#04 歌いましょう
俺には少し自信があることがあった。
あまり、これを自慢…みたいな形にはしたくないのだが、モデル級並み容姿だ。
素の姿で街に出ると、1人や2人、多い日には10人ほどに逆ナンをされた日もあった。
それほど、俺の容姿は女ウケがいいらしい。
しかも、今日はいつもはしない髪のセットもしてきた。
いつも以上に、カッコイイと自分では思っている。
…その容姿を生かして、俺はある女を落としてしまおうと考えたのだ。
その女とは、担任の先生でもあり、俺の最も苦手な現代文のテストを作っている張本人。
俺の作戦はこうだ。
ばれないように先生の彼氏、または一番仲のいい男友達に成り上がる。そして、テスト作成中にそっと現代文のテストを覗くのだ。
ばれた時の恐怖はあるが、俺が日本に残るにはこの手しかない。一番簡単で、一番確実な方法だ。
「よっしゃ! まずは自己紹介から始めよか」
そう言ったのは、今回の司会役である、恭平さんだった。
「まぁ、最初は俺からいこか。大山 恭平って言います。よろしくなぁあ!!」
そう言って、両手をあげて「どうも、どうも」としている。
周りの女子と、俺は盛り上がって拍手をした。龍之介と未来先生はいまいち盛り上がれないようだ。
「じゃあ、次は龍之介な!」
「…龍之介。高校生」
それだけを言って、龍之介は目の前に置いてあるジュースを飲んだ。
俺は恭平さんに紹介される前に、自分の名前を言う。
「俺の名前は、堂本 悠と言います。龍之介とはちょっとした知り合いで、今日呼ばれたんですけど、こんな美人さんと遊べて、本当に嬉しいです。今日はよろしくおねがいします」
俺はそういうと、ちょっとした意味をこめて、微笑みながら未来先生の顔をチラッと見た。
な、何よ。みたいな顔をして、こっちを見返してきたが、俺はすぐに目をそらした。
「こちらこそ、よろしく!!」
そう叫んだのは、果歩という女の人だ。貴方には言ってないんだけどね。
恭平さんは、不思議そうな顔をしていたが、話をすっと進めてくれた。
「じゃあ次は、そっちの自己紹介をお願いね」
「私から行きまぁす! 柴田 果歩23歳! 今は彼氏募集してます!」
ニコニコして可愛らしい笑顔を、俺と龍之介に向けてくる。
「もう、果歩ったら…。私は立花 美智子よろしくおねがいします」
そういえば、色々ありすぎて気付かなかったが、よく見てみると、この二人結構美人と言われる部類に入るのかもしれない。
「未来。次は未来の出番だよ!」
果歩がそういうと、未来先生はため息をついて「諸戸 未来です」とだけ言った。
「もう未来ったらぁ。せっかく未来の彼氏を探しに来たのに、そんな調子じゃ駄目じゃない!」
果歩がそういうと、未来先生は「頼んだ覚えはないけど…」と小声で答えた。
「わ、私達、ちょっとトイレいってくるね!!」
入ってきて数分。早くも女の人たちはお手洗い相談タイムに行ってしまった。
果歩と美智子が立って、二人で未来の腕を片手ずつ掴んだ。
「い、いたっ! 私はさっきトイレ行ったわよ!」
「いいの! 未来も行くの!!」
果歩と美智子の力に負けたのか、未来はズルズルと引きずられて行った。
ドアの閉まる音がすると同時に、恭平さんは俺のほうへと体を向ける。
「え? あの先生って、大将君の高校の先生じゃないんか? なんで、あの先生は龍之介だけ怒ったんや? どうして大将君は偽名なんか使ったん? 高校生ってことがバレるのを恐れたからなんか?」
「いや、あの…」
俺が言葉につまっているのを気にせず、恭平さんは喋り続ける。
「なんなん? 堂本 悠って! 誰? どうしてそんな嘘ついたんや!?」
俺が何も返せないと知ってか、隣に座っている龍之介が助け舟を出してくれた。
「恭平、うるさい」
龍之介の声は、静かながらも怒りがこもっていた。それは、俺が偽名を使ったからではないだろう。…たぶん。
「大将、意味があって嘘ついた」
…さすがは天才というべきか。俺のことは、何でも御見通しってか?
恭平さんは、龍之介の言葉に圧倒されて、俺に質問を投げかけるのをやめた。
「恭平さん、すみません。理由は色々とあるのですが…」
俺が理由を話そうとし始めたら、ドアの向こう側に未来先生達の姿が見えた。
くそ…。説明したいのに。
「と、とりあえず! 今は俺のことを悠と呼んでください! お願いします!」
俺が少し早口で喋ると、恭平さんは仕方ないなぁとつぶやきながら、髪の毛をボリボリと掻いた。
「たっだいまぁ!」
元気よくこの部屋に入ってきたのは、やはり果歩だった。あんなテンション高くて疲れないのだろうか。
「おかえり! もう、待ちくたびれたでぇ!」
恭平さんがそういうと、隣にいる美智子も一緒に謝っていた。
未来はというと、さっきよりかはマシな顔になったが、どこかふてくされている様子がする。
「そんじゃ! せっかくカラオケ来たんやし、歌おうや!!」
恭平さんはそういうと、カラオケボックスに置いてあるリモコンを慣れた手つきで操作し、あっという間に曲を入れてしまった。
それからどれぐらい立っただろうか、俺も数曲いれては歌い、盛り上がる振りをした。
そして、また俺は歌う。歌っている曲数の順番で言うと、恭平さんと果歩さんが同じぐらいで、その次に美智子さん、その次に俺といったところだろうか。
未来先生と龍之介は歌おうともしない。
「未来さん」
一曲歌い終わった俺は、さっきまで座っていた場所とは違い、未来の隣へと腰へとおろした。
「なんでしょうか?」
「カラオケはよく来られるんですか?」
俺は不自然の無いように、微笑みかける。
「…あまり行かないですね。先生という職柄、あまり関わることがないので」
「そうなんですかぁ。未来さんの声は綺麗なのに、もったいないですよ」
俺がそういうと、そ、そんなことない! と言いたそうな顔を見せた未来先生。その仕草が少し可愛く思えた。
まぁ、俺だって男だ。可愛いと思ってしまうのは、仕方ないことだろう。
「今日、一度も歌ってないのでは? もし、よかったら一緒に歌いましょうよ」
そして俺は、いつの間にか会得していた、女落としの笑顔を見せた。この俺の誘いを断る人はいない。
「…別に」
「じゃあ、歌いましょう!」
俺はニッコリとして、適当に曲を選んだ。
「これでいい?」
俺がそう聞くと、未来先生は小さくうなずく。
この肯定の合図は、一緒に歌う気があると受け取っていいものだろう。
俺はリモコンを手にして、曲を入れた。
未来先生のほうをチラッと見ると、龍之介に目が行っている。それもそうだろう。なんたって教え子なんだから。
それにしても、教え子と合コンをよく許したもんだ。どうせ、あの果歩と美智子が、俺と龍之介と恭平さんの格好良さのあまり、なんとか未来先生を言いくるめたって所だろう。
それはそれで、俺にチャンスが回ってきたのだから、果歩と美智子には感謝をしなくてはいけない。
俺が曲を入力してから、数曲終わったとき、俺の入れた音楽が流れ始めた。
「ほら、未来さんマイク持って」
俺は、さっき歌っていた恭平さんからマイクを借りて、未来先生に渡す。
未来先生は乗り気ではないが、なんとか歌ってくれそうな雰囲気だ。
俺が入れた曲とは、ちょっと昔に流行ったバラード系の曲。俺はちょっとだけ未来先生との距離を詰めた。
未来先生は一瞬俺を見て、すぐさま歌詞が流れる画面へと目を向ける。
そして俺達は歌い始めた。
「おー! 未来ちゃんの歌声最高やん!」
歌い終わると、拍手が沸き起こる。
俺もビックリして、曲の途中で少し歌うのをやめてしまった。
だって、あまりにも未来先生の歌声がすばらしかったから。
多分、そこらの歌手じゃ、足元にも及ばないだろう。それほどの実力があった。
「未来さん…すごいじゃないですか! とても上手かったですよ!」
隣で座っている未来先生に言葉をかけると、少し困った顔をして未来先生は声を出した。
「お、お世辞はやめてください」
「お世辞じゃないですよ。本当に上手だなって思って…」
そうだ。
もともと、声の質はいいな、とは思っていたが、ここまですごいとは思っていなかった。
「そんな…」
先生は、顔を真っ赤にして顔を下へと向けた。その仕草を俺は可愛いと思ってしまう。
俺が「可愛いですよ」と言おうとした時、部屋のテレフォンが鳴った。
それは、この楽しい時間を終わらせる合図だった。