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#46 じゃあな




これが最終話となっております。

最後は、大将視点ではありません。

どうか楽しんでもらえたら嬉しいです。





じゃあな。


最後にその一言を残して、彼は去っていってしまった。


彼が日本から居なくなったと知ったのは、月曜日のこと。


それは職員会議で、学年担任が放った言葉で知った。


「紺野大将君は、家庭の事情によりアメリカの医師学校へ転校されました。担任は…えっと、諸戸先生でしたよね。変更した出席簿を渡しますので、取りに来てもらえますか?」


私は拒絶した。


彼がこの日本にいなくなったという事実を。


土曜日、彼は私を大好きだと、もう裏切らないと叫んでくれた。


本当は彼に会うまで私は、絶対に裏切ったことを許さないと決めていたんだけど、顔を見てしまったら一発でひっくり返ってしまっていた。


気持ちが、全てが。


やっぱり愛おしい、あの生活は嘘だと思いたくない。


その気持ちが勝ってしまった。


そう決めた直後の出来事。


こんな事態は考えられなかった。


「諸戸先生…?」


いつの間にか涙を流していた私は、学年主任の先生に心配されてしまった。


「ご、ごめんなさい!」


私は職員室の先生に頭を下げると、新しい出席簿を取りに向かった。


中を覗くと、やっぱり彼の名前は見つからない。


「だ、いすけ…」


そう呟いたのは、初めてだった。


今まで、私の中での彼は“悠”だったから。


「大丈夫よ」


職員会議が終わって、机の前で唖然としている私に話しかけてくれたのは、保健の先生である日向 沙羅だった。


沙羅は学校生活に慣れられなかった私を支えてくれた人物でもある。何より、恋の相談相手だった。


大親友とはいっても、果歩や美智子にはあまり彼のことを相談することはできなかった。


美智子は、彼のことが大好きだったから。


「彼ならきっと戻ってくる。だって貴方のことあんなに愛していたもの」


にこっと笑って、肩をポンポンとしてくれただけで、私はどれだけ救われただろうか。


だけど、その言葉さえ全ての不安を拭うことは出来なかった。


朝のHRが始まるまで残り5分。


いつものように、私は職員室を教室に向かって出て歩き出した。



「は〜い、みんな席について!」


この学校の生徒達は、最近の子では珍しい優等生の集まりだ。どんな学校でも、先生の言うことを聞かない生徒が、数人は出てくるという話を聞くのに、この学校に限っては、そんな生徒を見かけたことがない。


私の声で、みんなは静かに席へ着いた。


ただ一つ…目の前の空白を残して。


「えっと…」


今日、一番に言わなければいけないことは決まっていた。


もちろん、目の前の空席についてだ。


彼はいつも学校に来ていた。どんなに辛くたって、学校に来ていたから、私は彼が休んだところを見たことが無い。


「紺野大将君ですが…」


説明するのは辛かった。


「家庭の事情で、アメリカの学校へ転校されました。いきなりだったので、お別れを言うことを…」


生徒達の前では涙は流さない。そう決めていたのに…。


「お別れをね、言うことができなくて…」


一粒、また一粒…涙があふれ出てきた。


「ご、ごめんなさい」


そう言って私は生徒達に背を向ける。泣き顔は見られたくなかった。


涙を拭うと、私は根性で涙を止め、生徒達に笑みを送る。


「お別れを言うことができませんでした。何か伝えることがあるなら、私が親御さんに伝えてもらうように頼みますけど、何かある人は居ますか?」


その質問に手を上げるものはいなかった。


彼はクラスの中では孤立している存在だった。あの容姿を隠してまで学校に通っていたのだ。それは、彼が望んだことなのだろう。


しかし数日前、沙羅から聞いた話ではあの容姿が全校生徒へと広まったらしい。私が倒れたときに取り乱したせいだと言っていた。


あの彼が取り乱すというのを想像しづらいが、私のために取り乱してくれたことは素直に嬉しいと感じた。


「では、出席を取りますね」


名前を呼ぶ。


いつものように、一席の子から。


ただ、いつもと違ったのはやっぱり、彼の名前を呼ぶことがなかったことだろう。
















「先生」


私はその日、彼のことを忘れようと、必死に仕事していた。全ての授業が終わり、教室を出ようとき、後ろからある人が話しかけてきた。


「な、何?」


私に話しかけてきたのは、あまりにも意外な人物。


「いいですか?」


「うん。じゃあ職員室に…」


「……」


「…保健室でいいかしら?」


私の言葉に目の前にいる龍之介君は頷いた。







「先生」


「何?」


「これ…」


私は沙羅に頭を下げて、放課後の保健室を借りたいと頼み込んだ。沙羅はあっさりOKの返事をくれた。


そして今、龍之介君は私に一通の封筒に入った手紙を差し出している。


「これ、何?」


「手紙」


それは見れば分かる。


そっと貰った封筒を裏返すと、そこには紺野 大将と書かれていた。


「だ…」


名前を口に出そうとしたが、私の理性があと一歩のところで引き止めてくれた。目の前には龍之介君。あまり醜態を晒すことはできない。


なんたって、彼の名前を出してしまえば、たちまち私は涙を流してしまうからだ。


「どうしてこれを?」


私の問いに無表情で龍之介君は『頼まれた』と一言返した。


「先生」


手紙をじっと見ていた私は、龍之介君に名前を呼ばれて顔を上げる。


「本当にごめんなさい。大将のためとは言え、先生を騙していたのは俺も同じです。だけど、大将は先生のことが本当に大好きでした。これだけは分かってもらって欲しいんです。彼は途中から、自分の気持ちが分からなくなっているみたいでした。それを止められなかったのも、俺のせいだと思います。先生、どうか大将を見捨てないであげてください」


いつも単調な口ぶりを見せている龍之介君が、こんな長文を、しかも…彼のために。


「ありがとう、龍之介君。私はもう大丈夫だよ。龍之介君は本当に友達想いなんだね」


私がニッコリ笑うと、龍之介君も少し安心したのか、少し笑顔になった気がした。


「じゃあ」


そう言って、龍之介君は立ち上がって保健室を出て行った。


取り残された私は、右手に掴んでいる封筒に目を向ける。


「ここでなら泣いても…」


沙羅と龍之介君から頂いた、一人の時間。


「大将…」


私はそっと、愛しい彼の名前を呟いた。








数分間泣いた後、私は封筒へと手をかける。


手紙をその中から取り出すと、見覚えのある字で長々と私宛にメッセージが書かれていた。











世界一可愛い 未来 へ



突然手紙を出してごめん。


今、この手紙は空港で書いているんだ。俺の執事に頼んで、龍之介の下へ届くようにしたから、多分未来の手に行っていると思う。


手紙とか初めてで、何を書けばいいか分からないけど、自分の思ったことを書くよ。


まず、ごめんと言いたい。


何も言わず日本を出て行ってしまった。だけど、それは俺のけじめだと思ってもらいたい。


勘違いしないでくれ、未来を捨てるとかそういう意味じゃない。もっと立派な男になって、未来を迎えに行くけじめだ。


無責任なのは分かっている。


だけど分かって欲しい。俺のこの我侭を。




なぁ、未来。


俺、立派になって戻ってくるから、それまで待っていて欲しい。


俺の居ない間に、未来がいい男を見つけて、そいつの所に行ってしまったら、俺はそこまでの人間だったってことだ。


こんなこと、俺が言っていいのか分からないけど、俺は未来を信じているから。


未来は俺をもう一度信じて欲しい。


滞在期間の予定は三年。そのときには俺はもう二十歳。未来は…もう、おばさんかな?


…冗談だよ。


アメリカでは、未来のことを思って頑張る。


心の中で応援していてくれたら嬉しい。それだけで俺の励みになるから。



俺が立派になって、未来を迎えに行くその日がくるまで。





未来の事を世界で一番愛している 大将 より












そう書かれた手紙は、私の涙腺を崩壊させるのには十分すぎた。


私の泣き声は、保健室の外にまで漏れているだろう。


それでもいい、この幸せを表現できるのは涙しかないのだ。


「だい…すけ」


愛おしかった。


誰よりも彼のことが愛おしかった。


あの裏切りが、とてつもなく小さなことに思える。それほどまでに、私の心の中は幸せで満たされていた。



「大将」



今度ははっきりと発音できた、私の大好きで、大好きで仕方の無い彼の名前。


世界でただ一人、私を幸せに出来る人の名前。


初めて貰った彼からの手紙は、私の幸せの涙で濡れて行った。
























時は経ち、桜の花びらが舞い散る季節。


「先生、今日はなんか嬉しそうだね?」


いつもお昼ご飯を一緒に食べている、女生徒が私の顔を見てそう言った。


「え、分かる?」


今日、にやけていると指摘されたのは、初めてではなかった。


「なんかいい事でもあったの?」


不思議そうな目で私の顔を覗く彼女を、私は興奮のあまり頭を撫でてあげた。


「今日はね、私の大好きな人が帰ってくるの」


あれから三年が経った今日。


彼が帰ってくるのだ。


「え〜! 学校のマドンナ的存在の未来先生に彼氏がいたなんて…」


「えへへ…」


私のにやけた顔は、変わることは無いだろう。


待ちに待った日だから。


その日、学校が終わると、私は急いで駐車場に向かった。


もちろん、彼を迎えに行くため。


一秒でも早く、彼に会いたい。


その気持ちが、私を急がせた。









―――――――未来。








聞き覚えのある声が、私の耳を捉える。


「迎えに来たよ」


その言葉を聞いた私は、笑顔をその声の持ち主に向けた。


「待ってたよ!」


私は走る。彼のもとへ。


大好きな彼に一生私を離さないと、約束させよう。


「大将!!」


そして私は彼の胸元へ飛び込んだ。















Fin














このあと、あとがきとなっております。

よろしければ、見て行ってやってください。





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