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#27 応援していますよ

「どう…なの?」


俺は緊張しながら、その質問の答えを待った。


「悠が生徒だったら、私は…」


やっと口を開いた未来の言葉はとても遅くて、迷っている感じが見て取れる。


「私は、好きになっていないと…思う」


「……」


その言葉に俺は、何も言い返せなくなっていた。さっきまで考えていたことが、完全に否定されたのだ。


―――言うか、そのまま去るか。


前者は完全に、未来の理論の前で否定された。


「教師という職に私は誇りを持っているから…」


言葉に詰まりながらも、未来は俺にそう言ってきた。今、未来の顔はどうなっているのだろう? 未来のことだから、俺を好きにならないといって、とても悲しんだ顔をしているにちがいない。


「…っすが」


「え?」


「さすが未来だよな! 俺はそういう未来大好きだ」


ニシシと笑いを混じりながらそういうと、未来の声にも元気が戻ってきた。俺のこの悲しみの感情は抑え切れていないかもしれない。だけど、未来が悲しい顔をすると、俺の心はもっと痛んでいく。


なら、俺が我慢すればいい。


それから俺と未来は他愛もない話をして、電話を切った。すると、無性に悲しみがこみ上げてきて、また泣きそうになった。


「駄目だ。我慢、我慢」


俺はそういいながらベッドを降りて、キヨ爺の下へと向かった。



「遅れてごめん」


リビングに着くと、キヨ爺が用意してくれたご飯が準備されていた。そこには、母親の姿も、父親の姿も無い。


キヨ爺と、少々のお手伝いさんだけ。


「ご飯の準備が出来ております」


キヨ爺はそう言って、俺のために椅子を引いてくれた。


「ありがとう」


俺はそういうと、その椅子に腰をかける。


「あのさ、キヨ爺…」


俺は思いきって口を開いた。しかし、その言葉はキヨ爺のせいで途切れることになる。


「野原さん、天野さん、少し席を外してくれますか?」


キヨ爺がそういうと、二人そろって肯定の返事をした。


「キヨ爺…」


キヨ爺は、これから俺が大事な話をするのを分かっているようだ。さすがは、年の功というべきか。


「どうしました?」


いつもの笑顔で俺の顔を覗き込んでくる。


「あの…さ、俺に彼女居ることってもう、親父に聞いたよな?」


「はい」


やっぱりか。


「私は、応援していますよ」


思ってもいなかった言葉だった。だって、恋愛を応援する=勉強が疎かになるかもしれない。という考えを誰だって持っているはずだ。


現に、恋は盲目という言葉もあるのだし。


「応援、してくれるの?」


だけど、その現実的な発想を覆すように、キヨ爺が応援してくれたことがとてもうれしくて、俺の右目は涙をこぼした。


「もちろんでございます」


ニコッと笑うキヨ爺の胸に、俺は恥ずかしながらも飛び込んだ。


正直、不安だったんだ。


キヨ爺に『許しません』といわれたら、俺の居場所…いや、全てを失ってしまいそうだったから。


「キヨ爺…」


これ以上泣くところは、もうキヨ爺には見せられない。俺は顔をあげて、にっこりと笑みを見せた。


恋愛話を含めながらも、食事を終えた俺は部屋へと戻った。


キヨ爺と少し話してわかったことが一つ。


今を楽しめ、過去を見るな、未来みらいを確かめるな。


キヨ爺いわく未来みらいは、多少“予測”しなくてはいけないが、それに捕らわれていてはいけないらしい。


確か、恋愛完全マスターにも似たようなことが書いてあったはずだ。さすがはキヨ爺。全国出版の本と同じことを思っているなんて。


俺は机の中から恋愛完全マスターを取り出し、ベッドに寝転びながら読み始めた。


「女性が喜ぶこと…」


いつも悲しい思いをさせている未来を楽しませてあげようと俺は思ったのだ。少しの罪滅ぼしと思ってもらってもかまわない。


ただ、未来の笑顔をもっと見たいのだ。


「えっと、女性に『何がしたい?』と聞くのはあまりよろしくない。大体の女性は男にエスコートされるのがいいらしい」


らしい。かよって突っ込みを入れたくなったが、まぁここはよしとしよう。


「俺が…エスコートか」


そういえば、今まであまりエスコート的なものをしたことが無かった気がする。いつも遊びに誘ってくれるのは向こうからだし、俺から誘ったとしても、特に計画性がないため、最終的には未来に頼ってしまっている。


「俺って、男として駄目なんじゃないのか?」


元々、計画を立てることが苦手な俺にとって、エスコートというのは非常に難しいことだと思った。その日に何々をするとか、全部自分で決めるなんて不可能に近い。


だって、もし未来が嫌がったら? いや、未来は優しいから『嫌』とは言わないが、内心好きじゃないことを未来にさせてしまったらどうする?


やっぱりここは、二人で決めるのが無難じゃないのか?


そう思ってページを一枚めくると、俺の心を全て読みすかしたかのような言葉が書いてあった。


相手が嫌と思うことをさせてしまうのではないか、と思う輩も居るかもしれないが、それは勘違いだ。女性は好きな男性にエスコートされて嫌だと思うことは無い。一緒に居ることが全てなのだから。


…はい、分かりましたよ。


俺はひとつ大きなため息をついた。






そして、悪魔の時間であるテストは終わっていた。今日、この日まで、一番最後に遊んだ先週の土曜日からは悠の姿で未来とは会わずにいた。


確かに、未来と会うのは大事なことなのだが、それよりもこの日本に残ることが何よりも先決なのだ。正直、何度会いに行こうかと思ったことか。だけど、毎日電話をやり取りして、その気持ちを落ち着かせていた。


未来も、テストの準備などで忙しくて、あまり会えないらしい。教師って、見た目はあまり忙しそうに見えないのだが、本当は彼氏にかまっている時間が限られているようだ。


それにしても、最終日に行った現代文のテストの内容が、俺に罪悪感を再び沸かせたのであった。


「大将」


少し落ち込んでいる俺の前の席で、龍之介は心配そうに俺の顔を見た。


テストの時期だけは、席の場所が出席番号順に戻ってしまう。


ということは、俺は龍之介の後ろになって、学校内で唯一の幸せだった先生姿の未来を間近で見る時間も少なくなった。


「何?」


「テスト…」


どうだった? と聞きたいのだろう。俺はニッコリ笑って「いつも…と同じかな」と答えた。


本当はそれどころじゃない。


全問と言っていいほど、答えがスラスラと頭の中に出来た。なんたって、未来の家で見たパソコンの内容と、ほぼ変わらない問題がそのまま出てきたのだから。あの時映し出されていた内容は、この問題用紙ほどの完成度は無かったが、問題の出る場所、出す記号などが全て記されていた。


それを写真でとって、ノートに書き写した俺が、いい点数をとれないわけが無い。


…そう、取れないわけが無いのだ。


「大将?」


「ん? どうした?」


「…なんでもな、い」


難しい顔をしていた俺を心配してくれたのだろうか。龍之介は俺をじっと見た後、そっぽを向いてしまった。


学校も放課後となり、帰る準備に取り掛かる人を俺はずっと眺めていた。今日は、龍之介と一緒に帰ろうという約束はしていない。


だから、俺は少しここで心を落ち着かせようと思ったのだ。


それが、裏目に出るとも知らずに。









昼ごろに終わった学校も、午後3時になると誰もいなくなっている。家に帰る気にもなれなかった俺は、何も考えようとはせずに、ずっと座っていた。


「帰ろう…」


そう言って、鞄に手をかけたとき、ドアの開く音が、教室に響き渡った。


「だい、すけ君?」


その声の持ち主は俺が一番愛している人のものだ。


「どうしたの?」


そして、今は会いたくなかった人物でもある。


「もう、誰も居ないかと思ったよぉ。大将君がいて先生ビックリしちゃった」


その純粋な笑顔を俺はまともに見ることが出来なかった。




「未来、先生…」


俺は少し離れた場所にいる、彼女の名前を呼んだ。


















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