王国 L.R.R.H:Kingdom
【アイゼンハンド】
荒野にまたひとつ森がありました。ですが禁忌の地でもありました。足を踏み入れた者たちの誰もが帰途につけなかったからです。
「オートキラーの巣窟なのでしょう」
その男は冒険者を名乗りました。自称するにとどまるその肩書きは実績においてのみ影響力を発揮し、また対面できる相手の地位によってそれは測られます。
「アウトローも相当数が入ったようだが出てきていないようだ」
市長であるバサル・ミジィーウは書斎デスクに腰かけ、冒険者の男を見据えます。
「だからこそ調査の許可は出せないんだよ。死にに行くようなものだからね」
「大丈夫ですよ、僕はそういうのが得意なんです」
男は自信満々な様子です。市長は嘆息し、
「もちろん、勝手にする分には止めようもないがね」
そう遠回しに伝えたところ、男は意気揚々と執務室を後にしました。さっそく森へ向かうつもりなのです。そして満載の荷物を抱えた自動二輪に跨り、コミュニティを後にしました。
森はだしぬけに荒野から溢れ出ているように見えます。機械人間が育てているにしてもどうしてあそこを選んだのだろう、男にとっては興味が尽きません。森へはものの数十分足らずで到着しました。
「ああ、これはすごい」
一目でわかりました。森林は色とりどりの動植物で満たされています。直径10キロメートルに満たない規模でしたが、そこはあたかも神話の楽園のようでした。
ですが機械人間の影が多数あります。しかも彼らはすぐに男の存在を認識しました。二つのレンズが数多、男の姿を映しています。
いつでも逃げられる態勢のまま、森林と荒野の狭間に男はいましたが、一向に加害の動きはありませんでした。そのうちに機械人間たちは各々の仕事を再開し始めます。
男はここで、森の周囲を巡り始めました。彼が冒険者たるゆえんはここにあります。安全に感じた時が最も危ないと知っているのです。彼は直感していました。あのまま森に入ればきっと殺されただろうと。
男は経験から、いくつかの仮説をもっていました。オートワーカーのキルモード起動には前兆があり、その内の一つにグループ構成機体の同調行為があるというものです。彼には先ほどの行動がその典型例だと思えました。
男は森の外周を走りながら悩んでいました。もしかすると中に入る手段がないのかもしれない。今回ばかりはなんの冒険もできないかもしれない。そう気落ちしつつあった、そのときです。ふとした違和感を覚えました。なんとなくですが、森の一部、その景色が揺らいだように見えたのです。
まさかと思いつつ、男は違和感のある場所へと接近しました。するとどうでしょう、その部分だけ立体映像だとわかったのです。実際、触れると景色が歪みました。
普段は慎重な男もこの発見には興奮を抑えきれず、警戒もそこそこについ顔を突っ込んでしまいました。するとその先には道があります。森の中心へと通じる一直線の舗装道があったのです。
男はまず、少し入ってみて、何者の襲撃もないことを確認しました。その周囲にも機械人間たちの姿がありましたが、今度はどれも彼の方を見たりはしません。
男は自動二輪を押しながら、ゆっくりと道を進みました。やはりどの機体も彼に反応をしません。ですが、長年の勘が男に囁きかけていました。決してこの道から出てはいけないと。他にも致命的なルール違反があるかもしれません。彼は慎重に道を進んでいきました。
それからしばらくしてのことです。男は中央部分と思われる、大きく開けた場所へと辿り着きました。
「ここはいったい……?」
そこは大きな貯水池、もとい泉のような場所でした。驚くべき透明度の水が、底から発せられる光によって神々しく輝いています。
男は泉を覗き込みました。光は鼓動のように明滅していましたが、その合間にふと、何かの影のようなものが垣間見えたような気がした、そのときでした。
それは瞬く間に浮上していました。白いオートワーカーです。その頭部がぬっと水面から現れたのです。
男にとっては見たことのないタイプでした。どことなく無骨な雰囲気のあるそれは旧式のようにも思えましたが、外装が劣化した様子はありません。それは二つの丸いレンズを彼に向け、ふとこういいました。
「この泉に触れてはいけませんよ。何かを入れることも許可しません」
男は小刻みに頷き、
「あ、ああ、わかった。……用件は、それだけかい?」
「はい」
「ここで、幾人も行方不明となっているらしいが……」
「違反を犯せば、あなたもそうなることでしょう」
男が考えた通りでした。この森には厳粛なきまりがあり、ひとたびそれを破ってしまえば最期、生きては帰れないのです。
「泉の件以外に、どんなルールがあるんだい?」
「さまざまな」
男は息をのみました。ここがもっとも困る点だからです。ルールが存在し、破れば恐ろしい罰が待っているというのにそのルールが開示されないという矛盾、それはいわば、機械人間の強権でした。恐るべき支配力です。男が慄いているうちに、眼前の機械人間は泉の底へと姿を消してしまいました。
男はしばらく思案していましたが、やがて決意しました。危険を承知でここに居座ろうと考えたのです。
自動二輪から荷物を下ろし、小型のテントを設営します。食料が続く限りここにいるつもりでした。
その行為はルール違反ではないようで、何の襲来もありませんでした。男は折りたたみ式の小さな椅子に腰かけ、改めて周囲を見回します。
不思議な森林でした。どのような理由でここに森を生み出したのか、そして何よりこの泉は何なのか、興味が尽きません。
男は泉の観察に着手しました。四つん這いになり、じっと水の底を覗き込みます。底の中心にある大きな機械は円錐形をしており、そして不規則なタイミング、強さで明滅を繰り返しています。
男は明滅にパターンがあるのか知りたくなり、しばらく記録作業に没頭し、数日が経過しましたが、なかなか規則性が掴めませんでした。そしてこう思うのです。
こうしていても埒が明かない、あのワーカーのような奴に直接、聞いてみてはどうか。男は幾度となく泉の底へと呼びかけ始めました。ですが一向に反応がありません。そしてそのうち、徐々に声量が大きくなっていきます。
そのときでした。先日の機械人間がまたその姿を現し、浮上してきたのです。
ああ、ようやく応えてくれた、と男は思いましたが、それは勘違いでした。
「泉の側で叫ばないようにしなさい。唾が入りますからね。警告です、二度とやらないように」
思わぬ指摘に男は面食らい、そのうちにオートワーカーはまた泉の中に消えていってしまいました。よく殺されなかったものだと男は安堵し、しばらく大人しくすることにしました。
それからまた数日が過ぎ、男は周囲の動植物を観察しては記録をつけていましたが、やはり気になるのはあの泉です。一度は警告された身ですが、また呼んでみることにしました。ですが今度は泉に唾が入らないよう、遠目からの実行です。
呼び声はやがて叫び声になっていき、それからややして、かの機械人間が三度、その顔を見せました。
「そこからでも風にのって唾液が泉に入り込みます。もう二度とこの森で叫ばないように」
またも面食らった男ですが、今度は質問を忘れませんでした。
「この森は、その泉は何なんだっ?」
機嫌を損ねているからか、そもそも答えるつもりがないのか、機械人間はその質問を無視し、泉の中に消えていってしまいました。
「あっ、待ってくれっ……」
追いすがるように男は駆け出しましたが、バランスを崩して転倒してしまい、あろうことか上半身を泉に突っ込み、さらにその水を飲み込んでしまいました。
しまった! 男はすぐにその身を起こし、尻もちをついたまま、後ずさりします。もちろん、機械人間が浮上してきます。
「わっ、悪かった! わざとじゃなかったんだ!」
恐ろしい沈黙が続きました。機械人間はしばらく思案をしているようでしたが、ふとこういいました。
「ただちにこの森から出てゆきなさい」
もはや従うしかありません。男は慌ててテントを畳み、自動二輪に荷物を積んでそれに跨った、そのときでした。
「もしあなたが生き残ったならば、そのとき我々はあなたの味方となりましょう」
生き残ったならば、という言い回しが冒険者にとっては湾曲的な加害の意思に感じられました。彼は一目散に来た道を戻り、森を出ていきました。
道中に加害されることはなく、安堵のため息をついたのも束の間、男は帰路半ばの岩場に自動二輪を止めました。突如としてたいそうに気分が悪くなってきたからです。
岩陰に入り込み、座り込んでしまった男は三日三晩、その場を動けませんでした。体が上手く動かず、目や耳の調子もよくありません。脂汗と冷や汗が交互にやってきて、食欲などまるでわいてきませんでした。ときどき水を舐めて、水分を補給するのがやっとです。
あの泉の水は毒だったのか。あのワーカーが示唆したようにこのまま死んでしまうのか。男は朦朧としながらそんなことを考え続けました。
そして四日目の朝、ふと男が目を覚ましたとき、猛烈な空腹を感じました。そして欲求のまま食料を食んでいたそのとき気がつきました。おや、ずいぶんと気分がよくなっているじゃないか。
体は軽く、五感の変調もありません。どうやら助かったようです。
男は深く安堵し、コミュニティへと帰還しました。ですが、戻った途端にまた、奇妙な変調を感じました。市長への報告がありましたが、しばらく安静にすることにし、近場の安宿へと泊まることにしました。
それから数日後のことです。彼の部屋に尋ね人がありました。かのミジィーウ市長です。
「生きて戻っていたとは……! 一報くれれば……と思ったが、ずいぶんと恐ろしい目に遭ったようだね」
そのとき男は憔悴していました。妙なざわつきが四六時中、収まらないのです。人々のおしゃべりが全身を叩いているような感覚、そのよくわからない騒がしさに日々さいなまれていました。そしてまた、あの機械人間の言葉を思い出すのです。
男は部屋の隅で縮こまり、市長を見上げます。そしてたどたどしく、あったことを話しました。ですが、市長はいまいち得心した顔を見せません。
「ずいぶんと何か……イメージと違うな。もっと殺伐としている場所だと思っていたが……ともかく、その状態はよくないだろう」
市長は入院などの措置を勧めましたが、男はとにかく静かな、誰も近づかない場所を求めました。
「だとするなら……市庁舎のパニックルームはどうだろう、地下にあるし、誰も立ち入らないよ」
そこは本当に静かな場所でした。男は市長の庇護を受け、しばらくそこで暮らしているうちに、落ち着きと健康を取り戻していきました。そのうち、その部屋を出られるほどに回復したのです。
「ずいぶんよくなったようだ」
「ええ……だいぶ、コントロールできるようになりましたよ」
そうして執務室での談笑が日常になったある日のことでした。突如として、市長秘書が室内に飛び込んできます。
「きっ、緊急事態です、アウトローが……!」
「なんだって……?」
耳をすますと、遠くより銃撃音が聞こえてきます。
「あっという間に、大軍勢です、どうして……?」
「大軍勢? まさか……!」
市長は苦々しく言い放ちます。
「目的はやはりあの森だろう、ここを攻略拠点にするつもりだ、複数のグループが手を組んだな……!」
「と、とにかく、地下へ……!」
そのとき猛烈な揺れが彼らを襲いました。市庁舎に装甲車両が突入したのです。そして、あっという間に武装集団がエントランスを占拠しました。警備兵との猛烈な銃撃戦が展開されます。
その間に男や市長を含む職員たちは地下のパニックルームへと避難し、息を潜めました。上階より銃撃音が聞こえてきます。
「なんということだ、最近なりを潜めていたと思っていたら……!」
一同が一心不乱に祈り、男もまたその強い感情に揺さぶられ、強く強く祈っていました。銃撃音はさらに強くなっていきます。警備兵が突破されるのは時間の問題といえました。
どれほどの時が過ぎたでしょう、いつの間にか静寂が続いていました。戦闘が終わったのかもしれません。
静けさに気づいた一同は顔を見合わせます。どちらが勝ったのか、わかりませんでした。
痛いほどの沈黙がしばらく続いたのち、備え付けの電話が鳴りました。一同は硬直し、みな一点に視線を向けます。
代表者である市長がスイッチを押し、通話を開始しました。
『みなさんご無事ですか、ア、アウトローは撃退されました! 出てきても大丈夫です……!』
にわかには信じられませんでした。アウトローが職員を騙っている懸念があるからです。脅して従わせている可能性もあります。
ですが、声の主は次に、信じられないようなことをいいました。
「オ、オートキラーが、増援に駆けつけたのです……! アウトローは全滅しました、おそらくは……」
嘘だとしても出来が悪い話です。不信感が強まる中、市長の脳裏には男の語った話が過っていました。
市長は職員たちを説得し、やがて一同は合意に達しました。パニックルームから出ることを決意したのです。
命がけの選択でした。一同は息をのみ、ドアを開けます。するとその先に顔馴染みである職員の姿がありました。
「ああ、ご無事でしたか……! お返事がなかったので心配しましたよ……!」
アウトロー集団を撃退したという話は真実でした。
「やはり君のお陰か! 君は我ら市民の大恩人だ……!」
笑顔に囲まれハグや握手の嵐を受けながらも、男には実感がありませんでした。ですが、ともかく喜ばしいことには違いありません。この冒険者だった男にとってはもはや、他者の喜びが自分の幸福になっていました。
やがて時が過ぎ、男は市長という立場を超え、栄誉長として市民から愛され続けました。体質の変化による苦労はあれども、コミュニティを治める手腕は卓越しており、多幸に包まれた生涯を終えることができたのです。
それからというものです。そのコミュニティにはある決まりごとができました。森の試練を抜けた者だけが栄誉長を受け継ぐ資格を有することになったのです。
その後、競争は激化し、熾烈な争いに発展しましたが、それはまた別の話となりましょう。
【世界の断片、そのひとかけら】
その雰囲気は怪々めいていた。大きな犬歯を見せ明朗な笑顔のハイスコア、小首を傾げたまま寡黙に不平の意をしめすプレーン、無言のままひたすら周波数を鋭敏にしているスノウレオパルド、緊張からか爪先立ちのまま硬直しているウルチャム、その様子を黙って見つめるパープルフォーチュン、悠々と腕を組み、何が悦に入るのか微笑んでいるアゴニー、平時と変わらぬ様子なのはゴッドスピードのみである。
『……先に説明したように、これは極秘作戦とします』
ふと沈黙を破り、苦々しい声が各自の耳へと届いた。
『……なるほど最適解である可能性は低くありません。ですが、上層部は決してこれを容認などしないでしょう』
「恐竜の頭蓋骨を崇め神託を求めたところで」アゴニーである「返ってくる返事は太古の鳴き声だけさ、ガオー!」
スノウレオパルドは完全に黙殺し、
『その一切が他言無用です。みなさん、わかっていますね』
ゴッドスピードは咳払いし、
「……ワイズマンズ3のスノウレオパルドさんがこういっているんだ、みなちゃんと守れよ!」
『……問題が生じた場合、少なくともあなただけは道連れにします。覚悟しておくように』
「忘れるなよ、俺の脳みそ……!」
ハイスコアは大笑いし、
「そ、それは構いませんけどぉー! このアゴニーって輩はつまり敵ですよね? 必要に応じた行動が必要になる場合もあると思うんですけどぉー?」
表情には出さないがアゴニーは内心、驚いていた。ハイスコアから流れてくる心象が自身に対する殺意でいっぱいだったからだ。
殺す、余計なことを喋ったら殺す、どうせ殺す、邪魔になるし殺す、先に殺す、どうやって殺そう、きっちり殺す、なるべくスマートに仕留めたい……!
その心情が知られていることに自覚があるのかないのか、当人はなおも笑っている。確かに憎悪はない。悪気もない。そうした方がよいという感情、本能、衝動があるだけだった。
アゴニーの経験上、その感情構成はいわゆるサイコパスにやや近いように感じられたが、もっとも近似するのは肉食獣である。
『もちろんです。必要に応じ、敵対勢力の一切を排除する必要はあることでしょう。それはいかなる状況においても変わりはありません』
あっさりと認めやがった。ゴッドスピードとアゴニーは同時に眉をひそめる。
「おい待て、たしかに気を抜いてはならん相手だが……作戦行動に必要だという点だけは失念するなよ」
敵とはいえ一時的に協力関係となる相手を攻撃するのはゴッドスピードの矜持に反するし、加えて別の思惑もあった。パープルフォーチュンについてである。
端的にいって邪魔なのだ。その制御が難しい以上、今後なんらかの火種になる懸念が大きい。ウルチャムを警護するというメリットはあるものの、同時に誘拐の懸念もあるのでその有効性は相殺されると評価せざるを得ない。
ゆえにアゴニーになすりつけてはどうかと彼は思案していた。その方法論にまだ具体性はなく、敵対組織の戦力増強に繋がりかねないので慎重にならざるを得ないが、可能性は残しておきたかったのだ。
「了解でありますー!」
ハイスコアは自身の目論見と合致する言質を取り、実行への意思をさらに固くする。そしてアゴニーの装備を横目で観察、戦力の見当をつけた。
灰色のジャケットは防弾仕様、四肢の関節部にアーマーサポーター、改造された形跡のあるワイズマンズの多機能ゴーグル、腰部には簡易ブースターを装備、武器は見当たらないが、胸部付近の膨らみからして大型のハンドガンを所持しているようだ。他にも小型の爆弾やナイフ程度を隠し持っていてもおかしくはないが、いずれにしても大した脅威にはならないだろう。
しかしハイスコアは抹殺対象を軽んじない。継続して能力に対する対策へと移る。先読みを得意とするエンパシアとて躱し切れない一瞬が生まれるに違いない。得た感情の処理能力にも限界があるだろう。例えば複数人より同時に話しかけられた時のように、多人数戦では個々の内容の識別が困難となるはずだ。単純に広域的な爆発や弾幕にだってその強みが発揮されないだろう。なにより、普段から殺意を抱いていれば常にプレッシャーを与えられるし、それは同時に実行の際の隠れ蓑にもなるかもしれない。
「パーチュン、マタカーらの護衛は頼んだぞ」
「うるさい、変な呼び方をするな」
「何かあったらモールとも協力し合うんだぞ」
「しるか」
ハイスコアが寡黙に思案し続ける横でも思惑が錯綜していた。フォーチュンはエンパシアである二人を護衛するため同行をかって出たいが、他でもないその二人に同じ頼みごとをされてしまったのだ。それはゴッドスピードが念を押したように、マタカーの護衛である。
これは端的にいって厄介払いであった。敵対者がエンパシアである以上、機械の本能が暴走し、任務が邪魔される懸念があったからである。なお、グリーンナイトには別途、モールと一緒に待機命令が与えられた。
「よし、出発だ!」ゴッドスピードは手を叩いて行動を促す「迅速に片付けるぞ! プレーンはフグで待機、いつでも発進できるようにな」
「了解」
アゴニーいわく、敵性エンパシアはこのコミュニティ内に潜伏しているという。大まかにはエンパシアである二人が探知、先導し捜索していくという流れとなる。
「ふふふ、僕より先に見つけられるかな?」
アゴニーはウルチャムを挑発してはその感情を逆撫でし、悦に入る。対し少女の方はといえば押し黙ったまま相手にしない方針だが、握る手、グローブの皺はいっそう深くなっていた。
「わかるパシィ? いつだってタイミングが大事なんだよ。同類なら生まれる隙も見出せるでしょ、敵を捕捉したらもう用済みなんだから、いつでもやっちゃっていいからね」
奇妙な対立関係をいち早く察知したハイスコアが感情の火に薪をくべる。抹殺の手段は多い方がよい。
「早くしろ!」
一同が乗り込んだ車両はすぐに発車する。運転席にはゴッドスピード、助手席にはアゴニーが収まったが、ウルチャムはそのことも気に入らない。
「いまやっちゃってもいいよ」
もはや道理の欠片もない提案が耳打ちされる。そうして少女はようやく気がつくのだ、自分たちはこれから人を倒しにいくのだと。
「そ、そういえば、私たちは対象をどうするのでしょう?」
「逃すわけにいかないって話だし、基本キルでしょ?」
「ですが、貴重な情報源ですし……」
「そんな余裕はないだろうってネコ科の人がいってなかったっけ」
そこでハイスコアは気がつく。そういやパシィは人を殺したことがないんだ!
殺人のハードルは高い。命がけの戦場ですら敵兵を撃てない兵士は珍しくないのだ。
スノウレオパルドはただ、確実に急所を狙えとだけ教える。敵性対象の行動力を最大限に低下させることが目標であり、その後、敵がどうなろうがそれは関知することではない。
なぜならワイズマンズは死を認知していないからである。その辞書に死の項目はない。生体がその機能を維持しているか、それとも失うか、その状態の推移があるだけだ。
「べつに大したことじゃないよ、殺しなんて」
しかしワイズマンズの隊員、そのほとんどが死や殺しを認知している。授業内容から間接的に学識を得たり、創作物の影響を受けるからだ。もちろん自然と直観することもある。
ここで矛盾が生じるが、それを解消しようという動きはない。どの世界観で生きるかは個々の得心によるのだ。
そしてウルチャムは死や殺しを強く認知し、それを忌避している。それは尊重されるべき得心だが、任務の内容とはやはり相入れないこともあるだろう。だがそれだけのことだ。ワイズマンズは矛盾の岐路に立つことをよしとする。
とはいえ何の道しるべもなく放任するわけではない。ワイズマンズはすでに答えの欠片を隊員に与えている。あとは各々が悩み苦しんで答えを形づくるだけだ。
「それにしても、まだイカレたやつを使ってるのか?」
アゴニーは車両の端末を弄る。
「まだ? なぜ知っている?」
「僕が知るか」
「どういう……」
『あのう』そのとき、プレーンから通信が割って入る『今度の敵は地球政府を名乗る組織だということですが、いったいどこの何なんですか? 各国はオートワーカーの変異によって細切れになり、政府が存続している国はほとんどないと聞いていますが』
「勝手にそう名乗っているだけの集団だよ」アゴニーが答える「言ったもん勝ちなんだ、この世は伝言ゲームで繋がってるから」
『伝言……ですか?』
「世界は断絶されたが情報がすべて遮断されたわけじゃない。ダークベルトを超えてきたわずかな人々が各地の状況を伝えてきているからね。しかし、それが本当だとどうしてわかる?」
ダークベルトとはオートキラー過密地域であり、製造工場があるとされている地帯である。それは高濃度に世界を分かつ原因となっており、よほどの幸運者しか渡り切れないと囁かれる。
「誰しもが世界の実態を把握していない。そのことにいち早く勘付いた者たちが大いなるフィクションを創造し、それを利用しているのさ。それこそが眼前にある実態というわけだ」
プレーンはうなった。あらゆる情報はその信憑性に疑問符がつく。だからこそ彼女は噂話に夢中なのだが、それが自然発生的ではなく、誰かの意図が介在しているとしたならその魅力も大きく陰ってしまうからだ。
『ええ、すべてが断片的でしかない。だからこそボクたちはその隙間を想像で埋めるんです』
「そうして愚か者たちが跋扈する世界ができあがったわけだね」
『どうしてですか?』プレーンはやや不機嫌そうに反論する『断片から類推し、世界観を構築することはむしろ知性的な活動でしょう』
「答えがあればな」アゴニーは頷く「なるほど企てには真相があるだろう。探偵よろしく推理して事件の全貌を暴くことはできるかもしれない。しかし世界そのものに答えなどない。そう、世界とは断片を想像で繋ぎ止めた歪な偶像に過ぎないのさ」
「だからこの世は愚者の楽園だって?」ゴッドスピードは鼻を鳴らす「たしかに俺たちはいつも闇雲だ。急変する状況下で、その場その場で少しでもマシだと思う決断をするしかない。あてもなくな」
「なるほど君たちは悪しきを挫き、人々を助けてきたに違いない。それはそれで価値あることだと僕も妄想することはある。しかし、それもまた真実とは程遠い」
「ホットドッグには精通しているのにな」
「すべきことで世を満たせば悪魔が笑う。君たちの行動も笑い話のネタにされているさ」
ゴッドスピードは口元を上げ、
「何もしないことも必要って話なら同感だがな」
「怠惰は香辛料みたいなもんさ。適度なら美味いに違いない」
「俺はたくさんかけるぞ。いつだってビンを空にしてやる」
ウルチャムにとってはやはり面白くない状況だった。なんだかんだいってもあの二人が仲良さげなこと、それこそがなにより気に入らないのだ。
【小さな王国】
「近いかな、遠いかなー?」
コミュニティ郊外の倉庫街に入るや否や、アゴニーが声を上げる。
「右か左か、君はどう思う、エンパシーくん!」
「左だろ」
ゴッドスピードが代わりに答え、左折する。
「こっちの方がゲートから遠いからな」
つまりゲートを通ることはないという考えである。追跡された時に足止めをくらうからだ。倉庫街近辺にいるということは目標は航空機を使用していないとも推測できる。
外壁のあるコミュニティだと基本的にゲートを通らざるを得ないが、ビーズホッグにはそれがない。その代わりに周囲を巡回する戦闘車両が充実しているわけだが、標的にはそれを強引に突破する能力があるとゴッドスピードは予想していた。
「懸念事項として、ターゲットには極めて高い加速能力があると警戒しておくべきだろう。その場合、警備軍の協力は期待できない可能性が高い。スコア、足回りを中心にアタックを仕掛けるんだぞ」
「はーい」
近隣コミュニティの状況やマタカーへの応対からして、警備軍は本件についての実働に消極的と見なせる。一同からして、領地外までは追跡しないだろうという見解が主であった。
「おっと、動いたかな? 君はどう思うエンパシーくん!」
「おい、真面目にやれ」
ゴッドスピードには不可解であった。心が読めるはずなのに、この男はなぜこうも他者の神経を逆撫でしようとするのか。
「いちいちひとの顔色なんか伺ってられるか。それがエンパシアの不幸ってやつさ、なあ、エンパシーくん!」
本質を突いている。ウルチャムとゴッドスピードは同時にそう思い、うなった。
「……わかったからちゃんと」
「あっ、あれです!」急に後部から声が飛んだ「あの、白いトラックです! 動き出しました!」
「あれって……どれ?」
倉庫街は大型トラックだらけである。もちろん白いトラックも多いし、動いているトラックも多い。
「あの、赤いラインのトラックです!」
「違うね、青い犬の絵があるトラックだ」
「おいおい」
ゴッドスピードは双方のトラックを視認したが、ウルチャムが指摘した赤いラインの入ったトラックを追跡し始める。
「なんだ、僕のことは信じられないっていうのか?」
「それはそうだが足回りを見ろよ、ウルがいった方は装甲で固められているだろ、あれは武装トラックだ」
「相変わらず抜け目がない」
「よしプレーン、出撃だ!」
『了解』
標的と思われるトラックは徐々に加速していく。撒かれまいとゴッドスピードもアクセルを踏んだそのときだった、
「うおっ?」
突如としてアゴニーが体当たりをしてきた、とゴッドスピードには思えたが、
「嘘だろっ?」
驚いているのはアゴニーも同様である、体を預けていた背もたれ、そこからブレードが飛び出していた、
『惜しい』
「ああっ!」
ウルチャムも声を上げる、自分の席が貫かれたからだ、ハイスコアが座席越しにアゴニーを刺そうとしたのだ、
「おい邪魔だどけっ!」
「どいたら殺されるだろ!」
『あのう』
「おいスコアッ、何をしているっ?」
『どうかしましたか?』
車内は大混乱であるが、ひとまずウルチャムがハイスコアを取り押さえる、
「ななっ、何をしているのですかっ?」
標的を発見したのだからアゴニーは用済み、閉所にいるのだから回避は困難、やるなら今、そんな単純明快な思考回路である。
「ちぇー! 失敗しちゃった!」
「おいスコア! 状況を考えろ!」
標的のトラックはさらに加速していく。許可を得ない限り、ゲート以外から出ることは違法行為である。与えられたIDの破棄はもちろん、車両が特定されコミュニティ共通のブラックリストに入れられるのだ。
「……外に出るぞ!」
二台の車両が荒野へと出ていく。しかし警備軍の巡回車両は特別な動きを見せない。
「……なにぃっ?」
ゴッドスピードたちは事前に手続きを済ませているのでゲート外より外に出ても違法行為には当たらない。
「まさかっ!」
しかし、それは相手も同様かもしれなかった。
『これは予想外ですね』スノウレオパルドである『こちらで確認してみましょう』
「……というか」アゴニーである「君さ、さっき惜しいとかいってなかった?」
『そうですか?』
標的のトラックは徐々にスピードを上げていく。しかし加速力はむしろワイズマンズの車両の方が上である。二つの車両の距離が次第に縮まりつつあった。
「思ったより速くはないな、スコア!」
「はいー」
ハイスコアはゴーグルを通し機関砲を起動した。そしてトラックへと照準を定め、その足回りへ向けて射撃する。
「あれぇ?」
激しい砂煙が上がるが、トラックの速度は下がらない。
「……先読みしている? 厄介だな、ではスコア……」
「なめんな!」
ハイスコアは独断でミサイルを発射した。
「ばっ……!」ゴッドスピードは急減速する「か、やろう!」
大爆発が起こり、衝撃波で車体は揺れ、猛烈な塵がフロントガラス、そして視界を包む、だが止まるわけにはいかない。
「ちぇー! なんだあいつぅー!」
標的のトラックはむしろ遠ざかっている。完全に裏目に出た形である。
「馬鹿野郎! 仲良く吹っ飛ぶつもりか!」
「だってぇー」
「もういい、昼寝でもしていろ!」
「はーい……」
そのとき、アゴニーの背中に悪寒が走った。ケチがついた、殺す、あいつのせいだ、ぜったい殺す……!
とばっちりもいいところである。
「……やはり誘い込むつもりだな」ゴッドスピードはうなる「しかしこっちには空の目もある。落とし所がつくまで鬼ごっこか」
逃走するだけならばとっくにそうしているはずである。あえて目の前で逃げてみせたのは追跡者を誘導し、待ち伏せで排除するためだろう。
「奴らとて本来的ではない作戦のはずだ。有利陣形といっても即興のもの、頭上から波状攻撃が関の山だろうが、問題は戦力だな」
「そちらは対処済みだ」アゴニーである「ヘルゴートでも悶着したんだろう? 彼らが手伝ってくれてるよ」
「ヘルゴート? もしや、近くにあるアウトローじみた連中の吹き溜まりか?」
「そう」
「そこから加勢がある?」
「そう」
「早くいえよ!」
実際、遠くの巨岩周辺で土煙が上がっていた。すでに交戦が始まっているのだ。
「あれっ? あれって……」
ハイスコアは目を細めた。赤黒い姿が三体、確認できたからだ。見覚えがある、あれはあのとき戦ったガーゴイルと同一系ではないか。
「あのアーマーは……」
ゴッドスピードも目を細めた。救助者の安否が最優先のために追及できなかったが、夜の貴公子がからむコミュニティである、ガーゴイルが配備されている可能性はあったのだ。
「それにあれはっ?」ウルチャムである「……戦車っ?」
しかし、そのガーゴイルも優勢とはいかないようだった。機動戦闘車両が周囲を激走しては猛撃を展開しているのだ。しかも、その周囲にはオートキラーが搭乗しているホバリング車両が数機、飛び回っている。
「ちっ、多少はキラーをも手懐けているというわけだ!」
「どうするのっ?」
「スコア、運転を代われ!」
「わかった!」
ゴッドスピードは背もたれを倒し切って後転、入れ替わりにハイスコアが運転席に飛び移り、同時にハンドガンを助手席に向かって連射した。だがすでにドアは開いており、アゴニーの姿はない。
「ちぇええー!」
『惜しい』
「おいっ! さっきから何をしているっ?」
いいたいことは山ほどあるが、今はそれどころではない。
「……スコア、ウル、キラーどもをアタックするぞ! 俺が引きつけるからその間に撃て!」
「了解!」
「りょ、了解!」
「気をつけろよ、エンパシアだからといって狙ってこないとは限らんからな、常に不測の事態を想定するんだ!」
「はい!」
「プレーン、追跡しているなっ? 対空ミサイルには気をつけろよ!」
『了解。アゴニーはどうしますか?』
「放っておけ、いくぞっ!」
ゴッドスピードは車両から飛び出し、ブーストで戦場へと突撃していく。すると案の定、オートキラーたちが反応を見せた。ホバリング車両に搭乗している機体はどれもアサルトライフルを所持しており、その先端から火花が飛び散る。
猛烈な弾幕に晒されるがゴッドスピードには当たらない、逆にシルバーフォックスが火を吹き、次々とホバリング車両が撃墜されていった。キラーたちは高速で大地に激突していく。
『スピードさん、戦車のような車両がそちらへ向かっていきます!』
「ああ、あれもキラーかっ?」
大きな砲身を備えた胴体にキャタピラ付きの足回りが四つ、前後左右に付いている、スフィンクスのような形状の戦闘車両であった。異様な機敏性をもち、猛烈な速度の蛇行をしつつ辺りに機関銃を猛射している。
ゴッドスピードは弾幕を巧みに避け黒猫の刃を多数、射出していく。刃はどれもしっかりと突き刺さり、存外に柔いというのがゴッドスピードの印象であったが、ハイスコアたちの見解は真逆であった。
「なんだあいつ!」
戦車にしては見た目がスリムだが、強力な徹甲弾を弾く装甲は予想外であった。
「かなり硬いですね!」
「なんなんだよー!」
すぐにでもアゴニーを追って抹殺したいハイスコアである、ここで足踏みしているわけにはいかない。
「アナタァー! ミサイルいきますからねぇーっ?」
『あっ? ああ、了解した!』
ゴッドスピードがブーストでいったん離れたそのとき、ミサイルが複数、謎の戦闘車両へと襲いかかり大爆発を起こした。中空に大きな影が舞う。
「やった! やってないっ?」
吹き飛ばされた戦闘車両は墜落し転がるが、足を回して通常の姿勢に復帰、また激走を開始する。
「おかしくないっ? パシィッ!」
「ええ……! とても頑丈で思いの外、軽量なようです!」
「初めて見るよね!」
「極めて高度な技術が使用されていると思われます!」
ゴッドスピードも同意見であった。射撃や爆発に対してあまりに強固すぎるのだ。しかし攻略の手がかりはあった。
刃が突き刺さっていた部分の装甲が他より深く、破損しているのだ。これが突破口となるだろう。
『なるほど厄介だが、やれなくも……』
その時だった、通信が入る。
『こちらプレーン、アゴニーがこちらに現れました、標的のトラックを襲撃しています』
『なにっ? そうか、少し待て!』
ゴッドスピードは黒猫の刃を次々と突き立て始めた。謎の戦闘車両、その全体にである。いずれにせよ深手にはならないが、しかし彼は撃ち込むのを止めない。そのうちに戦闘車両はハリネズミのような姿となっていく。
『よしスコア、もう一度、花火を上げろ!』
「えっ、でもっ?」
『いいから撃ち込め!』
「あいさー!」
そして多数のミサイルが射出され着弾、大爆発が起こると今度こそ戦闘車両は四散した。多数の亀裂が入ったところに爆発の衝撃を加えた結果のものである。
「おおー! さすがのアナタァー!」
しかしゴッドスピードは警戒を解きはしない。慎重に残骸を調べる。
「……やはりキラーか」
残骸の中にはオートキラーの姿があった。それもまた大破しており、動く気配はない。
「ヘイお兄さん、乗ってかない?」
横づけされた車両にゴッドスピードは乗り込み、
「……プレーン、そっちはどうだ?」
『トラックの中から例の操り人間らしき数人と小型犬ほどの大きさの戦闘マシンが複数、出てきました。現在、アゴニーと交戦しています』
「他の戦力は?」
『ガーゴイルの勢力に鎮圧されつつあるようです』
「あとはトラックだけか。よし、俺たちもいくぞ」
「あいさー!」
プレーンからの誘導を受け、巨岩の裏側に到着した一同だが目の当たりにしたのは戦闘後の光景だった。トラックは半壊しており、周囲にも倒れた人影や小型兵器の残骸がある。そしてアゴニーが穴の空いたトラックの荷台、コンテナを開くところだった。
「まったく、いいとこ取りかよ」
コンテナの重厚なドアが開かれる。アゴニーの後ろからその光景を見たゴッドスピードは眉をしかめた。
「なんだ、こいつは……?」
その内部の半分が電子機器で満たされていた。その中央には大きな装置に囲まれた人物が座っている。
「エンパシー・ブーステッドだな」アゴニーは内部へと足を踏み入れる「機械や薬品で能力を付与された人間だ」
「……まさか、人工のエンパシア?」
「これは……!」
ウルチャムもその光景を目の当たりにし、息をのむ。アゴニーは肩をすくめ、
「……常人、もしくは能力の低いエンパシアをこの装置で強化していた、といったところか」
「常人をも……」
「なんだ、まだ生きていたのか」
装置に繋がれた男はわずかに動いている。大きなバイザーを被っているので顔は見えない。しかし胴体は血塗れである。
「……私の……」男はか細い声を発した「私の……王国……」
アゴニーは鼻を鳴らし、
「ああ、お前の頭の中だけのな」
「私の……王国……」
片手で銃を構えたアゴニーの手を、震える男の手が掴んだ。
「メキスへ……。あそこには、私たちが、たくさん……」
男はそう言い残し、こと切れた。
「……メキスだと?」アゴニーは銃を下ろす「豊潤のメキス……」
それはどこのことなのか、ゴッドスピードが尋ねようとしたそのときだった。
「スピードさん! 上からガーゴイルが来ます!」
やや遠くに、三体の影が着地した。赤黒い装甲で全身を包むガーゴイルである。
そのうちの一体の頭部が展開し、現れた顔はゴッドスピードにも見覚えがあるものだった。
「またお前らか」バクサーはうなる「だが今回は礼をいわねばならんな。あの厄介な機動戦車を撃破するとは。まさかガードドッグから協力要請があるとは思わなかったが……」
「気にするな」コンテナからアゴニーが出てくる「目的が同じなら協力し合わないとな」
ゴッドスピードはうなり、
「こいつらが何者か、知っているか?」
「さあな、素性などどうでもいい。よくある害虫駆除の延長だ。お前たちの狙いはそのトラックか」
「ビーズホッグで暗躍していた……殺し屋でな」
「ふん、害虫の巣はあちこちにあるらしい」
「そっちに生存者はいるのか? できれば尋問したい」
「いたが、自害しやがった」
「そうか……」
けっきょく情報はなしか。ゴッドスピードが嘆息していると、スノウレオパルドから通信が入る。
『ガーゴイルの出自を調べなければなりません。例の件と関係があるかもしれませんから』
「ともかく助かったさ」バクサーは肩をすくめる「じゃあな」
「待て、俺たちの用事はまだ終わっていない。こっちはそのアーマーにも興味があってな、同胞がそれを使用している部隊に攻撃を受けたという報告がある」
「ガードドッグを? 知らんな」
ゴッドスピードはウルチャムを見やり、少女は小さく首を振る。疑わしくないのジェスチャーである。
「そうか。ではあんたらの頭領はどうかな。まだあそこにいるのか?」
「どうだかな……。彼の出入りは報告されないし記録にも残されない。詮索しないという約束なんだ。それに頭領というのも違うな。俺たちは命令を受けているわけではない」
「組織ではない?」
「ああ」
「だがブラッドシン部隊は知っているだろう?」
「聞いたことはあるが、知りはしないな」
『いずれにせよ』スノウレオパルドである『調査に入る必要はありますね。予定を早め、すでにビーズホッグ支部隊を撤収させました。後は任せることにしましょう』
ゴッドスピードはうなり、
「……一応、調査に入っていいか?」
「出入りは自由さ。協力を得られるかはわからんがな」
ゴッドスピードは思案する。相変わらず事実関係に不明が多い。夜の貴公子とは何者で、何を企んでいるのか。
いいや、そもそも本当にブラッドシン部隊の仕業なのだろうか。手がかりはそのガーゴイルと呼ばれる兵装しかないのだ。
「……了解した。では近いうちに調査が入るだろう」
「揉め事は起こすなよ」
そしてガーゴイル部隊は飛び去っていく。ゴッドスピードはアゴニーを見やり、
「……で、お前はどうするんだ?」
「なんだ、歩いて帰れって?」
「いや……」
帰りの車内も賑やかになりそうだな……。ゴッドスピードは静かにうめくのだった。