013.ファジー共和国
メクソリンダス王国とオウゾ王国の緩衝地帯。
そこでは今から五百年ほど前より、両国から追放された軽微な罪人や、税を払えないほどの貧困による流浪の民たちが寄せ集めとなって、慎ましい共同体を築いていた。
大陸間戦争が終結した三百年前。
両国を攻撃し合う、空を黒く染める軍用ドラゴンの群れが見えなくなって間もなくのころ。
この地へと一人の女が迷い込んできた。
年の頃二十代前半。金髪の挑発に全身の入れ墨。ジーンズという見慣れないズボンに革のジャケットを着ていた。
「ファッキュー、はじめまして。あたしの名はバズ・ビザール。一緒に新しいことしないか?」
民たちは最初、誰ひとりとして彼女を相手にしなかった。
「オッケー。みんながクチを聞いてくれるまで、ひとりでやるさ」
バズは汗だくになりながら川の水を引き、荒れ地を耕し、家畜を増やした。
「やつは何者なんだ」
「俺たちに何を求めてるってんだ」
男たちが数百人集まった宴の場で、バズはこう言った。
「今日から、この共同体を共和国としようぜ。お前らは国から見捨てられた存在なんかじゃない。自由を得るために自分たちの国をつくるんだ」
バズは巨乳だった。汗の粒までもがキラキラしていた。
どこか拠り所や誇りを失いかけていた男たちは熱狂し、その場で国家が成立した。
初代国家元首は国民投票により、バズ・ビザールが就任した。「あたしはそういうガラじゃない」と断ったが、国民の総意なのだと説得され渋々、引き受けることとなった。
◆
緩衝地帯「ファジー共和国」の民は、かねてから出没する魔族、魔獣に手を焼いていた。
バズは国民の中から魔法に秀でた者を厳選し、彼らに知識とイメージを与え「鉄砲」と呼ばれるものをつくらせた。
弓矢や投擲、剣による攻撃力を上回る魔道具として鉄砲は量産され、魔族襲撃による落命者は減少し、人工は三倍の十万人にまで跳ね上がった。
バズは、自分がこの世界の人間ではないことと、とある呪いで年を取れないということを国民に告白した。
「メクソリンダス王国を周辺国の侵略から守ったという女勇者は、貴女なのではないですか」
誰かが尋ねたが、
「そんなこと忘れたわ」
とバズは笑った。
◆
三百年が過ぎた。
住居はテント式から煉瓦造りへと変わり、町は町らしく栄えた。
数百回に及ぶ国民投票が行われてきたが、未だに不老不死のバズはファジー共和国の国家元首に選ばれ続けている。
「三百年に及ぶ、王国間の不干渉条約でここの上空を飛ぶ者は誰もいない。他国から見れば、ここはただの緩衝地帯。国家が形成されてるなんざ誰も思っちゃいない。ここは世界一自由な国なんだよ」
今年で三百二十一歳になるバズは、国民にそう説く。
「しかしここ三年間で魔族の増加が目立ちます。近隣国と同盟を結ぶかしなければ我々の命にも危険が及びます」
民のひとりが言った。
「ならば、メクソリンダス王国に助けを求めよう。だが他の国はだめだよ。開拓されたこの地を自国の領土にしようと動き出すかもしれないからね」
魔族襲撃による被害者数はこれまでに二百二十名。
身体の弱い年寄りがほとんどであり、魔族はその肉を貪り数を増やしていった。
「いや。メクソリンダス王国に助けを求めれば、他の国だってファジー共和国の存在を知ることになる…」
一人の青年が立ち上がった。
「…だったら、俺たちだけで魔族を全滅させよう!そして世界に向けて、正式に国家宣言をしよう」
バズの百七十人目の息子、ロバートだった。
「ここいらの魔族を一掃すれば、このファジー共和国の軍事力が大陸中に響きわたれば、誰も侵略しようとは言わないし、貿易だってできるかもしれないだろ。母さん」
ロバートはバズの百六十三人目の夫、ダニエルに瞳がよく似た青年で今年、二十歳になる。
「貿易たって、なにか売るものでもあるかい」
「軍事ドラゴンだよ。俺たちはドラゴンを繁殖させ、それを使って農耕や魔族の撃退をしている。大陸で一番優秀なドラゴンはファジー共和国でしか生まれない。そう理解させるんだ」
「この国の三百年におよぶ安泰が破られるかもしれないんだよ。いいのかい」
「この地域だけでは資源も、知識も限度がある。外に目を向けなければ国家は滅びる。ここにいる皆も、もうコソコソ生きるのは嫌だって思ってるんだ」
民たちは頷いた。
「賢くなったね。ロブ」
バズはロバートの愛称を呼んだ。
この母と息子は、見た目はまったく同じ年の男女に見える。
拍手する民の中にも、バズのほかの息子たちがちらほらいたが、年齢はバラバラで、老人から少年まで様々だった。
バズはこの三百年で、男女あわせて二百五十人以上の子供を出産している。
「偉大なる母・バズに誓う!やるなら今からだ!男たちは隊を組んで魔族の巣窟へ行こう」
男たちはドラゴンに跨がり、ファジー共和国中に点在する、五つの「ダンジョン」へと散っていった。
◆
多くの男たちが命を落とした。
半獣の魔族、巨大な蟲のような魔族、魔獣。
魑魅魍魎たちは魔法を込めた鉄砲を受けながらも、次から次に湧き出てくる。
数え切れぬ犠牲のもとで、五つのうち四つのダンジョンを制圧したが、一番広大でやっかいなダンジョンでは一進一退の攻防が繰り広げられている。
「グフフフ…人間ドモメ。大人シク餌ニナッテイレバ、ココマデ血ヲ流スコトモナカッタダロウニ」
岩場に囲まれた洞窟でダンジョンの頭領たる魔族が笑う。
羊の頭に筋骨隆々な身体をもつ半獣は、背後に魔族の軍団を従えていた。
「とはいえ、五つのうち四つは潰したぜ。俺たち人間はたとえ命を失っても、誇りだけは永遠に残っていくのさ」
ロブは右腕と右目を失いながらも、魔力を纏わせた鉄砲を左手一本で構えた。
仲間たちの殆どが死に絶えたが、ここで自分が頭領と差し違えればファジー共和国は未来を勝ち取れる。
「愚カナ」
ロブは生き残った仲間たちを振り向き、彼らも頷く。そしてロブは自爆魔法を唱えようとした。
その時。
「ザヴァーヴァヴァ・アヴァヴァヴァシャベルノグァトテモナーイイス」
背後より閃光が走り、断末魔の悲鳴が聞こえた。
真っ白い世界。
やがてロブは、眩しさの去った洞窟内で目を開けた。
「やった、やったわ!カスヤ」
ダンジョン全体に響きわたるような甲高い声と共に、魔族たちが毛ひとつ残さず消滅しているのが見て分かった。
「いったい…なにが。誰だ…あなたたちは」
ロブは背後を振り返り、驚愕した。
「魔族の臭いを辿ったら、あんたが自爆寸前だったから焦ったわ」
魔女のような風貌の少女がにこりと微笑む。
少女の背後に何人か仲間がいるらしい。そのうちのひとり、ロブと同じ年くらいの青年がかけよってきた。
「アデル、彼に治癒魔法をかけてあげてくれ。傷口が癒着する前なら再生魔法で右腕も右目も戻るだろう」
「いいわよ。カスヤの頼みなら」
魔女、アデルがロブにかけより、治癒魔法を唱えた。
「あなた、異世界人とのハーフ?魔力はあるみたいだから再生魔法はかけられるけど…」
「俺の名はロブ・ビザール。たしかに俺の母は異世界から来た」
「ビザール…。まさか、あのバズ・ビザールの息子なのか?彼女は存命中なのか?」
カスヤと呼ばれていた青年が驚いたように言った。
「ああ、母は魔王教の信者クチャーニ博士による呪いで三百年間ずっと二十一歳の姿のままだ」
ロブは再生した右目と右腕を見つめてアデルに礼を言う。
アデルは生き残ったロブの仲間たちの治療もはじめた。




