#15 だけど、ここは現実の世界
「え…?」
俺のいきなりの質問に、未来先生は戸惑っているようだった。
「未来さんの家の近くまで行くんで…」
ここは引いてはいけない。そう、本能が呟いていた。
「今から…じゃないと駄目ですか?」
「できれば、今がいいんです」
その言葉から数秒間未来先生は考えたのだろう。声が聞こえてこない。
「…わかりました」
悩んだ挙句、未来先生が出した答えは、YESだった。俺は小さく拳を握り締めて、ガッツポーズをとる。
「じゃあ、マンション前に着いたら連絡しますので」
俺はそういうと、携帯から耳を離し、通話を終了した。
これから俺は、今までに経験がないことをする。言っておくが、かなり不安だ。こんな気持ちは、そうそう味わえるものじゃない。
とりあえず、俺は服を整え、あるものに手を伸ばした。
『恋愛完全マスター』
最近は、この本に頼りっぱなしだ。多分、これからも頼るのだろう。恋愛経験が無に等しい俺にとっては、この本が未来先生を攻略する本なのだ。
「えっと…」
俺は、指で文字を追いながら、ある文章に目を通した。
「未来さん…」
俺はあれから家を出て、キヨ爺に頼んで未来先生宅の近くまで乗せていってもらった。キヨ爺は人生経験からなのか、俺に対して一切質問をしてこなかった。
普通に考えて、俺がこんな時間に外出するなんて、今までになかったことだ。もう夜9時ごろなのだから、使用人としては心配してもいい時間なはずなのに。
「こんばんは」
そう声を出したのは、俺の目の前に立っている未来先生だった。格好は、今日の昼となんら変わっていない。
「こんな時間に、申し訳ございません」
「いえいえ」
何を伝えるかは考えてきた。しかし、それまでに何を話そうなど、考えていなかった。そこまで頭が回らなかったと言ったほうがいいだろう。
「えっと…」
そのせいで、言葉がつまってしまう。
「美智子は…今、私の家でゆっくりしています」
…美智子のことが聞きたかったわけではない。いや、少しは聞きたかったが。
「すいません…」
俺は、なんだか申し訳ない気持ちになった。美智子に対してではなく、未来先生に対して。
「公園…行きますか」
そう提案したのは、未来先生のほうだった。俺は首を縦に振る。
「近くに、桜が綺麗に見える公園があるんですよ。今はもう夏なので、桜は咲いていませんが」
そう言って、未来先生は笑みを浮かべる。
「桜…見たかったです」
「来年は…」
そこで言葉をとめてしまった未来先生。来年は一緒に居れるか分からない、という意味だろう。
そのまま、俺達二人の会話は途切れた。ただ、公園に向かって歩くだけ。
これから、俺の伝える言葉をどう受け取るのだろうか。
そんなことを考えながら、俺は未来先生の後姿を眺めていた。
「…夜風が涼しいですね」
公園内にあるベンチの前まで行くと、未来先生は腰を下ろした。俺はその隣に座ることが出来ず、未来先生の前方で立ったままでいる。
「座らないんですか?」
「…じゃあ、遠慮せず」
俺はゆっくりと近づいていき、隣に腰掛けた。
しかし、俺も未来先生も口を開こうとはせず、沈黙の時間が流れた。何か話さなくては、何か…。
「学校は、楽しいですか?」
何を聞いているんだ、俺は。そんなことを聞いても、何も面白くないだろう。
「…生徒達が、とっても可愛いです」
「未来さんはきっと、いい先生なんでしょうね」
俺は、意味も無く話を長引かせようと必死だ。いや、意味はある。この心臓の高鳴りが、さっきから全く収まらないのだ。
「いえ、そんなことは・・・」
何故俺は…
こんなにも感情が高ぶっている?
こんなにも動悸が激しいのだ?
こんなにも緊張をしているのだろう…?
「あの…」
俺が、言葉を発しようとしたときだった。未来先生が、少し大きめな声で話し始めた。
「美智子は、悠さんのことを好きって言っていました」
「……」
「なぜ、振ったんですか? なぜ傷つけたんですか?」
振った? 俺が? まだ、直接的に振ったわけではないだろう? まぁ、あの状況では、振ったと言っても間違いではなさそうだが。
「……」
言葉が出てこない。言い訳するために必要な、『それは…』の言葉が出てこない。それさえ言えば、あとは俺の口が勝手に動いてくれるのに。
「…好きだったんですよ?」
今、未来先生の顔は、人一倍悲しい顔をした。今までに見たことがない顔だっただけに、俺は驚いてしまった。自分が振られたわけでもないのに、今にも泣きそうな顔をしている。
「俺は…」
何も考えられなくなった俺の口は、ようやく動いてくれた。
「未来さんのことが…」
思い出せ。あの本に書いてあったことを。
『告白するときは、夜景の綺麗な場所がいい』
…おっけ。夜景はばっちりだ。
『告白文句は、ストレートで。手紙よりも電話、電話よりも直接言ったほうが、気持ちが伝わりやすい』
――――――告白。
俺は今ここで、人生初の告白をするのだ。
「未来さんのことが、好きなんです」
俺はベンチから立ちあがり、未来先生を見つめた。予想通り、未来先生は驚きを隠せない表情をしている。
言った! よく言ったぞ俺!
「なんで…」
未来先生が言葉をぽろっとこぼした。
「私なの…?」
俺の言葉に、さっき俺に見せたあの悲しい表情を再び見せた。
どうして、そんな表情をする? お前は今俺に告白されているんだぞ?
そして、未来先生の目からは涙がこぼれていた…。
「未来さんは、俺のことどう思っていますか?」
俺の真剣なまなざしに気付いたのか、未来先生は涙をこらえながら答えてくれた。
「どう思っているって…」
考えたこともないのだから、答えられるわけがないのだろう。昨日まで俺の存在を忘れていたのだから。
「…嫌いですか?」
「嫌い…じゃ…」
そう言う未来先生の涙を俺の目はしっかりと捉えた。未来先生も俺の顔をその泣いている目でしっかりと捕らえている。
「本当のことを言うと、付き合いたいと思っています」
俺を見つめる先生の瞳に、飲み込まれるように俺は言葉を放った。ここが、俺の計画の中で最大の場面だろう。
ゲームでは失敗すれば、コンテニューが出来る。だけど、ここは現実の世界。
行くとこまでいってしまった。
もう、後戻りは出来ない。
「俺は貴方が大好きなんです」
俺は自然に腕が伸びて、涙が溢れこぼれている未来先生の体を包んだ。
「好きなんだ…」
気付けば、言葉が止まらなくなっていた。
あとがきは、僕自身のblogに書いております。
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