#30 悠の…馬鹿ぁ!!
あの俺の叫び声を聞きつけて、恭平さんと龍之介以外の3人もこの部屋に集まってきた。
「ど、どうしたの!?」
一番に声をあげて部屋に入ってきたのは果歩だった。未来はというと、一番後ろでモジモジしている。そりゃ、俺達は一緒に夜を過ごしたこと…はあるけれども! あれは、事情が違う。あの時は抱きしめていたら、知らぬ間に時間がたってしまって、一緒に夜を過ごしたという感覚にはなれなかった。今回は、そのときと違って心構えをしなきゃいけない。故意で一緒の部屋で夜を過ごすのだ。
「いやぁ、悠がいきなり怒鳴り込んできただけや」
ニシシと笑う、反省する色を見せない恭平さんに俺は少しだけ呆れた。
果歩は、未来の顔をじっと見て「あ〜」と呟く。
「そういうことねぇ」
「そういうことや」
果歩と恭平さんには何か通じるものがあるらしい。あの会話だけで全てがわかったようだ。
「そういうこと…じゃないですよ」
「まぁ、別にいいじゃない! 付き合っているんだから」
果歩も恭平さんのようにニシシと笑いながら、俺の肩をポンポンと二回叩いた。もう、この人たちに何を言っても無駄だ。
「…わかりましたよ」
俺は諦めてそう呟くと、自分の部屋の玄関に放置してある鞄を整頓するために戻った。そのとき、恭平さんと果歩に何か言われていたが気にしない。
「まぁ、うん。俺は大丈夫だから」
一緒に部屋へと戻った未来に俺は呟く。恋愛完全マスターによると、好きな男性と過ごす初めての夜は怖い。なので、男性の方は焦らずゆっくり相手を見ながら、事を進めましょう。と書かれていた。
未来は天然だから、正直怖がっているのかはどうかは知らないが、とりあえず何もしなければ大丈夫だろう。
「う、うん」
鞄に目をむけながら、未来はそう返事をした。それにしても、未来は何故かさっきからこっちを向こうとしない。どうしたものだろうか。
「み〜く!」
俺はぴょんっと跳ねて、未来の隣へとつく。
「どうした?」
少し頬が赤い気がする。もしかして風邪か? 旅行前になると、かならず風邪を引く人とかよく聞くからな。
「熱?」
俺はそう言って、未来の額へと手を伸ばしたが、なぜか未来はそれさえも避けてしまう。もしかして、本当に風邪なんかじゃないのか?
「未来」
俺は名前を呼ぶと、未来の顔を両手で無理やり俺のほうを向かせ、俺の額と未来の額を合わせるように、顔を近づけた。
「ちょ、悠…」
そして、額をあわせる。
「別に、熱ないじゃん」
「…へ?」
俺はそっと額を離すと、未来の顔をそっと覗いた。
「大丈夫か?」
「え、あ…う…」
未来が俯いてしまった。どうしたんだよ。
「悠の…馬鹿ぁ!!」
そう言ったまま、未来は部屋を飛び出していってしまった。って、俺は何か悪いことをしたか? ただ風邪か心配になっただけなのに。
「おい、未来!」
俺はすぐさま立ち上がって、未来の後を追った。
その後、未来に追いついた俺は理由を問いただした。まぁ、結果から言うと何も教えてくれなかったわけだ。
「なんだ、痴話喧嘩ぁ?」
俺達が廊下で話し合っていると、そこに美智子がやってきた。美智子に告白されて以来、俺は美智子を正直避けてきた。未来だってそうだろう。出来るだけ、俺と未来が一緒に居るところを見られないように気をつけてきたはずだ。その証拠に、今未来の顔はどこか悪そうな顔をしている。
「私のおかげで付き合えたんだから、そんなすぐに別れないでよね!」
でも、どうやら美智子はそのことなんて全く気にしていないようだ。
「え、あ、うん」
未来は作った笑顔を美智子に向けた。正直、別れるつもりは微塵も無い。
「じゃあ、先に行っているからね〜」
美智子が手をフリフリしながら、俺達に背を向けた。って、え? 先に行くって…どこに?
俺達は意味も分からず、その場に立ち尽くしているだけだった。
「お前等遅いねん!!」
「す、すみません・・・」
そして、あの美智子の発言から、ここまでたどり着くまでに30分かかった。
あれから部屋に戻った俺達は、美智子がどこに発言の意味を二人で考えていた。俺達はこれからのスケジュールを一切聞かされていない。
数分後、恭平さんから思わぬメールが届く。
『お前等今どこにいるねん? 早く浜辺こんかぁ!!』
…浜辺?
俺は疑問に思い、未来にメールの内容を伝えてみると、俺と同じ反応を見せた。
とりあえず、恭平さんに言われたとおり、俺達二人は浜辺に向かったのだ。
それからが大変だった。
浜辺についたら、上半身裸の龍之介と恭平さんがいるし、ビキニ姿の果歩や美智子もいる。つまり、泳ぎにきているのだと、俺達はこのとき気付いたのだ。
恭平さんに軽く怒鳴られ、水着を取りに戻って、もう一度浜辺に戻ってきたらこの有様だ。
「はぁ、まぁいいや。それよりも早くみんなで遊んでハッスルしようや!!」
そう言って、子供みたいに恭平さんは海へ向かって走り出した。それに続いて、果歩と美智子も走り出す。俺と未来と龍之介はというと、近くにあの人たちが立てたであろうパラソルの下で腰を下ろした。
「…眩しいねぇ」
俺がそう呟くと、未来は何も言わず首を縦に振るだけだった。
「まだ、怒ってる?」
何で怒られたのかはさっぱり分からないが、あの状況からすると俺が悪いのだろう。
「べ、別に…怒ってないし」
そう言いながらも、俺の顔を見ようとはしない。やっぱり、怒っているじゃないか。
「み〜くっ!」
俺は未来との距離を縮めた。未来は驚いた顔をしているけど、気にしない。
「俺、未来のこと好きだよ」
そっと耳元で呟くと、未来は顔を真っ赤にして俯いてしまった。本当に可愛いんだから。
俺がニコニコしていると、向こうのほうから果歩の声が聞こえてきた。何を言っているかは分からないが、手を振っているところ見ると、来いということだろう。
俺と未来は顔を見合した。何故かそのとき笑みがこぼれてきて、二人で声を出して少し笑う。
俺は龍之介を呼び、果歩の下へと足を運ばせようとした。
「悠、待ってよ!」
日焼け止めを急いで塗っている未来を見て、俺はもう一度微笑む。そんな俺を見て未来は頬を膨らませた。
「もう、ちょっとは手伝ってよぉ」
涙目になりながら俺に訴えてくる未来の表情は、愛おしすぎた。龍之介に先に行ってと言うと、龍之介は無言でうなずき、果歩達の下へと向かっていく。
俺は龍之介とは反対の方向に足を運び、未来のところへと歩み寄った。
「ほれ」
俺は未来が手に持っている日焼け止めを手に取り、背中を向けさせた。それからはご想像にお任せするとしよう。
俺の頬がにやけていたのは、言うまでもなさそうだ。