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二の太刀

 そこは、こじんまりとした薄暗い部屋であった。下呂の正面には華やかに着飾った妙齢の娘がいた。右手には蝋燭の明かりを反射する隙間のない見事な西洋甲冑を纏った武者が一人、左手にはキリシタンを思わせる漆黒のローブを被った老婆が一人。全員が下呂を見ている。


 身体が軽くなって笑顔を浮かべていた下呂は、見られていたことに気が付くと居心地の悪い思いがしてすまし顔を作った。


「初めまして勇者様。私はサウザント王国の王女、リリアです。突然のことで困惑なさっているとは思いますが……勇者様に、わが国をお救い頂きたいのです!! ですがまずは、お名前を教えていただけませんか?」


 なにを言っているんだこいつは……?

「下呂 以下と申すが、なんだこれは。唐突すぎて理解が追いつかぬ。ここはどこだ? お前達、一体俺に何をした?」


「貴様! 王女様に向かってその態度はなんだ!!」


 俺の態度が気に入らなかったようで、威嚇でもしようというのか武者が剣を抜いた。刀ではない。もっと長大でありいかにも切れ味の悪そうな、重みで鎧ごと叩き斬る部類の武器に見える。


「ガイウス! 勇者様に剣を向けるとは何事です! 私は気にしておりませんから、武器を下げてください!!」


「し、しかし! この貧相な男が勇者とはとても思えませぬぞ」


「それはっ……マリアーネ殿?」


 名を呼び合っていたようだが、日ノ本の民の名とは似ても似つかない。風貌からして南蛮人ではないかと思うが、だとすれば日ノ本の言葉を流暢に話すものだな、と感心してしまう。


 娘に声を掛けられた老婆が初めて口を開く。


「王女様、間違いなくこの男は勇者の里から召喚した勇者にございますじゃ。特徴的な服に、名前の語感も、記録のものと一致しますじゃ。これは宮廷魔導師としての誇りを賭けても良いですぞ」


「ぬぅッ、マリアーネ殿が言うならばそうなのであろう。おい貴様、王女様の前だ。頭を下げよ」


 剣を僅かに下ろした武者がそう言うが、下呂は困惑の極地にあり返事をしている余裕が無かった。なにしろ、身体が異常に軽く感じられたのだ。三十五歳となって老いていくだけの身体だったはずが、まるで十八の頃のように感じられていた。


「おい!! 聞こえておらぬのか!」


 斬りたい。


 恐らくはかなりの修行を積んできたのであろう目の前の武者を。


「勇者さま〜?」



 この身体ならばやれるのではないか。刀を突き入れる隙間も無い見事な甲冑だが、人が着て動ける重さであれば斬れない程の厚みでもなかろう。


 試してみたい……。


 本人すら気付いていなかったが、辻斬りをするうちに下呂の中で静かに育っていたどす黒い感情が、万全の体調を取り戻した今、とめどなくあふれ出していた。


 ここがどこか、目の前の相手が誰かなど最早どうでもいい。強そうだから、斬る。


 ただそれだけのこと。



 下呂が湧き上がる感情に困惑し、人知れず葛藤していると、娘が呆れたという表情で口を開く。


「はあー、会話も成り立たないとは……もういいです。マリアーネ殿には苦労を掛けますが次を召喚してみましょう。それ・・は廃棄してください」


「かしこまりましたじゃ」


 老婆がぶつぶつと念仏のようなものを唱え始めると、場の空気が明らかに変化するのを肌で感じた。そして老婆がカッと目を見開き、手に持った杖を下呂の顔に向ける。ほんのまたたき一つの間に、下呂に向けられた殺気が部屋中に満ちた。


「ファイアーボム!!」


 なにかが不味い!! 種子島で狙い撃ちされるかのような寒気を感じた下呂はとっさに踏み込み、ほとんど無意識のうちに、何千何万と繰り返した居合いの動作をしていた。刀を抜くと同時に、左手は頭部を守るように顔の前にかざす。


 しかし下呂の刀が届くより僅かに早く老婆の杖が燃え上がるような輝きを発する。すると……前触れもなく下呂の腕が、そのヒジより先が、丸ごと弾け飛んだ。


「がぁアアアッッ!!」


 驚きと苦痛に顔を歪めながらも下呂は前進の勢いを緩めず、右手一本で老婆の杖を持つ腕を断つ。切り上げた刀を反転させるや、怒りに任せて老婆の胴を袈裟斬りにした。

 

 刀は老婆の左肩からなめらかに入って、へそのあたりで抜ける。皮肉にもつい先ほど倒した人斬り新右衛門の十八番であった。



「マリアーネッ?! 嫌あぁっ!!」


「リリア様! 私に任せて、お下がりください!!」



 小娘の悲鳴は下呂には酷く不快であった。


 病が治った途端、今度は左腕を失うとはなんと馬鹿馬鹿しい話か!! こうなれば何度でも千人斬りを達してやろうと思い左腕のあった肘の先を睨み付けるが、そこには異様な光景が待っていた。


 謎の爆発によって跡形もなくなっていた腕が、生え始めている……。なにやらむずむずして、感覚もあるようだった。



 小娘と下呂の間に立ち塞がっていた武者が再び剣を上げた。今度は脅しではなく、斬るために。

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