群狼 L.R.R.H:Pack
【赤メットのヘンリー】
あるところに少年がいました。孤児だった彼は物心がつく頃には射撃訓練に参加していました。訓練教官のおじいさんは彼をたいそう可愛がり、たくさんの武装や、歴戦の猛者が使用していたとされるでこぼこの赤いヘルメットを与えました。彼は赤メットのヘンリーと呼ばれ、十代半ばの頃には少年部隊を率いるほどに成長しました。
ある日のことです。中隊長のニッケルがヘンリーにこういいつけました。
「ようヘンリー、お前に頼みがあるんだ。このラッパと果物をおじいさんに届けておくれ。あのひとは今、南部サニガスの訓練施設で指導をしているんだが、先の交戦で何かと入用になっちまったみたいなんだ。雨期に入る前に済ませちまった方がいい。単独作戦だからって寄り道するなよ」
ヘンリーは了解し、さっそく積荷でいっぱいのトラックに乗り込み、荒野へと出発しました。
ヘンリーの旅路は順調に進んでいきました。野盗や殺人機械の妨害もなく、好きな音楽を聴き、歌いながらの楽しい旅路でした。
ですが五日後のことです、鎮座する岩山のふもとに戦車を見つけました。しかも、その戦車には大きく見慣れた紋章が描かれています。灰色の狼の紋章です。
おや、あれはお仲間じゃないか。こんなところでどうしたんだろう? 優秀とはいえまだ素直な面が色濃い少年は、危機感もそこそこに戦車に近づいていきました。その周囲にはいくらか人影もあります。
「やあ、お仲間さん。こんなところで、どうしたの?」
「お前こそどうしたんだ、その荷物は?」
「この先の訓練場にもっていくんだ」
「へえ、この先にもあるのか」
「知らないの?」
「ああ、俺たちは遠くからきたもんでね、この辺りには疎いんだ。これから東へと向かうつもりなんだが、燃料が心もとなくてな、どこへ寄り道しようか話し合っていたところなんだよ」
そして男たちはふと顔を見合わせました。
「そうだ、お前についていこうかな。その訓練場で燃料を補給したいんだ」
「うん、そうだね、それがいいと思うよ」
ヘンリーと合流した一行は南サニガスへと進路を合わせ、突き進みます。そうして目的地まで目前というところで、ある話題が上がりました。
「そういや知っているか、この先にオアシスがあるんだぜ」
男の一人がヘンリーにいいました。オアシスとは荒野に珍しい緑地帯のことです。
「へぇー! 見てみたいなぁ!」
「そうだろう? 少し寄り道していくか」
「でも、あんまりのんびりもしていられないんだよ」
「半日程度、いいじゃないか。けっこう栄えているらしいし、うまいもん食えるんだぜ」
「えー、どうしようかな」
けっきょく、誘われるままにヘンリーはオアシスへと寄り道をすることにしました。ですが、それはまったくの間違いでした。湖を中心とした緑地帯はまるで天国、おいしい料理にきれいなお姉さんに囲まれ気が抜けたヘンリーはヘルメットを脱いでしまい。頭をごつんとやられて捕らえられてしまったのです。戦車の一団は実のところ彼のお仲間ではありませんでした。
「ちくしょう! 離せこのやろう!」
目を覚ましたヘンリーは暴れましたが、縄でぐるぐる巻きにされ、まるで抵抗できません。戦車の一団はそんな彼に、奇妙な機械を向けてなにやらお話をしています。
「なるほど、こいつ、まだだな。ガキだからか」
「そうか……だとするなら、辛い思いをすることになるな」
なんのことかわかりません。ただ、男たちは彼を殺すつもりはないようです。
トラックを奪われ、荷物のひとつとなったヘンリーは揺れる荷台の中で足掻き続けました。目的地はもう、すぐそこです。この男たちはきっと偽装したまま訓練場へと侵入し、先制攻撃にでるつもりなのでしょう。
おれのミスで仲間がやられちまう。どうしたらいい、どうしたら……。
しかし現実は過酷なものです。なんら希望が見えないまま、目的地にたどり着いてしまったようです。周囲から人の話し声が聞こえてきます。
「止まれ! 通行証を!」
どうやらゲートでの確認作業に入っているようです。ヘンリーは気づいてもらおうと、いっそう暴れようとしたそのときでした。
「あっ、ザミュール大佐っ……?」
ヘンリーは驚きました。ザミュール大佐とはつまり、おじいさんのことです。口ぶりからして、トラックの運転席におじいさんが乗っていることになります。ですがそんなはずはありません。
「いや、しかし、その包帯はっ……?」
「ああ、途中でキラーと交戦しちまったのさ」
「カジン中佐と……ご一緒ではなかったのですか?」
「ああ、途中で別れた。奴はオアシスで買い物さ」
「念のため、通行証の提示をお願いできますか……?」
「ああ、ほら」
銃声が鳴り、トラックは急発進しました。どうやらおじいさんの変装を試みたものの、怪しまれたので強襲作戦へと舵を切ったのでしょう。
外が騒がしくなりました。ヘンリーも懸命に脱出を試みましたが、激しい衝撃を受けて気絶してしまいました。
そして目を覚ましたそのとき、懐かしい顔を目にしました。大型のナイフでロープを切り、彼を解放したのは本物のおじいさんでした。
「安心しろ、奴らはやっつけたよ」
「ごめんなさい、おれのせいです」
ヘンリーはしきりに謝りました。ですが、おじいさんは彼を責める様子はなく、むしろ笑みを浮かべています。
「くくく、ただでは転ばなかったな。遺留品から奴らが何者かが判明したんだ。最近、おれたちを狙うゴーストの正体が割れた。生きて帰れると思ったのだろう、馬鹿どもめが」
「なにものだったんですか?」
「それはおいおいな。疲れたろう、ゆっくり休むといい。搬送、ご苦労だった」
ヘンリーは釈然としませんでしたが、最悪の事態は避けられたようで、ほっとしました。そして今後は不用意な行動を慎むべきと、大いに反省したのでした。
【闇からの襲撃】
深夜、廊下に三つの影が通っていく。足音はない。
影たちは迷いなく一室を目指す。そしてマタカーが臥せている個室の前に立った。ドアが、音もなく開く。
影たちが入室する。そして躊躇もなく、ベッドの膨らみにナイフを幾度も突き立てたが、違和感にその手を止める。
「面会時間はとうに過ぎているぞ」
その声は部屋の片隅からだった。影たちは一斉に無音銃を取り出し、数多のニードルを射出するが手応えがない。しかも、三つの影のうち、左右のそれが前方に吹き飛び、そのまま中央のそれも後頭部から床へと叩きつけられる。ハイスコアが背後から両足で左右の影を蹴り飛ばし、そのまま中央の影を掴んで叩きつけたのだ。
明かりが点く。影たちは黒いヘルメットにガスマスク、戦闘服を着込んだ黒ずくめの男たちだった。
「おいおい、殺していないよな」
「ヘルメット被ってるから大丈夫でしょ……って!」
壁に激突した二人が揃ってゴッドスピードへ銃を向けた、と同時に床に倒された者も蹴り上げながら立ち上がる。
「うざい!」
猛烈なボディブローで男の体がへの字に折れ曲がる。銃を向けていた二人もグッボーイで手の平を撃ち抜かれた。
「動くな、次は……」
しかし反撃は止まらない、腹部に強打を受けたはずがすぐに立ち上がった。手を撃ち抜かれた二人も痛みがないのか、傷ついた手でナイフを手にする。
「キモい!」
ハイスコアの連打で四肢が粉砕された。ゴッドスピードに襲いかかる二人も打撃のラッシュで返り討ちにあう。
「なんだこいつら……」
しかし侵入者たちはなおも動こうとする。ハイスコアに四肢を粉砕された者すら、歪んだ足で立ち上がろうとしている。
「きもっ! なんかヘンだよ、薬物とかかも!」
「かもしれんな、ともかく捕縛しよう」
テーザーガンであるエレクトリックイールを取り出し、二人同時に感電させると、今度は起き上がってくる様子はなかった。
「……なるほど、こっちの方が効果的だったか」
そして謎の三人は大型の結束バンドで簡易的に捕縛される。
「お前、ちょっとは動けよな」
ベッドのシーツが持ち上がり、フォーチュンが現れる。
「そうするわ」
そして淡々とした動きで部屋を出ていった。別室でマタカー、マイルらと待機しているウルチャムの元へ向かったのだ。ハイスコアはその背を目で追いながら、
「……で、こいつらなに?」
「さあ……マタカーのファンじゃないか?」
そのときだった、ハイスコアが仕留めた男が痙攣を始め、何事かと見やった数秒後にはぴたりと止まった。
「……こいつには撃っていないのにな」
「そういう話?」
そして、男は途端に饒舌に、話し始める。
「ガード、ドッグか。なぜ守ろうとする? 奴との関係は?」
ゴッドスピードとハイスコアは顔を見合わせた。何やら奇妙である。不自然でもあった。
「……ヘンリー・マタカーの行動に関し、調査の必要性があるからだ。それで、お前たちは何者だ? 灰色狼とかいうやつか?」
「灰色狼は存在しない」
「なに?」
「我々は、存在していない」
「秘密組織か、まだいるのか? バックはどこだ?」
「個体の自由意志から組織的な作戦に発起される」
「スポーツのチームワーク論かよ。そうじゃなく……」
「マタカーはまだ、狼ではない」
「……まだ一員ではない、から殺す? 意味がわからんぞ、裏切り者だからだろう? だったら母体があるはずだ、裏切り元だな、それを聞いている」
「そんなものはない。俺たちはひとときの群れに過ぎない。奴は、狼にならなければならなかった」
いまいち要領を得ない。しかも言動に多々、矛盾が含まれている。ゴッドスピードが肩をすくめると、ハイスコアがぽつりと口にした。
「……アメーバ・トルーパー・シンドローム……」
「今度はお前が講義を始めるのか? 赤点の俺にもわかるように説明してくれよ」
「敵性的なバッファーズも似たような組織構成をしているって話……だったかな」
「いきなり話の腰を折って悪いが、そのバッファーズってのはオートワーカーのことでいいんだよな?」
「バッファーズとは対人間緩衝システムの総称だよ。オートワーカーもそれに含まれるの」
「対人間の仲裁者……ようは人工知能関連か」
「うん。それらの敵性変化した個体群はね、実情は烏合の衆でも、外面的には指向性があるように見えるとかって話だったかな。その本質は相反的であり、例えば昼間の話がそれ」
「昼間の……それってどれ?」
「……ええっと、エンパシアを守るために、それを生み出す母体を攻撃するみたいなくだり、なかった?」
「ああー、あったような? こいつも組織を否定するのに裏切りにはこだわっている感じだな。たしかに相反的だが……おい、この診断結果でいいのか?」
謎の男は答えない。
「矛盾を含む行動……か。まったく、おもしろおかしい奴らばかりわいてきやがるな。毎日楽しいよ」
ゴッドスピードはため息をつき、その様子を見たハイスコアは首をかしげるのだった。
【軽口たたき】
責任者が通報し、警備軍が病院へと駆けつけた。重傷を負っている謎の男たちはそのまま病院で簡易的に治療され、その後は拘留、尋問される予定である。
「警備兵に任せていいんですか?」プレーンである「我々も尋問しないと」
「あいつらは自分たちが存在しないとか、狼じゃないから殺すとかいっているんだぜ? きっと精神の迷宮を攻略中なんだ。救えるのは医学だけさ。素人の出る幕じゃない」
「関わりたくないと」
「医者かと思って話していたら患者だったとかよくあるパターンだろう。俺はむしろ患者側だからな、医者のふりをしたらサイコスリラーになる」
「……ヘンリー・マタカーも聴取されるようですが」
「それはそうだ。俺たちだってされるからな」
プレーンはゴッドスピードをじっと見つめる。
「……なんだ?」男はうなり「なんか最近、機嫌悪くないか? チョコレートでも買ってやろうか?」
「集合!」
プレーンが手を上げると、何事かとウルチャムたちがやってくる。
「どうしました?」
プレーンは眉をひそめ、
「先輩、何かおかしくありませんか?」
「おかしい?」ウルチャムは首をかしげる「そうですか?」
「ああー」ハイスコアは頷く「ちょっとおかしいかも」
「えっ、何が?」ゴッドスピードも眉をひそめる「記憶喪失をネタにイジろうってのか? それはちょっとどうかなぁ」
「ほら」
「ああ……」ウルチャムは頷く「ええ、なんだか」
「おかしいよね」
「何がだよ?」
ゴッドスピードはふとフォーチュンを見やり、
「おい、なんだっけ、そこの紫色の……」
「彼女はフォーチュンです」
「そうそう……唐突で悪いが、なんでお前らのコードネームって色分けされているんだ? 前から気になっていてな」
「うるさい、しね」
フォーチュンはウルチャムに接近し、耳打ちする。
「わかりますか、これがこの男の本性です。やけに大人しいから妙だと思っていたのです。煩わしいでしょう? 一緒にいてはいけません、悪影響を受けます、バカになりますよ」
「本性……? えっと、以前からこうだったと?」
「はい。おかしな軽口ばかりの男なのです」
三人娘は顔を見合わせた。そしてすすっとゴッドスピードから距離を置き、ひそひそ話を始める。
「どういうことでしょう……?」
「うーん……」プレーンはうなる「何かありませんでしたか? 強く頭を打ったとか」
「あっ……そういえば……」
ウルチャムは先日の夕方に行った処置の話をする。
「なるほど……ええ、記憶喪失で人格にも変化が起こる場合があるとか、そういう話を聞いたことがありますが……」
「じゃあ、それでちょっと思い出したから、性格が……元に戻ったみたいな話?」
「そう……いうことになりますかね」
「ですが、記憶が戻ったわけじゃないみたいですよ」
「ようはフタが開きかかったってことでしょ? いいんじゃないの? 快方に向かってるってことだろうし」
「そうですが、手強くなりますよ」
「はい?」
「何が?」
「上手くいえませんが、翻弄することが難しくなる気がします」
「翻弄、ですか?」
「あんたなんか企んでたの?」
「以前、私はジュリエットにこういわれました。あなたには到底無理だと。人心操作のことです。なので、その訓練対象として先輩を選んだわけですが……」
「ええっと……」
「あんた何やってんの?」
「先ほど試したところ、これは強いな、と……」
「それが何か問題でも……?」
「あんた何の相談してるわけ?」
「なんでしょう、ある種の忠告だと思います。予想として、イラッとすることが増えると思います」
「そうですか……?」
「私は今の方がよさそうに思えるけど」
「いうなれば、より子供扱いされると思います」
「えっ……」
「あー……そういう話ね……」
「私の見立てですが」
三人娘が振り返ると、ゴッドスピードと目が合った。
「俺の悪口は後でやれ、娘さんたち! 楽しい聴取の時間だぞ!」
ウルチャムにとっては別段、問題のあることではない。超共感能力的にはなんら変化を感じないし、表層の態度にしても、より気さくになったという印象しかないからだ。
子供扱いは困るが、現状やむを得ないとも思っている。今はひたすら実績を積み重ねることの方が大事であり、近道であると考えているからだ。
ハイスコアにとっても問題はない。以前より好きになったくらいだ。子供扱いは嫌だがそれはあくまでプレーンの懸念である。
しかしプレーンは警戒していた。主導権を握ることが難しいのは困るからだ。
何が困るかといえばそこに明確な答えはないが、とにかく困るだろうから警戒は必要だという理屈である。
とはいえ、変化をしつつあるのは実際、ゴッドスピードより彼女たちの方であった。特にプレーンの変化は大きいが、本人を含め、誰もそれに気がついていない。
子供扱いを嫌えるのも一時のことである。人生は非可逆的であり、去った時間は戻らないのだから。
【忍び寄る気配】
『やや面倒な事態になりましたね』
聴取よりいったん解放されたゴッドスピードは自販機のラインナップを確認しながら通信をしている。
「ああ、彼らはそっちに興味津々だ。地図で見りゃお隣さんだからな。昨夜の件もそれ絡みだと考えているだろう」
『やはり、そうではないと』
「違うな。深掘りする意義はあるだろうが、かなりの面倒ごとになると感じている」
『……厄介ですね。あなたたちをそこで足止めさせたくはないのですが……』
「ここのチームはいつ戻る?」
『それは明日にでも戻します』
「ああ、落ち着いたか」
『いいえ、悪化の一途ですが、そちらの襲撃事件が優先されるというだけです。あくまでビーズホッグの支部隊員ですので』
「アダールは基本、管轄外だって?」
『民間警備脱却コミュニティでもありますから』
「カニじゃないんだから、そんなほいほい脱ぎ捨てられるかよ」
『変化に依存しているのです。それゆえに地盤が緩い』
「脱皮したてのカニは柔いんだ。そこをエイとかサメに食われるわけだな」
『……あら? あなた……』
「なに?」
『いえ……そうですね、例のアウトローコミニュティに関してはこちらから報告書を提出しましょう。チームが戻り次第、引き継ぎをして別の任務についてもらいます』
「どんな?」
『それはいろいろと調整してからです』
「ああ、ダーツセットが必要だもんな」
『もちろんです。それと磔台も』
「俺も脱却したくなってきたぜ……」
ウィットを混ぜた通信の後だが、ゴッドスピードの表情は固い。なんだか嫌な、いっそ不気味ともいえる予感がするからだ。
「おいっ、おい! あんた!」
警備兵と白衣の男が、駆け足でやってくる。
さっそくか、ゴッドスピードはうなった。
「……どうした?」
「みんな、死んだ」
「なに?」
「昨夜の襲撃者たちだ、みんな死んだ……」
「なにぃ?」
「突然、死亡した……」
「侵入者の姿、痕跡は?」
「ない、ずっと監視していたが急死したんだ、三人とも……」
「……服毒か?」
「妙な動きはなかったらしいが……」
自殺、侵入、内部犯行、可能性はいくらでもある。
ひとついえるのは、ここが依然として危険であるということだ。
「マタカーは?」
「無事だ、すぐに確認したから」
「話せるか?」
「ああ……」
面倒だがやむを得ない。
ゴッドスピードは急ぎ足で病室へと向かっていった。