非条理 Happy life:Release
【条理なき世界】
ドニル・オーヒセンはため息をついた。恐るべき非条理といま一度、向き合わねばならなくなっていたからだ。
深い皺の刻まれた額をこすり、手についた汗をズボンでぬぐう。ここ何日も着替えていなかったので肌もシャツもべとついていたが、そんなことを気にかける精神状態にはなかった。
「ドニー、まだ休まねぇのか」オライル・モニスは空いたグラスにウィスキーを注いだ「のんで寝ろよ、少しは」
「眠れないんだ……」ドニルはまた、嫌な汗がわく額をこすった「目をつむると、この世界の無関心さについて考えてしまう」
「ひでえな、本当に」オライルは痩せこけた顔を忿怒に歪ませ、はき捨てるようにいった「式まで五日だった、たった五日……」
「奴らが悪魔の使いでも不思議はない」
「ドニー、そいつは間違いねぇよ。ああいう手口なんだ」
「このままでは犠牲者が増えるかもしれない。だから……ガードドッグを呼び、彼らに始末してもらうつもりだ」
オライルは片眉をつり上げ、
「いや、どうかわからんぞ、あれはオートキラー退治専門と聞くしな、人間同士の悶着には消極的だって話だ」そしてウィスキーを口に含む「だからよ、いざとなりゃ俺がするさ、やってやる……! いや、俺ばかりじゃない、やる気のある奴は多いんだ」
ドニルは親友の肩を掴んだ。
「待て、落ち着くんだ……。奴らは武装集団、そうそうは上手くいかないだろう。ことは慎重に、少しでも有利な状況でやるべきだ」
オライルは小刻みに頷き、
「たしかにそうだな……。これ以上の犠牲はいけねぇ……」
「ああ、それにもし、ガードドッグがだめなら……ツテがある」
「ツテって?」
「任せてくれ」ドニルはグラスを持ち上げる「ジョーイに」
オライルはその真剣な面持ちを見つめ、
「エラリスに……」
二日前、ジョーイとエラリスという二人の若者が命を落とした。彼らは結婚式を控えていたカップルで、その小さなコミュニティの誰からも祝福されていた。
過酷な世界であるからこそ親愛の情が深まることもある。だからこそ、その喪失には代償が求められるのだ。
【再会】
目的地はおろか目先の任務すらも定まらないままに二日が経過していた。車内の整頓が終わってすることがなくなったウルチャムは徐々に口数が少なくなり、延々と車内の備品や装備品を磨くという行為に没頭し始めた。
いくら怠惰論者とはいえ、その様子を不憫と思ったゴッドスピードは無駄を承知で車両を動かすことを決定する。
「あっ、運転したいです」
ウルチャムが食いついたのはそう思った直後だった。まるで心を見透かしたかのような反応の速さに彼はぎょっとする。
「あら、違いましたか?」
「……いや、発車しようと思っていた」
「やっぱり!」ウルチャムはぽんと手を叩く「それで、どちらへ向かいましょうか!」
「そうだな……西かな」
「西、ですか」
「たぶんな」
実に曖昧な決定だったがウルチャムは追及しなかった。とくに向かうべき場所などないことを知っていたからだ。その点を指摘し「ではやめておくか」などといわれてはたまったものではない。
彼女はそろそろ勘づいていた。隣の男性が暇を愛するたちであることを。そしてその気質が自身のそれと相反するであろうことに。
「発車します」
それゆえにウルチャムは画策していた。このまま近隣のコミュニティへ接近してしまおう。とにかく着いてしまえば何かしらの用事ができるに違いないのだから。
ゴッドスピードは彼女の意図を見抜いていた。人が多いところは必然的にトラブルに見舞われる可能性も高くなる。ガードドッグは比較的周知の組織なので、治安維持組織の恩恵が受けられない個人が突発的に助けを求めてくることもそれなりに多かった。つまりはその状況を狙っているに違いないのだ。
「余暇をもてあます者は人生の敗者だ」
怠惰論者は唐突にそういった。それはなんとなく脳裏に浮かんだフレーズだったが、いい牽制になったろうと彼は内心笑みを浮かべる。
なるほどウルチャムにとっては痛恨だった。しかし彼女は当初の方針に変更を加えることなく、むしろアクセルをより強く踏むに至った。怠惰論者の抵抗が裏目にでることは往々にしてあることである。
「よろしいではありませんか、どのコミュニティにも困窮した方はいらっしゃるものです」
「任務外に動き回り、いたずらに消耗することは賢明とはいえないだろう。俺たちはより重大な問題に対処するためにあるんだ」
「小事は大事の種ではありませんか。混迷の芽は早期に摘むべきだと思います」
「しかしだな……」
「大丈夫です」
そのとき、なおざりな答えが返ってきた。何が大丈夫なのかよくわからないその一言は意見無用の意味を含んでいる。つまり怠惰論者の主張はここに黙殺が開始されたのだ。
意外と早かったな。ゴッドスピードは流れる荒野を眺め、静かにうめいた。
その尊き犠牲もあってか、ウルチャムに明朗さが戻ってきていた。そして唐突にワラストビガエルの話をし始める。
「そのカエルはとても発達した水かきをもっていまして、なんとムササビのように滑空することが可能なのです!」
その他、体色は緑で大きさは十センチほど、巣は泡状で昆虫を主に食べる、訓練施設においても人気の高いカエルであったなど、その素晴らしさをとくとくと語り続ける。この話はゴッドスピードにとっていい子守唄になろうとしていた。そして彼がうとうとし始めたとき、レーダーに反応が出る。
「スピードさん、スピードさんっ」
「うーん……」
「動体反応が接近しています!」
「なにっ」ゴッドスピードは跳ね起きる「方角は?」
「南東、背後より接近、明確に追跡しているとみなしてよいと思われます!」
二人はゴーグルを装着し、機関砲のスコープを介して背後を注視した。すると間違いなく近づいてくる影がある。
「……自動二輪一台、人間くさいな。長引かせる意味はない、速度を落としてくれ。敵意があるようなら即座に撃破する」
「……了解しました」
速度を落としていくと、人影に動きがあった。
「なんだ、いやにレトロフリークなバイクだな。それに手を振り始めた……少なくとも友好を示すフリをする程度に人間くさい……いや人間だな、女のようだ」
「あっ……あれは……」
「どうした?」
車両は急速に速度を落とし、バイクは急加速する。
「彼女はおそらく……!」
そして車両と横並びになると、ライダーはゴーグルを上げた。
「やっほー! 調子はいかがぁー?」
はたしてそれはハイスコアだった。施設にいたときとまるで身なりが変わっている。古風な外観のバイク、茶色の革ツナギを身にまとい、パイロットキャップを被っていた。
「スコアじゃないですか! どうしたんですかっ?」
「もちろん、二人に会いにきたんだー!」
ウルチャムはさらに速度を緩め、車両を停止させた。そして飛び降り、少女たちは勢いよく抱きしめ合う。
「わあ、こんなに早く会えるなんて!」
「ほんとにねー……って、その髪どうしたのっ?」
ウルチャムは事情を語りハイスコアはうなる。
「まー……うん、似合ってるというか、これはこれで可愛いかもだけど……」
ハイスコアはウルチャムの頭を撫で、それがこそばゆくて白髪の少女は笑った。
「スコアもです、その格好はどうしたんですか?」
「あっ、これはねー……」
身なりだけではない。様々な点で奇妙だった。ゴッドスピードは助手席側より顔を出し、
「……おいっ、なぜ単身で行動しているっ?」
「部隊が壊滅しましたー」
あっけらかんとした調子だが、内容はクリティカルである。
「……なんだと」
「みんなやられて死んじゃったの。あ、ちゃんと残った敵戦力は全滅させたけどね!」
まるで悲壮感もなくそういってのける少女にゴッドスピードは異様さを覚え、ウルチャムは絶句する。
「か、壊滅……! えっと、あの、壊滅とは……」
「だから、みんな死んじゃったんだよ。あっ、でもあの施設から出た子はいないから安心して」
ウルチャムは地平線を見つめたまま固まる。対しハイスコアは活動的に飛び跳ね、
「これからは一緒に行動したいなっ!」
「……待て、本部と相談する」
「いらないよっ!」
ハイスコアは猛烈な勢いで開けた窓から飛び込み、二人はもみくちゃになる。
「ぐあっ……?」
ゴッドスピードは思わぬ衝撃を受けた。少女はその身長から想定され得る体重よりはるかに重かったからだ。ワイズマンズはみなこの傾向にあるが、彼女の場合はそれがより顕著である。
「おっ、お前……どかないか!」
「ブウウ! やだやだ、ここにいるもん!」そしてゴーグルを奪い「へへっ! ぜったい一緒の方がいいって! 私たち最強のチームになれるよ!」
ゴッドスピードはうなり、車両のモニターから通信しようとするがそれも阻まれる。
「……いい加減にしろ」
「真面目な話、私たちは最高に相性がいいんだよ。あなたはスーパーイレギュラーだし、私はパーフェクトレギュラーだもん!」
「なにぃ、何の話だ?」
「あ、知らないんだー」ハイスコアはくすくす笑う「お勉強サボってたんだー」
「いいからどけ、お前の今後について……」
「まあまあ、まだ見合ってないってのはわかるよ、あなたはオートキラーの破壊実績が群を抜いてイチバンだもんね。それを超えるのはいくら私でもちょっと難しいかなって思うけど、実力は質でも測れるじゃない? だから側で見ていてほしいんだ、私がイチバンだって証明するから!」
ハイスコアはさらに顔を男に埋め、
「匂いでもわかるよ、絶対に間違いない、私たちは運命の二人なんだ! きっと完璧な子を生み出せる!」
話が噛み合っていない。ゴッドスピードは眉をひそめ、
「……とにかく、部隊が壊滅したのなら報告をせねばならない」
「したよ」
「嘘をつくな」
「嘘だけど、したってことでいいでしょ」
「いいわけあるか」
二人の視線が交差する。ゴッドスピードは大いなる懸念を眼前の少女に認めた。
「ウルチャム、こいつをどうにかしろ!」
ウルチャムはぼんやりと地平線を見つめていたが、はたと気づき、
「は、はいっ!」
そして車両に乗り込み、ハイスコアを後部へと引っ張る。
「スピードさんの邪魔をしてはいけません……」
「ええー! 私、なんにも変なこといってないのになー!」
ゴッドスピードは通信を求め、即座にスノウレオパルドより応答がある。
「おい、ハイスコアが単独行動をしている。なんでも部隊が壊滅したらしい」
『スコアが、そうなのですか』ほっと安堵のため息が感じられた『……はい、たしかにそのような懸念があります。それでハイスコア、そこにいるのですか?』
「はーい!」
『元気な様子ですね。怪我はありませんか?』
「はい、すぐに治りましたので! 私一人で残存敵勢力を排除しました!」
『……なぜ、これまで報告をしなかったのですか?』
「増援の可能性を考え、即座にその場を離れた方が得策だと考えました。車両は足回りが壊れちゃいましたし、その場にあったバイクを拝借したんです。あと、戦闘服が破れちゃったので衣服も拝借しました。みんな死んでましたし、いいですよね」
その言葉にゴッドスピードは不信を抱く。戦闘服ならば用途に合わせて数着所有しているはずだからだ。わざわざ他者のものを奪う理由にはならない。
『……死亡していたとは、ワイズマンズも含めての話ですか?』
「そーです」
『死体は発見されていません』
「ふーん、そーなんですか」
『何か知りませんか?』
「いいえ、私が去るまではありましたけど」
『そう、ですか……』
重い沈黙が漂う。しかし、当のハイスコアはそんな雰囲気に興味を抱かない。
「あ、ちなみにですけど通信は試みましたよ。でもイマイチ繋がりませんでした。べつに忘れていたわけではないです」
嘘をつけ。ゴッドスピードは鼻を鳴らす。
『……なるほど。では、いま報告をしなさい。どういった経緯でそうなってしまったのか』
「いえ、単純な力不足だと思いますよ。普通に負けました、私以外は」
『敵戦力の規模は?』
「六人くらいのごく小規模な部隊です。でも戦力はなかなかのもので、その主だった理由はジャイガンティックのような武装にありました。なんか赤黒いやつです」
『まさか、ブラッドシン部隊……! そんなところにまで』
それはハイパーアウトローの筆頭として挙げられる正体不明の殺戮部隊であり、各地に出没しては略奪と殺人を繰り返す悪鬼の集団として恐れられていた。ワイズマンズはこれを抹殺対象として指定しており、迅速な排除が望まれている。
しかし、実情としてその目標は難航していた。その理由は群を抜いて高度な装備品にあり、充実度でいえばワイズマンズ以上であるとされている。
「俺にもその名前には覚えがある。かなり危険な奴らだ。しかし、どういった任務で遭遇することになったんだ?」
『小規模コミュニティの救援要請を受けての出動です。しかし、敵戦力はオートキラーのはずでしたが……』
「はい、それらをやっつけた後に現れたんです」
『同行していたワイズマンズらは確かに死亡したのですか?』
「はい。これ以上ないくらい死んでました」
「……死体が消えた理由として、何か思い当たることはないのか?」
「さあ、獣にでも食べられたんじゃないんですか? もしくは誰かが持って帰ったとか」
また陰鬱な雰囲気がたちこめるが、ハイスコアには興味などない。
『……よく、ブラッドシン部隊を撃破できましたね』
「はい、弾丸が通らなかったんで首をへし折りました。機動力はあったんですけど、精密動作性は低いとの判断で格闘戦に持ち込んだんです。感触からして中身は人間だと思います」
「く、首を……」ウルチャムは息をのむ「あの、殺めてしまったのですか……」
「えっ、当たり前じゃない」ハイスコアは首をかしげる「別にいいんですよね、ああいうのは」
『はい、あれらは優先的に抹殺すべき対象です』
「それで、ランクは上がりますかっ?」
『……おそらくは』
「ほら、すごいでしょ!」ハイスコアは踏ん反り返る「今度もっと強いの倒すから、さっきの話、真面目に考えといてね!」
真面目に考えるべきはハイパーアウトローへの懸念だろう。ゴッドスピードはうなる。
『……話はわかりました。詳細な報告書を後ほど提出しなさい』
「ええー!」ハイスコアはうなだれる「めんどくさいなー」
そしてゴッドスピードに寄りかかり、押し返される。
「それで、こいつをどうする?」
『……ひとまず審議します』
「いえいえいえ、おかまいなく! 私、このチームに加わりますので!」
『それは本部にて決定されることです。ですが、いまはひとまず同行しなさい』
「絶対、ここがいいですって!」
『それはさておき、先ほど依頼を受注しました。その地点よりそう遠くない場所にトラックコミュニティが駐在しています。そこには先日よりデビルズリップというチームが同行しており、住人がその排除を求めているのです』
「凶悪集団なのか?」
『いいえ、悪辣と断じれる情報はこれまで入っていません。一種の素人傭兵とみなしていいでしょう。つい先日もアウトローと思われる集団を撃退したそうです』
「ならばなぜ排除要請が出るんだ?」
『先方は悪質な詐欺行為が確認されたと主張しており、またそのせいで死者が出たと加えてもいます。とはいえ曖昧な点も多く、現場での判断が求められます』
「なんだ、丸投げかよ」
『あなたたちを信頼してのことです。それと先の報告についてですが……』
それは先日の、オートキラーがウルチャムに保護を持ちかけた件についての報告である。
『情報としては貴重なものの、結論として採用するにはまだ不足があるとの見解となりました。すべてのオートキラーに通じる事柄かはわかりませんので』
そうだろうとも。だからこそゴッドスピードには懸念があった。
「不足といっても、どうすればそれが解消されるんだ? 本部が納得するまで彼女を危険に晒せとでもいうのか?」
その指摘はスノウレオパルドにとって厳しいものだった。いうまでもなく彼女は愛する教え子たちを無闇に危険に晒したいわけではない。
『……オートキラーにも所属があるという研究結果が最近、報告されています。よって、あるいは敵対する機種もあるかもしれません。確かめるべき事柄はたくさんあるのです。この件に関しては追々、議論する機会をもうけましょう。それでは通信終了』
すべては曖昧、可能性ならばいくらでもあり得る。ゴッドスピードはいつの間にか肩に顎をのせているハイスコアと目が合った。
「……それじゃあ、目的のコミュニティへ向かうか。ほら、お前はバイクだろ、さっさとしろ」
「はぁーい」
トラックコミュニティとはその名の通りトラックで構成された移動型コミュニティであり、各地域を放浪しつつ危険を避けて生活を営んでいる集団である。
そしてそのようなコミュニティにつきものなのがアウトローたちだが、その実態は様々だった。人質をとって従わせるなどの悪質なものから、護衛役として雇われ、好意的に受け入れられているケースもある。人の流れは複雑であり、それゆえに各コミュニティの事情もまた様々であった。
ゴッドスピードたちは目的地へ向けて移動を開始する。並走するハイスコアは楽しげに歌い、その様子を見つめながらウルチャムはぼんやりとオートキラーのことを考えていた。
【トラックコミュニティ】
トラックコミュニティでよく使用されるトラックの荷台はあたかも飛び出す絵本のように展開し、簡易的な建築物が隆起することによって住居としてのキャパシティを増大させる構造となっている。そして有事の際には展開している住居が折りたたまれ、短時間にてその場を脱出することが可能となるのだ。
また退避する時間を稼ぐために、いち早く危機を察知する役割を担うのが巡回車両である。それは展開中のコミュニティ周辺を常に警戒していた。そしてその車両が一台、ゴッドスピードたちの方へ向かってきている。警戒心を緩和させるため彼は速度を落とし、スピーカーで対話を求めた。
『こちらガードドッグだ、救援要請を受け参上した』
すると巡回車より同じくスピーカーで応答がある。
『必要ない。撃退したあとだ』
その返答は不自然だった。ガードドッグに依頼したというのに、いざやってくればないがしろにする。これはいかにも怪しい挙動に違いない。
『その件とは別に、代表者と話をする必要がある』
『……待て、確認する』
そのとき、虚を突くようにハイスコアのバイクが突っ切っていく。
『おい待て! いま確認している!』
『ハイスコア、勝手に動くなっ!』
『らちがあかないってやつ?』
ハイスコアは一直線にコミュニティの方向へ突き進み、巡回車は慌ててそれを追っていく。
十数台もの大型トラックが展開し、居住区が形成されている様は小さいながらもコミュニティの風格がある。展開している居住区は外観的に木造を意識しており、住人たちの素朴な趣向が窺えた。
しかし、ところどころ場にそぐわないビビットな配色の改造車両が散見できる。その中央に展開してる大型トラックは特に派手で、赤紫色を基調とした、ことさら際どい配色のパブとなっていた。ハイスコアはそのトラック近くにバイクを停める。
「はいー、ガードドッグでーす!」
突然の来訪者にデビルズリップのチームメンバーたちがぞろぞろと集まってくる。そしてサングラスに革ジャン姿の大男がハイスコアの前に立ち阻んだ。
「オウ、なんだ嬢ちゃん」
「だから、ガードドッグです。救援要請を受けてやってきました!」
「いらないねぇ」パブより、赤紫に輝くドレスを着た恰幅のいい女が現れる「賊は始末した後だ」
「ほんとかなぁ」ハイスコアはチームメンバーたちをわざとらしく眺め回る「まだどこかにいっぱい残ってたりして!」
ドレスの女は眉をひそめ、
「用済みだよ、消えな」
「代表者さんはどこ?」
女はギロリと一方を睨む。そこにはスーツを着た中年の男がぼんやりと立っていた。
「あっ、もしやあなたが代表者さんですかっ?」
「そうです、どうも。ドニル・オーヒセン代表です。こちらはオライル・モニス副代表」
オライルは腕を組み、あからさまな敵意の視線をアウトローたちに向ける。
「はいー、ガードドッグのお届けでーす」
「あんたみたいなガキがかい」女はパイプをくもらせる「いらないといっている、あたしらだけで充分だ」
「まさかぁ! ぱっと見、弱っちいのばかりじゃない」
「おいっ、何をしている!」ゴッドスピードは車両から飛び降りる「勝手に先行するな!」
「力づくで追い出した方がいいかと思って」
「はっはは、力づくだとよ! オウ、ミグロ、相手してやんな!」
現れたのは体格のいい女だった。頬に派手なコウモリ型のペイントをし、タンクトップからあらわな腕は隆起が甚だしい。
「おいおい、よさないか!」
「てめえの相手は俺だ」
先ほどのサングラスの大男が指を鳴らす。
「待て待て、くだらんケンカはごめんこうむる。俺たちは人を守るためにここにいるんだ。ともかく事情を聞きたい」
「さぁーて」ミグロは笑みを浮かべ、身構える「こちとらテメエみたいなアマをボコるのが楽しみでねぇ! 骨の一本くらい覚悟しなよ!」
そして拳を突き出すが、次の瞬間には転倒を余儀なくされていた。足がおかしな方向に曲がっているからだ。
ミグロは痛みにうめき、ウルチャムの〝それ〟がその苦痛に感応しようとするが、少女は心の中でやめてほしいと願った。なにしろ穏やかではない状況である、ことの次第では戦闘になるかもしれないのだ、強い痛みは不利な状況をつくってしまうことだろう。
はたして〝それ〟はミグロの方を見つめていたが、ウルチャムに一言伝えると少女の元へ戻っていく。
「あっ、ごめんね、私は折るつもりなかったんだけど」ハイスコアは口を押さえて笑む「枯れ枝みたいにもろいからびっくりしちゃった」
次の瞬間にはチーム全体の雰囲気が鋭利な敵意を持ち始め、痛みと敵意の感応を受けたウルチャムは明確に戦闘態勢に移行したが、ゴッドスピードの制止を受け、その姿勢を緩めた。
「そうだ、目先の敵意にとらわれてはならない。あんたたちもやめろ! こんなことをしている場合では……」
「グレン、黙らせなっ!」
「ぶっ潰して……」
大男がゴッドスピードに飛びかかるが、静かに膝から落ちて沈んだ。顎への一撃が正確に決まったのだ。一度ならず二度の瞬殺にチームは沈黙し、いつの間にか集まってきていた住人側からは歓声が上がる。
「いい加減にしないか」ゴッドスピードはため息をつく「……我々はあんたたちの敵というわけではない。そちらの筋が通っているなら実力行使には出ないつもりだ」
女はパイプをくもらし、
「……筋の話をするなら問題はないさ、こちとら雇われてんだ、契約書もあるんだよ。反故にするなら違約金を払ってもらうだけだ」
「……その額は?」
「年間八百万オンリーで契約してるからねぇ。これまでの分は全額、違約金は残り日数の半額ってとこだ」
このような長期間契約の場合、詐欺行為が頻発している現実は確かにあった。年間契約を決めさせ、その後にあえて雇用側の反発を引き出し、契約の反故を促す。その場合、契約内容によっては違約金が発生するので、つまりは短期間で報酬にありつけるという算段となる。これは傭兵をうたうアウトローたちの常套手段として有名だった。
「つい先日、あたしらはアウトローたちを撃退したんだよ! 命張ってんだ! タダ働きするつもりは毛頭ないんだからねぇ!」
それは裏を返せば自らはアウトローではないという表明だった。しかしデビルズリップというチーム名のセンスから察せられる通り、威圧的な風貌のチームメンバーが多く、また先のケンカっ早さからしても印象は決してよくない。ゴッドスピードは肩をすくめ、
「では死体は?」
「なんだって?」
「先日、襲撃してきた奴らの死体はないのか?」
「そんなもん、ないよ」
「無血で追い払ったというのか?」
「いいや、何人かやったはずだけどね。連れ帰ったんだろ」
先日、襲来したとされるアウトローが彼らの仲間である可能性はあった。守ったという偽りの実績において違約金の支払い交渉を優位に進める手法もまた、横行しているのだ。よってこの自称非アウトローチームがそういった詐欺めいた行為をしている証拠があるのか調べる必要がある。
「ともかく、今日はここにお邪魔させてもらいたい。いいかな?」
「もちろんですとも」ドニルは頷く「ぜひともそうしていただきたい」
「テメエ……」女は代表を睨みつける「誰があんたらを守ってやったと思ってんだい!」
「お前たちが仕組んだんだろ!」
どこからか、非難の声が上がった。
「ジョーイを殺しやがって!」
「エラリスもよ!」
「出てけ!」
「出ていけっ……!」
「失せやがれっ!」
住人たちの声はせきを切ったように強さを増していった。さすがのチームメンバーたちにも狼狽の表情が浮かぶ。
「黙りやがれっ!」
女は一喝し、マシンガンを空へ向けて撃ち鳴らした。
「動かすだけ動かして報酬なしなんてな通らねぇんだよ! それともやるかい! オウッ!」
ドスの効いた声に住人たちは黙すが、その目はよりいっそうの憎悪を深めつつあった。今度こそ〝それ〟らは感情を運び、ウルチャムは気分が悪くなる。
「おい、大丈夫か? 痛みは?」
しかし慰めとなる感覚もあった。こういうときにこそ、ゴッドスピードより複雑だがどこか慈愛のある感情が流れ込んでくるのだ。これまで激戦を生き延びた男は争いをどこか憐れんでいるのかもしれない。その感情は確かに彼女の心を支えていた。
「……大丈夫です、そう軽々しく感応しないよう、訓練をしていますから……」
「そうか、もしひどいようなら車両へと後退するんだぞ」
ゴッドスピードは二つの勢力の間に立ち、
「……待て、荒事はなしだ。ただでさえオートキラーの脅威に晒されているというのに人間同士で争ってどうする。両者ともに話を聞かせてくれないか。お互い、血を流したくなんかないはずだ」
住人たちはざわつくが、そのうちにぱらぱらとその場より離れていった。「さっさと始末しろよ」「役にたたねぇな」などといった声がちらほら聞こえてくる。
「まずは代表者と話がしたい。そのあとはあんたたちとだ。両者の言い分を聞いてから我々はその後の行動を決める」
「いいよ」ドレスの女は頷く「あたしはデビルズリップのリーダー、アマンダ・シトラスだ。後ろめたいことなんかないからねぇ、いつでも来なよ」
そしてチームメンバーたちはパブの中に消えていく。ミグロは肩を借りて歩くが、ふとハイスコアを見やった。その瞳に浮かぶのは憎悪ではなく、怯えである。
「……思いのほか、危険な状況ですね」ウルチャムはうなる「収拾がつくのでしょうか……」
「問題ない。君がいるからな」
「私、ですか?」
「嘘を見破ることができるだろう。それで奴らの本音が暴ける」
「あ、あまり信用されても……」
「そう固くなるな。君は純粋に……」
そこにハイスコアの咳払いが割って入る。
「……なんだよ?」
「あの、なんでパシィが君で、私がお前なのっ?」
ハイスコアは頬を膨らませる。目と口が大きく派手な顔立ちをしており、さらに頬を膨らませる様はなるほどカエルっぽいなとゴッドスピードは思った。
「お前はお前だからだ」
「それって親密さの証?」
「いいや」
「ブウウ!」
ハイスコアはプイとどこかへ行ってしまった。ゴッドスピードは肩をすくめ、ウルチャムは苦笑いする。