#33 恭平さんは大丈夫
「悠」
俺は君を泣かさぬ事は出来ないのだろう。
「悠、起きてぇ!」
君の笑顔を見たいのに
「起きてってばぁ!」
僕はまた君を泣かしてしまうのだろう。
「起きなきゃ、放っていくぞぉ!」
何故、俺はこんな事をしているのだろう? ただ、笑顔を見たいだけなのに。
ここに居たいだけなのに。
「悠!」
さっきから、俺の体をグィングィン揺らしている彼女は、笑いながら俺の名前を呼んでいる。
「はぁい」
俺はその幸せな時間を味わいながら、体をゆっくりと起こした。
「おはようのチューは?」
そういうと、未来は照れながら馬鹿っと声を張った。いつまでも、この時間が続けばいいのに。そう願うようになってしまった。
俺はゆっくり未来の顔へと近づけていくと、未来も観念したのか目を閉じた。
―――――ドンッ!
「ほぇあああ!!」
未来は驚いて、俺とは反対方向に飛びのく。また、この展開か。
「未来、悠君起きてるぅ!?」
元気よく俺達の部屋へと入ってきたのは、再び果歩だった。この前にも似たような展開があった気がする。俺はもう慣れたのだが、未来はそうでもないようだ。この前同様、未来は焦って果歩のもとへと近づいていった。
「また、お邪魔だったかな?」
ニシシと悪魔の笑みを見せながら、果歩は未来を無視して俺に聞いてきた。俺は丁寧に否定の言葉を放つ。
2日目の朝。俺達は慌しくも、楽しくなるはずの一日が始まった。
「今日は、何するんだろうね?」
果歩騒動で、少し時間は掛かったが、俺達は服を着替え終わり、廊下を歩いていた。果歩の話によると、宿谷の玄関付近に集合らしい。
「お、悠!」
俺達の前方、つまり宿谷の入り口からは、恭平さんの声が聞こえてきた。
「すみません」
俺と未来は、みんなの姿が見えると少し小走りになる。
「また、お前等が最後やないか! イチャイチャしとんなよぉ。俺も果歩とイ」
そこまで言うと、果歩のパンチをお腹に食らったのか、喋らなくなった。
「それじゃあ、行こうか!」
殴られて、喋れなくなっている恭平さんに代わって果歩が先頭を歩き出した。本日も昨日と同じ、何をするかを聞いていない。龍之介に聞いても、分からないという話だ。
「よし、着いたよ!」
歩くこと15分。俺達は目的地に着いたようだ。
「男共は用具一式借りてきて! 私達は、食料の調達に行っているから」
果歩はそう言うと、女達を連れて何処かへと歩いて行ってしまった。
周りを見る限り、ここはキャンプをするところのようだ。用具一式をもってこいとは、どういうことなのだろうか? 聞きたいにも、恭平さんは腹を押さえて喋りたくなさそうにしている。いつまで、そうしているんだと問いたいほどに。
「よ、よし行こうやないか…」
苦しそうな声が、俺と龍之介の背後から聞こえてきた。どうやら、もう喋れるようにはなったらしい。
ゆっくりと歩く恭平さんの後ろを俺達はついていった。
「すんません…」
ある施設に入ると、恭平さんは受付のおじさんに話しかけた。すると、どんどん話は進んでいき、あっという間に誓約書まで持ち込んでいく。さすがは苦しんでいるとはいえ、龍之介の執事だ。
「よ、よし…悠はこれ、龍之介はこっちを頼む」
少し、さっきよりかはマシな話し方になっている恭平さんの言うことを、キャンプに何も知らない俺は従うだけだった。
全てを運び終わり、ベンチで30分ほど待っていると、未来たちが姿を現した。
「おっまったせ!!」
そう言ったのは、もちろん果歩。恭平さんはその声で、すっかりと元気になったのか、ベンチに寝かせていた体をすくっと起き上がらせた。
愛の力は絶大と恋愛マスターに書いてあったが、本当にそうのようだ。まぁ、恭平さんがこうなったのは、果歩のせいなのだが。
「よっしゃ、準備に取り掛かるか!」
恭平さんはそう言って、タオルを頭にグルッと巻きつけた。
「悠、龍之介! 薪を持ってきてくれへんか? 俺は鉄板の準備とかしとくから」
「薪って…薪ですよね?」
「は? 他に何があるっちゅうねん!」
盛大なツッコミを恭平さんから受けたが、薪というのは俺の知識によると、燃料になるものだ。たとえば、木を電動ノコギリで切り落とし、その丸太をさらに細かくしたもの。
…その作業を、俺と龍之介にしろと言うのか!?
俺は困惑しながらも、龍之介の後についていった。どうやら、龍之介はこういう行事を少なくとも一度はしたことあるようだ。だって、俺の知らないことを知っているから。
「これ」
そう言って俺に渡したのは、小さくなった丸太…というか木だ。
「これ?」
「そう」
そこは、少し離れた場所にある、前後ろに壁がない木を置く場所のようだ。どうやら、ここから火につけるための燃料を持っていってもいいらしい。
「泥棒…じゃないよな?」
俺の問いに、龍之介は間髪をいれず頷いた。そして、俺達は薪を一人5本ずつぐらい持って恭平さんの下へと戻る。
「これでいいですか?」
「おぉ、十分や!」
ニシシと笑いながら、ありがとなと恭平さんは呟いた。その後の恭平さんの動きに、俺達一同驚きを隠せなかった。食材をきるところから、全てを焼くところまで、何もかもを恭平さんがしたのだ。
女達には手伝わんくてもいいで! と言って席に座らせ、俺達にはもう用無いから、お姉さん達と楽しく喋って来いやと言ってきた。
「よし、食べるか!!」
恭平さんが作った焼きそばが、そこには美味しそうに並べられていた。
「きょ、恭平すごいんだね…」
果歩は驚きのあまり、目を見開いていた。
「何や、ずっと一緒に居たのに、今更気付いたんか?」
軽く笑いながら、恭平さんはいただきますと言って、ご飯に手を伸ばした。
俺達もそれに続き、ご飯にありつく。そのご飯の味は、多分一生忘れることはないのだろう。美味しかった。ただ、それだけではない。本当に楽しかったのだ。
「どうや、美味しいやろ?」
恭平さんが皆に意見を求めると、皆はいっせいに頷いた。あのちゃらけた恭平さんに、こんな才能があるだなんて考えられたのは俺と龍之介ぐらいだろう。だって、恭平さんが執事と知っているのは、俺達だけなのだから。
…そういえば、恭平さんは果歩に、職種は執事という事を言っているのだろうか? それも、龍之介の側近ということを。
「恭平さん…」
果歩や、未来、美智子たちが洗い物をしているとき、俺は疑問に思ったこの質問を投げかけた。
「何や?」
「果歩さんは、恭平さんが執事だと言う事を知っているんですか?」
俺のその質問に、恭平さんは表情を固まらせた。
「え、何やいきなり…」
動揺を隠しきれていない。どうやら、果歩には言っていないようだ。
「ただ、知りたかっただけなんです」
俺は自分の好奇心を恭平さんにアピールすると、観念したのか真実を話し始めた。
「大学生って言ってるねん」
あはは、と笑いながら恭平さんの目は果歩の方へと行った。
「俺の職種は、ちょい特殊やろ? あ、洒落と違うで? 執事…なんて、ちょっと言えへんくてな…。別にやらしい仕事でもないのに、なんでやろ。昔から抵抗はあるねん」
恭平さんの悲しそうな目を俺は久しぶりに見た気がした。
「それに、あんまり都合の取れへん仕事やろ? 余計に言いにくてな。しかも龍之介の。あ、これは変な意味とちゃうで? …果歩にもいつかはいわなあかへんことは、知ってるんやけどな」
そういうと、恭平さんは俯いてしまった。
「恭平さん…」
そして、俺は恭平さんの言葉に胸を打たれた気がした。今の俺の状況と同じなのだから。いつかは言わなくてはいけないこの嘘を、抱え込んでいる辛さは俺もよく知っている。
「恭平さんは大丈夫です」
そう言うしか、今の俺には出来なかった。