#02 …ひとつ、言う
金曜日の夜、11時半。
ご飯も食べ終え、お風呂にも入り、のんびりとするこの時間に、ベッドの脇の机から、俺の好きな音楽が流れてきた。
簡単に言うと、携帯が鳴っているのだ。
俺は「はいはい」と呟きながら携帯へと手を伸ばす。
送信者の名前を見ると、ディスプレイには小泉 龍之介と記されていた。
携帯を片手でパカっと開きメールを開くと『日曜日、16時半、トドの銅像の前』と、表示されていた。
龍之介って、メールでもこういう単調な喋り方するんだよな。
そんな喋り方して疲れないのかな、なんて思ったのは数回のレベルじゃない。
俺は『了解』と龍之介の喋り方の真似をして、送り返してやった。
それにしても、16時半って微妙すぎるだろ。集まる時間にしては。
何があるんだろう。
そんな疑問を持ちながら、その日の夜は眠りについた。
時は立ち、俺は綺麗に晴れた空を眺めながら、駅前にあるトドの銅像の前で一人ぽつんと立っていた。
今の時刻は、16時。
実は、ベタな話なのだが、かれこれ俺は30分以上前からここにいる。つまり、集合時間の一時間前にはここにいたのだ。
「ねぇねぇ、お兄さん。今なにしてるのぉ? 暇なら私と遊ばない?」
「すみません。友達を待っているんですよ」
俺は適当に笑みを作り、化粧の濃い20代前半であろうお姉さんに言った。
ここに来て、30分ほどしか立っていないというのに、俺はすでに3人のお姉さんから声をかけられている。だから、素の姿は好きじゃないんだ。
「お友達? じゃあ、お友達と一緒でいいから、お姉さんと遊ぼっ♪」
お前が、音符をつけても可愛くねぇんだよ!! なんて言ってやりたいが、そんなことを言ったら面倒なことになるのは目に見えている。
「ごめんね、友達彼女も連れてくるんだ」
「じゃあ、Wデートでいいじゃない?」
…しつこいなぁ。
俺が「しつこいよ」と口に出して言おうとしたとき、隣から聞きなれた声が俺の耳を捉えた。
「…邪魔?」
「りゅ、龍之介」
いつ来たか分からないが、俺の隣でちょこんと立っている龍之介を見てみると、センス抜群の服を着ている。
そういえば、私服の龍之介を見るのは、これが二回目だ。
だけど、そのときは眼鏡をかけて、少し髪の毛がボサボサしていた。今はというと、眼鏡をはずして、髪の毛をビシッと決めてきている。そんな龍之介を見るのは、これが初めてだ。
一つ言っておく。この龍之介を見ると、世界で一番カッコイイの一言で全てが片付けられそうだ。
ちなみに、龍之介が俺の素の姿を見るのはこれが二回目だ。一回目は俺が隣に立っているのに、俺ということに全く気づかなかった龍之介に、腹を抱えて笑った覚えがある。
それにしても、この場にこんなカッコイイ龍之介がやってきたら、あのケバイ女が食いついてくるに決まっている。ややこしいことになりそうだ。
「お、お兄さんのお友達?」
ほら、食いついてきた。
「二人ともお姉さんと遊ぼうよ! もう一人、ものすごく可愛い女の子を誘ってあげるからさ!」
その女が、目をピカピカ光らせながら友達を呼ぶのであろう、携帯を手に取ったときだ。俺の近くから、罵倒がとんだ。
「女、うざい。立ち去れ」
そういったのは俺じゃない。
「な、何よ!!」
「う・ざ・いって言っているんだ。お前は日本語もわからないのか? Shall I speak in English?」
「ち、ちょっとカッコイイからって調子に乗ってるんじゃないわよ!」
そういいながら、携帯を片手に女はどこかへ立ち去ってしまった。
「りゅ、龍之介?」
「…何?」
そう、啖呵を切ったのは龍之介だった。
「いあ、何も…」
俺は、何故か何も龍之介に聞けなかった。
とにかく、あんな龍之介を見るのは初めてだったし、龍之介が単語ごとに区切らなくても、喋ることができることにも驚いた。
驚く場所が、少し違う気がするけど、気にしないでほしい。
そして、あの罵倒を浴びせた龍之介に何を話していいのか分からないまま数分間、沈黙が俺達の間に流れた。
「き、今日は何かあるのか?」
俺はこの嫌な沈黙に負け、龍之介に質問をしてしまった。
まぁ、この質問は妥当だと思う。トドの銅像の前に俺達は揃ったというのに、龍之介は動こうとはしないからだ。
「…ひとつ、言う」
「…なに?」
「ごめん」
…いったいどうしたものか。あの龍之介が、俺に対して謝るなんて。
もしかすると、今日は何か変なものが空から降ってくるかもしれない。
そう思って、俺が上を向いたときだった。
唐突に龍之介は「来た」と呟いた。
「な、何が?」
俺がそう聞くと、龍之介は無言で手を垂直に上げ、ある人物を指差した。
「やっほ、龍之介! 約束のイケメン君は連れてきたのか?」
そう言ってきたのは、笑顔がとっても似合う、いまどきのお兄さん。チラッと見ただけで判断すると、俺達よりかは年上のようだ。
「…これ」
今度は俺を指差す龍之介。
その笑顔が似合うお兄さんは俺のとこまで来て、手を前へと出してきた。俺はその手を取り、握手をする。
「俺は龍之介の先輩で、大山 恭平って言うや。よろしくな」
「紺野 大将です。よろしくおねがいします」
俺は失礼がないように、丁寧に頭を下げた。
「そんな堅苦しくせんでもええで! もっと楽に行こうや」
「あ、はい」
…関西弁だ。
龍之介の先輩って言っていたけど、龍之介はいったいどこに住んでいたのだろう。
恭平さんは関西弁使っているから、関西にいたのか?
…とにかく、謎だ。
去年、ずっと一緒に居たというのに、本当は龍之介のことを全く知らないかもしれない。これは、友達として悲しいことだな。
「んじゃ、いくで!」
そう言って、龍之介の先輩…恭平さんは先頭をきって歩き出した。