#25 レンズの向こう側
「悠?」
その日の放課後、俺はどうしても未来に会いたくなって、未来を呼び出した。あの、公園に。
「よっ」
俺はベンチに腰掛けていた体を、立ち上がらせた。
「どうしたの? 急に会いたいなんて、珍しいじゃん」
未来は満面の笑みで、俺を傍へと寄ってくる。
「いや、なんか、その…そういう時もあるんだよ」
俺はテレながらそっぽを向いてそういうと、いつものお返しかのように、未来は俺の腕へと抱きつき「私はいつもだよ?」といいながら顔を覗き込んできた。
その行動が、俺にとってはとても恥ずかしくて、顔を赤くしたのは言うでもない。
「さて、どうしましょうか」
俺に抱きついていた腕をそっと離し、未来は両手を腰へと当て、仁王立ちのような格好になった。
「どうしようか」
いつもどおり、計画性のない俺は、呼んだのはいいが何をするかは決めていなかった。…いや、決めていたのだが、口には出せなかった。
「悠?」
ボーっとしていたのだろう。未来は少し離れた場所にいたのに、いつの間にか俺の目の前に立っていた。
「ん?」
「私の家行く?」
ただいまの時刻、夜の八時。そんな時間に女の人の家にあがるということは、色々と期待してもいいってことだよな?
「お、おう」
俺はそう返事をすると、俺の数歩前を歩く未来の隣について、そっと手を握った。それから、何を話すというわけでもなく、ただ未来の家へと向かった。
「何もないけど、ゆっくりしていってねぇ」
キッチンのほうから聞こえてくるその声に、俺の心はバクバクさせられる。
この前ここに来たときは、告白をしにきたときだったかな。あの時は、緊張しすぎて全く部屋の様子など覚えていなかったが、多少前より落ち着いている今の俺には刺激が強すぎる。
「よっこいしょ」
そう言って、腰を下ろす彼女を見て思わず噴出してしまった。そうだった、この前ここに来たときも、未来はそう言って座ったんだ。
「笑わないでよ!」
そっぽを向く彼女を慰めるように、俺は頭を撫でた。すると、機嫌が直ってきたのか、俺のほうをチラッと見た。
「…もう」
観念したのか、未来は目の前にあるパソコンに手をかけた。
「…仕事?」
パソコンを触る理由に、思わず最初に思いついたのはそれだった。その予想は、俺には当たってほしくないものだった。
だけど、現実は非情なもので、その俺の予想は当たってしまうことになる。
「そう、本当は持ち出しちゃいけないんだけどね。私の勤めている学校って、進学校ってこの前言ったでしょ?」
「あ、あの有名な、学校でしょ?」
「そうそう、私の頭じゃそんなテキパキ出来ないからね…。悪いとは思っているんだけど、家でテストを作ってるの」
―――最悪だった。
「そ…っか」
俺はなんて返事をしていいのか分からなかった。その前に、目を開けてもいいのかさえ、分からなくなっていた。
「難しいんだよ〜! 私だって、毎日のように勉強しているんだから」
そう言って頬を膨らます未来。その頬に俺はキスをしてやった。
「え、ちょ…」
俺からキスをするのは、今回が初めてなのかもしれない。だけど、今の俺の心には、恥ずかしさはなかった。ただ、罪悪感でいっぱいだったのだ。
「未来」
俺はその行動を中断させるかのように、ぎゅっと抱きしめた。
「な、何?」
いつもはこんなことをしない俺に戸惑っているのだろう。未来は顔を赤くして、俺のほうを見ようとはしない。
「……なんでもない」
「何よそれぇ!」
と笑いながら未来は振り向いた。
そして、時が止まる。俺は振り向いた未来の唇を奪った。
「好きだよ…」
今、この言葉を発していいのか迷ってしまった。だけど、俺の心は抑えられなかったが、欲望に負けてしまった。
その後はただ強く抱きしめた。
「悠?」
いつもと違う俺に気付いたのか、未来は逃げようとはせず、そっと俺の手を触れてくれた。
「大丈夫、私はここにいるよ」
未来、居てはいけないんだ。
俺の近くに居てはいけないんだ。
だけど、俺は…
「悠、好きだよ?」
そんな言葉を吐いては駄目だ。
俺は悪の者なのに、そんなこと言っては駄目なんだ。
「未来ぅ」
俺は未来の背中にぎゅっと顔を押し付けた。
「何かあったぁ?」
俺のことを気遣ってか、未来はいつもより高い声で俺に聞いてくる。
「俺…」
未来を騙しているんだ。そんなことは、口が裂けてもいえなかった。
それが悲しくて、ただ泣きたくなるばかりだ。
「…お腹減っちゃった」
この雰囲気に耐えられなかったのか、未来は俺の腕の中でそう呟いた。
「何か、食べに行く?」
「ううん、私が何か作ってあげるよ! “彼氏”のために!」
満面の笑みを浮かべる彼女の言葉は…俺の心にしみこんできた。
彼氏が
彼女に
嘘をついている。
俺からそっと離れ、キッチンへと向かう未来の後姿を俺はただ眺めているだけだった。
未来の鼻歌が聞こえてくる。
その歌は、俺の好きな部類に入る歌だった。
だけど、俺の耳はその曲を受け付けなくて、ただ、未来がこっちに来ないかだけ、それだけの為に耳を働かしていた。
パカッっと、音をたてて、目の前にあるスリープ状態のPCを起動させる。
起動音が聞こえると同時に、俺は目を瞑った。
…これは、未来と俺が一緒に居るために必要なことなんだ。
そう心に言い聞かせながら、俺は痛む心と向き合う。
理性よりも、いい点数を取りたいという欲望のために今、俺は動いている。
ごめん…
そう心の中で呟いて、そっと目を開いた。
そこには、テストの内容、範囲、問題の簡単な組み立てが成っていた。
俺はそのディスプレイにむかって、いつも所持しているカメラを向けた。
「ごめん…」
今度は声に出して未来に謝る。
これは、必要なことなんだ。俺がここにいるためには、俺が…未来と一緒にいるためには。
カシャっと、思ったよりも大きな音が未来の部屋に響き渡った。
そして、俺はPCを片手で閉じながら、未来にカメラを向ける。
「未来っ!!」
俺が呼ぶと、レンズの向こう側に居る未来は「何ぃ?」と言いながら振り向いた。
人差し指を下ろす。そしてもう一度、カシャっという音が鳴り響いた。
最近、暑いですね。強大な地震も来ましたし、
近辺にはお気をつけください。