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010.重婚だって何のその

 天才錬金術師ネルネの目の前には、一人の男と、二人の女、一頭の雌ドラゴンがいた。


 工房の中は狭いので、彼らとは切り株がそこかしこにある裏山で話し合うことになった。


 三人と一頭は、自己紹介をしてきた。


 彼らは召還された勇者であり、メクソリンダス王国の衛兵長かつ女剣士であり、火竜であり、キルシュタイン家の魔女であるという。


「自己紹介してもらったのはいいんだけど、アタイは目で見たものしか信じないよ。あんたらが嘘ついてるかもしれないし、逆に本物だとしても筋が通ってなきゃすぐに折れるだろうさ」


 ネルネはかつての仲間たちの姿を思い浮かべるが、彼らがそれを推し量る術はない。頑固者だと諦めて帰るならそれまでだと思った。


「俺たちは魔王を倒すために、必死に仲間を探している」


 召還勇者と自称する「カスヤ」という青年が真剣な眼差しで問いかける。


 研ぎ澄まされた刃のようでいて、煮えたぎる釜の中の銅のように底知れぬ可能性を秘めた熱いものを感じたが、ネルネは心の中で首を振った。


(騙されない。アタイは言葉なんかじゃ騙されない)


 ネルネは闇魔法を用いて木の長細い箱を取り出すと、カスヤたちの前にそれを置く。


「カスヤ…だっけ?あんた、この箱の中にある超勇者の剣を握ってみなよ。魔王にも勝る膨大な魔力がなきゃ即死するけど、うまく握れたならあんたにやるからさ。それでもって、後ろのお仲間たちにも武器や防具を好きなだけ拵えてやる」


 カスヤは一瞬、何かを考える仕草をしたが何も言い返さない。


(なんだい、なんだい。こいつも腰抜けかい。がっかりだよ)


 そう思った矢先だった。カスヤは超勇者の剣に近づいていった。



「俺は異世界からの召還者だ。魔力は一切ない」


 カスヤは笑った。


「俺は間違いなくこの剣を握った瞬間に、死ぬだろう」


「あんた、なに言ってるんだい」


 ネルネは目の前の男の発言を、敗北宣言と捉えるか、皮肉と捉えるか、何かの交渉の前触れと捉えるかで戸惑った。


「超勇者という言葉の意味を考えてから、もう一度この剣を銘々したらどうかな」


「どういう意味だい」


「超勇者は魔力の有無や大小じゃない。超、勇敢な心を持つものだ」


「だからなんだい」


「あんた魔王が憎いんじゃないのか」


「言ってる意味が分からないよ」


「これは魔王に握らせるための剣か?魔王に勝る魔力を持つ者などいない、本人以外はな」


 カスヤは木の箱に納められた超勇者の剣を指さした。


「何が言いたいんだい、カスヤ」


「あんたは、ただ大きな暴力を肯定してるだけだ。そこに正義なんぞは存在しない」


 ネルネは目の前の男の言うことを理解し、愕然とする自分に気づいた。このカスヤという男は魔法以外の「なにがしかの手段」で魔王に挑もうとしているのだ。


「俺たちの心はただの鋼鉄じゃない。言葉に心が伴わなければ虚ろなのと同じで、モノづくりに魂が込められていなければ、それはただの殺人道具だ」


 カスヤは踵を返し、他の二人の女、一頭のドラゴンもそれに続き、来た道を戻っていった。


「あばよ、天才錬金術師さん」



「待って、待っておくれよ!」


 ネルネは自分の言葉に驚き口を塞ぐ。


「何だ」


 カスヤは振り返り、足を止めた。


「あんたら、どうやって魔王に勝つつもりだい」


「今回だけ、敢えてこの言い方をしよう…勝つつもりはない」


 カスヤは言った。


魔王(あちら)に負けてもらうだけだ」


 そして笑った。


「だが魔王城にたどり着くまで、妨害者への武力行使、魔族との交戦もあるだろう。目的達成までの道のりで剣を奮うときにこそ、ネルネ、あんたの武器を使いたかった。それだけだ」


 ネルネはこれまでこの工房を訪ねてきた幾千人の冒険者たちを思った。カスヤは彼らのどれにも類する存在でなく、異質なものに見える。


「カスヤ…アンタはいったい」


「俺は剣で魔王をねじ伏せるつもりはない。俺は俺のやり方で、魔法を一切使わず魔王に負けを認めさせる」


 カスヤには不思議な魅力があった。不可能を可能にしてしまうような、そんな言葉の魔力があった。


「わかった。でも交換条件があるよ」


 ネルネは次の言葉を言おうかどうか迷った。だが一筋の光を見た今、それを申し出なければならない。


「なんだ」


「アタイと結婚してくれ、カスヤ」


 ネルネは、自らの頬が熱くなるのを感じる。


「は?」


「それなら武器も防具も質のいいものを無限につくれる」


「何を言ってる」


「アタイの錬金術は(ことわり)属性の魔法。心と体が伴ってはじめて強度の強い武器が創れるのさ」


 ネルネはバンダナをはずし、灰色の長い髪をほどいた。


「信頼できるギルドの仲間たちや、アタイが一目置く冒険者に上等な武器を創ってあげられるのは、この人に戦いに勝ってほしいっていう願いがあるから。そこに尊敬や信頼がなければ錬金術は成功しない」


 ネルネはカスヤの手を握る。


「黙って聞いてれば…アタマおかしいんじゃないの、この女。焼き殺そうかしら」


「腹黒よ、そいつ。飲み屋によくいるわ。魔女の呪いで豚に変えてやる」


 フパイラーンやアデルがネルネを睨み続けるのをカスヤは手で制した。


「わかった、わかった。俺がお前と結婚すれば、俺のために最強の武器を創れるとしよう。ではフパイラーンやアデルの武器や防具はどうなる。お前と彼女たちの間に信頼もくそもないだろう」


「カスヤに創った武器を彼女らに譲渡すればいい」


「「ふざけんじゃないわよ、バカ女!誰があんたの創った武器を使うか!!」」


「お前ら!!」


 カスヤは怒鳴った。


「俺たちは何のためここにいるんだ。フパイラーン、アデル、俺はお前たちと契約し背中に紋章を背負っている。これだってある意味、婚姻のようなものじゃないのか?」


 伝説の火竜も、皆から恐れられる魔女も、カスヤの言葉に一瞬ドキっとした表情になり黙り込んだ。


「契約をひとつ増やすだけだ。ここでネルネを排除するなら、フパイラーン、アデルとの契約もここで解除し、ナターシャと二人だけで魔王城を目指すことにする」


 数秒の沈黙のちに、


「結婚はいいけど、二人きりで寝るのはダメ。いい?そんなことしたらこの女、燃やすからね」


「魔王を倒したら、全員と契約解除するでしょう。そのときに離婚してくれるならオッケーよ」


 ネルネは、アデルの提案に「わかった」と頷く。


「でも、すべてが終わったあとに再び求婚する権利は、アタイにもあるよな?」


 ネルネの一言に激昂するフパイラーンとアデルであったが、カスヤとナターシャが両者を引き離すと、フンっと三者ともに鼻息を荒くしてそっぽを向いた。



 一時間後。状況は、百八十度変化していた。


「ネルネを認める訳じゃないけど、火竜サイズの鎧をつくれる錬金術師なんて、はじめてだわ~」


 全身を銀の鎧で覆ったフパイラーンは、空へと飛翔して戻ってくるなりそう言った。


 それは頭部から尾にかけて鱗を一枚一枚、模した金属で出来ており、フパイラーンの体の動きの自由を一切奪わないきめ細かな構造をしていた。


「これ脱がなくていい?まるで素肌みたい。それにすごく綺麗~」


「魔王との戦いが終わるまでそのままでいいよ。体温調節も万全だし水浴びのときは一瞬解除されるけど、戦闘モードになれば再び全身を覆うから安心しな」


「でもまるで衣のような柔らかさだから、なんだか不安よ」


「そんじょそこらの魔法攻撃なんざ跳ね返すよ。ドラゴン同士で空中戦になったときに有利だね」


 ネルネはバンダナで髪を纏め上げながら、へへんと笑う。


「厚みがあり、長い、それでいて軽い…。鞘に仕舞うときは通常の剣と同じサイズになるなんて。こんな剣はじめてです」


 ナターシャは持参の剣をネルネの錬金術でリメイクさせた。


「その剣に纏わせた魔力、魔法は通常の倍に跳ね上がる。ナターシャが十人増えたようなものさ。気に入ったかい」


 ナターシャが光の斬戟を近くにあった岩に飛ばす。岩がまっぷたつになり、数秒後、砂となった。


「私にはないの?」


 そう不満を漏らしたのはアデルだった。


「あんたは完璧すぎる魔女だ。どんな魔法攻撃もその魔法で跳ね返すだろう。鎧を着る必要もないし、杖があれば剣なんて必要ない」


「生意気女のくせに、よく分かってるじゃないの」


 アデルは、まんざらでもなさそうな顔をした。


 和也はふぅと深い息を吐いた。


 女はいつも衣装(ファッション)武具(アイテム)自己顕示欲(プライド)のどれかが満たされれば、とりあえず腹の虫がおさまる生き物なのだと内心ほっとした。



 それから四人と一頭は、今後の旅路について話し合った。


 仲間を増やしてから、諸国を目指し魔王軍討伐の同盟を結ぶのか。それとも今のまま行ってしまうのか。


「こればかりは行き当たりばったりじゃいけないわね」


 蜷局を巻いたフパイラーンが炎の欠伸をする。西日は月をあぶり出し、夜が訪れようとしていた。


「禁断の書には、心の赴くままに、と記してあります」


 ナターシャは言う。


「考え抜いて出した結果なら、間違いじゃないって意味でしょ?」


 アデルは魔法の絨毯に寝そべり頬杖をついていた。


「仲間が百人増えようが、千人だろうが人数分の鎧を錬金術で創りだしてやるさ。アタイに任せな」


 ネルネの薬指には、カスヤとの結婚指輪が光る。


「よし。メクソリンダス国王に会いに行き、同盟の書状をしたためてもらおう」


「わざわざ会いに行かなくとも、魔法手紙でやりとりできますよ」


 ナターシャが言った。


「いや。王都に行きたいんだ。召還だけされて国王に一度も会えてないなんてあり得ないだろ」


 カスヤは憤懣やるかたないといった表情で言う。


「では王都をご案内します」


 ナターシャが言い、王都ゆきが決定した一行はアデルの魔法の絨毯に飛び乗った。

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