#31 どこまでいったねん?
「なぁ、悠」
「はい?」
「未来ちゃんとどこまでいったねん?」
「はぁ!?」
俺は思わず砂場へと寝かしていた体を起き上がらせる。
今、俺と恭平さんは泳ぎ疲れたこの体を、パラソルの下で癒していたところだ。龍之介は最初から泳ぎに行っていないため、俺達の横で本をずっと読んでいて、海辺にいる元気な女子三人組は、ビーチボールでバレーらしきものをしている。
「だ・か・ら、最後までいったんかって聞いてるんや」
悪魔の笑みを浮かべながら俺にそう聞いてきた。
「ど、どこまでも進んでいませんよ」
キスさえも、あの付き合い始めた時が最後なのだ。それ以上が俺達にあるわけがない。
「まぁ、未来ちゃんも、悠もシャイそうやでな」
はぁ、とため息をつかれても、俺は今のままでいいと思っている。これ以上先に進んではいけない気がするからだ。
「そういう事にしておいてください」
俺は起き上がっている体を、再び砂場へと寝かせた。
「恭平さんは…」
どこまでいったんですか? と反撃してやろうと思ったのに、この人は俺がいい終わる前に答えた。
「最後まで行ったで。シャイな君達とは違うからなぁ!」
…そんな恥ずかしいことを堂々といえる恭平さんに拍手を送ってあげたい。
「まぁ、別に人それぞれペースがあるからな。気にすることはあらへん。むしろ急ぎすぎると、未来ちゃんも困っちゃうかもしれへんからな」
いつに無く真剣な顔で恭平さんは恋愛を語り始めた。
「は、い」
俺達のことを少しは考えてくれているみたいで、ちょっと嬉しかったりもする。だけど…俺達のこの関係は、恋愛といえるのだろうか。未来は俺のことを何も知らない。騙されていることさえも気づいていない。
それを恋愛といえるのだろうか。
「恭平!」
海辺のほうから、果歩の声が聞こえた。恭平さんと俺は、少し体を起き上がらせて、そっちへと目をむける。
「ほら、悠君もおいでよ!」
果歩の声は透き通るような声は、50mは離れているであろう俺達の耳まで届いた。
「ほな、行くか」
恭平さんはその場に立ち、砂を払い落とすと果歩たちの元へと走っていった。もちろん、俺はそんな事が出来るわけも無く、砂を払い落とすとゆっくりと歩いていく。
それから俺達は、一緒に泳いだり、ビーチバレーをしたり、笑い合っていた。本当に楽しかった。自分が未来を騙していることさえ、少し忘れそうになるぐらい。
そんな遊びは日が暮れると、する気力も無くなって、俺達は宿谷へと戻っていた。その後はお風呂、ご飯を済ませ、各自自分達の部屋へと足を運ばせた。当然のごとく、俺と未来は同じ部屋。ぐったり地面に倒れた俺のそばで、未来は今日あったこと、楽しかったことを喋ってくれていた。
「未来ぅ」
うつ伏せになりながら、少し背をそって言葉を発したからだろうか、少し甘い声になってしまった。
「なぁに?」
未来はそんな俺に合わせるかのような口調になっている。
「づがれだぁ…」
濁音つきでそういうと、未来は、あははと笑っておつかれさまと言ってくれた。もう一度未来の名前を呼び、俺は未来に触れるぐらいの距離まで寄った。
「未来?」
こういう所に来ているからだと思う。俺は自然と未来に好きだと呟いた。
「わ、私も好きだよ」
未来はいつも言わないその言葉を、照れながら言ってくれた。久しぶりにその言葉を聞いた俺は、心の底から何かは分からない物がこみ上げてきた。
「み、く」
俺は未来の手をとると、体を少し起き上がらせた。未来はそんな俺の顔をしっかりと見ている。自然と、俺達の顔は近寄っていった。
―――――ドンッ!
凄まじい音を出して、俺達がいる部屋のドアが開いた。
「な、何!?」
俺と未来は驚いて、ばっと距離をとる。
「未来ぅ! 悠君!」
そう言ってきたのは少し酔っ払った様子の果歩だった。
「ど、どうしたの果歩!?」
未来はあたふたしながら、果歩のそばへと近寄っていく。
「もしかしてお邪魔だったぁ? よかったら皆で何か怖い話でもしようかなぁって思ったんだけどぉ、お邪魔なら仕方ないねぇ」
ニシシ、と恭平さんの笑い方を真似するかのような笑い方で俺達にそう言い放った。もちろん、俺達は二人揃って思いっきり否定したのだけれども。
「じゃあ、おいで!」
果歩はそう言って、自分の部屋へと戻っていった。話に聞くところだと、果歩達の部屋がこの三部屋の中で一番大きいらしい。
俺達は少し身なりを整えなおすと、果歩たちが待つ部屋へと向かった。
「やっと来たかぁ!」
部屋へ踏み入れると、恭平さんや龍之介たちも居た。部屋の中心部分にロウソクを置いて、それを囲むように円になって皆座っている。
「なんで、こんな座り方なんですか?」
俺は苦笑いしながらも、果歩たちに聞くと、どうやらこの座り方が定番らしい。俺に過去経験は無いから、そういうことさえも知らなかった。
「こんな風に怖い話をしようとか言い出すのって、どれぐらい久しぶりだろうね?」
美智子はワクワクした表情で、果歩と話していた。俺達は空いている場所に座ったのだが、いまだに始まる気配は無い。
俺は隣に座っている未来に、これからすることの大体の内容を教えてもらった。部屋の明かりを消し、ロウソクに火を灯したら、一人ずつ怖い話をするらしい。
怖い話を出来るような体験は俺には無い。だから話す内容も無いのだ。どうしよう、と未来に相談しようとしたとき、美智子が今まで明るかった部屋を闇へとかえた。その電気が消えると、さっきまで少しはしゃいでいた恭平さんまでもが静かになった。
果歩がロウソクに火をつけると、じゃあ私から行くね。と言って果歩は話し始めた。
その話は、ある県の山奥での話らしい。4人家族がお婆ちゃんの住んでいる山小屋を訪ねてみると、そこには誰もいないのだそうだ。夜も遅いということで、仕方なくその小屋で一夜を過ごそうとしたある家族は、ある異変に気付く。少しずつ物の位置が変わっていっているというのだ。包丁を使っていないのに、いつの間にか流し台の中にあるとか、おばあちゃんの寝床だった部屋に電気がいつの間にか点いていたとか。
そんな内容の怖い話を果歩は話していた。それにしても、果歩の話し方は上手い。あまり怖いものとかには怖気つかない俺も、少し背中に冷や汗を流してしまった。隣に座っている未来と言ったら、もう泣きそうな顔で俺の服の袖を引っ張っている。
時計回りに回るらしく、次は美智子の順番らしい。未来は果歩の右隣に座っているということは、結果的に最後ということだ。
美智子の話も終わって、龍之介、恭平さんと回ってきた。次は俺の番だ。
ドキドキしながら、俺は少し前にキヨ爺から聞いた話を思い出す。確か夜の道路での話だった気がする。
「次は、悠君の番ね」
もはや司会役となった果歩にそういわれ、俺はゆっくりと口を開いた。
「俺の知り合いから聞いた話なんですけど…」
そういい始めると、みんなは俺のほうを注目し始めた。隣の未来はずっと俺の裾を引っ張っている。
「○○県の夜の道路には、必ずヒッチハイクのお化けが出るらしいんです」
「ヒ、ヒッチハイク?」
恭平さんのその言葉に俺は相槌を打つと、話を進めた。
「俺の知り合いの男性が、その道路を走っていると、後ろのほうに何かいる気配がしたらしいんです。そして恐る恐るバックミラーで確認してみると、誰も乗っていないはずの後部座席に、顔を伏せてびしょ濡れの女の人が座っていたそうなんですよ」
俺がそういうと、恭平さんはびくっと体を動かした。
「その男性は、後ろを振り返るのが怖くて、そのまま運転していたらしいんです。だけど、そのままじゃ駄目だと思った男性は、もう一度バックミラーで後部座席を確認すると、誰も座っていなかったんです」
俺がそこまで言うと、みんなほっと息を吐いたのが分かった。しかし、話はここから始まる。
「だけど! だけどですね、よく気配をたどってみると、なんと…助手席へと移動していたというんです」
そういうと、俺の左に座っている未来の俺の服を掴む力が強くなった。
「そして言われるんですよ。『地獄山までお願いします…』って…」
静かにそういうと、周りの空気が凍るような感じを俺は味わった。
「それに答えてしまったら最後。そこの地元の人の話では、もう向こうの世界へと連れられていくらしいんです。そして、その知り合いは答えちゃったんですよ。その質問に…」
みんなの俺を見る視線がよりいっそう強くなった。
「『そんな地名ありましたっけ?』と…」
俺は軽くそう言い放った。
「は?」
恭平さんは意表を疲れたのか、軽く裏返った声で俺の顔を見てそう言った。
「まぁ、何も無かったらしいんですよ。何かあったら、この話は聞けていなかったですしね。そのまま無事に家に帰ったそうです」
俺は軽く微笑みながらそういうと、軽く笑い声が聞こえてきた。隣の未来は笑ってはいなかったが。多分、自分のことで精一杯なのであろう。
この後聞ける、未来の話に俺は胸を高鳴らせ、闇に乗じて未来の手をそっと握った。
誤字脱字の多さ、本当に申し訳ございません。
ただいま、推敲、修正のため少しずつですが、小説を読み返しております。
もしかすると、更新時間も遅くなってしまう可能性が出てきますので、そのへんはご了承ください。
本当に申し訳ございません。