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#21 初恋だ

「Xはここに移行して…」


今は数学の時間。俺は成績を落とすまいと、眠さと戦いながら黒板を見つめていた。


「それで、ここにXを移行するだろ?」


そこは、さっきも説明しているよ…先生。


そんな事を思いながら、俺は指を必死に動かす。


今日の朝、未来先生とはHRで顔をあわせた。どうやら俺がセットした目覚まし時計で起きられたらしい。いつもより、テンションは下がっていたけど。


かという俺は、未来先生と違って一睡もしていない。














俺は未来先生の家から自宅に帰ると、キヨ爺は5時半ごろだというのにもう起きていてせっせと仕事をしていた。


「お坊ちゃん、おかえりまさいませ」


いつもの輝かしい笑顔が、俺の瞳を捕らえる。


「おはよー…」


「…寝ていないのですか?」


キヨ爺は手を止め、俺のそばへと近寄ってきた。


「あぁ、色々とあって…」


それにしても眠いと思いながら、目をゴシゴシこする。すると、そんな俺を見かねてか、キヨ爺は冷蔵庫からあるものを取り出した。


「これを飲みますと、一日中元気で居られますぞ」


「…ありがとう」


あきらかに変な色をした飲み物だったが、あのキヨ爺が勧めた飲み物だ。かなり効くのだろう。


俺はその飲み物の蓋を開け、一気に飲み干す。


「うぇ…」


味は、見た目どおり不味かった。しかし、目はというと…


「あれ、スッキリ…」


スッキリしている。


その表所を見て、キヨ爺は仕事へと再び就いた。俺は自室へと足を進め、制服を手に取る。今は朝6時。学校に行くには早すぎる時間だ。かといって、今から寝てしまったらキヨ爺から貰ったジュースが台無しになってしまう。


することが無い俺は、結局机の前につき、勉強をし始めた。


そして時間はすぎて、今は授業2時限目だ。あのキヨ爺から貰ったジュースの効き目も、朝よりかはかなり薄れてきた感じがする。


なんとか、数学の時間を耐え抜いた俺を待ち受けていたのは、3時限目の現代文だ。


「…眠い」


俺がそう呟くと、後ろから「眠い?」という声が聞こえてきた。その声の持ち主はもちろん龍之介だ。


「昨日、色々あって…一睡もしていないんだ」


「…大変」


「そう、大変なんだ」


「未来先生?」


「…うん。龍之介だから言うけど」


俺の言葉の途中で、3時限目が始まるチャイムが鳴った。


「俺」


そして、ガラガラと音を立て、未来先生が教室へと入ってきた。


「未来先生を好きになった」


恥ずかしさを紛らわすために、生徒が椅子を引く音にまぎれて、俺は龍之介に言った。龍之介は聞こえていたのだろう。目がいつも以上に開いている。


「初恋だ」


俺は軽く笑いながらそう言って、前を向いた。


「礼!」


学級委員長の声で、みんなは挨拶をする。俺は頭を軽く下げながら、チラッと未来先生の顔を覗いた。


教卓の前の席が、今までは嫌だと思っていたのに、未来先生が好きだと自覚してからは、なぜか嬉しく感じる。


未来先生がすぐそこに。


手を伸ばせば届く距離に。


眠気にやられたのか、俺は手を動かさずに、ただ…未来先生を見ていた。目が離せなくなっていた。


あの温もりが…一段と恋しくなった。


「えっと、今日の休みは…」


未来先生は教室をぐるっと見渡してから「欠席はなしと…」と呟きながら、出席表に書き込む。


「じゃあ、教科書出して…」


彼女の声が聞こえる。心が安らぐ…。


心が…やすら…ぐ。


いつの間にか俺は、机に突っ伏していた。











「…こら、大将君」


…え? 未来?


頭に何かが当たる感触で、俺は目が覚めた。


「み…く?」


無意識に声が出た。小さな声。それでも、未来先生に聞こえるには十分だった。


「え?」


「あ、いや!」


もののコンマ数秒で俺は頭をフル回転にして、現在状況を理解していようとしていた。


そうだ、今は…授業中だ。


「起きた?」


未来先生の顔が目の前にある。心が騒ぎ出すのが分かった。


「え、あ…はい」


落ち着け俺。ここで焦ってどうする。


「勉強もほどほどにね? あまり無理すると、体に悪いから」


優しい笑顔で俺の顔を覗いてきた。


あぁ、やっぱり可愛い。


「す、すみません」


俺は顔を伏せた。あまり、未来先生には顔を見られたくない。さすがに、じっくり見られるとバレてしまうそうで。


「じゃあ、続けるね」


そして、再び未来先生は教科書を読み始めた。


俺が、授業中に寝てしまうなど、ありえないことだった。成績は、テストが8割、毎日の授業態度、宿題の提出率が残り2割で成り立っている。


少しでも点数を下げたくない俺は、授業中はどんなにつまらなくても、真剣に聞いている振りをしてきた。


なのに、現代文の時間に寝てしまうとは…なんという不覚。


そんなことを思いながら、ため息をつくと授業終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。


「起立、礼!」


再び、委員長の声で授業は終わりを迎えた。


そのとき、目の前にいる彼女が俺に「大将君、昼休みに弁当を持参して、私のところに来なさい」と言って、教室から去っていった。


…まさか、さっき顔を覗かれたときにばれたか? いや、まさかな。


もしかして、授業中に寝ていたから怒られるとか!?


色々と妄想を膨らませながら、4時限目の授業が始まった。











そして、昼休み。


俺は弁当を片手に、1年の担任室へと向かった。


「失礼します」


コンコンとドアをノックしてから、俺は担任室へと入った。


「あ、大将君」


未来先生は男の先生と何やら楽しそうに話していたが、振り返って笑みを浮かべこっちを見た。


…何、他の男と、って…。なんだ、何かが爆発しそうだったぞ。


「では、行きましょう」


未来先生は、俺に近寄ってきてそう言った。俺は返事をして、彼女の後ろにつく。


え? 1階?


疑問に思いながら、足を運ぶと、思わぬところに着いた。


「ほ、保健室?」


「そうだよ」


未来先生はどこに隠し持っていたのか分からない、弁当を取り出して座り始めた。


こんなところで、食事をしようって言うのか?


「早く、おいで」


この展開は、なにやら怪しい雰囲気を伺える。いや、未来先生に限って生徒とそんなことをするようには思えないのだが。


俺はしぶしぶ、保健室の中央に置いてある机の上に弁当箱を置いて、食事をし始めた。


「それは、誰が作っているの?」


ご飯中、目の前にいる彼女は色々と質問を投げかけてくる。なぜだ、なぜ俺とご飯を食べようと思ったのだ?


…意味不明だ。


本当にバレたのか? それとも、未来先生は生徒に手を出す女だったのか?


……。


「えっと、どうして僕をここに…?」


俺はご飯を食べ終えたときに、未来先生に話しかけた。


「だって大将君、眠たいのでしょう?」


「はぁ、そうですが…」


俺がそういうと、おもむろに未来先生は立ち上がった。そして、ベッドが置いてある場所へと足を運ぶ。


「おいで」


って…? もしかして、本当に先生は。


「ほら、早く」


未来先生の言葉に何も言えず、俺はただ従った。


「ほら、横になって」


おいおい、これじゃ本当に怪しい展開になってしまうぞ。


「じゃあ、目を瞑って」


俺は言われたとおり、目を瞑る。いいのか? こんなことをして。


「40分後に、起しに来るから」


「…は?」


先生のあまりの言葉に、俺は間抜けな言葉がこぼれた。


「寝ていていいよ。大将君も何かあったのでしょう? 私も、本当は今日とっても眠いの」


あはは、と笑いながら俺にそう言ってきた。


「あ、はは…」


何も言えず、俺は苦笑。だって、そうだろう。少しでも変なことを期待してしまった。そんなことがあるはずも無いのに。


先生は隣のベッドに横になると、目を瞑り始めた。


「え? え?」


俺は戸惑って、何がなんだか分からない声を漏らす。


「保健の先生に、起こしてもらうように頼んでおいたから、寝ても大丈夫だよ」


今から40分後といえば、授業が始まる10分前。


うちの学校は、昼休みが1時間あるのだ。授業はきっちり、休みはがっちり。今の校長先生のモットーらしい。


「大将君にこの前、助けてもらったからね。これぐらいの恩は返さないと」


向こう側のベッドで目を瞑っている彼女は、ふと喋りだした。


「あ、ありがとうございます」


で、いいのか?


「…前みたいに、愚痴ってもいいかな?」


「はぁ…」


俺は返答に迷い、肯定と取れる曖昧な返事をする。


「もう、逃げられないの。けど、心の準備が出来ていないときって、どうすればいいかな」


「……」


当の本人に、相談していると知ったら、彼女はどんな気持ちになるのだろうか。


「あ、ごめんね。こんなこと言っちゃって」


スーッと彼女の目からは涙が流れ落ちた。


「……」


俺が黙ったのは、返答に困ったからじゃない。ただ、現実を目の当たりしたからだ。


そう、未来先生が言ったようにもう逃げられない。


「未来先生…?」


「すぅ…すぅ…」


青春期の男の前で、こんな無防備に寝る女は彼女ぐらいだろう。


…信用されすぎるのも、なんか辛いな。


小さな声で俺は笑った後、保健室を後にした。


逃げることは、もうしない。現実から目をそらさない。












俺は未来と一緒に居たいから―――――――




















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