#03 働かしたことのなかった悪知恵
俺達三人が向かった先は、駅から少し歩いたところにあるカラオケだった。
…どうして、カラオケなんだ?
この三人でカラオケに行って、何が面白い?
龍之介は大人しくて、カラオケとかそういうのは似合わない。かという俺も、カラオケなどの無理やり盛り上がる部類は苦手なのだ。
この三人で唯一盛り上がれそうなのは、恭平さんだけだろう。
…まさか、あれじゃないよな?
男三人…人数的には十分可能性はありうる。
昔、先輩にそそのかされて、それに行ったものの、精神的、肉体的に疲れた記憶がある。
中学生で、そういうことをするのもどうかと思うが。
「大将は、龍之介と同じ高校なん?」
カラオケの部屋に入るなり、恭平さんが質問をしてきた。
「え、あ、はい。龍之介にはいつも勉強とか色々お世話になっていまして」
「そんな敬語使わんでもええで? 俺、困るやんか」
そういいながら、軽く微笑む恭平さん。
不覚にも、女なら恋に落ちるのではないか? と思ってしまった。
…俺は決してホモじゃないぞ?
そんな他愛もない会話をしていると、俺達のいる部屋のドアが開くと、そこには女が二人入ってきた。
「俺の嫌な予感的中か…」
小さな声でボソッと呟くと、龍之介は俺の顔を見て小さくごめんと呟いた。
いや、龍之介に謝られても困るのだが。正直、龍之介にこれは頼られたってことだよな? それは友達として嬉しいことだ。そう、考えることにしよう。
「恭平君やっほぉ! 合コンなんて久しぶりだから緊張するよ」
ニコニコしながら、最初に入ってきた女がそう言った。
その後ろについてきている女は、そのニコニコ笑っている女の顔を見ながら「うそだぁ! さっきまで寝ていたじゃない」と笑いながら言っている。
「だ、黙っててよ!」
「果歩ちゃんは、毎回そうなんやからぁ」
と、恭平さんも笑って言っている。
どうやら、一番に入ってきた女は果歩と言うらしい。恭平さんとは知り合いのようだ。
俺と龍之介は、そんなハイテンションな三人についていけず、ただ椅子に座って苦笑するしかなかった。
その間に、果歩と、もう一人の女は隣同士で席に座る。
「あれ? 二人なん? もう一人はどうしたんや?」
恭平さんは不思議そうにしながら、隣に座った果歩に聞いていた。
「えっと、トイレ行ってるんだってさ。人数がいなかったから、無理矢理連れてきたの。初心だから、あまりいじめないであげてね〜」
「いじめへんよぉ! 俺は優しいからなぁ」
「女の子だけにはねぇ」
果歩は笑いながら恭平さんと会話をしている。そんな姿を、俺と龍之介は先に頼んだジュースを飲みながら見ていた。
そうしたら、突然果歩がドアのほうを向いた。
「ん? どうしたんや?」
「いや、未来トイレ長いなぁって思って」
…ん? 未来?
「そうだねぇ。未来、もしかしたら、緊張してるんじゃない?」
…未来? みく? どっかで聞いた名前だな…。
噂をすれば影がさすとよく言うが、このときは、ああこのことわざは本物だなって思った。
その会話の直後に、ドアが開いたんだから。
「ごめん、ごめん! トイレに行列ができてちゃ…」
…うん。確かにどこかで聞いたと思ったわけだ。
ドアから入ってきた女の言葉が途中で途切れる。それは、俺と龍之介を見たからだろう。
俺と龍之介もその女性を見て、何も発することができなかった。
そりゃあ、言葉にもつまるさ。
「…小泉龍之介君だよね?」
だって、そこにいるのは、俺達の担任なんだもの。
「せ…先生?」
俺よりも先に口を開いたのは龍之介だった。後に、このことを感謝しなくてはいけないなんて、今は知る由もない。
「ど、どうして、龍之介君がここにいるの!?」
未来先生の、少し大きめの声がカラオケボックス内に響いた。
「…呼ばれた」
そのあと、龍之介は口を開こうとしない。
「知り合いなの?」
恭平さんの隣に座っている、果歩が驚いた表情をしている未来に質問をする。
未来先生は「ええ…教え子よ」と、果歩の顔を見ずに返事をした。
未来の返事に、未来先生のお友達二人がケラケラと笑い始める。
その笑い声を無視するかのように、未来は机をはさんで前に立った。
「り、龍之介君、高校生が合コンなんかしちゃいけません!」
未来先生は、龍之介の机をバンッっと叩いた。その音は、先生の友達と思われる二人の笑い声を抑えるのには、十分なほどの音だ。
「す、すみません…」
龍之介は申し訳なさそうに、下を向いている。
「未来ちゃんってゆうたっけ? ええやないか。 細かいこと気にしてると可愛い未来ちゃんの顔にしわが出来ちゃうで?」
「貴方も無責任なことを言わないでください! あなたは見る限り二十歳を超えているでしょう? そんな人が、高校二年生にこんな事を…」
恭平さんの、ここを和ませるための言葉だったのだろう。しかし、それが裏目と出てしまったようだ。余計に、未来を怒らしたらしい。もはや最後まで言葉を言い切れていない。
「そら、俺は21歳やし…」
拗ねたように恭平さんが言うと、未来はギラっと恭平を睨んだ。
それがおかしくて、俺は少し笑い声を漏らしてしまった。すると、先生は俺のほうを向いてきた。
「貴方も貴方です! 高校生をこんなところに連れてくるなんて非常識ですよ!」
「す、すみません…」
と、答えた。
…って、ちょっと待て。今の今まで、未来先生の気迫に押されて全く気づかなかったが、未来先生は、俺が先生の生徒である紺野 大将って事に気づいていないのか?
さっきから、俺を名前で呼ぶ様子もないし、さっきの会話からすると、俺のことを高校生とすら思っていないらしいし。
中学校のときから、20歳だと思われていた俺だから不思議ではないが、先生とは一ヶ月半ほど、俺の顔をどこかで見ていたはずだ。
ただ影が薄くて、俺のことを知らないだけなのか、俺を知っているけど、気づかないだけなのか。
「まぁ、何はともあれ、未来ちゃんはもう生徒と合コンしてもうたんや。もう諦めて、今日は一緒に楽しもうや!」
太陽様がいるのではないかと思うぐらい、まぶしい笑顔を恭平は未来先生に向けた。
未来先生も諦めたのか、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。
…ちょっと、鎌を掛けてみるか
「未来さん…って呼んでもいいでしょうか?」
俺は不自然の無いように、軽く微笑みかけた。
「…はい」
未来先生は、俺のことを獣を見るような目で見ているが。
「龍之介は、学校ではどのような子なのでしょうか?」
多分、この会話を聞いている龍之介も、恭平さんにも、俺の意図は分かっていないだろう。
「え? だい…って!!!」
恭平さんが、不思議に思ったのか、俺の名前を呼ぼうとしたときだった。空気の読める龍之介様が、恭平さんの足をぐっと踏んで止めてくれた。本当に感謝。
「龍之介君ですか? そうですね、とても静かで、授業も真面目に聞いてくれますし、仲のいい友達といつも楽しそうに話していますね」
…楽しそうに?
細かいことにツッコミはいれないでおこう。とりあえず、龍之介が学校でいつも一緒に居るのは俺だ。と、言うことは俺のことは、ちゃんと先生の頭の中で認識しているって事になる。
つまり先生は、俺が紺野 大将って事に気付いていない。
…ここで、俺の今までの人生で、全くと言っていいほど働かしたことのなかった悪知恵が働いた。
「龍之介が楽しそうに? それは一度でいいから見てみたいですね」
俺は、今までにないぐらいのスマイルを未来先生に放った。