#07 イケメンが台無しやで
俺は今まで一人で生きてきた。
友達という友達も出来ず、地位と名誉のことだけを考えろと言わんばかりの、勉強の量を毎日こなす。
中学校のころまでは、トップの成績をとっていた。
周りの男子からは、勉強のサイボーグなどといわれてきた。
女からはカッコイイといわれ、毎日知らない女からは話かけられていたものだ。
うざったい。
近寄ってくるな。
話しかけるな。
関わるんじゃない!!
――――――うぜぇんだよ!!!
ガバッ!!
俺は、ベッドから飛び起きた。
「い、嫌な夢を見た」
昔は一人で生きてきた俺に、今は龍之介という親友が出来た。
龍之介を一番に考えて行動をしたい。ホモとかそういうのではないぞ。ただ、素晴らしい友人に出会えたなって心のそこから思っているのだ。
そして、昨日。
俺は恭平さんに会った。
そして、あまり好きじゃなかった合コンに無理やり参加させられた。
けど、昨日の楽しかった温もり、人間関係を味わってしまった。
「…何考えてんだよ、俺って」
俺はベッドから降りて、制服へと手を伸ばす。
「お坊ちゃん」
トントンという音と共に、ドアの向こうから聞こえてきたのは、キヨ爺の声だった。
「開いているぞ」
俺がそういうと、ドアの開く音が聞こえる。
「今日は、早いお目覚めですね」
キヨ爺が俺のほうに近づいてきて、そう言った。
「嫌な夢でも見たから…かな」
俺は苦笑いを作りながら、制服を着替え終えた。
キヨ爺と少し話をして、階段を下りていく。
いつものように、髪の毛をボサボサにセッティングして、眼鏡をかける。
鏡を見ると、昨日の俺は消え去っていた。
今の俺は、紺野 大将だ。
「よしっ!」
気合を入れて、俺は振り返る。リビングへと足を進めた。
ドアを開けて、鞄を取りに行く。そのとき、一瞬だけど親父と目が合った。
何か言われる。直感的に、そう感じた。
「大将」
ほら、来た。
「お前、昨日の夜は何処に行っていたんだ?」
「友達と遊びに…」
「遊んでいる暇があるとは、よっぽど余裕なんだな」
言い終わった後に、鼻で笑う親父。その姿を、俺の母親は見て見ぬ振りをしている。
何もいわず、俺はリビングを出て、玄関へと向かった。
外の世界へと旅立つ。ギュッと少し大きいドアを押し開けて、学校へと向かった。
「龍之介ぇ」
俺は今、机の上に上半身だけぐったりと寝かしていた。
「何?」
龍之介は後ろを向きながらも、本をずっと読んでいる。
「恭平さんに悪いことしたかな?」
昨日のことを、結局俺は恭平さんに話していない。何故俺が『堂本 悠』と名乗ったのか。
「別に」
「そうかなぁ…。また機会あったら、謝っておいてくれない?」
少しだけ顔を上げ、俺は龍之介の顔を見た。
「今日」
「ん?」
本をバンと閉じ、俺の顔をじっと見てきた。
「な、何?」
俺は小さく笑う共に、質問をする。
「今日、会う」
…それは、恭平さんと会うっていうことなのか?
俺が悩んでいると、龍之介は再び口を開いた。
「暇?」
一応、ヒマの『マ』の字の部分の音が上がっていたから、質問ということなのだろう。
「昨日、サボった分を勉強しなきゃいけないんだよね」
「そう…」
いつもは無表情な龍之介の顔が少し寂しそうにするように見えた。
「い、いや! やっぱり暇だ!」
龍之介はどっち? と思うのかもしれないが、龍之介のあんな顔を見たら断るわけにはいかなかった。
最悪なタイミングでチャイムが鳴り、龍之介は前を向いてしまった。
次の休み時間は、その話をすることはなく、時間だけがすぎ、再び授業が始まる。
そして、次の休み時間もその話は出なかった。
質問したい気持ちを抑えて、龍之介の言葉を待ってみるが、一向に出てくる気配がない。
待ち続けて半日、結局放課後になってしまった。
「ついてきて」
一日の終わりを示す音がなると同時に、龍之介は椅子から立ち、俺に向かって言った。
「ほへ?」
あまりにも予想外の言葉。俺の口から出たものは、意味不明な言葉だった。
「……」
じぃぃぃぃっと、俺の顔を見ている。
その視線に急かされるかのように、俺は急ピッチで帰る仕度を済ませた。
仕度を済ませると、龍之介は無言で歩き始めた。
どこへ向かっているのか。何をするのか。そのような話は一切しない。
それ以前に、俺達は帰り始めて数十分話しさえしていない。
「着いた」
龍之介の言葉に反応し、俺は足を止める。
「…小泉?」
俺の目の前にある家の門を見ると、小泉と記入されていた。
「りゅ、龍之介の家?」
俺が質問すると、コクンと頭をさげる龍之介。
新学校だから、ボンボンかいっぱい居るとは思っていた。俺みたいな医者の子供とかが多いと。
だけど、これはスケールが違う。
この家は…違う。
「お父さんは…?」
俺は無意識で、龍之介に質問をしていた。
「政治家」
小泉って言う政治家をどこかで聞いた気がする。
龍之介が門の前に立つと、自動で大きな門が開いた。こんなの、テレビや漫画でしか見たことがない。
無言で歩き始める龍之介の後ろを、俺は小さくなりながら歩いた。
家の庭に居る執事みたいな人を呼んで、龍之介はなにか話しているようだ。
龍之介が言い終わったのか、執事は頭を少し下げ、その場から居なくなる。
「行こう」
俺がその光景に見とれていることに気付いたのか、龍之介は俺に声をかけた。
1分ほど歩いて、龍之介の家の玄関らしきものが見えてきた。
どれだけ豪華なんだよ。
ドアの横に立っている執事にドアを開けさせ、龍之介と俺は家の中へと入っていった。
真正面にある階段を上る。
どうやらここでは靴を脱がなくてもいいようだ。
2階まで上がり、少し歩いたところで龍之介は立ち止まり、その近辺にあるドアを開けた。
「……」
ドアの中は…
「普通…」
なんと、普通だった。
豪華なベッドや、家具があると思ったのだが、いたって普通。俺の家とさほど変わりはない。
部屋に入ると、龍之介は適当に座ってと言葉を俺に告げた。
その数秒後、部屋のドアがガチャっと開き、俺の見覚えのある人が入ってきた。
「龍之介様、飲み物を持ってまいりました」
お盆を片手に、彼はドアを閉める。
そして、龍之介の部屋にあるテーブルにお盆を置いた。
「龍之介の友達なんか?」
さっきの敬語はどこへいったのだろうか。喋り方が関西弁に戻っていた。
そう、彼は…
「俺は大山 恭平って言うんや。龍之介の執事をやらしてもらってる。お友達は、なんていう名前なん? 龍之介が友達連れてくるなんて珍しいからなぁ」
どうやら、俺の変装に彼は気付いていないらしい。眼鏡と、髪の毛をいじっただけで、ここまで分からなくなるのだろうか?
「…紺野 大将です」
俺がぼそっと返事をすると、恭平さんが笑い出した。
「あははは! 龍之介の友達と同じ名前やんか! 大将っていう名前の人と、龍之介は仲がいいんやなぁ」
俺も龍之介もあきれていた。
そんなことあるかい! 関西弁でツッコミをしたかった。
だけど、俺はあえて冷静に対処する。
「…同一人物です。昨日の紺野大将と」
俺がそういうと、やっと理解したのか、恭平さんは笑うのをやめた。
「…へ?」
不意に俺に近づき、俺のボサボサな髪の毛をかきあげる。
「ホンマや…」
ビックリした表情を見せる恭平さん。
「ビックリや…」
「俺こそビックリしましたよ。まさか、恭平さんが龍之介の執事なんて」
入ってきたときは敬語だったのは多分、龍之介とタメ語を話しているところを、外から見られると彼の立場上よくないのだろう。
彼は驚いた表情を隠せないまま、口を今一度開いた。
「大将…イケメンが台無しやで…」