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#34 世界中の誰よりも

闇の中でバチバチと光を放つその火玉は、俺達にとって貴重な存在だ。夏の風物詩だと俺は思う。いや、世間一般的にもそうなのだろう。冬に店頭へと並んでいるのを見たことが無いから。


「うぉ、やっべぇ!」


恭平さんの叫び声が、あたり一面に響き渡った。


今、俺達は花火をしている。恭平さんがどこから持ってきた大量の花火が俺達の傍に置いてあるのだ。


あのキャンプ場から少し歩いたところにある川。尖った石がゴロゴロとそこら中に落ちているが、靴を履いている俺達は怪我をする心配は無いだろう。


「悠もやろうよ!」


ちなみに、俺は花火さえも初体験だ。今までは学校の近くから、またはテレビで打ち上げ花火といわれるものしか見たことが無かった。


「おう」


俺は未来に呼ばれ、ニッコリ返事をすると花火を手に取った。


恭平さんからライターを借りて、花火に火をつける…が


「あれ、つかねぇ」


未来や恭平さんたちのように綺麗に火を放つことは無かった。


「え、悠…」


もしかして、の言葉が聞こえたとき、俺の周りは爆笑の嵐となった。


「は? ちょっと教えてって!」


何で笑われている? もしかして俺は希少価値なのか? 


「悠、それ…反対!」


どうやらこの花火は、あまり目立たないほうに火をつけるらしい。俺のこの失敗は今日だけで3回目だ。丸い筒型の花火も、俺がつけようとしたら、恭平さんにあわてて止められた。あの花火は横から線が出ていて、そこに火を点けるらしい。俺は真上から紙を破ってつけるものだと思っていたのだ。


「もう…」


未来は軽く笑いながらも俺に近づいてきて、丁寧に花火の点ける場所などを教えてくれた。


「ね? 点いたでしょ?」


未来のその言葉とともに、俺の持っている花火からは綺麗な赤色と黄色が混ざった光を解き放っていた。


「うぉっ」


初めて味わった手荷物タイプの花火を俺はびっくりして手を離してしまいそうになる。


「ほら、見て!」


未来の声がするほうに俺は目をむけた。


「こうやってすると、面白いんだよぉ!」


満面の笑みを浮かべながら、未来は花火を円を描くように振り回していた。


「未来」


俺がポツリとこぼした言葉は、周りに聞こえていないことを祈る。


「綺麗すぎ」


こんな言葉、未来以外の誰にも聞かれたくないから。


「ばかっ、悠!」


未来はあわてて、花火を回すのをやめてしまった。俺は未来の真似をしてまわそうとするが、俺が持っていた花火の光はいつの間にか消えていた。


「ほら、もう一本!」


未来から貰った花火に、今度は間違えないよう火を点ける。


「すげぇ!」


俺は花火を振り回していると未来は、あははと楽しそうに笑ってくれた。どうやら、こうやってすると一瞬だが、俺達の目の網膜に光が焼き付いて残像が残るらしい。俺はそれを利用してハート型を描くと、またもや未来に馬鹿っと言われてしまった。


「次はこれね!」


俺の花火が消えるころに未来が持ってきた物は、ひも状のものを小さく平らに丸めたもののようだ。


「何これ?」


俺の不思議そうな質問を無視して、未来はそれに火をつけ地面に置く。


「え?」


俺の不思議な声とともに、その地面に置かれた花火は…俺を襲ってきた。


「未来! たす…」


地面を暴れまわっているその花火から逃げるように、俺は少し走ると、遠いところから未来の笑い声が聞こえてきた。その姿を見て、果歩や美智子も笑ってきた。


それから時間が経つにつれ、どんどん大量にあった花火は少なくなっていき、残り数束となってしまった。


「これが最後か」


そう呟く恭平さんから、俺はひとつ小さな玉が点いた花火を貰った。それを皆に一つずつ配る。全員に配り終わると、花火はもうなくなってしまった。俺は未来の傍に行き一つの質問をする。


「何これ? どこにつけるの?」


俺のその言葉に、皆は絶句。


「線香花火も知らへんのか!? まじ、悠はどんな生活を送ってきたねん! これは花火の最後と決まっててな…」


と、そこから数分にわたって恭平さんの花火への愛情を聞かされた。


「あ、そうや」


その話が終わると、ぼそっと恭平さんは呟いた。


「これが最後の花火や。どうせなら賭けせんか?」


「賭け…ですか?」


「うん、賭けや。誰が最後までこの火玉を落とさずに残っとれるかっちゅうな」


ニシシと笑うと、恭平さんは皆に一つライターを渡した。


「最初に落とした人が、最後まで残っていた人のことをどう思っているか川に向かって叫んでもらおうやないか」


「それは、男同士でも?」


果歩の小さな疑問に、恭平さんは当たり前やと答える。


「さぁ、始めようや」


俺達は円になるように屈み、ライターに火を灯した。


「いっせぇの!」


恭平さんが合図を送ると、皆は一斉に花火へ火を近づけた。


バチっと音を出して、俺の花火は火を放つ。周りを見てみると、ほとんどの人が俺と同じタイミングで火が点いたようだ。


「誰だろうねぇ」


果歩がワクワクしながら、そう呟くと一人の男が早くも脱落をした。


「あ」


そう、俺だ。


どうやったら、長持ちをするか全く検討の点かない俺は花火を結構揺らしていた。まさか、こんな終わり方があるなんて。


「悠、ドベな」


いたって真剣な恭平さんは俺の顔を見ずに、そう言った。皆は自分の火玉に夢中になっている。


そして、一人ひとりと脱落して行き、残り二人となった。








「よし、じゃあ叫んでもらおうか」


恭平さんが俺の後ろでそう促すと、俺は大きく息を吸った。


まさか、こんな展開があるかよ。


そう心の中で呟いたが、現状は何も変わりはしない。


「俺も一位になりたかったなぁ」


恭平さんがそう呟くと、笑いながら果歩は、悠君に何か言われたかったの? と呟いた。


龍之介は、少し大きめな石に腰掛けて、俺のほうを見ている。美智子は残念そうな顔をして、悠さん頑張れ! と叫んでくれた。


よし、行くぞ。



心の中で俺は覚悟を決めた。とっても恥ずかしいが、これは仕方が無い。賭けは絶対だからな。


「ほら、未来ちゃん後ろ向いて」


恭平さんの声に何も反応をしない未来。未来も相当緊張しているのだろう。言われたくなければ、わざと負ければよかったのに。


そう、一位になったのは未来だった。美智子とコンマ何秒差での勝利。負けた後の、美智子の叫び声は、本当にビックリした。相当一位になりたかったらしい。


「未来」


小さな声で川に向かって言うと、恭平さんからの怒鳴り声が入る。もっと大きい声を出せ、と。



それにしても、美智子じゃなくて良かった。


美智子だったら、何て言えばいいか分からない。それに、何も気にしていない振りをしているが、未来だって本当は美智子に少しなりと気を使っているのだ。



「いきます!」


俺は大声を張ってそういうと、当たりはしーんと静まった。



「俺は…俺は! 未来のことが大好きだ! 世界中の誰よりも愛しています!」



しばらく沈黙が続く。


俺のその言葉に涙した愛しい恋人は、小さくありがとうと呟いた。

















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