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愚者の楽園  作者: montana
28/33

敵性 Blood sin:Aberration

【敵対者】

 ふと、人影は消えた。こうこうとした照明と、それによって強められる闇の狭間に消えた。

 戦いは始まっている。

「……狙いは私のようです! 離れて!」

 しかしマイルは裏腹に聞こえる言動に困惑した。

「……えっ、狙いはマタカーだろうっ?」

 ウルチャムには確信があったが感覚の問題である。他者への説明が難しい。それにマイルの意見にも一理あった。敵は彼らを人質にする可能性が高い。やはり離れない方が得策だろうか。

「私には分かるのです、ですがそうですね……ともかく壁の方へ、コンテナの陰に隠れましょう、一時的な籠城作戦です」

 ホワイトラビットには向かない戦術だが対象の保全を考えるならばやむを得ない。なんとか時間を稼いで救援の到着を待つのが最善だろう。プレーンへと通信する。

『こちらプレーン』

「現在、交戦中。敵戦力一名、軽装、場所コンテナ倉庫、明暗まだら、保護対象を二名確保しましたが、一名は自助不可能、移動に支障あり、人質として狙われる可能性あり、援護を要請します」

『了解、プレーンが向かいます』

「ハイスコア、モールは?」

『ハイスコア、応答なし。モール、戦闘ブランクあり』

「了解、何が起こるかわかりません、気をつけて」

 通信が終了し、一抹の安堵が過った、そのときだった。

 複数の硬質的な足音が聞こえてくる。

「まさか」

 マイルの小さな呟き、またあの殺戮機械がやってきたのか!

 しかし、その懸念はまだ甘かった。

「なんなの、あれは」

 ウルチャムも思わず、ひとこと漏らす。

 それは人型だが、やはりオートキラーには見えなかった。少なくとも彼女にはそう思えなかった。

 背丈が3メートルはある、歯というよりは刃だらけの真っ赤に染まった口が幾度も開閉している、ガチガチと鳴らしては千鳥足で、ふらふらと、幽鬼のようにそれらが迫ってきていた。

『ザプラーイズ……』

 スピーカー越しの、無機質な声音が響いた。

『さあ、お嬢さん、すてきな肉塊になってみよう』

 歩いていた殺戮マシンが一転、走り出した。しかし依然としてふらついており、周囲のコンテナに頭や手を強打している。

 ウルチャムはシュリガーラを構えて徹甲弾を速射した。火花が飛び散る、マシンたちはのけぞり、ダメージは通っているものの大破には至らず、その足を止めることはない。

「……いけないっ! 動きましょう!」

「あっ、ああっ……!」

 そのときだった、ウルチャムは接近の気配を察知する。追いつくようにレーダーにも反応があった、積まれたコンテナの上、銃口、私を狙っていない!

「うっ!」

 二発、狙撃である。あの男だ。でも、なんとか受け止められた。

 しかし、貫通こそしていないもののスーツの右手甲部分と左肩部分が爆ぜており、骨が折れてはいないが痛みがはしる。

「だっ、大丈夫か!」

「ええっ! 上方からの狙撃です!」

 気配が移動している、連続攻撃はない、まずはあのマシンたちの動きを止めなくては!

 ウルチャムがライフルを構えたとき、奥にさらなる人影を視認した、と同時にである、絶叫がとどろいた。

 甲高い、強烈な音波だった。ホワイトラビットのレーダーシステムに異常が発生するほどである。

「ぐあぁっ?」マイルは思わず耳を塞ぐ「今度は何だっ?」

 パープルフォーチュンであった。一度は退散したものの、こっそりウルチャムを見守ろうと戻ってきた矢先に、撃たれた姿を目の当たりにしてしまったのだ。

「あっ、あいつは……!」

 恐怖心こそあったが、同時に奇妙な安堵感も覚える。あれはなぜか、この少女を守ろうとしていた。ならば加勢してくれるかもしれない。

「ち、くしょう……!」

 しかし、意識が朦朧としているマタカーにとってはいまだ敵であるし、なにより仲間の仇でもある。なんとか狙いを定めて、引き金をひいた。

「敵、軽装備ではありません……って、マタカーさんっ?」

 応戦しつつ通信するウルチャムだが、その事態にぎょっとする。

「そっ、狙撃されましたっ、マタカーさん、彼女を撃たないで! 方向は、えっと、2237……!」

 パープルフォーチュンはといえば固まったまま銃撃を受け続け、その衣装がぼろぼろと崩れていくばかりである。視線はもっぱら、ウルチャムから離れない。

「了解! 任せてください!」

 そのとき、プレーンが到着する。レールガン、ブレイクライノーの貫通力は凄まじく、コンテナ上部が火花を上げて飛び散った。しかしそのせいで内容物に引火し、火災が発生すると同時にスプリンクラーの雨が降り注いでしまう。

「あわわわわ……!」

 ふと、我に返ったフォーチュンが走り出した。銃弾の雨を浴びながらである。

「だっ、駄目ですって……!」

 ウルチャムがマタカーから銃器を奪ったそのときだった、

「あわっ!」

 フォーチュンが横から現れた殺戮マシンの一体とぶつかり、腕を噛まれ、そのまま振り回される。

「あわわわわーっ?」

「えっ、援護します……!」

 脚部へ向けての射撃は殺戮マシンを転倒させることに成功、フォーチュン解放の一助となった。

「わーい! あわー!」

 そしてフォーチュンは猛烈な速さでウルチャムへと接近し、

「あわわ、あのっ!」

 フォーチュンには、ウルチャムしか見えていない。

「はっ、はいっ?」

「だだっ、大丈夫でございますかーっ!」

「はっ、はい!」

「あのでもその、こういう環境だとわたしのあれは機能減衰著しくーっ、つまりは役立たずなのですーっ!」

 突如としてフォーチュンは泣き始めた。感情の振り幅が異様とはいえ、人間そのものな表現力にウルチャムは目を瞬く。

「……そっ、そうですかっ、ではっ……」

 いろいろと思うところはあれども、今はとにかく加勢が必要である。なんとしてもこの二人を救出しなければならない。

「このお二人を無事っ、外へと連れ出してくださいっ! 我々が援護します!」

「はいいいいーっ!」

 フォーチュンは軽々とマタカーを持ち上げ、暴れようとする彼の尻をベシンと引っ叩く。

「うごくなー! それにおまえ、はやーく! 加勢に戻りたいんだからっ!」

 マイルは急かされ、ともに走り出す。

 あまりにも奇妙で、あるいは可笑しい、複雑な体験である。

 こいつはいったい何なんだ? 何の冗談だ?

 あの少女を介せば、あるいは取材だってできるのか?

 こんな場所にのこのこやってきて、仲間が二人、死んでしまったが、それでもこの体験は……お釣りがくるほどだ。

 ダイハードマン、マイル・シーカーは今日も死ななかった。

 自分がなんらかの加護の下にあるなどとはまったく思っていないが、あるいは使命のようなものが本当は、あるのかもしれないと彼は思い始めていた。


【自覚】

 スライディングの形でウルチャムのもとへ、プレーンが滑ってきた。彼女は黒いバトルスーツを着ているが、それが何なのか、ウルチャムには覚えがない。

「被弾していますね、無事ですかっ?」

「はいっ、急いで制圧しましょう!」

 いったい何機いるのだろう、殺戮マシンたちは銃撃によって破損しながらもその数を増やし、ゾンビのように向かってくる。

 だが、それにばかりかまけてはいられない、あの男がまた狙撃をしてくるはず、気配がまた近づいてきた!

「あっ、あれはっ?」

 コンテナの陰より砲身が出現、今度はロケット砲だ! と認識した直後にそれは発射された。

 回避、間に合わない!

 落とさなければ、二人とも、死ぬ!

 覚悟の一瞬である。

 無心で撃つ、撃つ、

 次の瞬間、中空で爆発が起こった、迎撃できたのだ、と同時に、

「あわー!」

 パープルフォーチュンが飛んできて、ウルチャムを抱きとめた。その身を呈して、彼女を庇おうとしたのだ。

「だだっ、大丈夫でございますかー!」

「えっ、ええっ!」

 フォーチュンの背中越しに、マタカーを担ぐハイスコアの姿が見えた。身なりがボロボロだが元気そうだ、親指を立てている。マイルも無事、脱出できたらしい。

 よかった、救出に成功したんだ。

「あわわー!」

 いつのまにかフォーチュンがいない、コンテナの部品で殺戮マシンたちを殴打している、プレーンもレールガンで応戦している、そうだ、まだ安堵している場合じゃない!

 そのときだった、また気配を覚える。その影は走り寄っていた、あの男だ! 手を交差させ、大型の拳銃を構えてもいる!

「いよいよだな、お嬢さん!」

 銃撃がきた、

 それは外れた、

 次は当たるかもしれない、

 やらなければ、やられる、

 殺さなければ、殺される、

 しかし、ウルチャムは引き金を、引かなかった、

 指が止まってしまった、

 眼前に、大きなものが通り過ぎていったからではない。

 それが剣で、次の瞬間にはあの騎士が立っていたからでもない。

 ゴッドスピードが、圧倒的な戦闘力で殺人マシンを破壊していくからでもない。

 そのとき、気づいたからだ。

 それは、嫌悪感だった。

 自覚したのだ。

 単に、嫌悪感で、殺さなかったのだ。

 少女は汗だくになっていた。

 そうだ、そういうことだったのだ。

 だから私は弱いし、

 まるで優しくなんか、ない。

 そう、

 その少女は単に、嫌だったのだ。

 殺人そのものが、ではない。

 もちろん嫌には違いないが、それは今、抱いている感情の本質ではない。

 例えば彼女、パープルフォーチュンが……どうしようもなく敵になってしまったとしたなら、殺せるだろうか?

 殺せる。

 例えばこの騎士、グリーンナイトと……どうしようもなく敵対してしまったとしたなら、殺せるだろうか?

 殺せる。

 例えばあのハイスコアが、このプレーンが、

 どうしようもなく敵となって、どうしても殺さなくてはならない時が来たとしたなら、殺せるだろうか?

 きっと、殺せる。

 それじゃあ……例えば、スピードさんは?

 殺せる。

 スピードさん、だよ?

 殺せる。

 ……それなら、あの男は?

 マイルさんは? マタカーさんは?

 ……嫌だな。殺したくない。

 理由は?

 なんだか、とっても嫌だから……。

 この気持ちはなんだろう?

 なんなんだろう?

 なんなの?

 私は、いったい……。

 少女は、自分が異常なのではと、疑い始めた。


【奇妙な関係】

「はあ、えっと、二度と来ないでくださいね」

 苦笑いをしながらそう告げるシャチャに対し、ゴッドスピードは鼻を鳴らす。

「来るに決まっているだろう。あの男は危険だ」

「たしかにここの所有者ではありますがね、それはそれとして、ここは行き場のない者たちの憩いの場なのですよ、奪わないで頂きたい」

「憩ぃ? わけのわからん殺人マシンが闊歩しているのにか?」

「まあ、運び込まれるコンテナにはああいうのが入っている場合もありますから」

「誰が運び込んでいるんだよ?」

「ワーカーです。彼らは管理できませんから。しようとするとキラーに変貌しかねない」

「なに?」

「好きにさせるしかないのです。それで我々も生かされている。このコミュニティを形成しているのは彼らなのです」

「……コミュニティ? アウトローの溜まり場だろう」

「悪辣な行為における、明白な証拠でもあるなら当該人物を差し出しますがね、それがなければそちらの一方的な暴力ですよ。ええ、あの方々はそうしましたね」

「そうした?」

「あの取材陣が住人を複数、殺害しました」

「なにぃ、本当かよ?」

「こちらには証拠がありますよ。まあ、追及はしませんが」

「しない?」

「ええ、あなた方と違ってね。この度の騒動はすべて、外来の方々が起こしたことです。ひたすら迷惑を被っているのは我々なのですよ。ですが」

 シャチャは肩を竦めてみせる。

「追及は、いたしません。もちろんそちらの出方次第、ですがね」

 ゴッドスピードはうなる。その話が本当なら、アウトローたちはもっぱら被害者ばかり、ということになる。

「……そうか。それならまあ……邪魔したな」

「ええ、では、さようなら」

 黒猫の女がいた平地に今はプレーンの航空機がとまっている。背面の格納庫内にはウルチャムと話す、グリーンナイトとパープルフォーチュンの姿もある。

「なんだか居座られていますが」プレーンである「どうしますか?」

「病院が優先だからな、話が終わるまで乗せるしかない……」

「……そうですか」

「ともかく出発しよう……」

 物言いげなプレーンの視線から逃げるように、ゴッドスピードはマイルのもとへ向かう。彼らの殺人行為を確認するためだ。

「あっ、ああ……。そう、なった、な……」

 追及されたマイルはバツが悪そうに、言葉を濁す。

「わ、私は殺していないが……。襲われも、したし……それに……」

 その卑劣さを自認しながらも、マイルは言い訳を繰り返した。ゴッドスピードは頭を掻いては嘆息し、

「……奴らいわく、追及はしないが証拠があるとさ。こちらも、あんたらとの関係を考えんといかん」

「迷惑をかけてすまない……が、その……」

「なんだ」

「すまないついでに、頼みごとがあって……」

「なんだよ」

「あの、彼らと、話をさせて欲しいんだ……」

 視線の先にはウルチャムたちがいる。

 ゴッドスピードはまた大きくため息をつき、

「……ぶっ殺されても知らんぞ! あと、あの子にはしつこくするなよ!」

「わかった……!」

 あんな目に遭ってもなお取材が大事なのか。いや、むしろ遭ったからこそか。とはいえ度し難く、ゴッドスピードは眉をひそめるばかりである。

「なあ、本当に大丈夫か、あれ……」

 マタカーの応急処置を終えたモールがやってくる。

「まあ、話が終われば降ろすさ……」

 異常事態には違いないし、それを許している自分もまともとはいえないだろう。ウルチャムを特別扱いし過ぎているともいえる。

 スノウレオパルドからの着信を無視しながら、ゴッドスピードは考える。あの通信のことだ。

 ワイズマンズ1からの、不可解な要請……。

 幽閉されている、奴らを信じるな、奴らとは?

 まさか、ワイズマンズを? そんな馬鹿な……。

 しかし俺は、自分すらもそうそう信じることはできない。

 グリーンナイト、セルバンテス……。

 お前はどこまで知っている?

 いつの間にか、ハイスコアが隣にいた。

「……大丈夫か? その怪我……」

「うん! あいつスゲー強いの、やばかった!」

 意外と、満足げではあるようだ。

「そういえばあの女、いなかったな。どこへ行ったんだ……?」

「なんか連絡入ったからって、スゲー速さでどっか行った」

「そうか……」

「それより、あれやばくない? パシィは大丈夫っていってるけどさ」

「やばいな……」

「さっきから、スゲーレオパルドから着信あるよ、やばくない?」

「やばいな……」

「そうそう、プレーンの得物もやばいよね、最新レールガンだよ、やばくない?」

「やばいな……」

「私の格好もセクシー過ぎてやばいよね」

「やばいな……」

「着信マジやばいよ、出た方がいいよ。あのひとしつこいから」

「やばい、な……。めんどくせーから、一気にやるか……」

 ゴッドスピードはマイクを機内設定に切り替えた。

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