#14 まだ、諦めるには早い
「そうなの…? 悠君」
なんという修羅場だよ、これ。こんな場面、ドラマでも漫画でも、そうそう見られるものじゃない。
目の前には、俺のことを好きと言っている女。
その後ろには、俺の狙っている女。
俺の隣には、その二人の友人。
…本当に、どんな修羅場だよ。
「えっと…」
さて、どうする俺。正直、今はパニックになって頭の中が真っ白だ。何も思いつかない。
「その…」
ここで違うといっていいのか? 駄目なのか?
「どうなの?」
美智子の目は、しっかりと俺を捉えていた。
幸いなことに、未来先生は俺達の会話を聞いていなかった。だから、未来先生は今、何がなんだか分かっていないだろう。
…まぁ、その状況も時間の問題だが。
「美智子?」
未来先生は、不思議そうな声で美智子の名前を呼んだ。その言葉に、美智子は反応をしない。
「果歩…?」
美智子が答えなかったからか、未来先生の質問の先は俺の隣に座っている果歩に向けられた。
「えっと…その…」
どうやら、果歩も俺同様パニックに陥っているようだ。
「何の話をしているんですか?」
最後に、未来先生の言葉は俺に投げかけられた。とりあえず、返答をしておこう。
「……」
しかし、無理だった。今の俺に、何を答えろというのだ? 未来さん狙っていたということがばれました、か? 美智子さんをふってしまいました、か?
「えっと…」
俺が言葉につまらせていると、美智子がはっきりと口に出してこういった。
「今、悠君に未来の事が好きか。って、聞いているの」
「え?」
いきなりのことで、未来先生もビックリしているようだ。
「…未来が好きなんでしょ?」
美智子は言葉をとめない。
「そんなこと急に聞かれても…」
そう答えるしかなかった。『そう』とも『違う』とも答えられないのだから。
今まで以上の重苦しい空気が、周辺を漂った。その空気を消し去ったのは、未来先生の声だった。
「そんなわけないよ」
「え?」
突然の未来先生の言葉に、美智子も果歩もビックリした顔を見せる。
「…ですよね?」
「そ、そうです」
未来先生の圧倒的な雰囲気に押されて俺は答えてしまった。認めてしまった。
未来先生のことを好きじゃないということを。
「…本当なの?」
そう言ったのは果歩。
「…ああ」
そう答えるのが精一杯だった。敬語さえ使う余裕もない。
「…ほら、二人とも帰ろうよ」
未来先生の言葉で、果歩はベンチから立ち上がり、美智子は俺に背を向けて歩き出した。
俺は一人、公園のベンチに残されていった。寂しかった。何かが足りなかった。
「あ〜…」
誰にも聞かれない程度の声を漏らした。
「失敗したなぁ…」
今ならよく考えられる。あの状況は100%、俺が未来先生を好きだと言っているのも同じなのだろう。
そして、俺は未来先生に『好きじゃない』という言葉を無理やり迫られた。そうせざる終えなかった。
とりあえず、これだけはいえる。俺は振られた。未来先生にあっさりと振られた。
涙が一粒、俺の目から零れ落ちた。これは、振られたことによってじゃない。失敗したからだ。だけど、心のどこかが痛んだ。
奥底の、どこかが。
無理やり足を立たせ、俺は自分の家へと帰ることが出来た。キヨ爺などに話しかけられるが、軽く返事をして俺は自分の部屋へと向かった。
「どうしようか…」
俺がベッドに倒れこむと、ドシッと音を立てて沈む。まさに俺の心のようだ。
「…転校」
最悪な展開が見えてきた。さようならしなくちゃいけないのかな。俺の唯一の親友である龍之介と、その執事である俺の悪事に付き合ってくれた恭平さんとも。
そして、未来先生とも。
「嫌だなぁ…」
俺は、大きなため息をついた。ため息をつくと、幸せが逃げるとかいうけれど、今の俺には関係ない。幸せなど、持ち合わせていないのだから。
「お坊ちゃま」
声に反応して、俺はドアに視線を向けた。どうやら、ドアの向こう側にキヨ爺がいるようだ。
「入ってもよろしいでしょうか?」
「いいよ」
俺は何も考えず、返答をする。今日一日、色々と考えすぎた。
「何かありましたか?」
キヨ爺は、心配してくれたのだろう。俺がいつもと違うから。だけど俺は何も答えられない。
「…まだ、諦めるには早いと思います」
「キヨ爺に、何が分かるの?」
確信を疲れた俺は、キヨ爺に冷たい言葉を返してしまった。
「いえ、何も分かりません。人は結局、全てを分かり合うことが出来ないのですから」
「……」
「だけど、これだけは言えます。お坊ちゃま、諦めないでください」
その言葉に続きに、キヨ爺は『最近のお坊ちゃまは楽しそうに見えました』といったのだ。
「楽しそう?」
「はい」
小さいときから俺を見てきたキヨ爺だ。俺が楽しそうに見えたのは本当なのだろう。よく考えてみると、この一週間は楽しかった。恭平さんとも出会ったし、未来先生とも出会った。果歩や、美智子とも。
楽しかったか? と聞かれると、そりゃもう、楽しかったのだろう。だけど、その楽しい時間も、もう終わりなのかもしれない。
「お坊ちゃま」
「何?」
「携帯が、鳴っております」
机に置きっぱなしにしていた携帯が、チカチカと光りながら、ブーブーと振動音が鳴り響いていた。
未来先生かもしれない。
なぜか俺はそう思い、携帯の元へと近寄った。
携帯をあけ、通話ボタンを押す。
「もしもし…」
俺がそう言葉を発すると、キヨ爺は頭を一度下げ、部屋から静かに出て行った。
携帯から聞こえてくる声は、俺が今一番聞きたかった人の声だろう。
そう言っていいと思う。
「未来さん…」
そして、俺が一番聞くことを恐れていた声でもあった。
言葉が矛盾しているが、これで正解なのだ。間違ってはいない。
「悠さん…私」
俺の心は、一瞬にして決まった。諦めないと。そして…
「未来さん、今から会えませんか?」
あの言葉をぶつけようと。俺の計画の最大なる場面を迎えようとしていた。