#23 何もかも忘れるほどに
ここから、第二章の始まりです。
注意点があるとすれば、大将が『未来』と呼ぶことになったことでしょうか。
最後まで、お付き合いのほどお願いします。
「悠! 悠ってばぁ!!」
「ちょ、待って…まじ限界…」
今、遊園地へと来ている。
正式に付き合うことになった俺達は、お互いのことを呼び捨てで呼ぼうと決めた。いつまでも、さん付けでは他人行儀だからと俺が言い出したからだ。ただ単に、未来が俺の名前…まぁ偽名だが、呼び捨てをしてほしかったからである。その、なんだ、嬉しいだろ?
「それにしても、あんな乗り物よく乗れるよな?」
「ジェットコースターのこと? 面白いじゃない!」
俺はベンチに大きく手を広げて座りながら、未来にそう言った。
そして、俺が未来と付き合い始めてから2週間がたっていた。俺には勉強があるから、そんな頻繁には会えないが、こうして土曜日には一緒に遊ぶようにしている。
未来はどうやら、部活顧問を持っていないようだし、休日はフリーみたいだ。
「それにしても、悠が遊園地初めてとはね…」
そうなのだ。俺は今まで勉強勉強で、こういうところには来たことがなかった。中学校の修学旅行は『あんなもの、勉強のうちにも入らん!』と、親父に怒鳴られて行けなかったほどだ。
「あれも乗ろうよ!」
そう言ってぐいぐいと俺を引っ張る未来。そんな彼女を見るのは、本当に楽しいのだが…。
「ぎもぢわるぅ…」
ジェットコースターというものに、なんの耐性もない俺には、苦痛でしかなかった。
「大丈夫…?」
「だ、大丈夫…」
なわけあるか!!!
「けど、悠の弱っている姿はレアだね。いつも強がって、弱いところなんて見せてくれないし」
「それは未来の前だからで…」
と、気持ち悪さのせいか、ふと本音が漏れてしまった。ほら、未来だって戸惑ってしまっている。
この何週間で未来について色々知ることが出来た。そのうちのひとつが、こういう恥ずかしい言葉に弱いということだ。『好きだよ』なんて言うと、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。
「さ、さ、さぁ!! 次はあれに乗ろう!」
あたふたしながら言う彼女は、観覧車というものを指差していた。
「あれ?」
「そうそう」
足が震えるのが分かった。
「もしかして悠って、高所恐怖症?」
「ち、違う!」
いや、決して高いところは好きではないが、高所恐怖症というほどまで嫌いではない! 山の頂上に行けば綺麗な景色だと思うし。
「じゃあ、行こっ!」
ニコニコ笑いながら、未来は俺の腕を取って歩き出した。
この二週間、色々なことがあった。
恭平さんに報告をすれば、なぜかとても嬉しがって、おめでとうと言ってきたし、美智子からは泣きながら祝福された。龍之介といえば、何も言わずいつもどおりそばに居てくれる。
そんな彼らの接し方は非常に嬉しかった。
美智子と未来のわだかまりもとれとようだし。
「ねぇ、悠」
観覧車に乗って、数分。目の前に座っていた未来が、いつの間にか俺の隣に座っていた。
「どうした?」
俺は隣に座った未来の手をとり、ニッコリと笑った。
「あのね、あのね」
普段、学校では見られないような未来のその顔は、俺の心のどこかをくすぶっていた。
「私、悠に出会えて本当に良かったよ」
「…俺も未来に会えて本当に良かったよ」
未来のその言葉は、幸せすぎた。未来に会うまでそんなことも言われたことがなかったし、言おうとも思っていなかった。
その後未来は、学校の出来事、美智子や果歩のことを、楽しそうに話してくれた。
「あ、そういえば、この遊園地ってパレードがあるんだよね」
観覧車を降りて、ぶらぶらしていると、未来はそう言い出した。その顔は、いかにも行きたそうな顔をしている。どうやら、俺の言葉を待っているみたいだ。
「見に行く?」
俺がそういうと、未来はニッコリ笑って大きくうなずいた。
未来に手を取られ、先導されながら後ろをついていく。この状況が本当に幸せなのだ。失いたくない、そう思っていたのに。
そう、思えたときだったのに。
いきなり俺のポケットから電話が鳴り出した。
携帯を取り出してディスプレイを見ると、そこには一番見たくない人の名前が映し出されていた。
「電話?」
未来は携帯を片手に立ち止まっている俺の目の前に来て、顔を覗き込んできた。
「あ、うん」
今の俺の顔は、どういう風になっているんだろう? どんな風に未来に写っているのだろう。
「…誰?」
俺の表情から読み取ったのか、未来は俺に問いただしてきた。
「……」
「…女の人?」
「違う!」
「じゃあ、誰?」
俺はどうやって答えればいい? いや、ただ単にそこに載っている人の名前を言えばいいのだ。
…親父だと。
「お…」
なのに、俺の口はその言葉を言えなかった。
「…でないの?」
「…わりぃ」
俺は未来から少し離れ、鳴り止まない電話をとった。
「もしもし…」
未来に目をむけると、どうしたの? という目で俺をしっかりと見ている。
『大将、何をしている』
携帯向こう側からは、俺のどうしても聞きたくない声が聞こえてきた。
「関係ないだろ?」
…そんなことも言えず、俺はただ「すみません」と謝るだけだった。
内容は全く覚えていない。
ただ、勉強もしないで、遊園地で遊ぶとは余裕だな。と呟かれたのは覚えている。
その返答も、もちろん「すみません」だった。
数分後、電話が終わり俺は未来の元へと近寄る。
「誰?」
再び、未来は俺に聞いてきた。
「…俺の嫌いな奴」
俺はそれしか言えなくて、ただ泣きたくなった。親父の声、親父の発言により、俺は当初の目的を思い出したから。
俺は、未来を騙しているということを思い出したから。
居たたまれない気持ちが、俺の中をめぐっている。現実を、親父のせいで思い知らされた。幸せだった。幸せすぎた。
―――何もかもを忘れるほどに。
「未来」
俺は黙っている未来の手をそっと握った。
「行こうか」
そう言うしかなった。目の前には、未来の望んだパレードがあるのだから。今はただ、この幸せを味わうことだけを考えよう。
未来といる時間を大切にしよう。
一歩、また一歩と悪魔の時間は近づいていく。
夏休み前の期末テストまで、残り一ヶ月をきっていた。
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