方をして戦争にその身を投じ、未だ帰らぬままの雄のドラゴンを待ちわびているという。


 だがナターシャいわく、おそらくすでに雄のドラゴンは敵国の地で死亡していて、


 雌のドラゴン――、フパイラーンがこの大陸に棲息する火竜、最後の一頭になるだろう、とのことだった。


「愛する男を奪った人間の味方につくわけがない。ましてや戦争に再びその身を投じるはずがない」


 和也は考えた。


 フパイラーンは、魔王軍にこの大陸の人間どもが駆逐されようがお構いなしだろう。


 魔王軍としても、渓谷でおとなしくしている火竜にわざわざ手出しをするつもりはないらしく、人間側とフパイラーンの利害が一致するわけでもない。


 ドラゴン、とりわけ希少種であり魔力も最上位にある火竜族は、生涯、一頭しかつがいを持たず、産んで育てる卵も一つだけらしい。(卵にはかならず雄と雌の双子が宿るらしいが)


 寿命は数百年とも、千年とも言われているが、子を設け育て終えると寿命は一気に減り、数年のうちに灰になるという。


 以上のことから、パートナー選びは慎重であり、一度決めたらその相手にだけ愛情を捧げるというのだ。


 火竜が絶滅寸前になってしまった現状も頷ける。


 そして三百年間、フパイラーンがつがいを待ち続けている現状も理解できる。


 だが、和也は魔王を無事ナンパするために、この雌のドラゴンを落とさなければならない。


「情報がほしい」


 和也はユニコーンに跨がったまま、独り言を呟く。


「どうかしましたか」


「人外ナンパは初めてだが、愛を心に秘めた生き物ならば突破口があるはずだ。というより生物学的見地から攻めた方がいいのか?」


 和也は、数あるナンパテクニックの引き出しを脳内で開け閉めする。


「ヒット・アンド・アウェイでいこう」


 和也は、フパイラーンに関する情報をできるだけ集めてくれとナターシャに頼んだ。


 ナターシャは「魔法手紙」に自らの唾液を混ぜた墨で手紙を書き、炎で燃やした。


 宛先はメクソリンダス王国・王宮図書館。


 数分後には膨大な書物が物質転移魔法で送られてきた。(生物は転移できないらしい)


 和也は異世界の文字など読めるか疑わしかったが、それらをめくる。不思議と内容が頭に入ってきた。ナターシャと会話が成立している理由もそこにあるのだろうと納得した。


「よし、今夜にでも火竜、フパイラーンのナンパを決行する」


 和也はネクタイをキュっとしめた。

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