#13 …それ、本当なの?
「未来、その人形可愛いねぇ」
プリクラをみんなに配っている美智子は、未来先生の持っている、俺があげた人形に気付いたようだ。どうして、女ってもんはあんなに人形が好きなのだろうか。
「え、えっと…」
返答に困っている未来先生はあたふたしている。『こんな可愛い人形を持っていたら、笑われるでしょう?』と言った俺に気を使ってくれているみたいだ。本当に優しいんだから。
「つ、次はなにするの?」
話をそらすために、未来先生が果歩に話をふった。美智子はその姿を睨み付けるように見ている。
…睨み付けるように?
「み、美智子さん」
俺が話しかけると、美智子はうつむいてしまった。
「…大丈夫ですか?」
何故、俺は話しかけたのだろう。
「わた…に…ぎょ…と…て」
「はい?」
何故、俺は名前を呼んでしまったのだろう。
「私にも人形をとって…」
「み、ちこ…さん?」
…何故、俺はこんなことに気付かなかったのだろう。
「ご、ごめんなさい…お手洗い行ってきます」
彼女の声は、泣いているかのように震えていた。
「美智子!」
小走りでトイレのあるほうへ行った美智子を、未来先生と果歩は走って追いかけていった。
「悠、なにしたんや?」
状況が飲み込めていないのか、不思議そうな声で俺のそばによってきた恭平さん。
「さ、さぁ?」
俺は分からない振りをして、恭平さんと話を始めた。龍之介は、俺の隣でずっと俺の顔を覗いている。気付いているのだろう。俺が、美智子に酷いことをしたということを。
彼女の気持ちに気付きながらも、彼女の前で未来先生に人形をあげてしまった。『嫉妬心』という言葉が、恋愛完全マスターに書いてあった気がする。好きな人が、自分以外の異性と仲良くしているのを見ると、生まれる感情らしい。
どうやら、美智子はその感情を抱いてしまったようだ。未来先生に対して。
…待てよ。
昨日、未来先生が俺の誘いを断ったのも、美智子に悪いという気持ちがあったからではないのか? 未来先生は美智子の気持ちを知っていたのではないのか?
…最悪だ。少し考えれば、この状況を逃れられたではないか。
美智子が居ないところで人形をあげれば。
美智子にもっと冷たく当たっておけば。
…それにしても、俺は人間のクズなのかもしれない。
俺は美智子に、悪いという気持ちを一切抱いていない。むしろ、未来先生に会いにくくなるのではないか、という考えばかり、頭に浮かんでくる。
「大将」
色々考えている俺の思考を止めたのは、龍之介の声だった。
「戻ってくる」
龍之介はそういうと、少し離れた場所に居る未来先生たちをチラッと見た。
…美智子も居る。
「今日は、お開きでもいいかな?」
果歩は、戻ってくると同時に、俺達にそう言い放った。少し冷たい声で。
「ああ」
状況が把握できていない恭平さんも、この空気に気付いたのか、即答をした。
果歩は俺に近づいてくると、耳元で小さく一言つぶやいた。
―――――――この後、駅前の公園で待っているから。
俺は、驚きのあまり果歩に視線をむけた。しかし、彼女はすでに恭平の元へと行っていた。
…どうして、こんなことに。
俺の計画は、徐々に歯車が狂い始めている。
「…やっほ、悠君」
俺が公園へ行くと、果歩は一人で待っていた。この公園は、市内でも結構広いと有名な公園だ。中央には池があったりもする。
「他の人はどうしたんですか?」
「美智子は、未来が送って行ったよ」
そういうと、果歩は歩き始めた。
さて、どうしようものか。ここに呼ばれた理由はなんとなく分かっている。このタイミングは、美智子のこと以外ありえないだろう。困ったものだ。
無言で歩いていた果歩は、ベンチの前に行くと足を止め、そこに腰を下ろした。俺はその隣へ座る。
「美智子のことなんだけど」
やっぱりか。
「美智子はね、悠君の事好きなのよ」
知っているよ。
「それで…悠君、未来に人形をあげていたでしょう?」
「はい」
「…私達ね、高校のときからの友達なのよ」
それがどうした?
「こんなこと言いたくないんだけどね、こんなくだらない事で、未来と美智子の友情関係を壊したくないの」
「…はい」
「ねぇ、悠君。美智子のこと、どう思っている?」
果歩のその質問に、俺は口を閉じてしまった。美智子のことなんて、今までそんなに考えたこともないし、未来先生のお友達と認識している程度だ。そりゃ、少しは話していて楽しいし、面白い。だからと言って、どう思っているといわれても困るわけだ。
ここで『未来さんのお友達』なんて答えてみろ。俺が、未来先生狙いってことが、もろバレになってしまう。そうなったら、余計2人の関係は崩れてしまうだろう。
…だから、どうした。俺にとって、2人の関係はどうでもいいことではないのか? いや、待て。そんなことじゃ、さっきの二の舞だ。一般的に考えて、未来先生は俺に全く恋愛感情を抱いているようには見えない。そんな状況で、俺の印象を悪くしてみろ。それこそ、俺の計画は完璧に狂ってしまう。
…もう、大分狂っているが。
「美智子さんは…優しい人だと…」
「そういうことを、聞いているんじゃないの」
俺の言葉を遮った果歩の顔を見ると、真剣そのものだ。そりゃそうだ。友達が俺によって傷ついたのだから。
「好きか、どうか聞いているの」
…ストレートだな。そんな質問されても困るじゃないか。
俺が口を閉じていると、美智子はひとつ小さなため息をついて、再び質問をしてきた。今度は、さっきと違う、もっと…俺が答えられない質問を。
「じゃあ、質問をかえる。悠君…好きな人は居るの?」
「好きな…人?」
「そう」
「……」
このまま黙っていたら、いると言っているのと同じことになってしまう。だからといって否定も出来ない。俺は未来先生を狙っているのだから。ここで『いません』なんていってしまえば、この状況的に果歩は俺に、美智子のことを考えてほしいと言うだろう。
「い…る」
考えた挙句、俺が出した答えはこの言葉だった。
「…そう」
俺のその返答に、悲しそうな顔を見せた。
「その人とは、もう付き合っているの?」
「いえ、俺に彼女なんかできませんよ」
あはは、と軽く笑って誤魔化す。
「もしかして、未来が好きなの…?」
「え?」
ある意味、確信をつかれた俺の顔は、どんなふうになっているだろう。まさか、そんな質問が来るとは思ってもいなかった。予想外すぎて、頭の中が真っ白だ。
「…それ、本当なの?」
俺と果歩は驚きのあまり、目を見開いてしまった。それもそうだろう。俺達の目の前には、ここには居てはならない人がいたのだから。
「美智子っ!」
遠くのほうから、未来先生の声が聞こえた。
…本当に最悪だ。
こんな状況ってありかよ。
俺と果歩の目の前には、涙がまだ止まっていない美智子の姿があった。