#06 友人と思っていたのですけどね
「ゆーうさーんは、かのじょとかいないんですかぁぁ?」
帰るタクシーの中、俺は隣に座る美智子に絡まれていた。
「い、いませんよ! 彼女とか、作った経験ないですし!」
「うそはよくないですよぉ! ゆうさんほどかっこよかったら、ぜっっったああああいもてもてなんだからああ!」
駄目だ。この人はもう何を言っているか分からない。
美智子を挟んで向こう側に座っている未来先生さえも苦笑している。
「いつもこんな感じなんですか?」
俺は苦笑いをしながら未来先生に質問する。
「ええ、この子お酒に弱いのにドンドン飲むんですよ」
と笑いながら言ってくれた。しかも、今日初めて俺の顔を見て話してくれた。
「あ、そうなんですかぁ…」
面食らってしまった。ゲーム対象にこんな事を言うのは駄目なのかもしれない。だけど、俺の心は不覚にも思ってしまった。
―――――その笑顔、とてつもなく可愛いと。
そのせいか、そうですかぁ、の続きの言葉が見つからない。
「え、えっと?」
俺がずっと未来先生のほうを見ながら、口をパクパクしていたからなのだろうか。先生は少し笑みを浮かべながら俺に言葉を投げかけてきた。
「あ、い、いや、なんでもないですよ。そ、それにしても、今日は楽しかったですね」
俺は未来先生から目を逸らす。
「…はい」
この話題には触れてはいけなかったのだろうか。先生の返事に少し間があった。
「あ、その…未来さんは龍之介と一緒だったから、楽しくなかったですよね…」
俺が落ち込むように言うと、先生は慌てて訂正の言葉をかけた。
「え!? あ、そういうことじゃなくて…た、楽しかったですよ?」
焦って言っている彼女の言葉を、今は誰が信じるだろうか。俺に不快な思いをさせないようにと、必死になっている未来先生が面白く見えた。
「くく…」
思わず笑みがこぼれてしまった。
「わ、笑わなくても!」
「す、すみません…。未来さんって最初見たときは、ちょっと怖い人かなって思ったんですよ」
「人当たりがよくないってよく言われます…」
「けど、しっかりした人だなって思いました」
俺はニコッと笑って、言葉を投げかけた。
「…へ?」
未来先生は、思っても見なかった言葉に、どう反応していいのか迷っているようだ。
「普通なら、生徒が居てもその場の雰囲気で流されてしまうと思うのですよ。だけど、未来さんは自分の言葉を守ろうと、お友達とも喧嘩していた。…そんなところが、素晴らしい人だなって思って」
うわ、少し恥ずかしいことを言ってしまった…。
俺は頭をぽりぽりと掻く仕草をする。
「あ、ありがとうございます…」
暗くて未来先生の顔ははっきり見えないが、多分赤くしているのだろう。縮こまって下を向いてしまっている。
そんな話をしているうちに、美智子の家の前までやってきた。
「未来さんの家は、ここから近いんですか?」
タクシーを降りる少し前、俺は未来先生に質問をした。
「ええ、ここからなら歩いて数十分です」
「じゃあ、美智子さんの家からは歩いて帰りますか。酔い覚ましにでも」
俺は笑いながらそう言うと、未来先生は少し悩んだ後、そうですね。と肯定の返事をくれた。
ここまでの金額を俺は払った。未来先生は遠慮をしてお金を出そうとしていたが、そこは俺がなんとか言いくるめて、男らしさをアピール。
「ほら、美智子! 家着いたわよ」
「ん〜…」
俺達が相手にしなかったせいなのか、美智子は熟睡していた。
「起きる気配、全くないですね…」
さて、どうしようか。やっぱりここは、男として運んであげるべきなのだろう。
「俺が運びますよ」
そう言って、美智子に背中を向け、腕を取り、そして背負う。その行動をすばやく行った。
「す、すみません…」
そう言葉を漏らしたのは美智子ではない。未来先生だ。
「いえいえ、どうして謝るんですか」
「だって、私の友達だし…」
俺達はエレベータの前までやってきた。
美智子の家は、普通のマンション。未来先生に聞くところによると、4階らしい。
エレベータが俺達の前までやってきて、ドアが開く。俺達は足を進め乗り込んだ。
「よいしょ」
俺はおっさんくさい声をあげて、美智子を背負いなおす。さっきから、女の人特有のものがあたっているが、俺は心の中で気にしない、気にしないとつぶやいていた。
ブーンと音を鳴らし、エレベータは上昇していく。その途中、俺と未来先生は喋ることはなかった。
エレベータが甲高い音を鳴らし、その場に停止した。ドアが開くと、未来先生がさきに歩き出す。
俺はそれについていく感じ。
少し歩くと未来先生は、とあるドアの前でピタッと止まり、美智子の名前を呼んだ。
「ん〜…」
起きているのか、起きていないのかは分からないが、美智子は小さな声で返事をした。
「ほら、美智子。鍵出して鍵」
美智子はその言葉には無反応。どうやら起きていないようだ。紛らわしい人だな、全く。
未来先生はため息をつき、美智子の鞄を漁って部屋の鍵を探し出した。
先生はその鍵を使って扉を開き、俺を招き入れた。
俺は靴を脱いで、部屋に上がりこむと、美智子をベッドへと寝かしに向かった。
「ゆうーくーん!」
寝ていると思っていた彼女に俺はぐっと引っ張られ、美智子に覆いかぶさるような形になってベッドへと倒れた。
「ちょ、何やっているんですか!」
俺は少し声を張り上げて、その場から逃げ出す。しかし、俺が声を張り上げた言葉は、「うわぁ!」だったのだ。
つまり、何やっているといったのは俺ではなくて、俺の後ろに突っ立っている…未来先生だった。
「い、いや! 違います! ただ、俺は引っ張られて、バランスを崩してですね…」
あの状況を、瞬間的に見た人なら、誰もが俺が美智子を襲っているように見えるだろう。
俺は振り返って、未来先生のほうを向く。
「……」
「……」
「…ぷっ」
最初に笑ったのは未来先生だった。
「本当ですよ!?」
「分かっていますって。悠さんがそんな人じゃないって事ぐらい、今日の会話で分かりましたから」
今日、初めて俺の名前を呼んだ未来先生。何故だか…俺の心はどこかで喜んでいた。
恋とか、愛とか、そういうのではなく、彼女との距離をゲームとして縮められたことを。
俺は一足先に部屋の外を出て、未来先生を待った。
数分後、未来先生は部屋の鍵を持って外に出てきた。そして、部屋の鍵をガチャっと閉め、ポストへと鍵を放り込む。
「そんな物騒なことして大丈夫ですか?」
ポストに入っている鍵に気付かず、部屋を出たらどうするつもりなのだろうか。
「大丈夫、部屋の上にメモ書きを残してきたから」
俺の心の言葉を察知したかのように、未来先生は笑って言った。
それから数分間、今日のことを少し話して、未来先生の家に向かう。
「そういえば、俺が美智子さんを運ぶときに、先生は俺に謝りましたよね。私の友達だから…って」
俺は何の前振りもなく、その話を振った。
「は、はぁ」
「俺は…もう未来さん達のことを友人と思っていたのですけどね」
俺は悲しそうな顔を無意識に作ってそう言っていた。
そう…無意識に。
「そうですね」
未来先生は笑ってそう言ってくれた。