#43 けじめのつけ方
あれから数日後、未来は体調が回復したのか学校に戻ってきた。
そして、少し前の生活が戻る。
俺は目をあわすことなく、学校へ通い続けていた。
そして思う。
こんなことしていていいのか? ただ、未来を苦しめるだけじゃないのか?
俺は何を求めて、学校に来ているのだ?
成績なんてもの、今の俺にはもう関係ないことだろう?
何をしても無駄なのに、俺は今日も学校に来ている。
「おっはよぉ!」
「あ、先生!! もう大丈夫なのぉ!?」
そんな生徒の声が教室の中で巻き起こっている中、俺は未来に一言も声を掛けることはできなかった。
見ることさえ、許されないと思った。
声だけが聞こえてくる。
「大丈夫だよ! 心配かけちゃってゴメンね。なんだか睡眠不足だったみたいで」
そう言う未来の声がすると、女性徒の笑い声が聞こえてきた。
みんなを不安にさせないために、無理にでも笑顔を作っているのだと思う。
そんな声だ。
この数日間、俺に何も無かったわけではない。
未来が倒れた次の日の放課後、恭平さんに呼ばれた俺は、帰宅する龍之介に付いて行った。
門の前で人が立っている。よくよく見ると、それは驚くことに果歩だった。
「果歩さん?」
「え、あ…」
俺の姿を見ると、罰の悪そうな顔をした。
「どうして、ここに?」
「恭平に言われたから」
俺のほうを見ようとはしない果歩。じっと屋敷の中を覗き込んでいる。それもそうだよな、なんたって親友を裏切った男なのだから。
「きょ、恭平?」
門の奥を見ていた果歩が、ある存在に気付いた。
「遅れてしまい申し訳ございません。龍之介様、大将様、…果歩様こちらへどうぞ」
すっと近寄ってきたのは、仕事モードの恭平さんだった。
「え、え? 恭平どういうこと?」
戸惑っている果歩を見て、恭平はニッコリ笑い俺達を案内するかのように先頭を歩き出した。龍之介は何も言わず、恭平の後ろを歩いている。俺と果歩はそれに遅れを取らないよう歩き始めた。
三人は龍之介の部屋へと案内された。案内役の恭平さんは、一旦部屋を出ていく。
龍之介の部屋に取り残された果歩は、大嫌いな俺に質問を投げかけてきた。
「ど、どういうこと? どうして…恭平が?」
未知の世界に取り残されて、心配なのだろう。果歩は泣きそうな顔になっている。
「そ、それは…」
俺が執事だと言おうとしたとき、龍之介に名前を呼ばれた。
多分それは、言わないほうがいいということなのだろう。
そうだ、恭平さんはなぜ果歩をここに連れてきたのか? 果歩に打ち明けるためじゃないのか?
龍之介の言葉が最後に、この部屋の中には沈黙がのしかかってきた。
何か話そうと思うが、言葉が出てこない。
数分経ったと思ったとき、恭平さんが部屋へと入ってきた。
もちろん、執事姿で。
「お待たせしました」
そういって持ってきたのは、お茶だった。四つあるということは、恭平さんもここで話をするつもりなのだろう。
真ん中に置いてある机にお茶を置くと、恭平さんはゆっくりと腰を下ろした。
「果歩」
「な、何!?」
果歩は驚いて、声が裏返っていた。
「すまん、本当はここで執事をしていたんや」
いつもとは違う恭平さんの雰囲気。ふざけた言葉は一切使っていなかった。
「執事…なんてこと言えへんくて。この仕事、あまり自由がきかないねん。果歩に言ったら心配されるやろうし、その…軽蔑されるというか、なんかちょっと嫌やったん」
恭平さんはそう言って頭を下げた。
「すまん! 騙すつもりはなかったんや」
床まで頭を下げている恭平さんに、果歩は少し近寄った。
「大丈夫なのに。私、そんなこと全然気にしないよ?」
ニッコリと笑って、果歩は恭平さんに頭を上げるように言った。
しかし、恭平さんは上げようとしない。
「それだけやないんや…」
さっきよりも声が低くなった。
“それだけじゃない…?”
もしかして…恭平さんは、
「きょ、恭平さん!」
俺はその言葉をとめようと恭平さんの名前を叫んだが、言うのをやめようとはしなかった。
「俺、大将のこと知ってたねん。悠って知ってたんや」
「え?」
「ほんますまん」
恭平さんのその声は、少し震えていた。
「裏切ってもうた。俺も…お前達を」
「昨日、何も言ってなかったじゃない! 嘘でしょ? 嘘だよね? 病院で悠さんが『恭平は知らない』って言っていたじゃない! 助けなくてもいいんだよ? 悠さんに同情して嘘なんていわないでよ」
果歩は真実を受け止めていなかった。
「すまん…」
その光景が、全てを物語っていた。さすがの果歩もそこまで行くと信じたのか、その場に泣き崩れた。
「恭平さん…」
「大将、これが俺なりのけじめのつけ方なんや」
果歩は泣いたまま、その場で座って、龍之介はその光景を少し悲しそうな目で見つめている。
俺は唖然としていた。
なんで? 俺が嘘までついて恭平さんは知らなかったと嘘を言ったのに。
ここで告白するなら、執事のことだけでよかったじゃないか。
なのに、何で知っていたことまで話す?
何で…。
俺には理解できなかった。
それは、俺の知らない世界。今まで人と深く関わってきていなかった俺が入ることのできない場所だった。
数分経ったそのとき、そっと恭平さんは言葉を放つ。
「最悪なことをしたのは分かってる。取り返しがつかないことを俺達はしてしまった。未来ちゃんを騙して、果歩たちまで俺達は騙し続けた。謝って許してもらえるなら、俺は謝り続ける。死ぬまで、謝り続ける。でも、これだけは言っておきたい。俺も大将…悠も、本気だったんや。俺は果歩、大将は未来ちゃんにベタ惚れだったのは、近くに居た果歩にも分かってるやろ? 果歩たちがものすごく傷ついているのは知ってる。知ってるけど、こいつだって夜な夜な泣いているんや。未来ちゃんのことを思って、泣いている。傷ついてる。傷つけたこと後悔してるんや。俺達に比べてまだ若い。これ以上苦しませるのは酷すぎると思わんか? どうか、こいつだけでも許してくれ。罰は俺が受ける。果歩が嫌なら、俺はもう近づかへんし、一生果歩たちの視界にはいらへん。だけど…悠、いや大将は未来ちゃんのこと諦められるほど心も、体もできてないんや」
恭平さんはそこまで言って、もう一度頼むと叫んだ。
「そんなの…あんた達の勝手でしたことでしょ!? それを許せ? 無理に決まっているじゃない! 私は恭平のこと好きなのに、大好きなのに、これは何なのよ!」
泣き叫びながらそう言った果歩の瞳からは涙が零れ落ちていた。
「俺も果歩のこと大好きや。結婚まで考えていた。俺達もいい年やし。だから…今日言ったんや。後悔はしたくないから」
すっと恭平さんは下げていた頭を上げると、果歩へと一歩近づく。
「なぁ果歩、もう一度だけ大将にチャンスをあげてくれないか…?」
「だ、駄目よ、駄目よ! 未来が今、どれだけ不安定なのか、恭平も知っているでしょ!? 昨日、悠さんが帰った後の未来の取り乱し方…」
そこまで言うと、果歩の言葉が止まった。
「昨日、私あんなこと聞かなきゃよかった」
そこまで言うと、果歩は俯いた。
「大将君」
いきなり“悠”ではなく“大将”と果歩に呼ばれた俺は反応が遅れた。
「大将君」
「は、はい」
「今度の土曜日、私達いつものデパートに買い物に行くの」
「え」
「それだけ」
そう言って、果歩はその場を立った。
「恭平、また二人で話がしたい。明日、時間とってくれない?」
恭平さんが肯定の返事をすると、果歩は部屋から出て行った。それに付いてく恭平さん。
取り残された俺と龍之介は会話を交わすことは無かった。
土曜日。果歩から貰ったチャンス。
チャイムが鳴る。
俺の意識は、現在へと戻ってきた。
「はい、教科書開いて」
未来の無理やり出している元気な声が俺の耳へと届く。
今日は金曜日だ。明日がチャンスの日。
俺はいまだに、何一つ計画を立てることはできなかった。
読んでくださって、ありがとうございます。
最終話まで、残り3話になりました。
あとほんの少し、最後までお付き合いのほどよろしくおねがいします。