#19 貴方が好きです
家に帰ると、俺は自分の部屋へと足を進ませた。
今から俺には、やるべきことがある。やらなければならないことがある。
部屋に着くと、俺は荷物を適当に置き、携帯をポケットから出した。
「……」
何を言えばいいのだろうか? いや、言うことは決まっているのだが…。付き合ってほしいということと、美智子のこと、未来先生のこと。
他にもたくさん話したいことはあるが、何から話を切り出せばいい?
昨日、先生は考えさせて、と言った。もちろん、昨日の今日で未来先生の意思が固まっているとは思えない。
…こういうときは、どうすればいい?
俺は無意識に、いつも助けてもらっている『恋愛完全マスター』に手を伸ばした。
「えっと、異性に電話がしにくいとき…」
俺はボソボソと呟きながら、関連がありそうな言葉を捜した。ページをぺらぺらとめくっていくと、そこには『雰囲気が悪くなった異性との電話の対処法!』という文字を見つけた。
そこには、最初は明るめに話をし、少し時間がたってからその話題に持っていくとよい。と書かれていた。
明るい…って、俺はそんなキャラなのだろうか?
そんなことを考えながら、文章を読んでいると再び注目すべきものを見つけた。
どうしても駄目ならば、その異性の友達から当たっていくか、『原因』を対処したほうがいい。
…原因?
俺達の仲での一番の原因…。それは俺の告白か? 原因を対処したほうがいいということは、告白を取り消して、今までどおりの関係を保てということなのだろうか。いや、いまさら引いたところで、俺と未来先生の関係が何か変わるとは到底思えない。
よく考えてみろ、俺達のこの状況作り出した原因を。
…み、美智子? 美智子なのか?
そう考えてみれば、そうなのかもしれない。美智子が俺を好きでなければ、もしかしたら今頃俺と未来先生は付き合えていたのではないのだろうか? 未来先生は、美智子に遠慮をしているみたいだし。
…まだ、俺のことを好きとは言ってくれていないが。
それよりも、この状況を作り出した一番の原因はやはり、美智子ではないのだろうか。
ならば、この本に書いてある通り、美智子から対処していくべきなのだろう。…いや、未来先生に電話をして、もう一度俺の気持ちを伝えるべきなのだろう…か。
どうすればいいんだよ…。
数分後俺は、携帯をパカっと開き、迷いを心のどこかで捨てて、電話をかけた。
「もしもし…俺ですけど」
「ゆ、悠さん…?」
「今、会えますか?」
そう言った後俺が時間を見ると、もう19時をすぎていた。今から電車で会いに行けば、ここからならさほど時間はかからないだろう。
「…会えないと、言ったはずです」
「家に行きますから」
電話の向こうから聞こえてくる声は、どこか悲しげで、少し震えている気がした。
「……」
「行きますから」
俺はそう言うと、彼女の返事を待たずに、携帯から耳を離し電話を切ると、ドアのほうからノック音が聞こえてきた。
「はい」
そういうと、ドアの向こう側からは、キヨ爺の声が聞こえた。
「キヨ爺? 入ってもいいよ」
「失礼します」
キヨ爺はゆっくりとドアを開き、一歩部屋の中へ入ってきた。
「どうしたの?」
「…今から、どこかへお出かけでしょうか?」
「ああ」
俺がそういうと、キヨ爺はニコッといつもの笑顔を見せてくれた。どうやら、時間からして俺にご飯の準備が出来たことを知らせに来たようだ。
「お気をつけてください」
「…あぁ」
せっかく作ってもらったのに、ごめんなキヨ爺。でも、俺は…
ドアを開けて待ってくれているキヨ爺の横を通っていく。
「頑張ってください」
「…え?」
キヨ爺の言葉に、俺は反応した。まさか、そんな言葉が来るとは思っていなかったから。
ニコッと笑うキヨ爺の顔を見ると、自然と笑みがこぼれた。
「うん。いってくる」
キヨ爺には、俺の心が読まれているのではないか。
そんなことを思いながら、足を進ませた。
「…夜遅くに、申し訳ございません」
「……」
目の前にいる彼女は、俯いている。今、どんな表情をしているのだろうか。そりゃ、あの時合えないといった手前、本当に会いにくいのだろう。
「どうしても、言いたいことがあって」
俺のその言葉に、俯いていた彼女の顔はすっとあがった。
「…どうぞ」
え、どうぞって、家に入れって事なのだろうか? 彼女は家の奥へとどんどん進んでいく。
考えてみれば、この部屋に入るのも二回目だ。
「お茶入れますので、少し待っていてください」
彼女は、俺を部屋の奥へと案内すると、キッチンへと歩いていってしまった。
さて、これから何を話そうか。
美智子について? それとも未来先生について?
思い切って電話したのはいいものの、どっちに電話するか考えるばかりで、何を話すか決めていなかった。本当に俺って、計画性がないよな。
「緑茶がいいですか? 烏龍茶がいいですか?」
キッチンのほうから聞こえてくる、彼女の声に俺は『緑茶で』とこたえた。
こういうのも、ちょっと新鮮でいいかもしれない。
「はい、どうぞ」
彼女は持ってきたコップを、俺の前にある机の上に置き、よいしょと、声を出しながらそこに座った。
「よ、よいしょ…」
「き、聞かなかったことにしてください!」
彼女は恥ずかしそうに顔を手で隠し、お茶に手をかけた。
「熱っ!」
自分が今さっき入れてきたことを忘れていたのだろうか? やはり彼女は、相当のドジっ子だ。そこがなんとも可愛い…なんつって。
「大丈夫ですか?」
「は、はひ…」
下を火傷したのだろうか? 上手く喋れていない。
「俺、その…やっぱり、未来さんのことが好きなんです」
「……」
俺のその言葉に、黙りこくってしまった。こんなことを、初めに話すつもりはなかったんだけどな。
「……」
そして、俺もそのあとの言葉が出てこない。見切り発車もいいとこだ。
…未来さんは美智子さんに遠慮をしているとでも言うのか? 未来先生は、まだ俺のことを好きとは一言も言っていないし、美智子に遠慮をしているとも言っていない。そうであってほしいという、俺のただの空想だ。
「私…」
目の前にいる彼女は、俺より先に言葉を放った。
「貴方が好きです」
「……」
俺は彼女のその言葉に黙ってしまった。どうやって答えていいのか分からなかったからじゃない。ただ、驚いたのだ。
いきなり、彼女の口からそんな言葉が聞けるとは思っていなかったから。
「あ…」
やっと俺の口から出た言葉は、間の抜けた言葉だった。
「でも、美智子を裏切ることは出来ないんです」
力強くいった彼女… 未来先生 の瞳は、俺の瞳を捕らえていた。
感想等いただけると、非常に作者は嬉しいです。
なにとぞ、よろしくおねがいします。