#32 俺を信じて
「あはは!!」
笑い止ることを知らない恭平さんは、大声をあげて笑っていた。
「も、やめて…」
俺の隣に座っている未来は、恥ずかしさのあまり俯いて顔をあげようとしない。
未来の怖い話を聞いていた俺達は、正直本当に恐怖を感じた。俺もここまで冷や汗を流したのは初めてかもしれないというほどに。
だけど、今恭平さんは笑っている。それもそのはず、未来は一番盛り上がるところでかんでしまったのだ。その後も、カミカミ状態。途中で恭平さんが笑い出して話は終わってしまった。
「ほ、ほんまごめんな! わ…笑いが…」
そして、また恭平さんは笑い出す。
「もう、恭平さん。笑うのやめてあげてくださいよ」
俺は恭平さんに頼み込んだが、了承したのは口だけで笑うのをやめようとはしない。恭平さんいわく、止まらないそうだ。どこがそんなに面白いのか俺には分からないが、恭平さんのツボにはまったらしい。
「未来、気にすることないからな?」
俺がそういうと、未来は俯きながら少しだけ首を縦にふった。
それから数分、恭平さんもやっと落ち着いたのか、笑うことも無くなった。そのころには未来も元気を取り戻していて、果歩たちと一緒に話していた。俺は龍之介とのんびりその光景を見ているだけ。これじゃあ、学校にいるときと何も変わらない気がするが。
そして時間が経ち、魔の時間は俺の元へとやってきた。
就寝時間だ。
恭平さんは、このままこの部屋で泊まればいいじゃんかぁ! と言っていたが、そこは果歩が却下。
そして、自然とみんなの足並みは各自の部屋へと向かっていく。
「…まぁ、ベタっちゃぁベタだよな」
俺はそう呟いた。部屋につくと、二つの布団が引っ付いて置かれているのだもの。いつの間に、宿谷の人が俺達の寝所をセットしてくれたのかは分からないが、この状況は昔からドラマや漫画でよくあるパターンだ。
「ほ、ほら! こうすれば大丈夫だよ!」
未来は俺に気をつかってか、引っ付いている布団をズリズリと離した。正直、俺は引っ付いていたほうが嬉しいのだが、理性が持つかどうか怪しい。そこが欠点だ。
「あ、うん」
俺は戸惑いつつも、布団のほうへと足を運ぶ。
「今日はもう寝ようか」
そう言うと、未来は軽くうなずき布団の中へと入っていった。俺もそれに続いて、自分の布団の中へと入っていく。それにしても、同じ部屋で好きな人が隣に寝ていると思うと、男の性なのか少し興奮してしまうところがあった。
「な、なぁ!」
俺はこの緊張をほぐすために、未来へと話しかける。
「なにぃ?」
未来はもう何も気にしていないような声で俺に返事をした。
「今日、楽しかったな」
「うん」
そして、その会話も二言で終わり、俺達の間には再び沈黙が流れた。昔から話す事を得意としない俺は、長話というものが苦手なのだ。特に話題を考えることについては。
何かしなくてはいけない、何か話さなくちゃいけない。
俺は理性を抑えるため、未来のほうに背を向けていた体を、そっと反転させた。
「未来」
俺がそっと名前を呼ぶと、向こう側を向いていた未来も恐る恐るこっちを見てくる。
「なにぃ?」
さっきとは少し違った上ずった声。
「一緒に寝ようか」
俺は冗談交じりでそういうと、未来は黙ってしまった。やっちまったかと思った時、俺の耳が、小さい未来の声を捉えた。
――――うん。
まさかそんな返答が来るとは思っていなかった俺は少し動転しながらも、未来のほうへと布団を寄せていく。何もしない。何もしないと自分に言い聞かせながら、俺は未来の隣へとついた。
「大丈夫、大丈夫」
俺は自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。それが未来に聞こえていたのか、ぷっと笑う声が聞こえてくる。
「そんなに気にしなくてもいいよ」
笑い声交じりの未来の声。俺はその声で少し、ドキドキしていた心を少し落ち着かせることに成功した。
そんな安堵もつかの間、未来の温かい手が俺の手にそっと触れた。
「手、つなごっか?」
子供に言うかのように言われた俺は恥ずかしくなって顔を背ける。今の未来は小悪魔に見えてきた。
「悠?」
一方的に話す未来の声は、どこか優しい音を奏でている。その声は俺の心を安らかにしてくれた。
「私ね、悠の優しいところ大好きなんだよぉ」
ギュッと手を握るのが強くなった。
「ほら、怖い話をするとき、私の緊張をほぐすために、手を握ってくれたでしょ? 本当に嬉しかったんだよ。まぁ、最後は失敗しちゃったんだけどね」
あはは、と笑いながら未来は俺の顔を見てくれた。それと同時に、俺の中にひとつの疑問が浮かんできた。
俺は、こんな幸せを味わっていい人なのだろうか?
未来を騙しているのに、この笑顔を俺のものにしてもいいのだろうか?
「未来」
俺はそっと未来の背中に手を回した。未来の体が少し硬くなったのが分かる。
「何もしないから大丈夫だよ」
俺はニッコリと笑うと、未来も安心したのか体の力は抜けていった。
「聞いて」
俺は未来の耳元に口を持っていくと、小さな声で話し始めた。
「…俺を信じて」
不思議に思ったのか、未来は何かあったの? と問いを投げ返してきた。
「何があっても俺は未来が好きだから」
俺はその問いを無視するかのように、言葉を放った。
「俺、未来が居ないと生きていけない」
けど、これ以上は何も言ってはいけない。今は、まだ早い。
「未来」
涙を堪えるかのように、俺は未来の名前を呼んだ。
「大好きだから」
未来を抱きしめる力が、知らぬ間に強くなっていた。
「ごめん、ごめんな…」
今まで言えなかった…いや、言ってはならないその言葉をそっと呟くと、未来は俺に何も聞かず、分かったと言って俺の背中に手を回し、そっと撫でてくれた。
「いいよ、無理しないで」
未来の優しい声は、俺の心の底まで届いて、再び安らぎが俺の元へとやってきた。
「私も大好きだからね」
そして未来は、少し俺の体を押しのけ、見つめてきた。
「ね?」
にこっと笑った未来の顔を、俺はもう忘れることは出来ないだろう。
俺は自然と未来の口元へ、手が伸びた。
「んっ」
親指で未来の唇を触った。未来の漏れる声、未来の笑顔、未来の全てが愛おしい。俺は手を頬へとずらし、顔を近づけた。
「未来」
俺は名前を呼び、キスをした。
罪悪感であふれるこの日々を、俺は耐え抜くことが出来るだろうか。
何もかも未来が知ったとき、俺は耐え抜くことが出来るだろうか。
そして、未来が居なくなったとき、
俺は生きることを耐え抜くことが…出来るだろうか。