#09 心臓に悪いです!
俺がストーカー紛いな事をしながら、付けていた人物とは未来先生だ。
これは全て計画のため。
とりあえず、少しでも偶然を装って運命とやらに結び付けなくてはいけない。女性は運命的な物に憧れるという。
俺はあの計画を思いついてから、本屋さんに行って『恋愛完全マスター』という本を買ったのだ。そこには、色々と恋愛について書き込まれている。女の人が惚れる仕草とか、ドキッとする言葉など、色々と書かれていた。
一通り全て読んでみた。分かったことといえば、女心は難しいということだけ。一応、それなりの内容は頭に入っているから、困りはしないけど。
前方に見える未来先生を俺は見つめていた。
どうしたら、偶然を装えるのだろうか。とりあえず、チャンスが来るまで、見つからないようにしなくては。
そして、俺は見つからないように距離をとりながら、未来先生の後ろを再びつけた。
最初は服屋、そのあとは化粧日売り場と、俺が居ては明らかに不自然なところばかり回っていた。
かれこれ1時間、未来先生の後ろをつけているが、あの様子だと全く俺に気付いてないみたい。
そろそろ仕掛けないと、未来先生が帰ってしまうかもしれない…。でも、無茶なタイミングで出て行ったら、かえって怪しまれるかもしれない。
俺があれこれ考えていると、彼女は食品売り場に入っていった。
これだ! ここなら、俺がいてもそんな不自然ではないし、色々と理由もつけられる。
俺はショッピング用のかごを手に取り、カップラーメンを3個ぶち込んだ。
「あれ、未来さん?」
冷静を装い、未来先生に近づき話しかけた。
「は、はい?」
ジーと俺の顔を見ている。もしかして、顔に何かついているのか!? なんてベタな事を思ったけど、未来先生の様子だとそうじゃないらしい。しかも、そんなに見られると恥ずかしすぎて、目をそらしたくなるんですけど。
もしかして、未来さんの姉妹か、双子か?
俺は不安になりながらも、目の前にいる人に質問をした。
「未来…さんですよね?」
「…そうですけど」
どうやら未来先生らしい。
何なのだ。未来先生なら、俺を認識しているはず。なのに、なぜ何も話してくれないんだ?
そんな俺の疑問さえ、ふっ飛ばすような言葉が俺に降りかかってきた。
「…ど、どちらさまですか?」
…おいおい。ちょっと待ってくれ。今日はこの前と同じ服装で来ているし、間違えようがないだろう。それに、自惚れているわけではないが、容姿だけはそこらの男には負けないものを持っていると思う。カッコイイ人という感じで、俺のことを覚えているのが普通なのだ。
…なのに、この女はなんだ。
一週間前に会った俺のことを「どちらさまですか?」で済ますのか? モデル級の容姿を持っている俺に。こんな屈辱は初めてだ。
「ほ、ほら、堂本 悠ですよ。一週間前に、果歩さん達と一緒に遊んだじゃないですか」
プライドらしき物を傷つけられた俺は、苦笑いになりながら質問に答える。
「…あ!」
すると未来先生は、今思い出したのか、手をポンと叩いた。俺って、彼女にとって一週間で忘れられるような存在なのだろうか。
「こんにちは。今日はどうしてここに?」
未来先生は、さっきより一歩近づいてニコッと微笑みをくれた。
「ちょっと食料の調達に」
俺はポリポリと頭をかいて、持っているかごを少し隠し、恥ずかしそうな様子を見せる。そうすることで、俺の持っているかごに何が入っているか気にさせるのだ。
そして、かごに入っているカップラーメンを見せることにより、俺の食生活を少し見せる。
『恋愛完全マスター』によると、女の人は栄養が偏っている食生活をしている親しい男の人には、料理をしたくなる傾向があるらしい。
俺は数分前の会話で、未来先生は俺のことを親しいどころか、赤の他人だと思っているらしい。覚えてももらっていないなんて、本当にショックだった。
「そんなご飯ばかり食べているんですか?」
未来先生は、俺の誘導にどっぶりとつかり、俺のかごを見て心配したらしい。
心優しい未来先生には悪いが、俺は毎日家政婦に栄養満天のご飯を食べさせてもらっている。
「そうなんですよ」
俺は、あはは…と軽く笑いながら、情けなさそうにした。
「…大変ですねぇ」
「そ…!」
そ、それだけですか! なんて叫びそうになったって。
「どうしました?」
俺の変な叫びに、彼女は疑問を抱いたのだろう。
「いえ、なんでも…」
そのあと、会話が続かない。こんなところで、つまずいてはいけないんだ。今度は未来先生の記憶に残るような人にならないと。
「み、未来先生は、この後は夕飯のお買い物ですか?」
俺の質問に、彼女は首をコクンと曲げる。
「お供しますよ」
何が、お供しますよ、だ。自分で言って吐き気がした。
「は、はい」
未来先生も困っているみたいだし、もう最悪だ…。
俺は未来先生が持っているかごを持ってあげ、その中に俺のカップラーメン3つを放り込んだ。これはかごが二つあると不便という理由だからで、決しておごってもらおうなんて考えていない。そんなことをしたら嫌われてしまうからな。
「あ、ありがとうございます…」
俺の行動に、未来先生は顔を赤くしながらそういった。紳士を装い、俺は『いえいえ』と答えておく。
…少し、後悔した。
いや、大分後悔した。
「こ、こんなに食べるんですか?」
俺の質問に、未来先生は顔を再び真っ赤にする。
だって、俺が持っている食品の量は、半端じゃないのだ。今、俺の手にはかご二ついっぱいになった食品を抱えている。推定、20キロぐらいだろう。
「い、一週間分だから…」
それでも、この量は多すぎないか? 女の人が一人で持てる量じゃない。
「そ、それに…悠さんが居てくれたから…」
だから、いつも以上に買ってしまったわけですね。まぁ、これは頼られているということだし、さっきまでしていた悪い気も、その言葉でなくなった。
というわけで、俺は今堂々と未来先生の家へと向かっている。この量を未来先生一人に持たせて帰るというのは、男として最低な行動と思ったからだ。
「それにしても、今日は駅前のデパートに未来先生がいてビックリしましたよ。毎週通っているんですか?」
「ええ、土曜日に予定がない場合は大抵行きますね」
ちなみに未来先生は俺が持ちきれなかった商品を片手に歩いている。
「俺も結構行くんですよ。未来さんみたいな可愛い人がいたのに、気付けなかったとか少し人生を存した気分です」
なんて、臭いことを言ってみた。『恋愛完全マスター』によると、男のサラッと言うロマンチックな言葉に惹かれるらしい。引かれる…と読み間違えてない事を祈ろう。
その言葉に対して、未来先生はというと…
「へ? 何か言いました?」
聞いていなかったらしい。
「い、いや…」
あんな臭いセリフを二度もいえるかって。
「本当ですかぁ?」
未来先生はいきなり足を止めて、俺の目をじっと見つめてきた。
待て、これはまずい。こんな未来先生…
「か、可愛いな…って」
あ、声に出てしまった。
彼女は頭からボンッっと効果音が出そうなほど顔を赤くして、俺の腰をバシッと叩いてきた。
「いてっ!」
「じょ、冗談はやめてください! 心臓に悪いです!」
そっぽを向いて先を歩く未来先生は、なんだか本当に可愛かった。
本当にシリアスなのか、よく分からなくなってきました。
…ですが、お付き合いいただけると嬉しいです。
よろしくおねがいします。