011.天才ナンパ師、王都へ
和也が、メクソリンダス王国の王都ゆきをごり押ししたのは、理由があった。
異世界に召還されて数ヶ月。
新宿を離れ、純粋な意味でのナンパ行為を出来ないまま時が過ぎ、世界をひっくり返すほどの美女と名高い魔王を口説き落とすという最終目標がありながらもやはり「ナンパがしたい」「ひとりでも多くの女に声をかけたい」という気持ちを抑えられなくなっていたのだ。
男としての欲求も爆発寸前であり、アデルやネルネと関係を持てばいざこざになるのは自明である以上、街で女を仕入れるほかなかった。
「ねねね、今ひま?」
そこかしこで馬車が行き交う巨大な街で、和也はエルフの若い女に声をかけた。
数分話し込んだ後、エルフの女は小さな紙切れを和也に渡すと去っていった。
ナターシャは王城へ。
フパイラーンは王都の近くに住むというドラゴンの遠縁に会いに行き、アデルはネルネと共にギルドへ、ダメ元ではあるが魔王討伐クエストの依頼を出しにいった。
邪魔者がいない今こそ、可愛い女の子と友達になろうと決意して一時間。
和也の手元には「魔法名刺」が二十枚ほど握られている。
魔法名刺とは、特定の個人の名前と写真が印刷された紙であり、そこへ手をかざし「コーリング」と唱えるとその者と通話が可能という代物だった。
取り扱いには一切の魔力が必要なく、和也はナンパした女子たちといつでも、どこでもどんな時も繋がることができるのだ。
「ねねね。そこの君。これ落としたよ」
「え?」
巨人族の美女が和也を見下ろす。
「ほらこれ君の落とした硬貨じゃない?」
和也はそこかしこを走る馬車を器用に避けながら巨人女に近づく。
「財布はバッグの中。落とすはずないわ」
和也の手元には、王国の硬貨五百イエーヌ二枚が握られてる。
「じゃあこのお金で、そこでお茶しようよ」
「あたし、急いでるのよ」
「じゃあ、君の明日以降の一時間を予約ね」
「ふふ。なにこれ私を口説いてるの?通常サイズの男に声かけられたの初めてだわ」
巨人女は魔法名刺をくれたあと、笑って手を振って去っていった。
「巨人女ってどんななんだろうな」
和也は下品な笑いを浮かべる。
◆
「カスヤ。そこで何をしてるの」
魔法名刺が百枚を越えた頃、アデルの声が背後からした。
「俺もギルドへ行こうかなと思って道を聞いてたんだよ」
「街の探索をして魔王討伐のヒントを見つけたいから別行動しようって言ったのはアンタじゃないか」
ネルネは不思議そうな顔をするが、和也のナンパ行為には気づいてないらしい。
「ところで魔王討伐クエストの応募許可は下りたのかい」
和也は話題を逸らす。
「それがね。魔王は誰も手出しできない存在だし載せるだけスペースの無駄だからって受け付けてもらえなかったのよ」
「受付は男?女?」
「女よ。しかもババァ」
「んじゃ俺、行ってくるわ。張り紙貸して」
和也はアデルからギルドの場所を聞いてそこへ向かった。
二十分後。
「魔王討伐クエスト受けてもらったぜ。ギルド内の掲示板の一番いい場所にな」
唖然とするアデルとネルネであったが、和也は年増の人妻を口説いたのは生まれて初めてのことであった。
「カスヤ。来週の土曜は旦那がいないからウチ来ない?」
魔法名刺ごしにそんなテレパシーが和也の頭の中に響きわたるが和也はそれを無視し続け、アデルたちの前では顔色一つ変えなかった。
◆
「国王陛下との謁見が許されました。カスヤと他の皆様を今宵、食事に招待するそうです」
半径五十キロ以内なら届くというナターシャからのテレパシーが届く。アデルもネルネも溜飲を下げたようで
「カスヤ。あんた自分がどんな立場か分かってる?貴族よりも丁重な扱いよ。かつて王室を支えてきた私たちキルシュタイン一族でさえ、こんなにも早く国王陛下にお会いできないもの」
アデルの言葉にネルネが頷く。
「用事を終えたわ。あなた達と合流したいけど、さすがに街中は無理でしょ」
火竜フパイラーンのテレパシーが皆の頭の中に響いた。
「王城の門の前で待ち合わせましょう。あそこには軍事ドラゴンもたくさんいますし、フパイラーンを受け入れられる大きな門もありますから」
ナターシャからのテレパシーによる返答により、一行は王城前で集結することとなった。
◆
「しっかし、これがメクソリンダス王国の城かぁ。月並みな言葉だがこれまでの貴族達の城の何十倍も大きいな」
和也は嘆息する。
城壁の門番に話を通した後、広大な敷地に様々な樹木が群生し、清らかな川が流れる中を迷路のように迂回すること一時間。
たどり着いた円柱型の巨大な建造物を見て、これが王たる者の住まう城なのかと溜飲を下げた。
「ようこそ、カスヤ様。皆様」
ナターシャの声とともに城門が開き、城がその全貌を露わにする。
先ほど予想していた円柱型の城は実は人間の中指を模した建物であることが伺えた。
握り拳を作り、ただ一本だけ中指を立てた状態。そしてその中指にあたる場所に王は居を構えているという。
「ファックユー、か」
和也がひとりごちると、鎧姿のナターシャが向こうから歩いてくるのが分かった。
「三百年前、大陸間で魔法戦争が行われていた頃に召還されてきた女勇者がデザインした王城です」
「そいつも、俺のいた世界の住人か」
ナターシャは頷く。
「イギリスという王国からやってきたパンクバンドの女ボーカリストで、バス・ビザールと名乗っていたようですが、王国の兵士達を音楽で高揚させ、戦争に勝利したあと去っていったようです」
「なによ、それ」
和也の背後でネルネとアデルがきょとんとしていたが、和也はその人物に心当たりがあった。
バズ・ビザール。
ファックユーの女神様と呼ばれた、グラマラスな女パンクロッカーである。豊かな金髪をかきあげ政治批判を込めた歌をうたうなど、話題に尽きないアーチストだったらしい。
数十年前に消息不明となり自殺だの海外逃亡だの噂され、挙げ句は生きたまま神にスカウトされ天国へ昇ったのだと伝説になった。
だが彼女が召還されていたのが数百年前のこの世界だとすると、計算が合わない。
どうやら異世界と自分のいた世界の時間軸は平行ではなくねじれているらしいことが分かった。
「さて、こちらへ」
門から城までは数百メートルの距離があり、石畳の道を和也一行は歩いた。
城の周囲には軍事ドラゴンが駐留されており、彼らにまたがった王国軍の軍人達は、和也らに鋭い視線を投げかけている。
(俺らはよそものだから、仕方がないと言えば仕方がないが)
和也は少し気分を害したが、彼らの視線を無視した。
「おまたせ」
城に入る目前に大きな影が落ち、火竜フパイラーンがやってきた。
すると先ほどの軍人たちは目を飛び出させ、和也に畏怖の念をこめたような見つめ方をするようになった。
ざまぁみろ、と和也は薄く笑った。
◆
「我が国、メクソリンダス王国は初代魔王と三番目に魔法の契約をした国家です。勇者にして賢者であるソクラテスによって初代魔王が倒された後は、大陸でもっとも魔法資源のある王国として栄えました」
城の中の天井の高い通路はどこまでも続いている。ナターシャは和也たちが退屈しないように王国の昔話をはじめた。
「壁の絵も併せてご覧ください」
赤茶けた誘導灯が巨大な油絵を照らし出している。
建国、初代魔王との契約、ソクラテス召還からの初代魔王封印、資源採掘による繁栄から大陸戦争、近代の発展までを通路の壁に絵画として飾っているため、視覚的情報としてもメクソリンダス王国の歴史を学ぶことが出来る。
「声を大にして伝えたいのが三百年前の大陸戦争。我が王国は他国からの侵略を見事、退けたのです。国土が狭く兵士の数もまだまだ他国に劣る中で、パンクロッカーを名乗る女勇者、キルシュタイン家の魔女たち、火竜コンロンの尽力で、敵国の魔法軍隊は撤退を余儀なくされました」
女パンクロッカーは顔が鮮明には描かれていなかったが、アデルの母や祖母、火竜フパイラーンの夫であったコンロンは見事な筆致で描かれている。
「火竜コンロンはこの戦いで落命したと伝えられていますが屍は見あたらず、彼の鱗を王城の地下墓地に埋葬しています。王族、重臣以外で埋葬されたモンスターは彼がはじめてです」
和也は、一行の最後尾で通路を飛ぶフパイラーンの表情を盗み見たが感傷に浸っているようには見えなかった。
「そろそろ魔法エレベーターにたどり着きます」
「エレベーターって」
「動力源は魔法ですが、構造はかつてこの王国に迷い込んだ異世界の建築士が考え出しました」
「この国は俺の世界からしょっちゅう召還してるのか」
和也は鼻息を荒くする。
「召還は勇者のみ。あとは転生、勝手に迷い込んだケースが多数です」
「なんだそりゃ」
そう言いつつも、この世界と自分のいた世界は隣同士で張り付いているのではないかと和也なりに理解した。
◆
「待ちわびていたぞ。異世界から召還されし勇者カスヤ。今は亡き火竜コンロンの妻にして最後の火竜フパイラーン。我が王国の支えであった魔女キルシュタイン一族が末裔のアデル。それに他国から亡命してきた天才錬金術師のネルネよ」
一同は玉座の前にひれ伏し、国王は「面を上げい」と言った。
壁に張り付いた近衛兵たちは銅像のように微動だにせず、槍を天井に向けている。
「よいのじゃ、よいのじゃ。救世主たちをこのように扱うのはわしの流儀ではない」
長い銀髪と髭が貫禄たっぷりの国王は王冠を外し、それを右手人差し指でクルクルと回していた。
(なんて、はっちゃけた国王陛下だ)
和也は驚愕したが、それはナターシャ以外の皆も同じようだった。
「アデルよ、母と祖母は元気にしているか」
「少し前に魔力を使い果たし、空へと還りました」
「魔女の寿命も因果なものだ。我が王国軍が力をつけてからは彼女たちを休ませようと約二千年に及ぶ宮仕えの任を解き、疎遠になりつつあったが、そうであったか」
「はい」
国王はアデルの顔をじっと見つめ言葉を続けた。
「二代目魔王の封印が解かれた途端に、そなたに歩み寄った我が浅薄さを許せ」
アデルは瞳を閉じた。
母と祖母を失ったあと、魔女の館で世捨て人のような生活を送っていた昨日までを反芻しているのだろうと和也は思った。
「いいえ。私は勇者カスヤと共にならば魔王討伐も、また意味のあることだろうと考えたまでです」
アデルが和也に熱い視線を注ぐ。
和也はそれを受け止め、静かに頷いた。
「そうか」
国王は王冠をクルクル回す手を止め、次はフパイラーンを見つめた。
「して火竜フパイラーンよ。そなたの夫には感謝しておる」
「とんでもない。彼の意志で王国を守り、戦ったまでです」
フパイラーンは長い首を左右に揺らす。
「夫の仇を討ちたいか」
「いいえ」
フパイラーンは長い睫をそっと伏せるようにして、それを否定した。
「ではよい。このたび、魔王国軍と戦うため同盟を申し出る二国は、オウゾ王国、イコヌ王国だ。かつて大陸中の王国と結託し我が国に侵略戦争を仕掛けた国々であり、火竜コンロンは彼らの軍と戦ったのだ」
誰もが息をのむのが分かった。
夫を待ち続け、三百年もの間、竜哭谷で眠りに就いていたフパイラーンの底知れぬ愛の意味を理解しているからだ。
「彼らを憎んだところで夫は戻ってきません。私はカスヤと一緒に魔王を倒す。メクソリンダス王国のために魔力を持たない彼が奮い立つのを見て、私も立ち上がりました。夫であるコンロンも生きていれば彼を支持するでしょう」
怒りを業火へと変え、世界そのものを焼き尽くすといわれる火竜フパイラーンの返答に、国王でさえも安堵するのが分かった。
「あ、あ、あのさ!国王陛下!アタイだって、カスヤの心意気に惚れたんだ!仲間を奪われた魔王には因縁があるけど、カスヤならきっと魔王を打ち負かすことができるって信じてるからさ!」
錬金術師ネルネがいても立ってもいられず、思いの丈をぶつけ「すいません。ですぎたことを」と国王に謝罪した。
「陛下。彼らの言葉こそが、勇者カスヤを語るすべてです。カスヤは魔法を一切使えないまでも、一国の軍事力に匹敵する仲間たちを得ました」
衛兵長たるナターシャが、自らが召還した勇者が、この王国を救う紛うべきことない逸材であることを国王に進言する。
国王は黙って頷く。
「よき仲間を得たな。勇者カスヤよ」
国王は和也を見つめ瞳の縁を光らせた。
「いえ。俺は魔王の玉座まで必ずたどり着いてみせます。そして彼女に問いたい。この児戯がごとく横暴に何の意味があるのかと」
和也は舌なめずりをした。
(魔王を落とす。世界一、いや宇宙一のいい女をゲットしてやる)
下心は爆発しそうだったが、誰かに向けたメッセージでもない限り頭の中の言葉を誰かに読まれることはない。
和也は「魔王ナンパ」の戦略と戦術を少しずつ思い描いて、ほくそ笑んだ。
「宴だ!我が王国、果ては世界までもを救うこの勇者、カスヤに酒を振る舞え」
国王の号令で宮中のものたちが慌ただしく出そろい、和也たちを宴の間へと案内した。




