表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/49

#18 ありがとう、龍之介

「大将」


「ん、どうした?」


後ろの席に座っている龍之介が、俺の背中をちょんちょんと突っつきながら、話しかけてきた。


いつも前の席に座っていた龍之介。俺の後ろに居ると何か違和感がある。


それにしても、教室に帰ってきてからの俺はひどかった。簡単な問題も答えられない、数学の授業なのに、次の授業である生物のノートにメモをとっていたり。


とにかく散々な一日だ。


こんなことは、俺が生まれてきてから初めてかもしれない。何もかもに集中が出来なくなっていた。


「大丈夫…?」


本当に心配そうに見る龍之介を、俺はナデナデをしてあげた。こんなことすると、女子どもに嫉妬されるだろうが、関係ない。


龍之介は無言で俺の顔を睨み付けてきた。相当嫌だったのだろう。


「大丈夫。ありがと」


俺は出来るだけの笑みを、龍之介に返した。正直、ちゃんと笑えている自信はない。


「今日くる?」


どこに? と問いたいところだが、この言い方的に龍之介の家のことだろう。果歩と親しい仲にいる恭平さんも居るし、ちょっと行ってみてもいいかもしれない。


もしかしたら、何か聞けるかもしれないから。


「うん。行かせてもらうよ」


俺はそう答え、放課後となるチャイムを待った。





「おかえりなさいませ、龍之介様。だ…悠様も、ご一緒だったのですか」


「あ、今は大将でいいですよ」


俺は軽く頭を下げながら、そう返事をした。俺達を出迎えてくれたのは、スーツをびしっと決めた恭平さんだった。


「今日は、お勉強をされにきたのですか?」


いつもとは違って、敬語を話す恭平さん。


「お部屋へ案内させていただきます」


早く、俺達と普通に話したいのだろう。恭平さんのほうから、部屋に行こうと誘いがあった。もしかしたら、この前のことを聞いているのかもしれない。



「お茶をお持ちしますので、少々お待ちください」


そう言って、恭平さんは龍之介の部屋のドアを閉めた。


「恭平さんって、どうしてここの執事をしているの?」


「わからない」


「結構若いのに。どうしてだろうね」


そんな話をしていると、ドアを叩く音が聞こえた。どうやら、恭平さんが帰ってきたようだ。


って、早ッ! まだ二言しか話してないぞ!


「どうぞ」


龍之介がそういうと、ドアは少し音を立てながら開いた。


「飲み物をお持ちいたしました」


「ありがとう」


飲み物を持ってきたのは、もちろん恭平さんだった。そのまま恭平さんは、龍之介の部屋に入り、無造作にお盆を置いて俺の近くまでやってきた。


「何があったんや?」


「何…って」


いきなりの質問に、俺は龍之介の目を見て助けを求めてしまった。


「恭平」


龍之介のその一言で、恭平さんは俺から離れる。


「果歩ちゃんから聞いた。未来ちゃんと、美智子ちゃんと何かあったそうやな」


どうやら恭平さんも、詳しいことまでは聞いていないようだ。


「…はい」


俺は正直に全てのことを話すか、躊躇ってしまった。だって俺はとうとう未来先生に告白したのだ。


そのうち知るであろうが、今言うのはなぜか・・・その忍びない。なんというのだろうか、恥ずかしい? いやいや、違う。なにか後ろめたいものがあるのだろう。


「何があったんや?」


今度はゆっくりと、俺に言ってきた。


「それは…」


「それは?」


「……」


俺は困惑していた。自分のこの気持ちに。


なぜ言えない?


後ろめたいものなんて本当にあるのか? 未来先生を騙す事を恭平さんは知っているではないか。それ以上後ろめたいものなど、ないだろう?


「その…」


なのに、俺は言えなかった。ただ『告白しました』って言えばいいのに。


「…少しは、果歩から聞いたんやけどな」


さすがの俺も、聞いてたんかい! と、関西弁突っ込む気にもなれなかった。


「ど、どこまで?」


聞きたくない質問ではあった。でも、聞かなくてはいけない質問だった。


「悠…大将が、美智子に告白されて、未来ちゃんに…」


龍之介の前だからだろうか、恭平さんはそのあとを言おうとはしなかった。


「こ、告白したことですか?」


「ああ」


やっぱり知っていたのか。未来先生は多分、果歩に相談をしたのだろう。


「何か言っていましたか?」


俺のその質問に、恭平さんは下を向いてしまった。どうやら、いい報告ではなさそうだ。


「もう会うなと?」


さっきから俺が質問ばかりしているのだが、恭平さんの表情や仕草で答えが分かってしまう。昔から、親のそういうところにばかりを、気をつけていたからだろうか。人の表情や、仕草に敏感になってしまったようだ。


「けど、俺は…諦め切れません」


俺のその言葉に、恭平さんの顔は驚きに満ちていた。


「大将…まさか?」


まさか?


「な、何ですか?」


「…いや、なんもあらへんよ。俺は、もうこれ以上言うこともないし、大将の邪魔をするつもりもあらへん。止めたいけど、お前はとまらへんのやろ?」


「…はい」


「そういうことや。後は、大将の腕次第やな」


俺は一度だけ頷いた。


「龍之介も、大将が無理しそうになったら、止めたらなあかんで? なんたって、親友なんやからな」


龍之介は、コクンと一回俺と同様縦に首を振った。


「んじゃ、俺は仕事に戻るわ。また何かあったら、相談してもええからな?」


恭平さんは、いつもの優しい笑顔で、俺にそう言ってくれた。


「ありがとうございます…」


俺は涙が出そうになった。嫌なことがあったとかそういうことじゃない。嬉しかったのだ。恭平さんがそう言ってくれたことも。龍之介が助けてくれるということも。


本当に、この人たちに出会えて俺はよかった。


「龍之介」


恭平さんが部屋から出て行って数分、俺達は沈黙の中にいた。


「何?」


「俺、未来先生に電話してくる」


「そう」


「今日は、本当にありがとう」


「……」


「本当に…ありがとう」


俺は無言で本を読み続けている龍之介に背を向けて、ドアに手をかけた。


「大将」


「ん?」


俺が龍之介の声に反応して振り返ると、こちらをじっと見ていた。


「…無理しないで」


「ああ」


ありがとう、龍之介。


俺はドアをゆっくりと開き、歩き始めた。















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキングに投票 押してもらえると、励みになります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ