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愚者の楽園  作者: montana
30/33

記憶 Sealed

【院内にて】

 待合室は閑散としていた。武装者と思われる者たちが居座っていても問題がないほどに人気がなかった。

 ビーズホッグの医療体制は大陸においてもメジャーな仕組みで、公共施設を周回しているメディカルパカというアルパカに似せた動物型医療ロボットが周囲の人間をつぶさに観察し、何らかの問題やその兆候を発見次第、医療機関へと(いささか執拗に)誘うことで市民の健康を保全している。よって、特殊な状況が起こらない限りはどの病棟も受診者で満たされることはない。

 暇な時間は寝て過ごすことの多いゴッドスピードは長椅子を陣取り寝こけていたが、頭部を揺すられ目を覚まし、ふとハイスコアと目が合った。

「あ、起きちゃった」

「なんだ、手術はどうなった……?」

 ゴッドスピードは膝枕から起き上がり、

「……お前は、食ってきたのか?」

 ハイスコアは目立つ犬歯をあらわにし、

「うん、すげー食ったし、満足した。というか起きないでよ」

「ですが、そろそろかと……」

 ウルチャムも同様に、フォーチュンに膝枕されているものの、

「……あっ、いらっしゃったようです」

 起き上がった視線の先には白衣を着た医師の姿、表情が朗らかなのでマタカーの手術は上手くいったのだろう。

「的確な応急処置が幸いしましたね、危機は脱しましたよ」

 しかし、そういった直後に医師の表情が曇る。

「ですが……彼は、ガードドッグではない?」

 医師はゴッドスピードとマイルを交互に見やり、ガードドッグでもある男は肩をすくめる。

「ああ、違うな」

「えーっと……ここ、ビーズホッグの市民でもありませんよね、それで、コミュニティ外で、暴漢からの加害を受けた……ということで間違いないと」

 マイルは実際の加害者であるフォーチュンを横目に、

「あ、ああ、彼はボディーガードなんだ」

「えーと、その場合、保険適用外になりますが……」

「ああ……いくらになるかな」

「ざっとですが、二十万オンリーは超えるかと」

 高い! ゴッドスピードは眉をひそめた。

 たっ、高すぎる……! ウルチャムは息をのんだ。

 めっちゃお肉食えるじゃん! ハイスコアはよだれをのみこんだ。

 やはりそのくらいにはなるか……! マイルはため息をついた。

 フォーチュンにとってはどうでもよい。

「……だそうだが、あんたら払えるのか?」

「う、うーん……」マイルは頭を掻き「二人合わせてもキツいなぁ……」

「俺たちに持ち合わせはないぞ」

「いや、そこまで面倒をみてもらうつもりはないが……」

 一同はうなるがフォーチュンはうならない。

「さて、とりあえずは強襲に備えないとならないな」

「……まさか、あるのか? そんなこと」

 マイルはその可能性において懐疑的である。彼らと組んで三年以上になるが、つけ狙われているなどという話は聞いたことがない。もちろん、隠していた可能性はあるが……。

「あの、スピードさん」

 ふとウルチャムがゴーグルを指したので、ゴッドスピードも通信に参加する。

『彼らの安全については現地のチームが引き継ぎをします。ですが戻るまでに二、三日かかるとのことです』

「なぜいない?」

『アダールへと出張しています。あそこは今、情勢が悪い』

「そう、なにやら警戒地区に指定されているようだが、何があったんだ?」

『アダール中央銀行が破綻し、暴動が起こっています。市民の渡りが発生していますが、市長命令でこれを阻止したことでより苛烈な状況に発展しつつあります。鎮静化にはやや時間を要するでしょう』

「なんだそりゃあ? オンリーは?」

『アダールはオンリー脱却推進コミュニティです』

「へえ……」

『問題なのはアダール周辺にアウトローが集まってきていることです。どこから嗅ぎつけたのやら……』

「加勢に向かわなくていいのか? もっとも、こっちも襲撃を警戒せねばならないが」

『問題ないはずです。あなたたちはマタカーの警備を続行してください』

「了解した。ときに」

『はい』

「あの黒猫女は何なんだ? どうにも知っていた口ぶりだが」

『……その戦闘力は。稀に接触情報が入ってきますが、演技にまつわる、意図不明な言動を残すばかりでそれ以上のことは不明です。あれのことはあまり口外しないようにしてください』

「なぜだ?」

『下手に情報を与えて興味を持たれ、問答を深めると危険だと判断されています。圧倒的な力で撃破されたり、精神面での負荷が懸念されるのです』

「どういう意味だ……?」

『相手にしてもろくなことにならないという意味です』

「まあ、それはたしかに……」

『そうそう出くわさないと思いますが気をつけて。以上で通信を終了します』

 通信を終え、ゴッドスピードは思案する。黒猫女のことは……今はいいだろう。眼前の問題は人員をどう配置するかだ。最悪のケースを想定しなければならない。

「……ここの警備責任者に状況を説明し、車両を隠そう。そこを拠点とし、増援が来るまで交代で警備をする」

「警備」マイルは眉をひそめる「……本当に必要なのかい?」

「なんともいえんからこそ、する必要がある」

「まあ……そうしてくれる分にはありがたいが……」

 マイルは考える。本当にそのようなリスクがあるならば契約を解除した方がいいかもしれない。これまで親しくしてきた経緯はあれども、厄介ごとを持ち込むボディーガードなど論外なのだから。

 ……しかしながら、そして我ながら、いささか薄情ではないか。馬鹿いうな、ガキでもあるまいし、いっときの感情で自身の命を危険に晒すつもりか。いいや、危険に晒すのはいつものこととしても、計算外の要素を遊ばせるのはあまりに軽率ではないか。

 でも、彼らはこれまでがんばってくれたし、命を落としてもいる、その責任は……。

 いや、それをも含めての契約だろう、情で取材が務まるか……!

 だが、しかし……。

 マイルの内心はひたすら渦を巻くのだった。


【記者の見解】

 夕方、マタカーの意識はまだ戻らない。というより戻る予定にはない。麻酔のせいだ。早くても夜中までは目覚めることはない。

 ゴッドスピードとマイルは車両で待機をしている。いま警備をしているのはウルチャムとハイスコア、そしてフォーチュンである。

「マタカーが」マイルがぼそりと、つぶやくようにいった「狙われているとは知らなかった」

「そうか」ゴッドスピードは頷く。

「契約を解除するに相応な理由だ。よけいな悶着を引き寄せる警護などあってはならない」

「そうだな」

「……冷淡だと思うかい?」

「いいや。イカレているとは思うがな」

「誰が、僕が?」

「ああ」

「どうして?」

「取材のためだろうが、あんたの動き方は厄介だ」

「ああ……そうか。そうだな」

「あんた、何が目的なんだ?」

「目的?」

「あそこまで危険を晒す意義でもあるのか」

 マイルは肩をすくめ、

「ない」

「ない?」

「重要性はない。あると思ってる奴らは多いが、妄想だね。僕くらいになればアーティストだとすらいえる。事実という絵の具で作品を描いて、みんなを楽しませるだけのね」

「へえ」

「ちなみに、あんたらの記事は書かない。タブーだとさ」

「そうなのか?」

 マイルは楽しげに口元を上げる。

「業界では常識だよ」

「俺は記憶喪失でな、その辺に疎いんだ。何か教えてくれないか?」

 マイルは固まった。この男は何をいっているのか。

「……き、記憶が、ないって……?」

「ああ。対人関係と、それにまつわる辺りがかなり怪しい」

「あなたは隊のリーダーなんだろう? それで任務が遂行できるのか?」

「なんとかやっているといったところだな」

 不可思議なことだった。異常といってよい。しかし、あんな状況で生き残れたのはガードドック、というより眼前の男が率いるチームの特性や実力による要素が大きいだろう。

「いや、確かに、あなたたちの能力は卓越しているしな……」

「人員が足りないとはいえ、こき使い過ぎだ……と愚痴りたいことは多々あるが、この辺にしておこう。あと俺の事情はオフレコで頼むよ。俺たちのことは書かないんだろう?」

「あ、ああ……」

 マイルはうなり、疑念がからんだ表情で語り始める。

「そう、ガードドッグは……広域的な警備組織だが、その背景には謎が多い……」

 それはそうだろうとゴッドスピードは思う。ガードドッグの母体であるワイズマンズはいわば秘密組織なのだから。

 しかし同時にこうも思う。ワイズマンズが隠されているのはなぜだろうか。いわば改造人間の集団であるし、何かの倫理協定に反するのだろうか。

「元締めの顔が見えない……。あれほど強力そうな装備を所有しているのに、経済的な流れがいまいちつかめない……」

「……掴んでどうする?」

「どうするって?」

「どうしたいんだ?」

 マイルは答えに窮する。

「ガードドッグが何か、社会的に不正義なことをしているというなら俺が調べるが……」

 マイルは眉をひそめる。この男は先ほどからいったい何をいっているのだろうか。どういう立場なのだろう。

「えっと、何か不満でも?」

「不満?」

「あなたは何か組織に不満があって、そういうことをいっているんじゃないのかい?」

「まあ、任務に任務を被せたり、専門的ではないことをやらされたり、疑問に思うことはあるが……ひどい不満まではないかもな」

 あらためて見ても奇妙な男だった。佇まいが、身にまとう雰囲気が、オーラが明らかに常人のそれではない。しかし脅威には感じられない。自身の恐ろしさを必要以上に伝えたがるアウトローたちとは真逆の性質に思えた。

「あなたはなんだか……興味深い人だ」

「そうかい? 俺には俺がわからんよ」

「僕だってそうさ。答えなんかない」

「同じにするなよ、俺には記憶がないんだぞ」

 マイルは笑い、

「できの悪い冗談みたいだな、あなたの状況は」

 ゴッドスピードもつられて笑う。

「そうだよな? イカレているよ」

「まあ、こんな世の中だから、まともな人間の方が少ないのかもしれない。だからってわけじゃないが、僕は人を責める記事は書かないんだ。持ち上げる記事だけ書く。そうして反響が多いのがアウトローだからそうするし、だからこそボディガードが必要になる」

「ほう、意外と信念めいたものがあるんだな」

 マイルは苦笑いし、

「彼らは素直だ。世界の摂理に従順なのさ。強く奪い、弱く死ぬ。複雑じゃない。恐ろしいが、不気味じゃない」

「いやに肩をもつな」

「そういうわけじゃないが、つまらない常識人より面白いアウトローなのはそうだね。それらの違いは明瞭じゃないことも含めて」

「そうかねぇ……?」

「ただ、本当におかしな奴らはいるんだ。先のザプライザーなんかは特にそうだな。その行動原理がまるでわからない。愉快犯にしても異常に過ぎる」

「……例えば、どんなところがだ?」

「奴らの犯行はすべてアートらしい」

「あんたと同じじゃないか」

「たしかに」マイルは首肯する「とはいえ、僕は記者としての矜持からアーティストを名乗っているだけだよ。真面目なフリをしながら世論を混迷に導く輩たちを揶揄っているんだ。俗っぽいグリードなんか実はマシな方でさ、老舗のパブリックやメインランドとかはひどいもんだ」

「そ、そうか……」

 ゴッドスピードはふと、自身が世論に疎いことに気がついた。実際のところ、各コミュニティの市民たちは何を思って日々を過ごしているのだろう。そのあたりの事情には詳しくない。

「……最近、話題のニュースとかあるのか?」

「ジャンルは?」

「ジャンル?」

「政治とか、犯罪とか、テクノロジーやゴシップとか」

「ああ……そういや」ふと彼はマスターズでの話を思い出す「危険な強壮剤を取り扱っているトラックとか、聞いたことがないか?」

「そういう話は真偽を含めてたくさんあるな。ナインライヴズやサルース、リンネとかの噂が多い。そして謎のトラックね……。医薬品業界は伏魔殿だから何があってもおかしくはないな」

「腐敗しているのか?」

「というより操っているように思える。人の生をね。医療関係は知識の溝が深い。一般人はほとんど無知だし、医療関係者も研究職と外回り以外はエンジニアに近い。手術は基本的にロボットの方が速くて正確だから」

「外回り?」

「手動の手術ができる医者のことだよ。あちこち移動するから通称、外回り。彼らは基本、アウトローでも手出しされない。なんせ自分がお世話になるかもしれないんだからな。生存という意味じゃ人気の職業だよ。手術をミスったら殺されることもあるけどね」

「ほう」

「彼らを取材してわかったのは、そろって同様の疑問を抱えていることなんだ。なにかおかしいと」

「なにかって?」

「先にもいった、知識の格差が激しい……ことの延長だと僕は捉えている。例えば脊髄を損傷したとする。これは治療可能か否か」

 ゴッドスピードはウィーグラットの一件を思い出し、

「可能だが、高額だと聞く」

「そう。でも、無料かつたった数十分の治療で完治という話もある」

「なんだって?」

「実際に体験した人に会ったこともある。彼が優れたうそつきじゃないのなら、そういう技術が確かにあるんだろう。下半身が吹っ飛んだ人間を完全に再生したという話すらあるくらいだから」

 ゴッドスピードはたよりない記憶の上澄みからワイズマンズの技術力と先の話を照合する。

 なるほど、まるで不可能ではないが簡単でもないはずだ。

「……では、記憶は? それを消したり思い出させたりできるのか?」

「記憶の操作はある程度できるらしい。でも、あなたのは特殊なケースだと思うよ。任務をこなせているんだから自分がガードドッグであることは覚えているんだろう? 武装の取り扱いとか」

「ああ」

「では、具体的な業務内容は?」

「断片的にはな……。ただ、誰とやったのか、とかは思い出せないんだ」

「子供の頃の記憶は?」

「子供の頃……」ゴッドスピードは首をかしげる「まあ、多少は……」

 思えば、子供の頃の俺はどんなヤツだったろうか? そこから導き出せることもあるのではないか。

 しかし、やはりというか、なんとも思い出せない。漠然とした情景が思い浮かぶものの、誰と何をしたのか、その肝心なところがわからない。自分がどんな性格だったかも。

「……うーん、やはり思い出せないな」

 そのとき、車両の後部ドアが開く。

「スピードさん、ちょっと……」

「交代か?」

「いえ、スコアが奇妙な動きを見せる人影を何度か観察したといってまして……」

「なに? そうか、わかった。じゃあ、あんたはここで待機していてくれ」

 二人はマイルを残し、病院の屋上へと向かう。道すがらの廊下には夕日が差し込んでおり、一帯が紅く染まっていた。

「何のお話をしていたんですか?」

 ふと、ウルチャムが尋ねる。

「ああ……記者としての意義とかいろいろ……そうだ、さっき、子供の頃の話をしていた」

「そうなのですか?」ウルチャムは話に食いつく「どんなお子さまだったのですか?」

「いや、けっきょく思い出せないがな、風景とかはぼんやりと覚えているんだ。君がいた施設と似たような場所だったな」

「やはり対人の記憶がらみで……」

「そこだけ上手い具合に思い出せないんだから器用なもんだ」

 妙な言い回しにウルチャムはくすくすと笑い、

「でもそうですね、そう、マーマが……いえ、スノウレオパルドがこういっていました。超共感能力者は他者の記憶に干渉できる可能性があるとか……。以前にもエンパシアの隊員がいたそうで、その方が記憶操作に関する戦術を研究していたらしいのです」

「なに? ……初耳だな」

「先ほど聞いた話ですので。ここは病院ですし、記憶に関する治療ができないか相談した際の内容です。それに、あくまで可能性の話だったと思います。もちろん、私はその技能を学んでいません」

「でも、できるかもしれない?」

「ま、まあ……どうなのでしょう?」

 廊下に二人、立ち止まる。

「……ちょっと、やってみてくれないか?」

「はい? あの、えっと……先ほど言った通り、あくまで可能性に過ぎず、私は技能を学んでいないのですが……」

「まあまあ、なんとなくでいいから。ものは試しっていうだろう? なんだか気になって気持ち悪いんだよ」

「はあ……でも、スコアが待っていますし……」

「五分だけさ」

「ええと……」

 唐突な話ではあるものの、スピードさんがこうも頼ってくるのは珍しいし無下にはしたくない。少女はそう思い、

「では、具体的にどうしましょう?」

 ゴッドスピードは片膝をつき、

「なんかこう、くわーってさ」

 かえってよくわからない。くわーっという表現も不可解である。とはいえなんだか可笑しく、ウルチャムは笑みを噛みながら未知の試みに着手した。

「了解しました、それでは……!」

 なんとなく男の頭に両手をかざし、念じてみた。

 それは必然的にお願いとなる。

 その対象はもちろん、いつも彼女のすぐ側にある〝それ〟らである。どこからともなく〝それ〟らが集まってきていた。

 〝それ〟らに決まった形はない。うっすらと色のついた霧のような何か。

 自他の感情を分けるための防衛本能なのか、それは周囲から感覚を受け取っては様々な形に変容し、彼女に伝達しようとする厄介な存在だったが、実際には緩衝材のような役割を担ってきたといえる。この存在により、少女は周囲から影響を受けることはあっても極端に翻弄されるには至らなかったのだ。

 〝それ〟らの存在をウルチャムは他者に話さない。なんとなくそうした方がいいと思ったからであるが、厳密には一抹の気恥ずかしさがあったからでもある。〝それ〟らはある種イマジナリーフレンドのようであり、だとするなら、それは本来、幼少期の一定期間で消えるものだからだ。つまり未熟さの証明である気がしたのだ。

 そんな困ったお友達である〝それ〟らだが数奇なことに今、必要とされているらしい。

 ここだよ、ここで役に立たなきゃ!

 お願い、どうにかしてあげて!

 少女が〝それ〟らにお願いをすると、はたして〝それ〟らは男の周囲を漂い始めた。

 お願いをきいてくれるの?

 〝それ〟らは肯定した、ような感覚を少女は覚えた、そのときだった、

「わっ」

 ウルチャムはのけぞった。急にゴッドスピードが立ち上がったからだ。

「ど、どうしました……?」

 男は少女を見る。

 見つめている。

 少女はぱちぱちと目を瞬き、見つめ返していた。


【記憶の封印】

 ゴッドスピードの脳裏に風景の片鱗が浮かび上がっていた。古い記憶で印象的だったのは……そう、そうだ、俺は施設を移動したことがあった……。

「君にふさわしいカリキュラムがここで与えられる」

 たぶん男、しかし容姿はよく思い出せない。白い服を着ていたような気がする……。

「そうか、やはり予知の範囲は限定されているのか」

 別の男、たしかスーツ姿、顔はまったく思い出せない。

「はー! よくやるよなぁー!」

 そのときだった。そのとき、ある姿が唐突に思い浮かんだ。

 金髪の少年、たしか、ルームメイト?

「そんながんばらなくてもいいだろ、おれたち無敵なんだから!」

 ライズ! そう、ライズだっ! あのお調子者の!

「せんぱい、せんぱいせんぱい、どこにいくんですか? ついてっていいですか? トイレ? ついてっていいですか?」

 セグメント、セグメントッ……!

 そうだ、あいつ、いっつもくっついてきた、真っ赤な髪の、そうだ、あの女はたしかに、あの、セグメントじゃないか……!

「ふっ……やるじゃあないか、さすが僕のライバル。しかしパーフェクトじゃない。僕たちはさらなる高みへと翔べるはずさ」

 マイスター、黒い長髪の、キザな自称ライバル野郎!

「いやマジ、あのドア開いてたんだって! いいから食えよ、うるせーな、そうだよ、おまえも共犯にすんだよ!」

 癖っ毛のバスター、あいつ、そうだ、ルール無視の馬鹿野郎だった!

「実技の成績がいいからって座学を軽んじていいことないでしょう? 聞いてる? あなた班長でしょう? わたし副班長。わかる? あなたが赤点だとわたしも困るの。なんでって、わたしが副班長だからよ。副班長よりバカな班長なんてダメよ。そうでしょう?」

 青い、長い髪のディード、うるさい副班長……!

「はい、はいはいみなさん、お静かに。引っ叩きますよ」

 スノウ、レオパルド……! そうだ、たまに顔を見せる先輩だった……!

 それにもう一人いた、同じく白髪の……。

「マジか……そうだったのか……。すごい、というより重大な発見だよ。なるほどなるほど……。それはともかく、僕のお尻が焦げているんだがね、君たちは正気なのか?」

 あいつ、あの顔、どこかで……。

 そうだ、そんな、あいつが……!

 小さなドアが開き続け、瞬く間に記憶の色彩が彼を包み出した。いい思い出も、そうでないものも、万華鏡のようにすべてが輝いていた。

 そう、そうだ……。

 そして、俺は……。

 階段を降り続けた……。

「みんなはここがいいみたい。でも、わたしはもっと外の世界を見たい」

 そう、ハル……。ハルメリア……。

 長い白髪の少女……。

「端的にいおう、生かして帰すわけにはいかん。情報漏洩は我々の存亡に関わる重大な問題なのだ」

 黒い、タキシード姿の男……。

「しかし、ここに住まうというならば特例として許可しよう。ハル様を悲しませたくないからな。わたしとて、恩人を殺めたくはない」

 名前はそう、ヴァーディッツ……。

「ハル様の好奇心には困ったものだ。貴殿が発見せねば凍死していたかもしれん」

 緑色の髪、人の姿だが、あの騎士だ……。

「いずれにせよだ、その傷では動くのも辛かろう。しばらく療養するといい」

 ああ、セルバンテス……。あいつはセルバンテスだ……。

「え、服? 汚いので捨てましたが……」

 そうだ、あの紫髪のメイド……!

「装備? 危ないので捨てましたが……」

 あいつ、俺のものをほとんど捨てやがって、ゼフィジア……!

「よいかね、君の知識は余計な好奇心を駆り立て、危険な外界へと誘う要因となってしまう危険がある。ゆえに奔放に語ることは控えていただきたい」

 よく赤い服を着ていた教師……。

「それと、勝手に宿題を手伝わないことだ! その上、間違っているときたらもはや何がなにやらわからない!」

 名前はたしか、ヘイズナー……。

「日々の健康は運動から! 運動の日々は健康あってこそ!」

 うるさい青ジャージの体育教師……。

「なんだかいろんな数値がおかしいな君は? ワイズマンズ? それは健康なのか? ちょっとかかってきてみなさい」

 しょっちゅう組手をしていたな……ウルーズワン……。

「ゲームしない? 無限かくれんぼ。あなたがオニね」

 あいつ、見つかったのが一ヶ月後くらいだったな……。

「ついにかぁー……っていうか、真面目に探してたの初日くらいだよね……? なんだったのこのひと月っ?」

 それは俺が聞きたい……ニケットラ……。

「しかしながら、ハル様の要望も聞き入れたいところではある。それに、外界の様子を肌で感じれば、今度外へと興味が移ることもなくなるだろう」

 変わった白装束の男……。

「よいかもしれない。みなには私から話してみよう。時間もあまりないようだしな」

 時間……時間とは……。

「わたしたち、わたしたちは……」

 ああ、ハル……。

「くる、近づいてきている……!」

 ハル……の、後ろ姿……。

「お願い、きいて、あれが降りてくる、どうにか逃げないと……」

 あれとは……?

「知ったところでどうなる?」

 少女が振り向いたとき、恐るべき形相の仮面が張りついていた。

 次の瞬間、ゴッドスピードは意識を失った。


【怪しい人影】

「うっ……?」

 彼が目を覚ましたとき、ウルチャムと目が合った。

「あっ!」ウルチャムは目を大きく見開き「だっ、大丈夫ですかっ……?」

「あ、ああ……」

 起き抜けにゴッドスピードは頭痛を感じ、顔をしかめた。

「いったい、何が……?」

 周囲を見渡すと、車両内に戻っている。

「驚いたよ」マイルはうなる「彼女が運んできたんだ」

「そう、か……」

「幸いというか、ここは病院だ。検査してもらった方がいいんじゃないかい?」

「いや、大丈夫だ……」

 ワイズマンズは普通の病院にはかかれない。常人と成分構成が違うからだ。

「まさか、こんなことになるなんて……」

「いや、しかし……」

 奇妙な感覚があった。依然として記憶ははっきりとしていないものの、思い出した感動はかすかに覚えていたからだ。

「そう、一度、思い出したと思う……」

「えっ、本当ですかっ?」

「でも、また忘れた……」

 ……いいや、違う。

 忘れたのではない、封じられているのだ。

 あの仮面……の、女……。

 白い仮面、

 猫のような、爬虫類のような、

 恐ろしいような、美しいような、

 あいつにやられたんだ……。

 それは確信に近かった。しかし根拠はまったくない。

 ただの悪夢だったといわれれば、そうだとしか答えられない。

「メディカルチェックを行いましょう」

「いや、いい。大丈夫だ。スコアの件はどうなった?」

「先ほどから催促の通信が入っています」

「そうか、いこう」

「おいおい、大丈夫かい?」マイルはうなる「戦闘員にはよくあるんだ、急性ストレス障害とか」

「いや、ちょっと荒療治をしただけだ、問題ない」

 そして二人はまた車両を後にし、同じように夕日の廊下を進んでいく。

「……本当に、大丈夫ですか?」

「ああ」ゴッドスピードは頷く「気にしないでくれ。また頼むかもしれないしな」

「えっ? き、危険なのではっ?」

「これはあくまで感覚だが」男は少女を見やる「俺の記憶は封じられている可能性がある」

「ええっ?」

「君は、いったい何をしたんだ?」

「えっ、ええっ……と……」

「いや、責めているわけじゃない、逆だよ、感謝しているんだ。なんせ、君の力が鍵となったわけだから」

「私の、力……」

「だがいま追求することじゃなかったな。すまない、どうにも気になってしまって……」

「……いえ、それは当然だと思います。ですが、今は……」

「ああ、行こう」

 予想外の効果に驚いたものの、ウルチャムは内心、嬉しかった。〝それ〟らが明確に人の役に立てるというなら素直に喜ばしいことだからだ。

 二人は駆け足で廊下を進み、屋上へとたどり着く。

「おそーい!」ハイスコアは飛び跳ねる「なにしてたのさー!」

「俺の記憶に関して、ちょっと実験をな……」

「なにそれ?」ハイスコアは首をかしげる「それより、なんか変なのがウロウロしてるよ。ぱっと見ただの通行人だけど、みんな厚着をしていて武装を隠してる」

「そうか……。あるいはと思ったが、襲撃の可能性があるな」

「えっと、やはりザプライザーなのでしょうか?」

「わからないが、思ったより根が深そうだ……。病室には?」

「フォーチュンがいます」

 加害者が被害者を警護するというのも奇妙な話だ。ゴッドスピードはうなり、

「よし、フェーズ2をすっ飛ばして3に移行する。下手すると数日ぶっ続けかもしれん、プレーンやモールも呼んだ方がいいかもな」

「あの大きい緑を放っておいていいの?」

「あいつは……大丈夫だ」

「ええー?」

「……人手が足りんしな」

 ゴッドスピードはひとりごちるようにいったが、それは誰より自分に対する言い訳のように思えた。

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